第七十九楽章 決戦の刻・決着
優しく柔らかな光がアルベルトとケーナを包み込む。その意味を理解するよりも早く彼女の声が2人の耳に届いた。
「アル!ケーナちゃんお待たせ!」
「コハルちゃん!」
傷つきボロボロの姿ではあったが、元気に走って来た小春にケーナが思わず飛びつく。
「ま、当然だな」
「うん」
小春はケーナを受け止めたままアルベルトの言葉に頷く。とはいえアルベルトも泣きそうなのを堪えるので必死なのだが。
「へえ、何処までも悪運の強い女だねおのれ」
「そうね。貴方を倒す為に《逆十字世界》そのものが力を貸してくれてるみたいだわ」
不敵に笑う小春にヤズミは小さく歯軋りする。その様子に小気味よさを感じながらアルベルトは傍らに立ったセーラに目配せした。
「さて……次はどのような戯言を見せてくれるのかの?妾としては失笑や嘲笑よりも本心で笑えるものを望んでおるのじゃが」
《ベカトゥム》を構えてルキナも笑う。とはいえヤズミにそれは無理だろう。
「仲間がいないと何も出来ないってか。何とも無様な《勇者》もいたもんだねえ」
「そうさ。俺は1人で生きられる程強くもないし、頭も良くない。背中を守ってくれる人や、支えてくれる人がいるから俺は戦えるし前に進める!」
ヤズミは嘲るように笑いながら両手を拡げた。
「だったら僕が全部壊してやるよ!おのれの生き様も、その守ってくれる人ってのも全部さぁ!」
「やってみろ!俺が……いや、俺達が全部守ってやる!!」
その瞬間、周囲の空間が歪みヤズミを包み込む。何が起こったのかと思っていると、倒した筈の禍神が持っていたエネルギーが全て彼に注ぎ込まれていった。
「が、があががげぎぐががあああごああぶあああああああああああああああ!!!!!!」
たまらずケーナやリセルが耳を塞ぐ。まるで生身の苦痛を音に変換したらこうなったとでも言うような凄まじい声には、アルベルトも顔を顰めずにいられなかった。
「アル見て!ヤズミが……」
小春が叫んだ通り、ヤズミはあのチビな体躯からかけ離れていた。まるでこの世に存在する嫌悪を全て具現化してかき集めたかのような醜悪極まりない肉の塊、そう表現するしかない有様にアルベルトは思わず鳥肌がたつのを感じた。
「全テヲ破壊スル神ノ力……コレダ、コレサエアレバオ前ヲ……全テヲ不幸ニ!!」
「……哀れだな」
結局自分の事しか見えていないヤズミに、アルベルトは一応でも宿敵と見定めた自分が恥ずかしくなりながらも《エクスピアティオ》を向けた。
「皆……」
「何、アル?」
傍らに立つ仲間達に目を向け、アルベルトは大きく息を吸い込んだ。
「これで全てに決着をつける!行くぞ!!」
その肉体を次々と分裂させて魔物を生み出すヤズミを前に、アルベルト達は一斉に駆け出した。
巨大なオークエンペラーを前にセーラは怯む事無く走り、その敏捷性を生かして関節を狙って次々と斬りつけていく。ダメージが蓄積して膝をついたところで首を落とすと融けるように消滅したが、再びヤズミから分裂した肉塊がオークエンペラーとなるのに気付いて表情を歪めた。
「何処までも陰湿な奴ね。どうする?」
「いや、このまま倒し続けよう」
キマイラを真っ二つに斬り飛ばしてアルベルトは言った。
「こいつらはヤズミの体から分裂して出て来てる。何か気付かないか?」
「どういう……?ああ、そういう事ね」
カチューシャから送り込まれる情報でセーラは意を得たりと笑う。
「なら倒し続けましょう。どちらかが倒れるまでね!」
その意を受けて小春達もそれぞれの敵と戦い始める。ケーナとリセルはそれぞれ竜変化してドラゴンゾンビ(並の竜よりは遥かに強い)を迎え撃ち、リリィは戦う全ての仲間を援護する。ルキナはアルベルトと小春の3人でヤズミ本体に斬りかかった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ヤズミの放つ攻撃が触れた箇所が跡形も無く消滅する。その問答無用さには流石のアルベルトも思わず冷や汗をかいた。
「ったく、品性は何処までも下劣な癖してやる事はえげつないな……まあ俺も、人の事が言える育ちかって言われたら疑問だけどよ!」
「嘘でもやめてくれ。妾の惚れた男がこれと同列と本人が思っているとなると、こっちが情けなくて涙が出て来るのじゃ」
「悪い」
真顔で淡々と言われ、アルベルトも悪かったと頭をかく。小春はそんな2人を見て微笑みながらも錫杖を振るった。
「疾風迅雷……電光石火!我が望むは天上よりの雷!名付けて、神雷!!」
太陽から降り注ぐ光が雷となってヤズミを打ち据え、少なくない分量の肉を吹き飛ばす。しかしヤズミも負けておらず、消滅の力を込めた一撃が咄嗟に小春を庇ったアルベルトの鎧を消滅させた。
「ちいっ!ナオ達に謝らないとな」
幸い下は私服なので、決して見栄えが悪いという事はない。とはいえ《逆十字聖騎士団》を結成してからずっと使っていた鎧なので、当然ながら愛着もあったのだ。
「《アポカリプス》!!ヒューベリオン、全力でぶっ放せ!!!」
(任せておけ!)
