最終楽章 魔女は竜と謡う
長らくお待たせしました!ようやく完結です。
アルベルト達が復興や様々な準備にいそしんでいる間、テオはディアナを連れて《エクスカリバー》をあちこち案内して回っていた。
「こうして兄様と会うのは何千年ぶりかしらね」
「人間として転生してからは初めての筈だが」
「そういう事を言ってるんじゃないの」
思わずかつてのように頭をはたくと、テオは苦笑いしながら頷いた。
「思えば派手な兄妹喧嘩に始まって、あちこちを巻き込んで大騒動だ。挙句の果てに息子にまで色々と面倒をかけるとはとんだ親と叔母だと思わんか?」
「確かにそうだけど兄様に叔母呼ばわりされると妙にむかつくわ。何ならここであの時の続きをやってもいいのよ?」
右手に力を集中させようとするが、その足元をゴブリンの子供と鬼ごっこをするエルフと人間の子供達が走っていった為に慌てて中断する事となった。
「不思議なもんだな。ほんの一年にも満たない時間しか経っていないのに、殺し合うだけだった種族がああも仲良く走り回れるんだから」
「今はね。あの子が死んだ後、その後はどうなるの?神と人の混血である以上、寿命は普通の人間よりも長いけどそれだって永遠じゃないわ」
エルフの寿命が凡そ500年で、今のアルベルトはテオが人間に転生した状態で生まれた事から鑑みて少なくとも600年程は生きるだろうというのがディアナの見立てだった。
「語り継ぐだろうさ。俺達が互いの憎しみと怒りを語り継いだように、今度はアルや彼女達の子供達が自分の子供に互いの共存と愛をな」
ディアナは転んで怪我をしたオークの子を通りかかった天使が手当てしているのを見つめ、何とも言えない表情で軽く息をついた。
「本当に私達のかけた時間って何だったのかしらね。たかだか十年と半分程生きただけの人間が何千年という歳月を経て積み重ねられたものを全て消し去ってしまうなんて」
「まあ当然だな。何しろ俺とレベッカの自慢の息子だ」
ディアナは「そういう事は言ってない」と軽くテオの頭をはたき、苦笑気味にでも微笑んだ。
「いいわ、賭けましょう。《勇者》が示す新たなる秩序とその担い手として歩く事を選んだ魔王にね」
「そうか。なら俺達の遺恨も一応水に流す事でいいのか?」
軽く頷き、ディアナはテオと握手を交わす。互いの手の温もりは随分と久しぶりにも思えた。
それから数時間後。執務を終え、アルベルトは展望デッキを歩いていた。以前は自分だけの特等席みたいになっていたが、今では幾人もの住人がやってきて寛ぐ憩いの場となっていた。
「人間とエルフ……ドワーフと人間……天使と魔族。エルフとドワーフにリザードマンと天使、また随分と色々な組み合わせね」
後ろを付いてきていたアリアンロッドが感慨深げに呟いた。そこにいる者達は互いに愛を謡う者もいれば、友情を育む者もいた。何にしてもアルベルトが目指した全てが共存する世界は目前に迫っていたのだ。
「平和は作るよりも維持するほうが難しい。コルトンに言われたよ」
「それは道理ね。貴方が生きている間は保てるでしょうけど」
アルベルトは返事をせずに唯笑い、走り寄ってきた小雪を抱き上げる。
「手伝ってくれるか?人間、エルフ、ドワーフ、リザードマン、竜、魔族……そして神が力を貸してくれればようやくこの世界は一つになるんだ」
「ええ、喜んで」
改めて伸ばされた手をアリアンロッドは微笑んで握り締めた。
「アル!こっちは準備出来たわよ」
「分かった。すぐに行く!」
呼びに来たメロディアに頷き、アルベルトは小雪を抱いたままアリアンロッドと共にその場を後にした。
今日この日、トロイとエミリアの結婚式が執り行われる事になっていた。色々とあって延び延びになっていたのを、ようやく今日行えるのだ。
「あー、やっぱりお姉ちゃん綺麗ね……」
うっとりとミスティが呟き、アルベルトも内心で同意する。《逆十字連合国》が発足して初の結婚式となるため、あらゆる種族がこの式の為に本気を出したのだ。エミリアのドレスはエルフが織った布を素材にドワーフが発掘し精製した真銀を糸にして、女神達が一本一本丁寧に祝福と祈りを込めて織り上げた物である。正直本気出し過ぎだとアルベルトが内心で呆れたのは内緒である。因みにブーツは魔族が様々な呪いに対する耐性を持たせて作った逸品であった。
