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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第七十一楽章 小春墜ちる

アルベルトが人類最強と謳われた山根菊千代を下した。そのニュースは3日とかからずに《エクスカリバー》全体を駆け巡り、アルベルトはしばし自室で居心地の悪い思いをしていたのだがそれは当然と言えた。


「まあそれは置いといてだ」


病室で横になっている小春を見舞いつつ、アルベルトは少し不機嫌そうに彼女を見た。


「小春、何であんな無茶をしたんだ?結果的に菊千代もお前も助かったからよかったようなものの、下手したら死んでるところだ」


「う……怒らない?」


「聞いてから決める」


今回ばかりはアルベルトもなあなあで済ませる気はなかった。当初は菊千代と死闘を演じた高揚感で危機感が麻痺していたが、時間が経って冷静になると彼は生まれて初めて『血の気が引く』という言葉の意味を知ったのだ。


「分かったわ。菊千代小父さんが織江の身内だってのはもう話したわよね?でももしアルがそれを事前に知ってたら、何とか殺さないように決着をつけようとして手加減してしまうでしょ?それだと勝負以前にアルが死にかねなかったから……」


「そこは分かった。確かに菊千代の腕を考えれば、俺が手を抜きでもしたら死んでたのはこっちだろうしな」


あえて情報を伏せていた小春を責めるつもりはこの時点でなくなった。


「それで、最後に割って入ったのは……えっと……私の血を《紅桜》に吸わせる為」


「それはどうしてだ?」


「あの封印の術式は今の私だと十分な効力を発揮出来るか怪しかったの。まして相手は資料が残ってる中では最強最悪の絶刀だもの」


アルベルトは問い詰める事をせず、静かに小春の言葉を待った。


「私が使う仙術は巫女の力。術式の力を十全以上に発揮するには、術者である私の血を媒介にするのが一番なのよ。そ、それに……」


「それに?」


「それに……純潔であればその効力は数十倍にまで上がるから」


「……悪い」


今まで手出ししなかった自分を褒めつつ、アルベルトは大きく溜息をついた。


「アル……?」


「話はよく分かった。小春のその行動が無ければ、今頃俺は織江の身内を殺していたって事もよーく分かった。でもな」


少し乱暴に額をぐりぐりとやると、小春は痛がって顔を顰めた。


「無茶し過ぎだ。終わった事をグダグダ言う趣味もないし、今回はこれだけにしておく」


「ありがと。それと……ごめんなさい」


小春を余り追い詰めると、そのまま思いつめて何をするか分からない。アルベルトは今度は優しく頭を撫でて「早く良くなれよ」とだけ言って医務室を後にした。









小春の見舞いを終わらせ、少しばかり聖四郎達と体を動かそうと思ってアルベルトは格納庫を訪れていた。


「……って何で菊千代が起きてる!?」


「何、ここの医療技術が思いのほか優秀だったお陰でな」


それにしたって信じられない体力である。しかし菊千代が持っていたのは《紅桜》ではなく普通の刀であった。


「《紅桜》はどうしたんだ?」


「小春ちゃんが封印してくれたからな。刀と鞘の両方に術式を組み込み、互いを封じあっているから小春ちゃん以外に抜ける刀じゃなくなっている」


流石は小春と感心しながらアルベルトは《エクスピアティオ》を抜いて身構えた。


「折角だ。俺も混ぜてくれ」


「無論でござる!」


2本の槍を回転させながら突撃する聖四郎を迎え撃つべく、アルベルトも剣を振るって飛び出した。







そのまま総当りで戦い、結果は勝ったり負けたりである。小春が入院している為回復はミスティのポーションで行った後、互いの戦いぶりを話し合っていた時だった。


「あ、おったおった!アルー!」


「どうしたオリーヴ……何か企んでるな?」


