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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第七十二楽章 壊れた戦乙女

「王女セシル……最初の《戦乙女ヴァルキリー》か」


衣服は魔力で構築したらしく、動きやすそうなドレスに身を包んでいた。こうして見るとセーラに何処と無く顔立ちが似ており相当な美人なのは確かだが、その瞳には抑え切れない狂気と憎しみが渦巻いていた。


「まずはそうね。この子には悪い事をしたわ」


セシルは苦笑気味に小春の身体を丁寧に横たえて呟いた。


「一体どういうつもりだ?小春を操って此処までやって来た理由は」


「その質問に答える前に、私からも質問させて貰っても良い?何故貴方が《エクスピアティオ》を持っているのか」


アルベルトは一瞬迷うが、別に話しても構わないだろうと開き直った。


「親父の形見だ。だが親父がどうやってこの剣を手に入れたかは分からない……これで満足か?」


「そうね。確かに貴方自身は知らないようだし、分かったわ。私の目的はこの身体を取り戻し復活する事……そして復讐よ」


「復讐、ねぇ……?」


アルベルトとて《勇者》アーサーと《戦乙女》セシルの悲劇は聞いている。だが最終的に父親を庇いアーサーに討たれた彼女がどうして今頃復讐などと考えるのかが理解出来なかった。


「貴方には分からないでしょうね。好きに生きて好きに人と関わって、それでいて皆に賞賛され認められ……裏切られる事もない貴方には」


「何が言いたいんだ」


セシルは嘲るような笑みを浮かべてアルベルトを見据える。元が美人なだけあり、そうした表情には恐ろしい程の凄みがあった。


「アーサーは唯平和を、世界の幸福を求めていたわ。私も決して多くを望んだ訳じゃなかった。富も権力も名誉もいらない、唯アーサーと静かに暮らし……やがて子供を産んで穏やかに生きていければそれだけでよかった。でも神は、人はそんなささやかな願いすらも許してくれなかった!」


泣き叫ぶようにセシルは叫ぶ。その言葉で彼女がどれ程の無念に泣いたのかが痛い程伝わってきた。


「何がいけなかったの?誰かを愛する事が罪だとでも?それとも神に神託を受け、《戦乙女》となった私と《勇者》となったアーサーには人並みの幸せなんて過ぎた物だという事!?」


涙を流しながらセシルは笑っていた。その笑みは決して綺麗なものではなく、憎悪と悲しみに彩られた寒気を感じさせるものであったが。


「そうだな……俺は確かに恵まれているよ」


自分が《勇者》を名乗ってから今日に至るまで、どれ程の仲間に助けられて来たかを思い浮かべながらアルベルトは頷いた。


「あんたの悲しみも怒りも俺には理解し切れないが……」


《エクスピアティオ》を抜き放ち、アルベルトは戦う意思を示すように身構えた。


「何処かで誰かが止めないと、憎悪の応酬になって終わりが無くなってしまうんだ。だから俺があんたを止める!」


「そう……きっとアーサーも同じ様に言うわね。本当に、残酷な位に貴方達はよく似ているわ」


セシルはアルベルト達に背中を向け、力を解き放つ。その凄まじいまでの衝撃波はアルベルト達に一瞬たりとも抗う事を許さず背後の壁に叩き付けた。


「この子の身体を貸して貰った義理立てとして、貴方達の《逆十字聖騎士団》は滅ぼす対象からは外しておくわ。死なせたくない相手がいるなら、今のうちに乗せておく事ね」


それだけ言ってセシルは姿を消した。アルベルトは自身のダメージを確かめながら立ち上がり、《エクスカリバー》が本当の意味で方舟になりかねない事態に戦慄を覚えてもいた。









