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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第六十九楽章 傷を癒す時

アルベルトが菊千代との再戦に備えて動き始めた頃。ダンジョンの周囲に作られた町を訪れた一人の魔族がいた。


「え、えっと……アル達は此処にいるのかしら?」


艶やかな金髪をポニーテールにし、メリハリの利いた肢体をオレンジの簡素な衣服で包んだ少女。亜竜のリセルである。


「あれから何度変身しても暴走してしまうし……ルキナ様にはアルに協力して貰えって……」


その内容を思い出し、また暴走しかけてしまうが何とか落ち着かせる。ともかくアルベルトがいる《エクスカリバー》を目指すべく、リセルは人目につかない事を確かめながら小走りにその場を後にした。








その日、アルベルトは軽くシャワーで汗を流した後で自室にてクールダウンしていた所であった。


(アル、今良いか?)


「ルキナ!?……ってああそうか、何時でも会話出来るようにキルトが魔導具作ったんだっけ」


流石に王という立場上、滅多に城を空けられないルキナがアルベルトと話す機会を得られるようにとキルトが用意した物だ。簡単に言えば対象の立体映像と共に会話を可能にする道具であり、この世界では戦艦に積むような大掛かりな物を除けば此処まで小型化されたのはキルトの作った物が初だった。


(うむ。やはり将来的には共に歩くといえど、セーラやコハルのように傍にいられる訳ではないのでな。まあ今回は別件じゃが)


「別件か。どうした?」


思わず姿勢を正すと、ルキナは「大袈裟に構えなくても良いのじゃ」と手を振った。


(話というのは他でもない、リセルの事じゃ。あれから何度も変身を試みているのじゃが、力を制御し戦えたのはそなた達と戦ったあの1回限りでな。流石にあの落ち込みようは見ておられぬ故にそなたの所で修行させたいのじゃ)


「いや、魔族の流儀も分からないのに預けられても困るぞ」


(心配はいらぬ。妾の口から詳しく語る訳にも行かぬのが、リセルは過去に少しばかり人間とごたついてな。それ以来どうにも注目を浴びる事を酷く嫌っておる。そこを常に人から注目されるそなたと一緒におる事で多少でも緩和出来ないかと思った次第じゃ。協力して貰えぬか?)


「……流石にそこまで話されて協力しないと言える程薄情じゃないつもりだが」


それはアルベルトの本心だった。菊千代と戦うに当たり、もっと様々な戦い方をする相手とも組み手なりしておきたいという打算も多少あったのは否めなかったが。


(そうか!?やはりそなたに頼んでよかったのじゃ!)


「力になれるかも分かってないのにそれは早すぎだろう。どれだけ信頼してるんだ俺の事を」


ルキナは優しく微笑むだけだったが、アルベルトにとってはそれだけでも十分だったかもしれない。


(ともかく、リセルの事をよろしく頼むのじゃ)


「分かった。出来る限りの事はする」


通信を切り、アルベルトは何をしたものかとしばし思い悩んだ。









リセルが到着したのはそれから10分後の事であった。執務室に通された彼女は所在無さげで、余りじっくり見つめるとまた暴走しかねない危うさを秘めているように感じたのは決してアルベルトの気のせいではあるまい。


「大まかな話はルキナから聞いてるが、俺はどうしたら良い?」


「え、えっとですね……」


両の人差し指を擦り合わせながらリセルは目を泳がせる。


「わ、私をドキドキさせて下さい!」


「はあ?」


思わずそんな声が出た。


「つまりですね?私が何があっても平静を保てるよう訓練する為に心を乱して欲しいと言いますか……」


「つまり口説け?」


そんな事を言うと、リセルは飛び上がった。


「く、口説く!?それってつまり私と恋人になりたいという事で……は、恥ずかしいいいいいいいいい!!!」


「待てこらああああああああああああ!!!!」


思わず全力で拳骨を落とし、何とか変身する前に止める事に成功した。


「流石に此処で変身されるのは洒落にならんぞ……」


「ごめんなさい……」


肩で息をしながら言うと、リセルは更に小さく縮こまってしまう。しかしこれでは話が進まないので、アルベルトとしてもどうしたもんかと悩んでいた。


「……分かりました!私脱ぎます!」


「何でそうなるか!」


「この際思いっきり恥ずかしい思いしたほうが慣れるかと!」


「俺の理性にいちいち挑戦するなあああああああああ!」


力は暴走せずとも心の方は盛大に暴走しているリセルにアルベルトは思わず大声を張り上げるハメに陥った。









その後、何とかリセルを落ち着かせてアルベルトは小春達を呼んで相談する事にした。全員苦笑とも違う優しい笑顔でいてくれたのは助かるが、満場一致で「デートしてくれば良い」という意見だったのはどういう事なのだろうか。


