第八十一楽章 創世神話
復興はアルベルトの予想を遥かに超えた速度で進んでいた。何しろ瓦礫の撤去には力自慢のオークやオーガを派遣し、建築等の土木工事はドワーフとエルフを派遣し、食糧支援は人間が行うのだから当然であるが。
「……以上だ。魔族が復興作業に従事する事も概ね受け入れられている」
「そうか。ありがとう瑞葉」
フットワークの軽さを生かして各国の様子をメロディア達と一緒に見て回っていた瑞葉は、少し頬を緩めながら纏めた報告書をアルベルトに渡した。
「ただ……」
「ただ?」
「魔族の中には生きた動物を丸齧りする種族もいるので、子供がトラウマになる可能性もあるかと」
思わずアルベルトは脱力して椅子からずり落ちそうになる。とはいえそれは確かに由々しき事態であるとも言えた。
「そういう文化というか、生き方のすり合わせにはまだかかるか。今は極力食事を別の場所で取らせるよう伝えてくれ」
「御意」
瑞葉が姿を消すと、コルトンが苦笑するように肩を震わせた。
「なかなかに大変ですな」
「分かってるさ。こういうの慣れの問題もあるが、魔族側にも歩み寄りは必要か」
徐々に魔族の間にも料理という文化は浸透しつつある。とはいえ動く物しか食べ物と認識出来ない魔族についてはどうしたものかと、アルベルトは頭が痛い。
「逆に言えば、動いていれば食べる物と認識するんだから……」
この辺はナオとミスティに相談すべきだろう。アルベルトは一旦その問題を脇にやり、サリが新たに持ってきた書類に目を通す。
「って何だこりゃ。戦闘要員のフラストレーションが溜まってるってどういう事だ?」
「みゃ。つまり、平和になって戦う事が無くなった戦闘要員の皆さんが色々とストレスをため込んでるって事で……はぅ」
「……余り聞きたくないが、サリは大丈夫なのか?思い返せば昨日からずっと顔も赤いし何かこう……色っぽいしさ」
サリは無駄に色気のある溜息をつき、ぺろりとアルベルトの首筋を舐めた。
「のわあっ!?」
「アル様……その、昨日から私……発情期みたいで」
「だあああああああ!今すぐミスティに鎮静剤を作って貰え!!」
猫の発情を抑える薬が作れるのかどうかは知らないし、そもそも生理現象なのを無理に抑え込んで良いのかという疑問はある。もしミスティからNGが出されたら自分が何とか鎮めてやらないとならないだろうか、などと恐ろしい想像をしつつアルベルトはサリの首(丁度摘みやすくなっている部分がある)を持って医務室に走らないとならなくなった。
結局鎮静剤を作る事は出来ず(というかミスティも医療品の調達等で手が空いていない)、サリの発情は当面メロディアが発散させてやる事で何とか決着した。その様子を見物するか否かについては、メロディアから誘われたもののアルベルトは断固として断った。
そんなゴタゴタがあり、時間は過ぎて夕方。小雪と小春の膝を巡って張り合うリリィを蹴り飛ばしながらアルベルトは食堂へと向かっていた。
「ああ、トロイ。そういえば来週だったな。あんたとエミリアさんの結婚式」
「うむ。今まで散々に待たせてしまったが、ようやくな」
「それはよかった。こっちも盛大に祝わせて貰う」
お互いに手を挙げてパンと打ち合わせ、すれ違おうとした矢先だった。
「アルベルトの方も誰からにせよ、盛大にやるのだろう?ミスティが何番目になるかは分からないが、楽しみにしているぞ義弟」
「ぶっ!?」
思わずズッコケそうになり、隣を歩いていた小春が慌てて支えた。
「……そうだな。あんたも義兄になるんだった」
「そういう事だ。私はともかく、他の国の王族とも婚姻を結ぶのであれば本当に《逆十字世界》は一つになるのかもしれないな」
「は、はは……今更ながらにすっげービビってるんだけど」
「覚悟を決めろ。一度決めた事なら猶の事だ」
「わーってらぁ」
抱っこをせがむ小雪を抱き上げると、小春がそっと左腕に自分の腕を絡めてくる。無言で微笑む彼女に笑みを返すと、トロイは満足げに頷いてその場を立ち去った。
夕食を済ませ、アルベルトは自室のベッドに寝転がっていた。今夜は誰とも寝るつもりはなく、一人で話をしたかったのだ。
「バハムート、話がある」
(何だ?)