ダメージを受けていたエミリオ達を連れて地上まで戻り、治療を受けさせながらアルベルトは今後の行動を吟味していた。


「セシル王女が真っ先に復讐に来るとしたら、十中八九このセントラルで一暴れすると踏んでたんだが……宛が外れたな」


人的被害が出なかった事は嬉しいが、こうなってしまうと何処で何をしでかすつもりなのかがさっぱり分からない。


「神にも復讐すると言っていたし、先にそっちじゃないかしら」


「だとしたら何処に行くんだ?その辺の神殿でも片っ端から潰して回るとか……」


セーラは首を振った。


「神々の住まう国というのはこの空の上にあると言われているわ。その名も《ヴァルハラ》、私も実物を目にした事はないけどこのペンダントがその場所を示しているみたい」


セーラのペンダントは彼女の掌で浮かび上がり、まるでコンパスのようにある方角を指し示していた。


「《ヴァルハラ》ね……しかしどうやってそこまで行ったもんか。この方角、完全に空の上だぞ?」


《エクスカリバー》の限界高度が何処までか知らないが、戦闘能力のない一般人も大勢収容している今では最前線に乗り込むのはリスクが高過ぎる。


「リンドヴルム、お前なら飛べるか?」


(悔しいが我は所詮《飛竜ワイバーン》。神の領域に至る権限は持っていないのでな)


「じゃあ竜でそこまで飛べる権限がある奴って誰だ?」


(《古竜エンシェント》と、後は……)


リンドヴルムが言いよどんだ時、アルベルトの服を誰かが摘んだ。


「誰だ……ってケーナ、どうした?」


「ケーナが飛べるよ」


「へ?」


セーラやセルヴィも驚いて腰を浮かした。


「アルがケーナを召喚出来るようになれば、ケーナもシルヴァーナの力を全部使える。そしたらケーナがアル達を《ヴァルハラ》まで乗せて飛んで行くよ」


「召喚って、ケーナお前……意味分かって言ってるよな?それこそ俺が死ぬまで、一生俺の言葉に逆らえずに扱き使われるって事だぞ」


ケーナは珍しく笑顔ではなく、真剣な目で頷いた。


「いいよ。ケーナを、アルだけの竜にして」


こうしている間にもセシルは《ヴァルハラ》へ向かい、何かを起こそうとしているのだ。無論それが間違いで全く別の場所にいる可能性もなくはないが、今は賭けるしかない状態であった。


「……分かった。ケーナの力、使わせて貰う」


右手に《ゲイボルグ》を召喚し、アルベルトはその穂先をケーナの額に向けた。


「我が意に従い、我が声に応えるべし……!」


「……」


ケーナは目を閉じて静かに立っている。その姿は超然としており、普段の柔らかな空気は微塵も感じられなかった。


「それは創世より抱かれし大いなる希望。この日この時、未来を望むならば応えよ」


《ゲイボルグ》から伸びる光がケーナの胸に当たり、2人の間にはっきりとした繋がりが生まれる。


「その名は創世竜シルヴァーナ!我は汝の鎖を手繰り、雷鳴を導と変える者。アルベルト・クラウゼン!」


「我が創世を持って汝の契約に応えん」


ケーナの声だが、口調はシルヴァーナだった。この時をもってケーナはアルベルトの竜となったのだ。


「ありがとアル。急ごうね」


「分かってる。頼むぞケーナ」


慌しく準備に取り掛かる仲間達を見送り、アルベルトはセーラに向き直った。


「今回は休むか?」


「どうして?」


「相手は身内みたいなもんだろ」


セーラは珍しく「行く」と即答しなかった。かつてセシルを切る事で立場を守ろうとし、その王を見捨てる事で今までの流れを得たアスリーヌ家。その事実がセーラの心に圧し掛かっているのだろう。


「……ううん、私も行くわ。身内だからこそ、私がケリをつけないと」


「そうか。1人で気負うなよ?セーラは俺の騎士なんだし、だったら俺にも背負わせろ」


セーラは少し複雑そうな顔で微笑んだ。


「アル!妾も行くのじゃ!」


「ルキナ!?お前、城の方はどうしたんだ!」


政務をほったらかして飛んで来るなどルキナらしからぬ行動に流石のアルベルトも飛び上がった。


「《戦乙女》が蘇り復讐の為に動いたなどと聞いて安穏とはしておれぬわ!もし彼女が《ヴァルハラ》へ向かい、神々が作った負の遺産のうちどちらか1つでも手に入れたら取り返しがつかなくなるのじゃぞ!」


