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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第七十五楽章 希望を胸に

《炎の日》から一週間。何とか重傷を負った天使の治療や、命を落とした者達の弔いを終えた《逆十字聖騎士団》は会議室で今後を話し合っていた。


「現状はどうなっている?メロディア、確かこの一週間は仲間と一緒にあちこち偵察に出ていたな」


「何処も酷い有様よ。《西国》は津波と破片の直撃を両方食らって壊滅状態……幸いルクレツィア王女が統率しているお陰で暴動や略奪は起こっていないけど、全域に目が届く訳ではないしね。《北国》はその津波と破片直撃に加えて寒波もあるから餓死者と凍死者が両方出始めているわ。夏だからまだマシだけど、冬ならもっと酷い事になっていたかも。《中央》は比較的被害が軽かったから、軍備を編成し防御を固めているわね」


《ヴァルハラ》の位置が北寄りだったのもあり、そういった直接的な被害は北と西に集中していた。だがだからといって《東国》や《南国》が無事かと言われるとそうでもない。


「《東国》と《南国》はヤズミの手だと思うけど、機械の天使がわんさと押し寄せて攻撃を行っているわ」


「機械の天使?」


聞き慣れない単語にアルベルトは思わず眉を顰めた。


「ええ。これはスケッチしてきたからそれで説明するわね」


メロディアはそう言って一枚目の絵を取り出した。そこには釣鐘に人間の上半身を取り付けたような無骨な黒い鉄人が描かれていた。


「彫られた銘は《サキエル》。見ての通り、巨大な手を使った殴打や全身の重量に物を言わせた攻撃を主体としたパワータイプよ。その分動きは鈍重だから与し易いと言えばそうなんだけどね」


次に取り出された絵は一見鳥のようにも見える。だが鳥で言えば鍵爪に当たる部分が鋭く長い刃とも槍ともつかぬ奇妙な武器になっており、どの様に戦うのか見当もつかない。


「こいつの銘は《ガギエル》。《サキエル》とは対照的に機動力を重視しているから、装甲と攻撃力に難あり。と言っても《サキエル》と比べればだから、下手なゴーレムよりは強力だと思うわ。主な武器はこの両腕の槍を使った突撃と、変形して高速機動形態になってからのソニックブーム。特に後者の威力は《南国》のゴリアテ宮殿の城壁を容易く貫く程度の威力があったのを確認しておいたわよ」


「ゴリアテだと!?じゃあユーディット王女とか」


「そっちは何とか城の兵士が身を呈して逃がしたみたい。けどあっちは《ガギエル》を1体倒すのに魔女が2人と兵士69人が犠牲になっていたわ。私達も加勢したんだけど、多勢に無勢で余り役には立てなかったの」


「気にするな。寧ろ大した戦闘の準備もしてなかっただろうに、よく戻って来てくれたよ」


落ち込むメロディアを慰め、アルベルトは目線で続きを促す。メロディアは頷いて次の絵を取り出した。シルエットは《サキエル》と似ているが、色は白く背中には荘厳な翼が広がっている。そして右手には長大な砲が装備されており、その火力がどれ程のものかを想像させるに十分過ぎた。


「そして《ゼルエル》。火力・近接格闘能力・装甲・機動力全てにおいて先の2体を大きく上回るタイプよ。まだ数体しか確認出来ていないけど、こいつが出現した村や街は一切の例外なく破壊され尽くしていたわ」


「……」


ヤズミの考えが読めない。だが此処でうだうだと考えていたところで事態は解決しないとアルベルトは一旦それを脇にやる事にして立ち上がった。


「ありがとうメロディア。そして俺達が考えなくちゃならない事は、被災した国への復興支援とヤズミ並びに禍神の討伐だと思う」


「そうね。私も同意するわ」


セーラが賛成の意味で挙手し、他のメンバーも異論はないらしい。


「しかしどうされますかな?《逆十字聖騎士団》は確かに被害が少なく、戦力も申し分ありませんが全てに平等に手を差し伸べるという訳にも行きますまい」


慎重な意見を出すコルトンだが、今回ばかりはそれに対して議論が起きる様子もない。実際問題、今の《逆十字世界》は被害が全体に広がり過ぎていて一国で賄い切れるレベルではなくなっているのだ。