ニヤニヤと笑うオリーヴは全身で企んでるとアピールしながらも首を振った。


「そんな大した事は考えてへんよ~。ちょおアルの伝記書こうって思ってるからその取材にな」


「大した事考えてるじゃねえか!何なんだ俺の伝記って!?」


「いやほれ、アルが世界を変えるんやったらマジでそれ歴史に残るで?そやったらそんな偉人の話を伝記に残すんは義務やと思うし」


とんでもない事である。唯でさえ目立つのが好きではないアルベルトからしたら、晒し者になるのと全く同じであった。


「いやいらねえよそんな伝記!」


「そうは言うても、うちがやらんでも誰かが勝手に書くで?それだけの事をやろうとしてるんやから」


「そうだったああああああああああああああああああ!!!!」


だったら変に神格化されて余計な逸話を並べられるよりは、アルベルト・クラウゼンという人間を良く知っているオリーヴに書いて貰う方が幾らか精神的に楽かもしれない。


「まあ安心し。精々そこら中で女の子落としまくって国作るレベルまで増やしたって事くらいしか書かんし」


「人をタラシみたいに言うなっての!!」


「違ったん?」


アルベルトは答えられずに崩れ落ちた。改めて考えると全く否定出来る要素がなかったのだ。


「ちゃんと書き上げたら見せたるから待っててな~」


「待ちたくねえ……!」


とりあえずまずはレベッカの所へ行くらしいオリーヴを止める気力も湧かないくらいに脱力したアルベルトは、しばらくその場で蹲っていた。


「あ、そうそう。執筆自体は織江がやってうちは編集及び販売担当やからよろしゅうな~」


「何がよろしくだこらああああああああ!!」


アルベルトの絶叫は虚しく響き渡り、聖四郎達は苦笑いするしかなかった。









そんな騒ぎから数日が過ぎ、小春も全快して退院となっていた。


「っ……やっぱり魔力も霊力もかなり落ちてるわね」


試しに術式を起動してみるが、炎の矢1つ撃つにも難儀する有様だ。


「後でアルにしばらくは前線に出られないって言っておかないと……」


そんな事を呟いた矢先、小春は今までにないぞっとするような怨念と憎悪の波動を感じて鳥肌が立つのが分かった。


「な、何!?」


小雪が部屋にいない(今頃はシバの背中を山に見立てて登山ごっこに忙しいだろう)のは幸いだったと何処か冷静な部分で考えながら、小春は残された力を総動員して怨念の出所を探っていく。ややあって、セーラから預かっていた髑髏からだと思い当たった。


「くっ……封印しないと……!」


髑髏から溢れ出す怨念が形を作り、小春目掛けて襲い掛かる。《紅桜》の封印を経て力の大半を消耗してしまっている彼女では、普段なら簡単に防御出来る筈のそれをまともに喰らってしまった。


「嫌……わた、私の中に入って来ないで……ッ!!」


今まで感じた事のない激しい憎しみと怒り、そして悲しみが小春を満たしていく。そのおぞましさと同時に深い憐憫を覚え小春は一瞬抵抗を忘れてしまい、それが決め手となった。


「小春ー。今開けても大丈夫か?」


(アル!?)


ドアをノックする音と確認を取る声に小春の意識はそっちを向く。だが彼女の口は言葉を紡がず、体の自由も効かなかった。


「いいわよ。入って」


(駄目!アル、逃げて!!)


ドアを開きアルベルトが入って来る。その瞬間小春は机に置いてあった短剣を握り彼に襲い掛かっていた。


「ぐっ!?」


慌てたのはアルベルトである。ドアを開けるなり小春に刺された(幸い左肩を掠ったくらいなので命に別状はないが)というのは尋常ではない。心当たりが無い訳ではないのだが。


「つか小春一体どうしたってんだ!?」


「此方の台詞よ!何故貴方が《エクスピアティオ》を持っているの!?それは、アーサーの物なのに!」


「は!?」


続く刺突をいなしながらもアルベルトは混乱していた。身のこなしが明らかに小春のそれとは違うのだ。


(寧ろこの動き方は……セーラの剣術によく似ている?……って分析してる場合じゃない!)