「負の遺産?」


ルキナは堅い表情のまま頷いた。


「全てを破壊する滅びの剣・《ラグナロク》。そしてかつて神々と戦い封印された3体の禍神まがつかみ……鬼神ヘル、魔神ロキ、邪神ヨルムンガンド」


ルキナの口調は淡々としていたが、その名を聞くだけでも凄まじい力を感じるのが分かる。アルベルトは知らないうちに気持ちの悪い汗が滲んでいた左手をきつく握り締めた。


「3体の禍神は石像に封印され、互いの視線を交わらせる事で封印をより強固なものとしておる。しかし何者かがその石像を動かし視線を逸らせた時、長きに渡って封じられてきた力は解き放たれ全てを無に帰すと言われておるな」


「だとしたら、どちらにしても俺達は真っ先に《ヴァルハラ》へ行かなくちゃならないって事か?」


ルキナは頷き、アルベルトの右手に目をやって眉を顰めた。


「アル、そなたの腕輪はどうしたのじゃ?」


「腕輪?……って何時の間に」


気付かない内にすっかり罅だらけになってしまった腕輪にアルベルトは思わず苦笑してしまう。しかし何時壊れてきたのか全く覚えがなかった。


「見たところ封印の力は弱まっておらぬようじゃし、余り心配は無いのかもしれぬが……注意はしておくべきであろうな」


「だな。教えてくれて助かった」


この期に及んで不安要素が増えたと微苦笑しつつ、アルベルトは《エクスピアティオ》を背負い直す。立ち止まっている暇など無いのだから。


「ケーナ、何人までなら一緒に飛べそうだ?」


「んー……アルが連れて行きたい人皆連れて飛ぶよ。タダカツはちょっと重いけど」


忠勝は重すぎである。だが彼は自前の飛行能力があるので、ケーナの後ろを付いて来て貰えば良いだろう。限界高度が何処までか知らないが。


「そういえばセルヴィ。小春は大丈夫か?」


「芳しくないですね。唯でさえ《紅桜》の封印にかなりの力を使ったのと、セシル王女に身体を乗っ取られた挙句にかなりの無茶を強いられたようですから……」


「分かった。なら今回は小春を連れて行く訳には行かないな」


今も昏睡状態の小春を叩き起こして戦いに借り出せる程アルベルトも外道ではない。他のメンバーにも確認を取り、アルベルト達は城の中庭に集まっていた。


「悪いなアル。本来なら俺達が軍を動かしてでもやらなくちゃならない事なんだが」


「同盟国なんだ。頼ってくれよ」


包帯をあちこちに巻いたエミリオの肩を叩き、アルベルトは白銀の竜となったケーナの背に跨る。その後ろにセーラとリリィ、マオ、ルキナ、リセル、聖四郎、元信、菊千代が相乗りする事となった。


「ところで菊千代」


「何だ?」


「織江とは話せたのか?」


菊千代は気まずそうに目を逸らした。


「俺が言うのも何だが、話せるんだからそれくらいはやっておけよ」


「……そうだな。この戦いが終わったらそれくらいはしても良いか」


アルベルトは軽く頷き、ケーナの首を軽く叩いた。


「よーし。ケーナ飛んでくれ」


(うん!)


翼をひろげ、ケーナはアルベルト達を振り落としかねない勢いで加速し飛翔する。たまらずアルベルトはケーナの首にしがみつくハメになるが、冷静な部分がちょっと拙いのではと思ってしまう程度には余裕があった。忠勝はその後ろを背中のスラスターを噴かす事で追いかけた。


「け、ケーナもう少しお手柔らかにだな……!」


(でもこれくらい加速しないと障壁を抜けないよ?)