「それなんだけど、ルクレツィア王女とモニカ王女とエミリオ王からは伝言を預かっているわ。こっちは後回しで良いから他の国を支援して欲しいって」


「あいつら……」


災害の被害が殆どというのもある程度余裕がある理由なのだろう。確かに現状では今も現在進行形で機械天使の攻撃を受けている《東国》と《南国》への救援が急務と言えた。


「今の俺達で勝てる相手かどうかは分からないが、どっちかなんてみみっちい事も言ってられないよな?」


「当然です」


客将として《逆十字聖騎士団》に合流した女神達を代表してフレイヤが頷いた。


「あの機械天使は禍神の使徒。ヤズミなる者がその力を取り込んだのなら、彼の意思によって動いていると考えるのが妥当ですわ」


だったら尚の事あの天使を放置する訳には行かない。危険が増えるのは承知だが戦力をある程度分断する必要が出て来た。


「《南国》は俺とセーラ、《東国》は小春行けるか?」


「まだ本調子じゃないけど、支援くらいならやってみせるわ」


「ならば某が先鋒を!」


「妾も力を貸すのじゃ。魔界の軍勢もそなたに味方しよう」


《東国》への支援がどれ程必要かは分からないが、《エクスカリバー》の防衛戦力を減らす訳にも行かない。《南国》にはアルベルトとセーラ、リセルと忠勝とアリアンロッドが向かい《東国》は小春と聖四郎とルキナとリリィと元信が向かう事になった。


「残る者は《エクスカリバー》の守りを頼む。時間はない、すぐさま準備にかかり完了した者から順次出撃!」


『了解!!』


出撃する前にアルベルトはセーラを振り返った。


「脇腹の傷は大丈夫か?」


「心配しないで。この程度ならすぐに治せるし、貴方の戦場へは何処にだって着いて行くって決めてるのよ」


アルベルトは小さく笑い、彼女の髪をそっと撫でてから走り出した。










リンドヴルムを駆り《南国》へと飛び込んだアルベルト達が見た物。それは次々と強大な火力で持って町と人を蹂躙する機械天使の姿であった。


「遠慮は無しだ!片っ端から全部ぶっ壊せ!!」


「分かってるわ。私が先陣を切らせて貰うわよ!」


ペガサスと化したエクレールを駆りセーラが《ラグナロク》を手に突撃を仕掛ける。上空から突撃を敢行しようとしていた《ガギエル》が知覚するよりも速く翼を両断し、返す刃で真っ二つに斬り裂いた。


「行きます!赤き流星!!」


リセルの魔力が赤い光となり、空高く舞い上がる。そして光は流星のように降り注ぎ天使達を貫いて行った。


「アル!」


「ちいっ!!」


傍らから《ガギエル》の1体が突撃して来た為、アルベルトは咄嗟に《エクスピアティオ》を使い防御する。しかし威力が思いの外高くリンドヴルムの背中から放り出されてしまった。


「ナメてんじゃねえぞ!こちとら速い相手ならセーラで慣れてんだ!」


防御する武器を《エクスピアティオ》から《カドゥケウス》に切り替え、アルベルトは体操の要領で《ガギエル》の背中に飛び乗る。分離させた《カドゥケウス》を全方位からぶつけて動きを止めたところで、背中の中央に《エクスピアティオ》を突き刺す事でとどめを刺し、下に回り込んだリンドヴルムに乗り移った。