半透明の精神体となって顕現した無限竜を前に、アルベルトは起き上がってベッドに腰かけて口を開いた。
「聞かせてくれ。《約束の子》が持つ筈だった本来の意味を」
(ふむ……よかろう。その為にはまずこの世界の成り立ちを説明しなくてはな)
そう言ってバハムートは静かに話し始めた。
まずこの世界は最初、完全な無で満たされていた。何も存在しない、天も地も昼も夜も未来どころか過去すらもなかった。そこにある時、光の意思にして絶対紳オーディンが顕現したのだ。
「オーディン?そういえばあの戦いでも姿を見せなかったな」
うむ。オーディンは絶対の神にして根源の神だ。そのままでは一定の現象しか起こせないので、二つの存在に分かれた。それが太陽神アポロと月光神ディアナだ。貴様からすれば叔母に当たる存在とも言える。
「まあ確かに。だが《ヴァルハラ》にディアナはいなかったが」
その通り。アポロとディアナはそれぞれの力を使いあらゆる事象に特化した神を次々と生み出していった。だがその意味は互いに全く異なっていたのだ。
「異なっていた?」
そうだ。ディアナは神を生み、天使を増やす事で神の国を作ろうとしていた。しかしアポロはその神々の力を使い新たな世界を創造する事こそを目的としていた。故に二人の意見は対立し、ついには他の神々をも巻き込んだ戦いとなったのだ。
「バハムートもそれに参加したのか」
いや、我は記憶として知っているだけだ。戦いに敗れたディアナはその力を憎悪から黒く染め上げ、アポロが作り出した大地……即ち《逆十字世界》の中へと逃げ込んだ。その結果変質した力は多くの異形……即ち魔族を生み、アポロの望む世界を侵略しつつあった。
「その頃には、もう地上には命がいたと?」
その通りだ。アポロは地上に育まれた命に美と芸術を与え、エルフが生まれた。別の命に頑健な肉体と誇りを与えリザードマンが生まれた。そして発展の心と英知を与えドワーフが生まれた。しかし戦い方を知らないエルフやドワーフは一方的に蹂躙され、リザードマンだけでは魔族の軍勢に対抗出来なかったのだ。
「じゃあ?」
アポロは已む無く新たな命を生み出した。全ての守り手となり、命を奪う者と戦う為の存在……即ち竜を。そして命を守る者として神や天使に似せた存在・人間を作った。
「だから《勇者》は人間と竜にしか現れないって事なのか」
貴様の思った通りだ。だが長き歴史の中で全ての種族はそれぞれ創造主であるアポロの意思もディアナの意思も無視して動き始めた。人間と魔族が恋に落ちてルキナが生まれ、我ら竜族は共に力を合わせる筈だった人間を相手に牙をむいた。共に力を合わせた《勇者》アーサーや《戦乙女》セシルの無念を許せない、唯それだけの理由でな。
「俺にはその程度の理由でも十分だと思うけどな。友達だったんだろ?シルヴァーナの事も、彼女が一緒に戦ったアーサー達の事も」
……そうかもな。だがアポロは決してディアナとの和解や対話を諦めた訳ではなかった。他の神々がディアナの眷属である魔族を滅ぼすべきだと主張しても、我に彼が依頼したのは心ある魔族と共に戦う為の武器だった。それが《エクスピアティオ》と《ベカトゥム》だ。
「もしかして、《約束の子》って親父とディアナの間に何かあるのか?」
当たらずも遠からずだな。《約束の子》が竜と全ての種族を束ねて共に生きる事が可能ならば、ディアナももう一度アポロとの対話に応えると踏んだのだ。
「実際甥っ子だもんな。一応身内なら話を聞いてくれるかも、と」
だがお前がその使命を気にする必要は全くない。既に《逆十字世界》に生きる全ての種族は当初の使命から離れ、好きに生きているのだからな。
「そうかもな。だから俺はディアナに会いに行く」
貴様は一体何を聞いていた!