「やれやれ……これでは俺の服装が随分と見劣りするな」
苦笑するトロイの服装は《北国》の貴族階級が婚礼の際に着用する一般的な礼装だ。彼が軍人である事もあって若干厳めしい雰囲気はあるが、本来持っている貴人としての空気や怜悧な美貌のお陰でそこまで見劣りするという事はない。
「心配しなくてもいいわよ。アルとコハル達が結婚する時は更に力を入れるから」
「あのな……」
当然とばかりに微笑むフレイヤにアルベルトは思わず辟易としてしまう。というのもヤズミが小春の村を焼いた際に、美里がいずれ小春に渡すつもりだった花嫁衣裳(《東国》では代々母から娘へと伝えられる花嫁衣裳を着て嫁ぐ習わしがあるらしい)が燃えてしまった為に代わりの衣裳をとあちこちが張り切っていたのだ。
「まあそれはおいおいとしてだ。今はあっちを祝おうぜ」
小春が笑って頷き、傍らに寄り添うセーラも楽しそうに頬を緩める。《北国》では教会の祭壇前で永遠の愛を誓うのが普通だが、そもそも人間の文化に馴染みのない種族も大勢並んでいる(余り長くやると退屈したリザードマンが鼾をかき始めるというのもあった)以上この辺は簡略化というかある程度のすり合わせが必要であった。
「では参列する全ての者達に誓おう!私、トロイ・ゼーヴァルトは父祖の誇りと己が剣に懸け、エミリア・エルリックを永久に愛すると誓う!」
「私も誓います。エミリア・エルリックはトロイ・ゼーヴァルトを夫とし、如何なる時もその背を支え歩む事を!」
拍手が沸き起こり、幸せそうに微笑むエミリアがトロイと腕を組みながらブーケを放り投げる。ブーケは小春の頭で一回バウンドし、背後にいたケーナの手にすっぽりと収まった(因みにケーナは意味がよく分かっていなかった)。
「よっしゃああああああ!祝うぞ騒ぐぞ酒持ってこい酒ーーーーー!」
早速とばかりに騒ぎ始める傭兵達に苦笑しつつ、アルベルトもトロイ達を祝う為にその場を歩き出した。
披露宴が案の定男達の飲み比べ大会になったり、マオやバレリアといった大食いメンバーの早食い大会になったりと上へ下へのどんちゃん騒ぎを延々と続け……昼前に始まった宴が月の上がる時間になってようやく収まった頃だった。
「にっしっし。実はうちらからアル達にプレゼントがあるんや」
妙に楽しそうなオリーヴにアルベルトは一瞬嫌な予感を感じたが、プレゼントと言われてしまったら無下にも出来ない。大人しく受け取る事にした。
「ほなトリア、頼むでー」
「はい」
微笑んで頷き、トリアが竪琴を構えて椅子に座り柔らかな声でその歌を吟唱し始めた。
(これは……!)
思わずアルベルトは目を見開く。それはこの《逆十字世界》が紡いできた歴史の歌だった。
二人に分かれた神によって生まれた相反する命。その争い。
その最中で起こった《勇者》アーサーと《戦乙女》セシルの悲劇。
その悲劇を切欠に袂を分かった五つの種族と、後に起こった七竜戦争。
七竜戦争が変えた魔女という存在。
魔女と共に学ぶべく門を潜った、竜を宿した少年の物語。
少年は魔女と竜を友として生き、やがて交流の途絶えていたエルフやドワーフ、リザードマンとの繋がりをも蘇らせた。
そして少年は新たな《勇者》となり、世界の変革を求めて動き出す。
少年の行動はやがて世界を動かし、仇敵であった筈の魔族さえも心を通わせる間柄となった。
そして今、神をも共に生きる仲間に加えて少年は世界を変えた。
トリアの歌は更に続いていく。彼女はその戦いに携わった者達を歌い上げた。
《勇者》アルベルト・クラウゼン
《戦乙女》セーラ・アスリーヌ
《姫巫女》三崎小春
《創世竜姫》ケーナ
《革命の錬金術師》ミスティ・エルリック
《百合砲士》リリィ・ティルミット
《狂戦姫》バレリア
《森の祈り子》セル=ヴィアヌス=グレイシアメイル
《地上の双子星》ナオとマオ
《魔剣王》エミリオ・バーンクライフ
《機械侍女》レイナ
《天地無双》真田聖四郎
《武王》御雷吉宗
《魔王》ルキナ
《東国最強》蘇芳忠勝
《鉄拳破砕》今井元信
《黄金覇竜》リセル
《妖艶奔放》メロディア
《青海童子》カイル・バスカーク
《魔双剣姫》ルクレツィア・テスタロッサ
《純情賢姫》モニカ・シュヴァイツァー
《清廉仁姫》ユーディット・カブラン
《北海覇者》トロイ・ゼーヴァルト
《春風開花》ティファニアス
《戦乱乙女》トール
《豊穣慈母》フレイア