「……」


「忠勝は地上に降りて《サキエル》を相手にしてくれ。力比べならお前の本領だろ?」


「……!」


こくりと頷き、忠勝は猛然と地上へと突っ込んで行く。その勢いのまま《サキエル》を3体轢き壊しながら着陸し、《蜻蛉切》を振り上げて群がる天使に襲い掛かった。


「アルベルトさん。《ファフニール》では彼等を弱体化は出来ないみたいです。ですから皆さんの強化に専念します!」


リンドヴルムの背中に相乗りして力を幾度も解き放っていたアリアンロッドが少し悔しそうに言った。


「分かった。そっちは任せる……突っ込むぞ!!」


「え?うわひゃあああ!?」


突如加速され、アリアンロッドは思わずアルベルトの腰にしがみついていた。元より姉達(特にフレイヤ)と比べると発育に乏しい上に、簡素とはいえ鎧を着込んだ身体ではさして生々しい感触などある筈もないが、それでも異性に抱きついたのは初めてなのだ。


「怖いか?」


当のアルベルトは慣れているのか最初から女扱いしていないのか、ごく普通にアリアンロッドを気遣う目を向けてくる。流石に戦闘中なので、彼女も頭を切り替えたが無性に悔しいのは何故だろうか。


「怖くないです!」


「そ、そうか」


《ファフニール》の力を解き放ちながら、アリアンロッドは内心で大いに不貞腐れていた。










「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


《東国》で暴れる天使を相手に聖四郎は全力を込めて飛び掛った。しかし《サキエル》の装甲は聖四郎の予想を超えて硬く、彼の槍と炎の両方を防いでいた。


「ぬう……!今の某では貫くには至らぬでござるか!」


「セイシロウさん、なら此処は私が!」


聖四郎が動きを止めた1体にリリィの砲撃が突き刺さり、これは数体を纏めて串刺しにした後爆発させる。貫通力に長けた風属性の砲撃を宝石で底上げしたリリィの奥の手であった。


「相変わらず凄い威力でござるな」


「最終練成で作った線維を布にして《アバリス改》を包んだだけなんですけどね。それだけで威力が此処まで増大するってどんだけですか」


自分でも予想していなかった規模の破壊力に流石のリリィも冷や汗をかく。その2人を追い越すように元信が飛来した《ガギエル》を迎え撃った。


「ならば此奴は私が貰おう!弾劾拳!!」


勢いをつけるように回転させた右腕が槍のように《ガギエル》の目を貫く。それだけで元信の攻撃は終わらず、《ガギエル》の体内に押し込まれた拳に込められた気が爆発を起こして内部から天使を破壊した。


