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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第七十楽章 剣舞と封印

リセルとの距離が少し縮まった翌日。アルベルトはルキナにこの事を教えたところ、彼女は大喜びで《エクスカリバー》までやって来た。


「良いのか?忙しいと思ってたが」


「これ程の吉報を通信だけで済ませようとは人が悪いのじゃ。リセルが亜竜の力を制御出来るようになった事もそうじゃが、そなたが妾の見込んだ以上であった事もな」


前者はともかく後者が分からないと首を傾げると、ルキナはサリの淹れた紅茶を味わいながら微笑んだ。


「英雄色を好むと言うであろ?そなたは英雄どころか《勇者》なのじゃから、寧ろ色に好まれねばなるまいて」


「そういう問題かよ……」


思わず呆れるが、ルキナは全く気にした様子もない。


「元々魔族は重婚が当たり前でな。皆に好かれる夫を誇りこそすれ、妬くなどという事はないのじゃ」


「これも異文化交流かな」


何時の間にか完全に夫扱いされている事には触れないでおき、アルベルトは苦笑した。


「時に、セーラから聞いたが決闘をする腹積もりらしいの?人間の中でも屈指の強さを持つ男が相手とか」


「まあな」


「勝てると思っておるのか?」


「五分五分ってとこだ。ルキナのお陰であの頃と比べても段違いに強くはなったが、菊千代の力がどの程度の高みにあるのか見当もつかないし」


越えた等と思い上がるつもりはない。死ぬ気で戦えば手傷の1つくらい負わせられるかもと卑屈になるつもりもない。だが単純に菊千代が何処までの強さを持ち、今のアルベルトがそれに比べて何処の辺りにいるかは分からなかった。


「ふむ……正直、勝てるかも分からない相手に無謀とも言える決闘を挑むなど馬鹿げている。そう言いたいのじゃがな」


「悪いな。これだけは譲れない」


「これもの間違いじゃろ」


ジト目で言われ、アルベルトは苦笑しながらも肩を竦めた。


「まあ良いわ。こうして妾がおる時に戦うというのならこれも天啓、立ち合わせて貰うとしようかの」


「助かるが、良いのか?魔王の仕事は」


「構わぬ。普段から仕事をし過ぎと言われておってな、たまにはこうした息抜きも必要なのじゃ」


その息抜きが決闘見物とは豪気な魔王もいたものである。アルベルトは苦笑いとは違う心からの微笑を浮かべ、小さく頭を下げた。









アルベルトと菊千代が決闘を行う。その事を知った彼女達の反応は半々であった。バレリアやマオのように前線に出る者は「存分に戦え」という風であったし、逆にナオやミスティのように後方に下がっている者は「1人じゃなく皆で戦って」と決闘そのものを止めたがった。


「コハルは止めないの?」


セーラは少しからかうように夕食の席で訊ねた。


「止めないわ。止められるとも思わないし、多分無理矢理に止めたらアルは一生悔やむ事になると思うから」


菊千代との決闘はアルベルトが望んだ事であり、敗北によって傷ついた彼の心を本当の意味で癒す唯一の方法なのだと小春は理解していた。それは小春がどんなに彼を抱き締めようともケーナが甘えようとも、セーラがどんなに背中を守ろうとも払拭出来ない。敗北の傷は勝利でしか癒せないのだから。


「そういうところ、何時まで経っても幾つになっても子供よね。男の子って」


負けず嫌いな父を思い出し、セーラは優しく微笑んだ。


「ところでセーラ、その短剣は?」


普段から長剣を好んでいるセーラには似つかわしくない短剣に小春が首を傾げた。


「これ?これはもしアルが負けて死ぬ時があれば、後を追って自害する為の短剣よ」


迷い無く言い切るセーラに小春は思わず目を見開いた。こういう所もこの2人は対照的であった。小春はアルベルトが死ぬのであれば、自分は生きてその生き様を語る役目があると思っていた。逆にセーラはアルベルトを守る事こそ己の信条としている為、死なれては自分が生きている意味もなくなると考えていた。


「何処までも逆な私達だけど、好きに……ううん、愛した人だけは同じって何だか不思議ね」


「そうね。アルが勝てば良いけど、もしそうじゃないならその時は……」


最期も真逆となる。セーラはその言葉を皿に残ったスープと一緒に飲み込んだ。








それから少し経ち、アルベルトは風呂上りで熱を持った手足を冷まそうと廊下を歩いていた。


「今良いかしら?」


「メロディアか。珍しいな」


廊下の壁に寄りかかり、小さくアルベルトが聞いた事のない歌を口ずさんでいたメロディアは扉を開けて彼を誘った。


「寝る前に茶の一杯……って訳じゃなさげだが」


「話が早いわね。明日の決闘に備えて私を抱く気はない?」


メロディアはモリガン。サキュバスの上位種であり心から望んで交わった(つまり強引に襲っても意味がない)男に必勝の加護を授ける力を持つという事はアルベルトも知っていた。