アルベルトは《アポカリプス》とヒューベリオンを同時に呼び出して攻撃を仕掛ける。次々と肉が抉られて消滅し、増援を呼び出す事も出来なくなっているらしかった。
(だがおかしい……ヤズミ程卑劣で下衆な性根の男が、こんな簡単に正面から戦って負けるような戦い方をするか?)
答えは否である。少なくとも反吐が出るような嫌がらせは確実にしてくる、そう判断してアルベルトはリンドヴルムの力を借りて周囲を索敵していたその時だった。
「アル!!」
「がっ!?」
セーラの叫びと背中から刺し貫かれる衝撃と痛み。振り返ると、驚愕に目を見開いたケーナの爪がアルベルトを貫いていた。
(なん、で……っ!)
よく見ると竜化したケーナの腕にはヤズミの肉片が纏わり付いており、それが不気味に蠢いていた。つまりケーナが戦っている間にこびり付いた肉片が彼女を操り、今アルベルトを攻撃したのだという事に他ならない。
「はは……何処までも、人を馬鹿にした野郎だな……ッ!ヤズミ……!!」
竜のまま涙を流すというのもシュールだが、アルベルトはケーナを安心させるように笑いかける。不思議と痛みはなく流れ落ちる血が自分の物だという実感も余りなかった。
「グルゲアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ヤズミの咆哮と共に衝撃波が襲い掛かり、アルベルトはそのまま壁に叩きつけられた。それでも寸前で《レーヴァテイン》の炎でケーナを戒めていた肉片を焼き尽くした事は評価すべきだろうか。
(ふむ……随分とよく此処まで頑張ったと褒めてやろうか?)
薄れていく意識の中、バハムートの声が響いた。
「冗談……まだ終わってないって」
(とは言うが、実際に命の灯火は消えかけているぞ)
それを言われると弱い。アルベルトは小春やセーラが泣く姿を想像して気が滅入るのを感じ、思わず苦笑した。
(こればかりは我の落ち度だ。貴様が上ってくるのを待つのではなく、我が手を引く事こそすべき事だったのかもしれん)
「何が言いたいんだ」
(まだ間に合うという事だ。受け取れ、我が鎧……《アイアス》をな)
その言葉が終わるか終わらない内にアルベルトの全身を光が包み込んだ。
アルベルトが壁に叩きつけられ、その状況が事実として小春達の頭に認識されたその時だった。
「何!?」
アルベルトを包み込む光。それが収まった時アルベルトの身体は胸に竜を象った白銀の鎧に包まれていたのだ。
「アル、大丈夫!?」
「あ、ああ……バハムートがこの鎧をくれて、怪我も治してくれたみたいだ」
(侘び代わりだ。すまなかったな小僧……いや、アルベルト)
あのバハムートが此処まで殊勝な態度を取るとは思わず、セーラ達は思わず目が点になるのを感じた。
(我も召喚に応じよう。というよりだ、この忌々しい肉塊を我に焼かせろ)
「待ってたぜその言葉!」
《アイアス》の胸に刻まれた竜の紋章に右手を重ね、アルベルトは目を閉じる。やらせまいと攻撃を仕掛けるヤズミの触手は一切の打ち合わせなくセーラとルキナが斬り捨てていき、放たれる波動はケーナとリセルが相殺した。リリィがすかさず砲撃で頭を狙い撃って注意を引き、小春はアルベルトの前に立って攻撃の余波から彼を守っていた。
「我が意に従い、我が声に応えるべし!」
契約を結ぶ為の詠唱。既に7回唱え、今回ので8回目である。
「それは崇高にして偉大なる無限の調べ。この日この時、理想を望むならば応えよ!!」
高らかにその名を謳い上げる。最強にして最後の七帝竜の名を。
「その名は無限竜バハムート!我は汝の鎖を手繰り、未来に希望を託す者……アルベルト・クラウゼン!!」
渦巻く力はアルベルト達の頭上で形を成す。その姿はかつてアルベルトの前に姿を現したものと同じ、気高く力強い姿であった。
(我が無限を持って汝の契約に応えん!!)