「ぬ!?この殺気は……!」


本来なら機械である天使に気配も殺気もない。しかしそれでも聖四郎がそれを感じ取れたのは、純粋に唯の勘であった。


「散開!!」


ルキナの指示で聖四郎達は全員その場から飛び退る。さっきまで彼等がいた場所を巨大な光が駆け抜け、後には焦げて抉れた地面以外何も残っていなかった。


「あれが《ゼルエル》にござるか……なるほど、この強さは本物!」


聖四郎は背筋を伝う冷たい汗と高揚による熱い汗の両方を感じて思わず笑みを浮かべていた。


「《サキエル》の装甲すら貫けぬ某が何処まで戦えるかは分かり申さぬ……しかし!背に守る者がいるにも関わらず、此処で退いては武士に非ず!何よりもおとこに非ず!!」


背後で小春が術式を組み立てている。先の戦いで彼女が戦わなかったのは、偏に此処で戦い続けるのではなく国そのものを戦火と災害から守る為であった。


「コハルさんの盾となれるのならこのリリィ、何処までも。セイシロウさん1人にやらせはしませんよ」


《アバリス改》を構え、リリィは不敵に笑う。砲撃対決なら望む所だと言わんばかりに狙いを定めた。


「では参るぞ!妾達の誇りと誓い、受けてみよ!!」


《ベカトゥム》を抜き、ルキナが音頭を取る。聖四郎も頷いて槍を構えた。


「我が胸の炎、燃え尽きる事無し!真田聖四郎、父祖の名誉と己が武に懸けていざ参る!!!」


2発目の砲撃をチャージする間に間合いを詰め、聖四郎は一番脆い関節を狙って槍を放った。


「たまにはこういうのも良いな。今井元信、師母の名と己が野心に懸け……推して参る!!」


砲身を殴りつけて射線を逸らし、元信は長大な砲そのものを足場にして駆け上がる。聖四郎が槍を刺して幾らか脆くなった右腕目掛けて拳と蹴りの雨が襲い掛かった。


「リリィ殿!今にござる!!」


「わーかってますって。ルキナさん、合わせて下さいな」


「うむ!」


《ベカトゥム》の剣先に魔力のスフィアが現れ、徐々に肥大化していく。それと同時にリリィも《アバリス改》のチャージを終わらせた。


「これがお披露目じゃ!超重力の斬撃を受けるが良いわ!!」


「一撃必滅……ディバイン・ブレイザー∞!!!」


ルキナの放った斬撃は空間を斬り裂き、更に斬り裂かれた空間の帳尻を合わせようと周囲全ての空間そのものが揺らぎ刃となる。リリィの放った砲撃は《ゼルエル》の一部を消滅させ、それによって生じたエネルギーを起爆剤にして更なる破壊を齎す。ルキナの斬撃で生じた揺らぎをも取り込み、《ゼルエル》を飲み込んでいった。


「皆ありがとう……術は完成したわ!」


「待っていたでござる小春姫!」


錫杖を振り上げ、小春は術式を発動させた。


「我が魂魄は守り、この命果てるまでこの地を脅かす事罷りならぬ……!それは絶対の護りなり!来たれ絶界!!」


それは小春が使える最大の守り。あらゆる事象の干渉を断ち、内外のいかなる存在であろうと小春の命が尽きるか術を解くまで手を出せない最強の結界である。


「織江、此処は完了したわ」


(あいよー。そんじゃ転送するから集まって鈴を鳴らしてね)


この結界は小春と織江が会得している仙術の物であり、干渉し内部の人間や品物を取り出すには織江の転送術しかない。いわば唯一の例外と言えた。








その後、残る《南国》《西国》《北国》を小春の絶界で守護しアルベルト達は何とか《エクスカリバー》へ戻って来ていた。


「お疲れ様です。まずはこれを飲んでゆっくり休んで下さい」


シャロンがトリアと手分けしてアルベルト達に調合したジュース(疲労回復・魔力回復の補助等の効果を持つ)を配り、汗を拭くタオルも一緒に手渡してくれる。アルベルトはその両方をありがたく受け取り、一息に飲み干した。


「コルトン、俺達が出ている間に状況の変化はあったか?」


「良くも悪くも無変化ですな。人民を落ち着かせ、何とか我々と話し合う余裕を得た者は続々と《エクスカリバー》に集まっております」


その中にはユーディットも含まれており、先程キュアリートが糸が切れたように取り縋って泣きじゃくっていたのを思い出した。


「分かった、すぐに行く。皆はゆっくりしていてくれ」


アルベルトは汗をざっと拭ってタオルをシャロンに返し、コルトンを伴って歩き始めた。


「ああ、それとアルベルト殿。ルクレツィア王女から言伝を預かっております」


「ルクレツィアから?」


コルトンは頷き、アルベルトに何かを記した紙を手渡した。









「お待たせして申し訳ない。少々事後処理に手間取っていまして」


応接室も兼ねた特別会議室には既にモニカやルクレツィア、エミリオにユーディットといった懐かしい顔ぶれやかつての世界会議で1度顔を会わせたきりの者など多様な人物が集まっていた。