「悪いけどないよ。メロディアに不満があるとかじゃなく、明日は出来る限り自分の力で戦いたいんだ。もしそれで勝ったとしても俺はその結果に胸を張れないからな」


アルベルトとて年頃の少年である。女性の体に興味は尽きないし、欲求だってある。しかしだからと言ってホイホイと据え膳を食えない程度には節度も良識もある、何かと難儀な少年でもあった。


「本当にしょうのない人ね。じゃあせめて死なないように」


そう言ってメロディアはアルベルトの頬に触れ、唇をこじ開けるように舌を捻じ込んだ。突然の事に硬直したのを幸いとばかりに彼女は更に舌を深く絡め、しばらくの間部屋には粘性の高い液体が立てるクチュクチュという音だけが響いていた。


「んっ……」


舌を通じて魔力を送り込まれて頭がぼんやりしていたが、メロディアが薄らと上気したとろんとした目で唇を離したところでようやく我に返った。


「初めてだったから加減が分からないのだけど、大丈夫?因みに何故か私は足がガクガクしてるわ」


自分の方が快感に翻弄されてしまったのか、メロディアは浅い呼吸を繰り返しながら縋るようにアルベルトに寄り添っていた。


「いきなり物凄い事されて放心状態って奴だ」


口元についていた唾液を指で拭い、アルベルトは微苦笑しながらもメロディアの髪を梳いた。


「勝てとは言わないわ。でも、帰って来て」


「約束するさ」


普段の自信有り気な微笑とは違い、不安で揺れる姿はメロディアを極普通の少女に見せていた。


「どんな重傷を負おうとも決してその戦いでは死なないように加護を込めたから、遠慮なく戦ってね」


「分かった。助かるよ」


お返しとばかりに額にキスすると同時に、ちょっとした悪戯心で角を擽ってやる。その瞬間「やぁんっ!?」と色めいた声をあげてメロディアは床にへたり込んでしまった。


「えーっと、メロディア……?」


「つ、角は弱いのよ馬鹿ぁ……」


涙目で見上げてくるメロディアは今まで見た事がない程に色っぽく、思わず変な気を起こしそうになる自分を慌てて律しながらアルベルトは彼女に詫びた。


「もういいわよ。次からは気をつけてね?お休みなさい」


「ああ、お休み」


挨拶を交わしてアルベルトはメロディアの部屋を後にする。明日の戦いに感じていた不安は何時の間にか霧散していた。










翌朝。何かを感じたのか、行かせまいとぐずる小雪を何とか宥めてレベッカに預けたアルベルトは装備を整えて指定されたあの場所へと来ていた。如何なる結果だろうと見届けると聞かなかった小春とセーラ、ルキナも一緒である。


「思っていたより早かったな」


「人を待たせるのは流儀に反するんでね。とはいえ3日は待たせ過ぎたな、悪かった」


変わりない様子で佇む菊千代に告げると、彼は楽しげに笑った。


「3ヶ月は待つつもりでいたんだ。3日で来てくれて感謝している」


そう言って菊千代は《紅桜》を抜いて軽く振るう。それだけで足元に茂る草が一気に斬り飛ばされた。彼は一瞬だけ小春に目をやったが、すぐにアルベルトへ視線を戻した。


「彼女達は?」


「見届けだ。この決闘がどう終わろうと、その結果をその目に焼き付ける為に来たから気にしなくて良い。横槍は入れさせないさ」


そして小春とルキナはその結果を《逆十字聖騎士団》に伝え、もしアルベルトが死ねばセーラはすぐさま後を追うだろう。彼女達に愛されるように、自分もまた彼女達を愛し始めたのかもしれないとアルベルトは人知れず笑みを浮かべた。誰も喪いたくない、そのためには勝たなくてはならないのだ。


「始めようぜ。同じ相手に二度も負けられないからな」


「それは拙者とて同じ事。勝たねば喰われる身でな」


何の事か分からないと問い質しかけたが、菊千代の全身から吹き上がる闘志がそれを推し留める。アルベルトも《エクスピアティオ》を抜き放ち、身構えた。


「《勇者》アルベルト・クラウゼン……」


「武芸者、山根菊千代……」


風が吹き抜け、それが号砲となった。


「勝負!!」


「受けよう!!」


同時に2人は飛び出した。











菊千代の攻撃は上段から打ち下ろすような斬撃。まともに喰らえば如何なる鎧だろうと真っ二つになる代物だ。


「やらせるかぁ!!」


「ほう」


対してアルベルトは下段から斬り上げに入る。まともにぶつかれば刀の性質上《紅桜》が刃毀れしかねないが、菊千代は慌てる事なく手首を返す事で剣戟に付き合う事なくアルベルトの攻撃を空振りさせた。