「だから俺の好き勝手で行くんだよ。親父もお袋も形はどうあれ再会出来たんだ……だったら叔母にも会いたいってのは俺の勝手だろ?」
……ならアリアンロッドを連れて行け。あいつはその力の特性上、月光神に極めて近い。
「了解」
話を終え、バハムートは溜息をついた。
(馬鹿だ馬鹿だとは常々思っているが、どうやら貴様は底抜けの大馬鹿らしいな)
「褒め言葉と受け取っておくぜ。さて、どう行ったもんかな?」
何にしても予定は明日だ。アルベルトはそう考えてベッドに寝転がり直した。
翌朝。朝食の席で一緒になったセーラと小春にアルベルトは話を切り出した。
「月光神に会いに行く!?」
「本気なのアル!?」
「ああ。戦いになるかは分からないけど、俺が此処までやれるようになったんだって見せたいんだ。それで……」
『それで?』
少し照れ臭くなって頭をかきながらも、アルベルトは頷いた。それは譲れない事だからだ。
「学校を卒業したら結婚するだろ?出席して欲しくてさ」
「アル……」
感激したように目を潤ませるセーラの髪をそっと撫で、アルベルトは笑った。
「そういう事なら反対は出来ないわね。むしろ私達も一緒に行くわよ」
「ええ、置いて行ったら怒るから」
小春に怒られるのは勘弁して欲しい。そう笑いながらアルベルトは頷いた。
「それで他のメンバーは?」
「道案内と繋ぎにアリアンロッドとルキナって所だ。聖四郎達は流石に今回は留守番だな。後親父は……血を見そうなんで留守番してて貰う」
というより瓦礫撤去等の復興作業に力自慢が必要なのだ。コルトンからは「帰ってきたらみっちり働いて貰うが、今までが働き過ぎだったのでそれまでは砦を死守しておく」と宣言されているので問題はない。
「じゃあ食べ終わったら準備して甲板に集合!待ってるぜ」
「うん!」
「必ず行くわ」
一応恰好がつく程度の勢いで朝食を食べ終わり、三人は同時に食堂を後にした。
ルキナとアリアンロッドにも事の次第を伝え、アルベルト達はリンドヴルムに乗って一路ルキナの城を目指していた。
「月光神の居所とな?ふむ……魔界でも禁忌の地と呼ばれている場所はあるが、父上やアムドゥシアス程の魔族であっても近寄るのを自粛した程の危険地帯じゃぞ?しかもそこにディアナがいる保証もないのじゃ」
「それでも、可能性があるなら突っ込むまでさ。それが《勇者》ってもんだろ!」
「大丈夫。ディアナの力は確かにそこから感じているから」
アリアンロッドにお墨付きを貰い、アルベルトは意を強くしてリンドヴルムを加速させた。
「あそこか……」
「うむ。じゃがあの地に何があるのかは妾にも分からん。相応の危険は覚悟して貰うぞ?」
アルベルトは頷き、奈落の底へと誘うような大穴の傍にリンドヴルムを着陸させた。
「危険が怖くて《勇者》が務まるかってんだ。さ、行こうぜ」
「やれやれ。無鉄砲な夫を持つと苦労するのじゃ」
「全くね。私達も行きましょう」
苦笑しながらセーラ達もそれに続く。アルベルトは深呼吸を二度してから、穴に飛び込んだ。
どの位落ちただろうか。気付くとアルベルト達は殆ど互いの顔も見えない程の闇に佇んでいた。
「ちょっと待ってて。照明魔法を使うから」
小春の魔力が光を放つ球体となって宙に浮かび、周囲の景色を照らし出す。そこは荒廃した荒野となっており、滅亡した都の残骸という印象を与えるものだった。
「酷いなこりゃ……」
「うむ」
アルベルトとルキナは顔を顰めるが、小春は悲しげに眉根を寄せた。
「酷いというより、私にはとても寂しい場所に思えるわ。アルがバハムートから聞いた話が全てなら、本当に独りでいるのね……」
「コハルは優しいわね。だからこそ貴女はアルに必要なのだけど」
セーラは自嘲するように笑い、「私はアルの敵を斬る事しか出来ないから」と呟いた。
「ディアナの力はあの城から感じるわ。行きましょう」
《ファフニール》を持ち、アリアンロッドが決然とした表情で言った。
「そう行きたいところだが、どうやら俺達は招かれざる客らしい」
周囲に召喚されたのは一見天使にも見えるが、翼はどす黒く変化し体も所々が腐敗して骨が見えるという無残な姿であった。しかし数が多く一体一体の力も凄まじいものを感じた。
「どうやら一筋縄じゃ行かないようだけど……」
「だな。だがセーラ、分かってるだろ?」
それぞれ《ラグナロク》と《エクスピアティオ》を抜き放ち、アルベルトとセーラはキンと剣を打ち合わせた。
『禍神より弱い!!』
斬りかかってきたのを一体ずつ瞬時に斬り捨て、それが戦闘開始の合図となった。
「吠えよ《ベカトゥム》!妾の敵を全て喰らい尽くすのじゃ!!」
「歌え《ファフニール》!!」
《ベカトゥム》に斬り裂かれた空間が大きく口を開き、群がる天使を一瞬にして飲み込んでいく。同時にアリアンロッドが解き放った《ファフニール》の力がアルベルト達を包み込みその力を増幅すると同時に、向かってくる天使達を目に見えない枷で縛り地面に縫い付けた。