「では緊急事態ですのでややこしい挨拶は抜きに、臨時世界会議を開催させて貰おう。議長は私……カルロス・アスリーヌが慣例に従い努めさせて貰う」


会議の内容は至ってシンプルだ。これからどうするのか、これに尽きる。


「我々《逆十字聖騎士団》はヤズミと彼が蘇らせた禍神の討伐に赴きます。それまでは各国に小春が張った結界があるので、何とか凌げるかと」


「馬鹿な!もしそれでその巫女が死にでもしたら結界は解かれ、奴等の攻撃を許す事になる!それよりは《逆十字聖騎士団》の戦力を各国に配分して守りに充てるのが当然ではないのかね!?」


「何時まで《勇者》に甘えているつもりだ!我々の軍備でも時間を稼ぐ位は可能な筈だぞ!」


会議は白熱していた。主な意見は二派に分かれており、1つは「《逆十字聖騎士団》の戦力を守りに充てる」意見。もう1つは「守りは各国が独自に行い、《逆十字聖騎士団》の全戦力を使ってヤズミを討伐する」意見であった。どちらにせよアルベルト達の力を完全に当て込んでおり、アルベルト自身としては後者の意見に賛同したいがどうにも釈然としないものがあるのも確かであった。


「そもそもがこのような若造に一騎当千の魔女を何人も抱える程の器があると!?元を辿れば彼女達は皆我々の国の出身者ではないか!」


「確かに。ならば全ての魔女を我々の手元に戻し、その残った戦力でヤズミを討伐すると言うのであれば吝かでないが……」


段々と会議の流れは「魔女を全員各国に引き上げさせる」流れに変わりつつあった。その事に苛立ったのか、ルクレツィアが立ち上がった。


「いい加減にしろ貴様等!今妾達が成さねばならぬ事は何か、それが分からぬ程貴様等は愚鈍なのか!?」


喧々諤々と遣り合っていた老人達はそれで一斉に口を噤んだ。


「もう良いでしょうルクレツィア王女。《北国》の意見を述べさせて頂きます」


モニカがゆっくりと立ち、穏やかに微笑みながらアルベルトに目を向けた。


「アルベルト様には先程ルクレツィア王女を通してお話した通りですが、我が《北国》・ルクレツィア王女の治める《西国》・そしてユーディット王女が治める《南国》の帝都ゴリアテは世界会議からの脱退を表明します」


「何だと!?」


「馬鹿な!この連盟から抜けてどうやって苦境を乗り切るつもりだ!?」


「ですから」


モニカは名前を挙げた2人と目配せし、凛とした声を響かせた。


「私達三国は《逆十字聖騎士団》への併合を望み、その傘下となります。この件は既にそれぞれの民にも伝えられており、承認を得てもおりますわ。他国の民からも崇拝されるとは相当暴れられましたわね、アルベルト様?」


「そんなに俺ってやらかしてるか?」


思わず普段の口調で訊くと、モニカは意味深に微笑んだ。


「それはさておき、この件は先程紙面にてお伝えした通り。お受け願えますか?」


「大方のあらましはコルトンから聞いている。此方としても拒む理由はない」


これは言ってしまえば脅しである。《北国》と《西国》、そして《南国》の最も大規模な国が《逆十字聖騎士団》に合流し傘下となればその規模と発言力は決して無視して良い物ではなくなる。結果かなりの無理が通り易くなり、余計な横槍も入れられる事が少なくなるという寸法であった。


「なるほどな……本当にお前は何処までも俺の予想を超えてくれる。ルクレツィア王女はともかくとして、身持ちが固い上に縁談を断り続けていたユーディット王女までその気にさせるとはどんな手品を使ったんだ?」


からかい混じりにエミリオが言い、ユーディットは真っ赤になって「そんなつもりは……!あ、でも決してアルベルト殿を軽視している訳では……」と普段の姿からは想像もつかなない位にテンパった様子を見せていた。