「障壁!?」


ケーナが感じ取ったところによると、《ヴァルハラ》は外敵の侵入を阻む為の障壁が張られているらしい。これによってかつてアムドゥシアスが暴れていた時も安全だったのだという。


「それって自分達は安全な場所にいて全部人間や竜に丸投げしたって事だよな?」


(かもしれないね)


一瞬助けに行く気が失せ掛けるも、流石に見過ごして《逆十字世界》そのものが滅んでは目も当てられない。アルベルトは気を取り直して姿勢を正した。


「近いわ!ケーナ注意して!!」


(うん!……っ!?あああああああああああああああ!!!!)


「どわあああああ!?」


セーラの声とほぼ同時にケーナは障壁に激突する。全てを拒絶するような凄まじい力場に美しい白銀の鱗が次々とはじけ飛ぶ様に、アルベルトはたまらず立ち上がった。


「ケーナ無理するな!俺が障壁をぶった切って……!」


その時だった。右手の腕輪がピシリと音を立てて罅割れ、竜の力とは異なる力が右手の中から解き放たれる。その力は障壁を中和し、ケーナが楽に潜れる程の穴を開けた。


「アル、今何したの?」


「いや、俺にも分からないんだが……何にしてもチャンスだ!ケーナ頼む!」


(任せて!)


自らを鼓舞するように咆哮をあげ、ケーナは更に加速して浮遊する巨大な大陸へと向かって行った。









「此処が《ヴァルハラ》……」


《逆十字世界》を遥か眼下に望む浮遊大陸。広大で美しく、まさに神の住まう地に相応しい雰囲気である。しかしアルベルトは不思議な懐かしさと同時に言い知れない嫌悪感のような物を同時に感じていた。


「っと!」


地面を揺るがす爆音と遠く上がる炎。距離と大きさからして相当な規模での戦いが行われていると分かった。


「どうやら運は俺達に味方してくれているらしい。リンドヴルム!」


(心得た!)


召喚された疾風竜は翼を拡げ、加速の体勢を取る。流石のケーナも障壁突破で受けたダメージが大きいらしく、しばらくは動けそうになかったからだ。今は人間の姿に戻り、リリィのヒールで傷を癒していた。


「まずは俺とセーラ、ルキナと聖四郎で先行する。他の皆はケーナが回復し次第追いかけてくれ。それと小春……は、いなかったな」


「分かりました。ケーナさんの事はこのリリィに万事お任せ下さい」


「……まあ、嫌がられない範囲でな」


この暴走列車を止める事は不可能だと感じ、アルベルトは溜息混じりに苦笑いした。


「さて、ケーナに此処までさせたんだ。今度は俺達が暴れる番だぜ!」


「その通りね。何処までも付いて行くわよアル!」


「背中はセーラに預けるとしよう。そなたの死角は妾が受け持とうぞ」


「某も全力で参るでござる!此処にはおられぬ小春姫の分も我が闘志を燃やし尽くしてみせまする!」


4人の仲間を乗せ、リンドヴルムは爆音の止まらない箇所へと猛然と飛翔した。










「はあああああああああああああああああああああ!!!!!」


屠った天使兵から奪い取った剣と槍を振るい、セシルは自分に向かってくる天使達を一切の躊躇なく次々と斬り捨てていく。その姿は歴戦の経験を感じさせるものであり、彼女が死ぬまでの間にどれ程の敵を葬ってきたのかを窺わせるものであった。


「待ちなさい!」


彼女の前に舞い降りた4人の女性。彼女達は天使ではなく彼等を統率する女神であった。


「豊饒の女神フレイヤ、春風の女神ティファニアス、雷鳴の女神トール、そして闘争の女神アリアンロッド……思っていたよりも早い到着ですね」


フレイヤと呼ばれた女神は黒髪を長く伸ばし、4人の中では最も年長に見える容姿(といっても二十代後半という辺りだが)を持っていた。普段は柔和に微笑むのであろう容貌を厳しく戒め、自分の身の丈程もある巨大な弓を構えている。春風の女神ティファニアスは十代後半辺りの容姿で、栗色の髪を長く伸ばし緑色の鎧に身を包む騎士めいた姿だった。得物は透き通るような刃を持つ美しい宝飾剣で、切れ味よりも別の力を携えているように思えた。