「助かるぜアリアンロッド!俺に任せておけ!」
アルベルトは《アポカリプス》を展開し、接続はせずに両脇に抱えて手当たり次第にぶっ放す。その猛撃を縫って向かってくる敵を前に小春が立ちはだかった。
「清き調べに命を流せ……浄罪!!」
あの戦いでマリエラの力を取り込んだ所為か、新たに使えるようになった小春の術。太陽の力を借りて邪気に塗れた魂を一瞬にして問答無用で浄化する術であった。杖の先から放たれる白い閃光を浴びた天使達は抗う間を与えられないまま消滅し、後には何も残っていなかった。
「残りは私がやるわ」
一瞬セーラの姿が消え、再び現れた時には残る敵は全て斬り裂かれた後であった。
「これで全部か?なら行こう」
「ええ」
再びリンドヴルムを召喚し、その背に乗ってアルベルト達は一路ディアナが待つ城へと向かった。
扉は立て付けが悪いのか油が切れているのか、ギギギと軋むような音をたてて恐ろしく開け難い。何とかセーラと二人がかりで開け、アルベルトは一息入れながら中に足を踏み入れた。
「やれやれ。ガチの引き籠りなのかここの女神様は」
「いきなり押しかけて随分な言い草ね」
弾かれたように見上げると、ロビーから二階へと上がる階段をゆっくりと降りて来る一人の女性がいた。黒いのではなく、元は白かったのが酷く薄汚れたという風情の装束を身に纏いその顔も美しく整ってはいるものの疲れたような表情が台無しにしていた。かといって彼女が醜いのかと言われるとそうではなく、寧ろ退廃的な美というものすらも味方につけているのかと思える程の空気を纏っていた。
「無礼をお許し頂きたい。月光神ディアナ殿とお見受けするが」
色々と覚えた成果で挨拶すると、ディアナと思しき女性は礼を尽くすように頭を下げた。
「ご丁寧にどうも。そうよ、私がディアナ」
「俺は……」
「言わなくても分かるわ。その鮮烈な魂の輝き……紛れもなくアポロの縁者ね」
縁者どころか実の息子なのだが、それはさておき。アルベルトは出会い頭に問答無用で攻撃を仕掛けられる事がなかったのに安堵しながら切り出した。
「《約束の子》として使命を果たしに来た……と言いたい所だが、俺の本題はそこじゃない」
「あら、ではどういう事?」
「端的に言えば、親父と仲直りして欲しい。そしてこれは俺の我儘だが、俺はこの《逆十字世界》に生きる全ての命を束ねたい。その為の力を貸してくれってのもある」
ディアナは一瞬ぴくりと眉を動かすが、軽く溜息をついてそれを堪えた。
「ふぅ……随分と無茶を言うわね。一度は殺し合いまでした相手ともう一度手を取り合えと?」
「可能な筈だ。現に魔族であるルキナと人間の俺がこうして共に在れるんだから」
「貴方達の場合は種族同士の確執があっただけで、貴方達自身はいがみ合った事も殺しあった事もないでしょ?」
一度本気で戦った事はあるが、確かにアルベルトとルキナは最初から互いに好意的な仲ではあった。同じ理想を目指した同志というのもあるが。
「ならディアナ、貴女はもう一度対話するつもりはないと?」
「そうは言ってないわ。貴方程簡単に相手の手を握れる程善良じゃないというだけよ。それでも良いの?恐ろしく分の悪い賭けになるけど」
「構いはしないさ。その分の悪い賭けに勝ち続けて此処まで来たんだ」
自信に満ちた笑みで言い切ると、ディアナはおかしそうに笑いだした。
「そうね、確かに貴方はそういう存在だったわ。本当に……《勇者》というのは計算では量れないわね」
そう言ってディアナは踵を返し、奥へと消えようとした。
「あの、行かないのですか?」
「アリアンロッド……貴女も女なら分かるでしょう?幾ら双子のような存在とはいえ、男相手にこんな格好で会いには行けないわよ」
ボロボロの装束を見て苦笑を零し、ディアナは奥へと戻って行った。
「思いの外、戦闘になったりしなくてよかったわね」
「殺し合いが目的じゃないしな。本当によかった」
セーラと笑いあい、アルベルトは小春やルキナにアリアンロッドとハイタッチした。
「待たせたわね。さあ、行きましょうか」
汚れを落としたのか、純白の装束に身を包んだディアナを伴いアルベルト達は再び地上へと戻って行った。希望を携え、夢を抱いて。
ディアナをアポロことテオと引き合わせ、アルベルトはその場には同席せずに《エクスカリバー》を歩いていた。
「傍にいなくてよかったの?」
小走りにその後を追いながらアリアンロッドが尋ねた。
「厳密には違うのだろうけど、兄妹みたいなもんだろ?俺がいるのは野暮ってもんだ」
「でも貴方がいた方が話も拗れないと思うのだけど」
「大丈夫だって。俺の親父なんだぜ?」
そう言うと、アリアンロッドはおかしそうに笑った。
「あんなに殴り合ってたのに、信じてるのね」
「殴り合ったからこそだ。そしてこれは信じてるんじゃなくて確信しているだけってな」
そう言ってアルベルトは足を止めずに歩き出す。アリアンロッドもくすりと笑みを零し、少し早足でアルベルトに追いつこうと歩き始めた。
続く