普段の優雅でゆったりとした動きとは違い、素早く鋭い確実に相手を殺そうとする動き。それがどうしても小春と結びつかず、アルベルトは攻勢に出られずにいた。


「おかーさん!?」


「小雪!?来るんじゃない、あっちで母さんやセーラを呼んで来てくれ!」


小春と遊ぼうと思って来たらしい小雪まで現れ、事態は更に悪化した。


「おかーさんどうしたの!?おとーさんが嫌な事したの?小雪がめってするから怒っちゃやーなの!」


「……」


余りにもあんまりな想像にアルベルトは状況も忘れて泣きたくなる。


「退きなさい。貴女に攻撃するつもりは……くっ!?まだ意識があるの?何て精神力……!」


小春は突然頭を抱えて苦しみ始める。


「アル、小雪……私なら大丈夫だから、必ず戻って来るから……あああああああっ!?」


「おかーさん!おかーさん!!」


小春は小雪の手を振り払って立ち上がる。その時にはまたアルベルトを憎悪の篭った目で睨みつけていた。


「仕方ないわね。まずは何にしても身体を取り戻さないと、《エクスピアティオ》を取り戻す事も出来ないわ」


そう呟き、小春は転移魔法で姿を消した。


「おとーさん、おかーさんは?」


「大丈夫だ小雪。俺が必ず連れ戻すから」


そう言いつつ、小春が何処に行ったのかもさっぱり分かっていなかったが。


「……ん?待てよ」


さっき小春は何と言っていたか。《エクスピアティオ》を見て「アーサーの物」と言っていた。アーサーとは先代の《勇者》であり、つまりあの小春は別の誰か(恐らくはアーサーの仲間)に乗っ取られていたと考えるのが自然だろう。


「とはいえそれが何処のどいつかについては皆目見当もつかんと」


どうしたものかとしばし考え、困った時はセルヴィに訊ねるに限ると思い出して立ち上がった。


「小雪は母さんのとこで待ってな」


「あい……」


悲しそうに頷いて去って行く小雪を見送り、アルベルトは一瞬自分も付き添うべきかと考えたが事は一刻を争う。心の中で小雪に謝ってから走り出した。








「コハルが誰かに操られて姿を消した!?確かですかアル」


「ああ。この目で見た……つか刺された」


既に血は止まっているものの、真新しい傷跡は未だに残っている。その様にセルヴィは形の良い眉を顰めた。


「ではミューズを呼びましょう」


「頼む」


セルヴィは一旦目を閉じて精神を集中させ、自分の中に精霊ミューズを下ろした。


「何か問いたい事があるのですね?」


「ああ。小春を操った奴が何処に行ったのか、それを知りたい」


「操った者に心当たりが?」


というより出来る限り質問の権利を温存したかっただけなのだが、アルベルトは軽く頷くに留めた。


「問いに答えます。コハルを操った者はセントラル城の地下を目指しています」


「セントラル城の地下?何でまた……いや、そんな事は追いついてから確かめれば良いだけだ。ありがとうミューズ、また何かあったら頼む」


微笑んで頷き、ミューズは再びセルヴィの中へと戻って行った。


「行くんですね?」


「当たり前だろ。必ず取り戻す」


そう宣言し、アルベルトはセーラ達を呼ぶ為艦内通信機を手に取った。









一方その頃。エミリオはセントラル城の執務室で午後の暖かな陽気に眠気を誘われながら仕事に勤しんでいた。よく王というと謁見の間にいるイメージがあるかもしれないが、あの間は精々王の威厳を見せ付ける為に使うのが精々なので滅多に使われない。この辺りはエミリオが王にしては腰が軽く、配下の貴族を呼びつけるよりも自分が会いに行って話をする事が多い所為もあるかもしれない。