その肩に飛び乗り、アルベルトは目線を合わせて頷いた。
「行くぜバハムート!今が駆け抜ける時だ!!」
(無論だ。今まで待たせた分も存分に振るえ!!)
ヤズミの放つ攻撃は全てバハムートに届く前に消滅する。バハムートがその力で全てかき消しているのだ。
「《アイアス》が持つ力、教えておいてくれるか?」
(基本は《コアトリクエ》と同じ、使用者に鉄壁の防御と自己治癒能力を与える力だ。だが《コアトリクエ》が地面に触れなくては力を発揮出来ないのに対し、この鎧はその制約がないという点が違う)
「……意外と地味だな」
(言うな。だがそれだけではない)
バハムートは面白がるように目を細めた。
(《アイアス》の本来の力は竜王の証。即ち、全ての七帝竜を同時に召喚する力だ)
「そっち先に言えよ。めっちゃ派手じゃないか」
さっきから右手の中で「早く暴れさせろ」と騒がしいのはそういう理由だったらしい。アルベルトは背後のセーラ達を振り返って頷き、右腕を高く掲げた。
「出番だ皆!鬱憤晴らしも兼ねて派手に暴れろ!!」
サラマンダー、リンドヴルム、リヴァイアサン、テュポーン、ヒューベリオン、アレキサンダーが同時に召喚され咆哮と共に攻撃を仕掛ける。ケーナも負けじと突進した。
「アル!私達も行くわ!」
エクレールに騎乗し、セーラが隣まで飛んで来た。
「ああ、皆でな」
《エクスピアティオ》を構え、アルベルトはバハムートと共に飛ぶ。バハムートが持つ無限の力が剣に注ぎ込まれ、一気に力を増していくのを感じながら大きく振り被った。
「禍神の力、此処で全て消し去るぞ!!」
(任せろ!)
バハムートの口から凄まじい閃光が放たれ、同時にアルベルトも剣を振り下ろす。それに合わせてセーラ達も攻撃を仕掛け、ヤズミを構築していた肉の塊は一瞬の抵抗の後に蒸発していった。
「アル大丈夫か!?」
その後、大きく息をつくアルベルト達の所へ何とか回復したらしいバレリア達が走って来た。
「無事でよかったよ。こっちはさっき終わったところだ」
バレリアもマオもセルヴィも、いずれも傷ついてはいたが大事には至っていないらしい様子にアルベルトも安堵して微笑んだ。
「おいすお疲れー!」
織江が転送の魔法陣を作って迎えに来る。流石にこの人数を一度に転送しようと思うと彼女が直接やらないと無理だからである。
「このような大勝負に参加出来なかったとは……真田聖四郎一生の不覚にござる……!」
「その前の禍神相手はちゃんと活躍してたじゃない。落ち込まないの」
小春の優しさは今の段階だと暴力になりかねないというのは、言うべきか否かと迷いながらもアルベルトがついさっきまでヤズミがいた場所に目をやった時だった。
「っ!?」
咄嗟にセーラが《ラグナロク》を振るいそれを叩き落す。それはかつてセーラを殺しかけたダーツだった。
「どうやらまだ息があったみたいね」
瓦礫の中からヤズミが姿を現す。だがその姿はかつての面影が見る影もなく、死にかけの獲物といった風情であった。
「まだ……まだだ……!」
転送魔法を発動させるが、ヤズミの姿は以前と違い消える事はなかった。
「残念でした。私の本領は転送魔法、つまり妨害もやれば出来るんだよ」
印を結んだ織江が笑い、アルベルトは軽く安堵の息をついた。
「はは……だったらおのれを殺せば逃げられるって事だよね?」
「まあ正しいな。だが俺達がそれをさせると思うか?それ以上に……誰がお前の為に織江を殺してくれると?」
その言葉でヤズミは慌てて周囲を見渡す。既に禍神は亡く、その消滅により機械天使もその活動を停止しているのだ。ヤズミの為に戦ってくれる存在などこの世界にはもういなかった。
「お前も武人の端くれなら潔く戦え。此処は俺達、《勇者》の血脈が相手をしてやる!!」
その言葉を皮切りにバレリアが飛び出し、一気にヤズミに襲い掛かった。
「お前が今まで傷つけ、泣かせてきた全ての痛みだ!!」
「がああああああああああああ!?」
鍵爪と拳を次々と叩き込み、回し蹴りで内臓を破壊する。更に尾を鞭の様に振るって首を打ち、ヤズミは血反吐を吐きながら地面を転がった。
「追撃は任せるぜセルヴィ!」
「任せて頂きましょう……!」
地面から無数の蔦が生え、一斉にヤズミへと絡みつく。セルヴィが植物と対話して力を貸して貰っているのだ。