「これ以上、《ヴァルハラ》の平穏を乱させはしません!かつて父より力を授かりながら何故!?」


闘争の女神アリアンロッドは4人の中では最も若く、純白の髪をツインテールで纏め、同じ様に白い肌と真紅の瞳を持つ青の鎧を纏った十代半ばの少女だった。闘争を司る割に見た目は小柄で覇気もなく、大人しい容姿であるが手の得物は巨大な盾と馬上槍というかなりごつい装備である。そして雷鳴の女神トールは緩くウェーブのかかった金髪をアップにして纏めて上げた二十代前半の女性で、ティファニアスやアリアンロッドとは違い鎧を纏っていない。その右手には頑健な手甲が装備されていて、更に熊程度なら一撃で叩き潰せるのではというような巨大な鉄槌を持っていた。


「何故?命懸けで人間と貴女達神々の為に戦い魔王を封じたアーサーに対して人間がやった仕打ちをしらない訳じゃないでしょう?そして貴女達神々は何もしなかった」


天使の血糊で汚れた剣の切っ先を女神達に向け、セシルは湧き上がる憎悪を隠そうともせずに言い放った。


「渡して貰うわ。《ラグナロク》を……そしてまずはこの《ヴァルハラ》を破壊する!」


「させません!」


腰を落とし、アリアンロッドが背中から光の翼を3対拡げて加速する。盾と槍を使い攻撃と防御の両方を兼ね備えた突撃は、並の人間なら見切る頃には倒されていると言える程の加速力があった。


「ふ……っ!!」


セシルは持っていた槍を投げつけ、一旦屈んでから飛び上がる。すかさず槍を弾き飛ばして追撃しようとするアリアンロッドを笑い、彼女は握っていた拳を開いた。


「あっ!?」


手に握られていたのは地面の砂。如何に女神と言えど不意を突かれて視界を奪われてはどうしようもない。


「アリア!させるものですか!!」


フレイヤの放つ矢が空中で無数に分裂し、あらゆる方角からセシルに襲い掛かる。しかしセシルは慌てる事なく力を解き放ち、衝撃波で全ての矢を消滅させた。


「《ヴァルハラ》の英霊達よ、我が呼び声に応え今こそ集え!《ニーベルング》!!」


ティファニアスの武器である《ニーベルング》は剣としての性能は低いが、あらゆる戦場において命を散らした兵士達を英霊として召喚する事を可能とした召喚器の側面を持つ剣であった。ついさっきセシルによって殺された天使達が再び英霊となって蘇り、全力でセシルに攻撃を仕掛けていく。


「今度はこいつも持って行きやがれ!《ミョルニル》!!」


トールの武器である《ミョルニル》は轟雷を纏って輝き、彼女の豪腕によってセシル目掛けて投擲された。流石のセシルもこれを正面から受け止める事は出来ず、たまらずバランスを崩したところで英霊達が一斉に四方から仕掛けた。


「今よアリア!」


フレイヤに頷き、何とか視界を確保したアリアンロッドが体勢を立て直して構えを取った。


「お願い《ファフニール》!もう一度私に力を貸して!」


彼女の声に応えるように槍と盾が澄んだ音を響かせる。アリアンロッドが持つ武器・《ファフニール》は味方を守る守護と力と敵を弱体化させる矛の力の両方を持つ。即ちアリアンロッドの得意とする攻防一体の戦闘スタイルによく合った装備であった。槍の穂先から放たれる光が英霊を蹴散らしたセシルを捉える。女神の力が彼女を戒め、動きを止めたがセシルは怯む事無く剣を振るった。