「なら改めて、今度は俺達の世界連盟とそちらで同盟を結ばせて貰えないか?内容は《逆十字聖騎士団》と《中央》の内容を引き継ぐので構わないが」


「良いのかよ?そっちの爺さん達の意見を聞かなくて」


すっかり何時もの調子で話すアルベルトに、エミリオはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「構いはしないさ。どうせ話に付いて行けなくて思考放棄してやがるし」


「……確かに」


議長であるカルロスに目を向けると苦笑しながらも頷いたので、アルベルトは改めてエミリオと握手を交わす。


「それにしても、もう騎士団なんて言える規模じゃないだろこれ。新しい名前を考えた方が良いんじゃないか?」


「それもそうだな。今度からは《逆十字連合国》と名乗るか」


此処に同盟は締結され、《逆十字聖騎士団》改め《逆十字連合国》はエミリオ達と改めて共同戦線を張る事となった。アルベルト達はヤズミと禍神の討伐に全力を注ぎ、エミリオ達はこれをバックアップする。そういった内容である。








その後。避難してきた他の国の住民を手当てしたり食糧を配ったりしているのを眺めながら、アルベルトは来る戦いに対する高揚とヤズミに対する憎悪を持て余していた。


「よう」


「カイル!無事だったみたいだな」


顔を上げると、カイルが配給で受け取ったらしいパンとベーコンを纏めて齧りながら笑っていた。


「聞いたぜ。《西国》も抱き込んで今じゃ俺達の王様ってな」


「よせやい。まあ結果的にそうはなったが、お前絶対に俺に跪いたりするなよ」


カイルは「するか!」とアルベルトの背中を叩きながら腰を下ろす。唐突に静かになったと思いその顔を見ると、静かな悲しみを湛えているようにも見えた。


「あの災害で俺の船も沈んじまってな。野郎共も結構な数逝っちまいやがった。生き残りは俺の家族も含めて全員此処に来ているから、力仕事でも雑用係でも好きに使ってくれ。体力と馬鹿力だけは人一倍の奴等だ」


「そうか……まあ、無骨な船だが自分の家だと思って寛いでくれ。仕事についてもすぐに手配する」


「たのまぁ」


残ったパンを殆ど飲み込むように食べ、カイルは得物の錨と銛を磨き始めた。


「この災害を起こした奴等を倒しに行くのなら俺にも一枚噛ませろ。一発でも殴ってやらねえと気が済まねえ」


「ああ、その時はよろしく頼む」


アルベルトとカイルは互いの拳をぶつけ合わせ、その場を後にした。









小春の結界で今すぐヤズミの軍勢に世界を蹂躙される心配はなくなった。それはつまり幾許かの猶予があるという事であり、アルベルト達はそれを目一杯に活用して最後の特訓に勤しむ事となった。


「でりゃあああああああああああああああああ!!!!」


「おおおおおおおおおおお!!!!」


訓練場で激しく戦っているのはバレリアと元信である。彼女の頭にはシンプルなデザインのサークレットが装着されており、これはミスティがアルベルトの腕輪を作る上で偶発的に開発された装備であった。効果はバレリアの狂化をある程度抑制する物で、少なくとも以前のように脇目も振らずに突撃を仕掛けて行かない程度には冷静になる代物であった。


「なるほど、普段の狂気に満ちた暴れぶりも悪くないが貴殿の本来の力もまた格別!これは心が躍る!」


「それ褒めてるのかい?まあいいや、存分に暴れるぜ!」


ミスティ達も少しでも性能の良い武具やポーションの開発に余念がなく、《逆十字連合国》全体が決戦の空気になっていた。


「恐らくはアムドゥシアスとの戦い以上の血戦になるであろうな。アルよ、そなたに覚悟はあるか?」


「大丈夫だ。死を恐れはしないが、死ぬ覚悟は絶対にしない。必ず皆で生きて帰ろう」


ルキナは剣を収め、「それで良い」と優しく微笑んだ。









          続く

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