「バレリアが闘志をむき出しにして熱く戦うのであれば、私は対照的に振舞いましょうか」
蔦は徐々にその数を増やしてヤズミに巻きつく。セルヴィはその顎に優しく手を添えた。
「ご安心を。この苦しみは死への誘い……たっぷり味わって逝きなさい。クラッチ!!」
「ごぶべあああああああああ!!」
蔦の締め上げが一気に強くなり、ヤズミは内臓どころか全身の骨を砕かれて倒れる。しかしそれで終わる程彼等は優しくなかった。
「今度は僕だ!せめてこれ以上苦しまないようにしてあげる!!」
マオの振るった斧で腰から両断され、ヤズミは血を撒き散らしながら壁に叩きつけられる。狙ってやったのかは定かでないが、その喉が瓦礫の棒に突き刺さって磔となった。
「随分と無様な姿になったもんだな」
若干の哀れみを感じながら、アルベルトはセーラと小春とケーナを伴い近づいた。
「アル、浄化は私がやるから貴方は存分に」
小春に言われ、アルベルトは苦笑しながら肩を竦めた。
「死にかけにとどめを刺してもなぁ」
「あら。じゃあ回復させてもう一回半殺しにする?」
そっちでも構わないと言いたげなセーラにアルベルトの苦笑は更に深くなった。
「いや、最低限の慈悲と救いだ。此処で終わらせてやる」
小春が錫杖を構えたのを確認し、アルベルトとセーラは剣を持って近づいた。
「タ……タシュ……ケ、テ……」
空気の漏れる喉で必死に言葉を紡ぐ姿は余りにも哀れで、そして滑稽だ。アルベルトは思わず噴出しそうな自分を戒めながら剣を掲げた。
「終わりだヤズミ。お前に散々振り回された分、此処で清算してやる」
その言葉と共に《エクスピアティオ》が輝き出す。まるでヤズミに残留した禍神の力を全て消し去ろうと言うかのように。
「いや、これは……そうか!」
刀身に刻まれた文字が輝き、その意味がアルベルトの脳裏に直接送り込まれる。
「我使命を受けし時、その牙と対なる愛を持って天地の民を治む……!」
それは《エクスピアティオ》が神剣であり、太陽神の血を引くアルベルトとアーサーにのみ忠誠を誓う意味。例え絶対神であろうと女神であろうと、それが神であるならばこの剣から逃れる事は出来ないのだ。
「これは絆!人とあらゆる生命が出会い育まれる心の輝き!その想いこそが審判の剣……真にして神なる裁き、その身に刻め!!」
文字は更に輝きを増し、刀身そのものを包み込む。アルベルトは裂帛の声をあげて剣を振り下ろし、ヤズミの残骸を一刀の下に斬り伏せた。
その後小春の術で辺り一帯を根こそぎ浄化し、《エクスカリバー》の主砲で瓦礫の大陸を1つの残骸も残さず消滅させて。アルベルト達は疲労困憊しながらも何とか自分達の部屋へと戻って来ていた。
「お疲れ様でした」
顔を上げると、お茶を置いたのはサリではなくユーディットだった。
「お陰で何とかな」
「私は何もしていませんよ?」
不思議そうな顔をする彼女に、アルベルトは小さく笑った。
「それでユーディット、1つ訊きたい事があるんだが」
「何でしょうか」
アルベルトは椅子から立ち上がり、窓の外に目をやった。
「元々《逆十字連合国》はヤズミに対抗する為に各国の足並みを揃える目的で結成されたんだよな。こうしてヤズミが倒された今、これからどうするのかって思ってさ」
「……」
ユーディットは微笑み、アルベルトの前で静かに跪いた。
「貴方に変わらぬ忠誠を。この答えでは不足ですか?」
「……いや、十分だ」
どうして此処まで大きくなったのかと、アルベルトは自分が集めて大きくしてしまった国に想いを馳せて苦笑いとも違う優しい笑みを浮かべた。
「では私は準備を手伝ってきますね。祝勝会、盛大にしようって話でしたから」
「ああ、期待している」
仮にも一国の王女に対する態度ではない気もするが、本人が気にしてないようだし構わないだろう。そう考えてアルベルトはベッドに倒れ込んだ。
「終わったのか……これで、全部……?」
いや、これはまだ始まりに過ぎない。ヤズミという共通の敵がいなくなった今、新たな敵ではなく秩序で《逆十字世界》を纏め上げて復興しなくてはならないのだ。
「さ、気張るとしますか。でもま、その前に皆で大騒ぎと洒落込むかね」
自分も準備を手伝おうとアルベルトは立ち上がり、部屋を後にした。
続く