「ならまず貴女から死になさい!」


弱体化しているとは思えない程のスピードでセシルはアリアンロッドに迫り剣を振り下ろす。小柄な彼女に合わせて軽めに作られていた鎧は防御に難があり、処女雪を思わせる白い肌に赤い線が幾筋も走った。


「きゃああああああああああ!!」


「アリア!」


地面に叩きつけられ、アリアンロッドは呼吸を乱されて迎撃が遅れてしまう。フレイヤ達の援護よりも早くセシルの剣が彼女を貫かんとしたその時だった。


「やらせるか!!」


アリアンロッドの視界を覆ったのは翠の閃光、そして蒼穹に編みこまれた剣と槍の逆十字だった。


「助けが遅れて済まない。《逆十字聖騎士団》団長、アルベルト・クラウゼン……これより助太刀させて貰う!」


アルベルトはリンドヴルムから降り立ち、《エクスピアティオ》と《レーヴァテイン》を抜いて身構える。


「そ、その剣は!?」


フレイヤが驚愕した声をあげる。女神としてはまだ若輩のアリアンロッドからすると、彼の剣の何が問題なのか分からなかったが。


「話は後だ。まずはこの駄々っ子を大人しくさせないとな」


アルベルトはそう言って《エクスピアティオ》を地面に突き刺し、振り返ってアリアンロッドに手を差し伸べた。


「立てるか?」


「は、はい……」


神どころか天使でもない筈のアルベルト。しかし彼の言葉には何故かアリアンロッドを惹きつける何かがあった。


「悪いがセシル王女。俺にはあんたの気持ちが分からないし、共感も出来ない」


「そうでしょうね。所詮貴方は認められた人間なのだから」


冷たく放たれた言葉にアルベルトよりも先にセーラが進み出た。


「心外ね。アルが本当に認められたのなら、この世界はもっと早く変わっているわ。アーサーと共に生きたいと言っていながら結局アーサーを止めてしまった……そんな中途半端な貴女にアルをどうこう言う権利なんてない!」


「綺麗事かもしれないが……」


アルベルトは《エクスピアティオ》を引き抜き、セシルに歩み寄った。


「先代の《勇者》アーサーが守ろうとしたこの世界をあんたが壊しちゃ駄目だろ。本当にアーサーを愛しているのなら尚の事だ」


「本当に綺麗事ね」


セシルは笑みを浮かべる。しかしそれは憎悪や怒りによる嘲笑ではなく、困った時に出て来る微笑だった。


「ええ、貴方の言う通り。こんな事をしても所詮は自己満足でしかないし、私も本心では復讐なんてしたくないのかもしれない。アーサーが愛し、守ろうとした世界ですものね」


「だったら……!」


「でも!」


アルベルトの接近を拒むように剣が向けられる。


「それでも私は私自身の無念を晴らさずにはいられない!例えそれがアーサーを裏切る事になろうとも!」


「滅茶苦茶だ!あんた自分が何言ってるか分かってるのか!?」


矛盾なんてものではない。完全に破綻した思考にアルベルトは混乱してしまう。


「アル、もう言っても無駄よ」


セーラは《アスカロン》を抜いて構える。


「流石は御先祖様というところかしらね。私もきっとアルを喪ったら同じ様になるでしょうし……その気持ちは痛い程分かる、だからこそ止めるわ!」


本当に手はないのかと悩むアルベルトの傍らにルキナが立った。


「もう彼女の心は壊れておる。残っておるのはアーサーへの愛と彼を裏切ったこの世界への憎悪のみ。楽にしてやる他あるまいて」


「……くそっ!」


やり切れない思いでアルベルトは神剣を構え直した。


「アルベルト殿、此処はもうやるしかないでござる。某達でこれ以上の罪を重ねる前に、止めてやるべきでござる!」


聖四郎に促され、アルベルトの腹も決まった。


「その憎しみの剣、もう振り下ろさせはしない!俺が……いや、俺達が止める!」


その言葉を皮切りに、アルベルト達は一斉に飛び出した。












            続く

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