「陛下。今月分の収支と民からの陳述書です」


「おう助かる……つかガーベラ。変に畏まられても俺が困るんだけどな」


王の婚約者であると同時に秘書を勤めるガーベラはくいっと眼鏡を直して不敵な笑みを浮かべた。


「しかし陛下、正式な婚姻がまだの以上私は陛下の部下です。その私が気安い口を聞いては他の者に示しが付かないのでは?」


「あのなぁ。この程度で付くの付かねえのと騒ぐ程度の示しなら元から大したもんじゃないって」


「……分かった。しかしエミリオ、君はとことん王様らしくないな」


「言ってろ」


言葉は諌める口調ながら、ガーベラは優しく微笑んでいた。


「へ、陛下大変です!」


「何だ!?」


駆け込んで来たのは歳若い兵士だった。


「それが、真正面から1人の巫女がカチコミかけてきまして……」


「何じゃそりゃ……1人なら幾らでも押さえ込めるんじゃ」


「いや、もし魔女だとしたら兵士達の手には負えないかもしれない。ミランダはどうしている?」


親衛隊隊長であり、エミリオの婚約者であるミランダの事を問うと兵士は頷いた。


「ミランダ隊長はその巫女を食い止めています!」


「分かった。すぐに私も行く」


そう言ってガーベラは部屋を飛び出し、エミリオも慌てて自分の剣を取って走り出した。


「……ってあいつコハルじゃないか!?」


「来てくれたかエミリオ。それにガーベラも」


やはり単独では辛かったのか、ミランダは身体のあちこちに傷を負っていた。


「1人でよく此処まで頑張ったな」


「全くだ。私は今ばかりは君を尊敬するよ」


ミランダを庇うように前に出て、エミリオは剣を抜いて構えた。ガーベラの治療を受けつつミランダはエミリオの背中を見つめる。


「気をつけろエミリオ!今のコハルは恐ろしく強いぞ!」


「分かっ……ってうおおおおおおお!?」


右手に魔力を集束させ、刃に形成した状態で小春はエミリオに斬りかかる。咄嗟に剣で弾きながらもエミリオは舌を巻いた。


「コハルとやり合うのは初めてだが、おっそろしい強さだなおい!」


「一騎当千の魔女は伊達ではないという事だろう。微力だが私も支援させて貰うよ、エミリオ」


ガーベラの強化魔法で筋力と速力を強化しながらエミリオは小春と切り結んでいく。ミランダも戦線に復帰し、事実上三対一の戦いとなっていた。








「俺達3人で束になってかかっても痛打を与えられないってのはな……コハルの奴、本気になったら此処まで強いってのかよ」


激しい手合いが繰り返され、エミリオとミランダは肩で息をしガーベラの魔力は既に尽きていた。しかし当の小春はまだ余力があるらしく、その動きにも翳りはなかった。


「……」


「ん?」


このまま戦い続ければ確実にエミリオ達は倒せるというのに、小春はとどめを刺す事には興味がないらしく何かの気配を探っていたかと思うといきなり床に魔法を叩き込んだ。


「はいっ!?」


床に大穴を開け、躊躇う事なく飛び降りて行く。エミリオが慌てて穴から下を覗き込むと、彼が把握しているよりも城の地下は広かったらしい。


(つまり、俺の知らないフロアがこの城にあり……コハルはそれが目的で暴れたって事か?)


それにしてもエミリオは真っ先に考えなくてはならない事があった。それはどうあっても外せない大事な事柄である。


「……修理に幾らかかると思ってやがるんだ!」


この借りはアルベルトに請求しようかと考えながら、エミリオは《逆十字聖騎士団》に連絡を取るよう部下に命じてから自分も穴に飛び込んだ。









アルベルト達が到着したのはそれから10分後の事であった。メンバーはアルベルトとセーラ、聖四郎とリセルにケーナである。


「小春が来たって本当か!?」


「ああ、本当だ。今はエミリオとミランダが追撃しているが、城の地下にこんな場所があったというのは私も初めて知ったよ」


エミリオが置いて行ったコインの目印を頼りに進みながらガーベラは説明した。


「この奥が最深部らしいな」


一際厳重な封印が施されていたらしい扉の前に立ち、アルベルトは呟いた。しかしその封印は無残に破壊されており、何か大きな力を持った者が力ずくで通った事を示していた。


「しかし小春の奴、恐ろしい強さが出てきたな」


「そう?」


疑問顔のセーラにアルベルトは軽く頷いた。


「今までの小春は戦う相手の事を考え過ぎていた。それは彼女の優しさだし美徳だが、戦闘ではその心根が詰めの甘さになり明確な隙になっていたんだ。だがガーベラの話や俺の見た印象だと今の小春は違う……確実に、冷酷に相手を仕留める為に思考し行動しているんだ。全く冗談じゃない、そんな小春と戦うなんざ命が幾つあっても足りやしねえ」


本気で死ぬ思いだったのだ。アルベルトは微苦笑しつつ扉に手をかけた。


「開けるぜ」


「ええ……!」


覚悟を決めた様子のセーラ達に頷き、アルベルトは一気に扉を押し開けた。


「小春!」


駆け込んだアルベルト達が見た物は、傷を負って倒れたエミリオとミランダ。そして祭壇に佇む首の無い骸骨に持っていた髑髏をはめ込もうとしている小春だった。


「何をしてるんだあいつ……?」


カチリと音を立てて髑髏がはめ込まれると、骸骨は眩い光を放つ。それが収まった時、小春は床に倒れ骸骨があった場所には1人の若い美しい女性が佇んでいた。


「ま、まさか……!」


セーラが愕然とした顔で呟いた。


「知っているのか?」


「ええ、やはりあの髑髏は彼女の物だったんだわ」


セーラはそう言って彼女を見据えた。










            「《戦乙女》、セシル・アスリーヌ」












          続く

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