「やっぱりか!」


「がら空きだぞ!」


《エクスピアティオ》は大剣である為取り回しが難しい。剣の重さに体が振り回されてしまう事もしばしばである為、菊千代は言葉通りがら空きになった脳天目掛けて再び斬撃を叩き込む。しかし此処からがアルベルトの反撃であった。


「《ヴァジュラ》!!」


光と共に右手に装備された《飛竜ワイバーン》の武器は翠の風を起こして菊千代の攻撃を弾き飛ばした。だが彼は決してその行動を卑劣とは謗らない。何故なら菊千代にとってこうして命懸けでしのぎを削る戦いというのは、あらゆる手段が正当化されるからだ。されないのは死者に鞭打つ事と騙し討ちであり、菊千代はその2つは心底憎悪していた。


「《紅桜》で斬れない風か……この数ヶ月で随分と腕を上げたと見える。拙者は嬉しいぞ!」


「そうかい?俺もあんたの剣が見えるようになってね、そいつが最高に俺を熱くしてくれる!」


互いに裂帛の咆哮をあげ、アルベルトは右手に《レーヴァテイン》を呼び斬りかかる。対する菊千代も刀に気を込めながら迎え撃った。


「おっと」


「む!?」


その瞬間アルベルトは足運びを変えた。









「あれ、何?」


突然足の動きを変えたアルベルトに小春は当惑して呟いた。まるで踊っているかのように軽快なステップを踏み、菊千代の攻撃を足捌き1つでかわし往なしていく。何が起こったのか分からなかったが、しばし見ていると徐々にその足使いが誰の物かに思い当たり始めた。


「あの動き、グレンダの物だわ。アルったら踊り子の技術まで物にしちゃったのかしら」


楽しそうにセーラは笑うが、菊千代の表情に目を止めて顔色を変えた。


「アル駄目!『見せ過ぎてる』わ!!」


その刹那、菊千代の一撃がアルベルトを捉えた。








斬られたのは右肩。腱が斬られた訳ではないらしく、痛みはあるがちゃんと動くのでそこは幸いだった。


「中々に面白い芸だったが、戦いの中で成長するのはお前だけの特権ではないぞ?」


「らしいな。そこは反省だ」


だがまだ見える。動きには付いて行ける。その事に意を強くしてアルベルトは《エクスピアティオ》を構え直した。


(ナァ、ソロソロ俺ヲ放ッテクレテモイインジャネエカ?)


心の中で闇が蠢き、修羅が鎌首を擡げる。その言葉にアルベルトは一瞬獰猛な笑みを浮かべて答えた。


「お前も暴れたいってところか。良いだろう……お前も引っ張ってやるよ!」


(ハァ!?チョ、チョット待テ!俺ガ支配スルンデアッテオ前ニ引ッ張ラレタイ訳ジャナ……!)


慌てる声も耳に入らない。アルベルトの心が一瞬にして静まり返り、彼の心は静かな水面に佇んでいた。


(……)


ぽちゃり、ぽちゃりと水の落ちる静かな音が響く。音だけで雫までは見えなかったが、やがて1人の少女が蒼い瞳から涙を零している音だと分かった。


(あれは、誰だ……?)


銀髪ではなく真っ白な髪。しかし老いによる白髪ではなく生まれつきの物らしい新雪を思わせる純白の髪を腰まで伸ばし、ツインテールに纏めた小柄な少女だった。青い鎧を凹凸の乏しい体に纏い、手には不釣合いな程に長大な馬上槍と巨大な盾を持つ姿は不思議な神々しさを感じさせた。会った事はない筈だが、妙な懐かしさを覚えさせてもいた。


(……見えた!!)