《守護聖槍》アリアンロッド
《太陽神》アポロ
《鋼鉄の愛情》レベッカ・クラウゼン
《月光神》ディアナ
静かにトリアが竪琴を置くと、割れんばかりの拍手が沸き起こった。無論彼女が歌ったのはほんの一部であり、オリーヴや織江などアルベルト達の助けになった者達は大勢いる。そんな全てへの感謝を込め、アルベルトは皆の前に立って一礼した。
「……ってちょっと待てオリーヴ!何か思わず流しそうになったけど何なんだあの二つ名のオンパレード!?」
「いやぁ、この際アルやセーラにも負けないインパクトってオリエと相談したらこうなったんや」
全部考えるのにえらいかかったわーと笑うオリーヴに遠慮なくヘッドロックをかけながらアルベルトは思わず笑ってしまった。
「因みにこれ全部アルの伝記に載せるからよろしゅうな~」
「よろしゅうなじゃねええええええええええええ!!!!」
呑気なオリーヴの声とアルベルトの怒声、爆笑する周囲の笑い声がしばらく響き渡っていた。
「あー、マジで憂鬱になってきた……」
後片付けを終え、《エクスカリバー》の甲板に出たアルベルトはぼんやりと月を眺めていた。
「隣、良い?」
その言葉と共にやってきたのはセーラと小春だった。
「ああ、構わない」
セーラがアルベルトの右隣に立ち、小春が左に立つ。何時ものポジションであり、一番落ち着く場所。
「アルのお母さんから聞いたわ。その……」
「俺の寿命の事か?」
小春はこくりと頷いた。神の血を覚醒させた事で、アルベルトの寿命は普通の人間とは比べ物にならないくらいに伸びた。同時に老化も大分遅くなり、エルフのセルヴィや魔族のルキナはともかくとして小春やセーラなどが徐々に老いていったとしてもアルベルトだけは殆ど見た目が変わらないのだ。
「まあ、残されるのはアレだし皆と一緒に歳食えないのも残念だが……考えようによっては結構長い事この世界を見ていられると言えるのかもな」
「前向きね。私は何とか貴方が死ぬまで生きて、貴方を守る方法を考えて必死なのに」
「一緒に死んでやろうか?」
冗談めかしてセーラに言うと「それは駄目」と即答された。
「何事も考え方一つさ。俺は俺を好きになってくれた、俺が好きになった皆の思い出を全部記憶して逝けるって事だからな」
「なら……」
小春はアルベルトの左腕を抱き締めて微笑む。
「私の最期までしっかり覚えててね。小雪が大きくなって、お嫁に行く時の事も」
「嫁にやりたくないんだが」
「そこで混ぜっ返さない」
今他ならぬ自分自身がそれで苦労している事を棚上げするアルベルトに、小春は小さく苦笑した。
「ああもう!私も覚悟を決めたわ」
セーラも吹っ切れたという顔でアルベルトの右腕を抱いた。
「貴方の騎士として、そして妻として最期まで歩き続けるから……だから覚えて」
「当然だ」
一旦二人に腕を放して貰い、改めて手を繋ぐ。小春とセーラも微笑んで互いに空いている手を繋ぎ、三人は三角形を描くような形になっていた。
「本当はケーナちゃん達も入れて皆で輪になりたいけど、皆もう寝ちゃってるから私達だけだけど」
「いや……二人とも俺のαなんだ。十分だよ」
三人のそんな姿を、月と星が祝福するように照らしていた。
その後、アルベルト・クラウゼンは学園を卒業後正式に《逆十字連合国》の国主として行動を開始する事となる。エミリオ、モニカ、ユーディット、ルキナ、アリアンロッドと力を合わせて国家間のバランスを調整し積極的な交流を図った結果、複数の種族が持つ文化の融合により《逆十字世界》は更なる発展と栄華を極める事となった。
国の運営が一段落した頃。アルベルトはセーラ・アスリーヌを第一の妻に迎え、その後にも次々と妻を娶る事となる。この行動は《逆十字世界》の年老いた政治家からは批判される事も少なくなかったが、国民からは概ね受け入られており特に問題は発生しなかった。
その後数百年に渡り、争いのない調和された平和な時代が訪れるがそれは別の物語。またいつか、別な場所で語るとしよう。
完
ここまでお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございます。
次回作も考えてはいますが、まだ形にはなっていないので形になり次第活動報告に載せたいと思います。
重ね重ね、本当にありがとうございました。