菊千代は驚いていた。戦いが始まってから、何の前触れもなくアルベルトの一撃が自分を捉えていたのだ。それも掠ったのではなく左腕をざっくりと斬り裂かれた。


「これは……!?」


「見えたぜ……あんたが持つ剣の軌跡、そして水の一滴!!」


激情ではなく、殺意でもない。余りにも静かで穏やか、そして純粋な戦意がアルベルトを満たし溢れている。その事実と一撃を入れられたという結果が菊千代の心をどうしようもなく躍らせた。


「辿り着いたか!剣士が目指すべき境地に!!」


「嬉しそうだな?」


「当然だ!拙者に此処まで手傷を負わせた者はそういなかった……《紅桜》を抜いてはや何年か、これまで拙者の敵となり得る者は誰もいなかったのだ。だが今日それが現れた!」


嬉しくてたまらないとばかりに菊千代は吼えた。


「認めようアルベルト・クラウゼン!貴様が拙者を倒せる初めての敵だと!」


「了解だ。こっちもヤズミを殺す前の前菜になって貰うから覚悟しやがれ!」


どう考えても前菜とメインの質が逆な気がしてならないが、アルベルトにとっては些末な問題である。彼に取って菊千代と戦うのは自らの望み、ヤズミを殺すのは目的の為の通過儀礼に過ぎないのだから。


「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「はあああああああああああああ!!!!」


年齢も生まれた場所も歩いてきた道も違う2人の男が、鍛え抜いた己の剣のみを頼りに激しく切り結ぶ。


「まだだぁ!!」


「この程度でぇ!!」


《エクスピアティオ》は菊千代の首を浅く斬り、《紅桜》はアルベルトの脇腹を薙ぐ。互いに血で服の体を染め上げながらも2人は怯む事なく剣を交え続けた。


(何だ?右手が軽い……?)


右手を戒めていた腕輪に薄らと罅が入っている事にアルベルトが気付く事はなかった。









一体どれ程の時間を戦っていたのか。ついに終わりが訪れた。


「でやあっ!!!」


「ぬっ!?」


やはり寄せる年波には勝てないのか、スタミナという点でアルベルトに軍配が上がる。彼の渾身を込めた一撃は《紅桜》を叩き落し地面に突き刺していた。


「俺の勝ちだな……!」


荒い息をつきながらもアルベルトは宣言する。対する菊千代は能面のような顔で突っ立っていた。


「……おい?」


流石におかしいと思いアルベルトがその肩を叩こうとした矢先であった。


「避けてアル!」


「なあっ!?」


唐突に横から小春に突き飛ばされるのと、菊千代が《紅桜》を振り下ろすのは殆ど同時であった。


「く……っ!」


「小春!」


背中を斬られたのか、白い巫女装束が見る見るうちに赤黒く染まっていく。だが小春は痛みに顔を歪めるどころか口元を綻ばせていた。


「ぐっ!?が、があああああああああああああ!!!!」


小春の血に塗れた刀を握ったまま菊千代が苦しみ始める。何が起こったのかと困惑する間にも小春は指を組み印を結んだ。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」


複雑な指の動きと全身に力を込めた所為で背中の血痕が更に大きくなるが小春は気に留める様子はなかった。


「お、おい小春!ヤバいからやめろって!」


アルベルトの声も耳に入らない程集中しているらしい。小春は普段からは想像もつかない鋭い目つきで詠唱を続けた。


「鬼魅は降服すべし!陰陽は和合すべし!十戒破邪、急急如律令!!」


結ばれた印から力が迸り、《紅桜》の刀身を染めた小春の血が眩く輝く。


「眠れ!《紅桜》!!!」


拍手を1つ打ち、小春の中で練り上げられていた力が衝撃波となって菊千代と《紅桜》に叩きつけられる。その光が収まった後、《紅桜》はあの禍々しさがすっかり消え失せて唯の刀としか思えなくなっていた。そして菊千代は糸の切れた操り人形のように倒れ伏す。


「小春!!」


力が抜けたように倒れる小春を慌てて支え、アルベルトは駆け寄って来たセーラにヒールを頼みながら小春の背中についた血の量に愕然となった。









その後、《エクスカリバー》まで戻り小春はすぐさま医務室に担ぎ込まれた。幸い《紅桜》の切れ味が良過ぎた為に傷跡は残らないと太鼓判が押され、流した血も聖四郎の血液型が同じであった為に無事輸血を行う事が出来た。


「あのキクチヨという男、オリエの身内だったらしいわね」


意識を取り戻した小春がたどたどしく説明した事で、アルベルトは自分が仲間の身内を殺しかけていた事に戦慄していた。菊千代のほうも命に別状はなく、しばらく療養すれば無事治るとの事だったのでアルベルトとしては一安心であった。


「まあ小春には退院した後でしっかり文句を言うとしてだ」


私室のベッドに飛び込み、アルベルトは抑え切れない喜びに身を委ねた。


「勝ったんだよな、俺……最強と謳われた菊千代に勝ったんだ!」


「そうよ。私とコハル、ルキナがしっかりと見届けたわ」


祝福するセーラの声を受け入れながら、アルベルトは自分の中でまた1つ大きな区切りがついた事を悟った。











            続く

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