(まあ、受け入れて出かけてる俺も俺なんだがな)


リセルの心情を考えると人気のない森とかの方が良いのかもしれないが、これは言ってしまえば彼女の羞恥心を何とかする為の訓練である。あえて人通りの盛んなセントラルの商店街に来ていた。


「しかし上手い事隠すもんだな」


特徴的な角はフードで、翼は体に巻きつけるようにして畳んでショールを羽織る事で隠す。そして尻尾は腰に巻きつけるという離れ業を使った為今のリセルは「思わず振り返ってしまう美少女」くらいで収まっている。本来なら《逆十字聖騎士団》の領地である《エクスカリバー》でデートすれば良いのだろうが、それでは魔族の数が多過ぎてリセルにとっては緊張どころかリラックス出来る環境になってしまう。それでは目的から外れてしまうというのが此処に来た理由であった。


「さて、とりあえずは何処行ったもんかな。リセルは何処かリクエストあるか?」


「ふえっ!?い、いえアルが行きたい場所へどうぞ!」


と言われてもアルベルト自身余りセントラルの事をよく知らないのだ。リセルも亜竜とはいえ女の子なのだし、何か甘い物でも食べに行くかと考えて振り返った。


「じゃあまずは腹拵えって事で甘い物でも食べに行くか?」


「行きます!」


急に目が輝いた。どうやらご多分に漏れずリセルも甘い物は大好きらしい。


「だったら……お、あれなんか良いかもな」


クレープの屋台に近づき、適当に果物とクリームを包んだ物を選ぶ。そもそもが上流階級向けらしく、最初は若干横柄だったが代金に金貨を渡すとあっさり態度が変わるのには苦笑するしかなかった。


「はむ……これ美味しいですね」


「気に入って貰えたなら何よりだ」


自分の分を齧りながら歩き、ふと横を見るとリセルの頬にクリームがついているのが見えた。


「子供かよ……」


「へ?」


右手は動かないので、クレープを口に咥えたまま左手を伸ばして頬を拭ってやる。このクリームをどうするかと思っていると、リセルは迷い無くアルベルトの指に口をつけてクリームを舐め取った。


「……」


「どうかしました?」


「……俺を恥ずかしがらせてどうすんだ」


リセルはアルベルトの口から落ち掛けたクレープを受け止めながら首を傾げる。意外と天然が入っているらしい。此処で暴走させても問題なので、アルベルトは何も言わない事にしてその場からリセルを連れ出した。









その後、アルベルトは少し表通りから外れた通りを歩いていた。リセルは彼の隣を歩いているが、徐々に近づいては肩がアルベルトの二の腕に触れて慌てて離れるという行動を繰り返していた。


(恥ずかしがらすってどうすりゃ良いんだよ!?)


意図せずに天然で小春達をテンパらせた事なら両手どころか両足の指を足しても足らない回数やっているが、わざと意図的に女性の羞恥心を煽る行動などアルベルトはやった事がない。


「あ、あのアル?やっぱり迷惑だったでしょうか……」


わざわざ人気のない所へ連れて来たというのに、気にする所はそこなのかとアルベルトは呆れてしまう。いっその事もう少し治安の良くない場所まで連れて行って置き去りにすれば死ぬ程恥ずかしい思いが出来るのではと一瞬物騒な事を考えるも、すぐさま彼の良心がそれを叩き潰した。ルキナとの約束もあるし、何よりアルベルト自身がリセルを好ましく想っているのにそんな信頼を裏切るような真似は死んでもしたくない。


「んー……」


「?」


そういえば以前シャロンから借りた本にこういうのがあったと思い出し、アルベルトはリセルを安心させるように笑いながら彼女の背中を壁に押し当てる。


「え、あ、アル?」


「こういうのはどうだ?」


左手しか動かないので、左手を彼女の頬ぎりぎりを掠めるように壁につく。所謂壁ドンという奴だが、アルベルトは生憎とその正式名称を知らなかった。


「へ、え……えと……その……」


不意打ちに弱いのか、リセルは物凄い事になっていた。人のみならず魔族も此処まで赤くなれるという限界に挑戦するかのような前人未到の赤面ぶりで、こういう時口は少し開くのか閉じるのか分からないと小さく動かし、まるで大型の肉食獣と目が合ってしまった小型犬のように目を丸く見開いていた。


「は、恥ずか……!」


「ほい止まれ」


目の焦点がズレかけたのを見計らって額に手刀を入れる。「あうっ」と可愛らしい悲鳴をあげてリセルは落ち着きを取り戻した。


「流石に今のは刺激が強過ぎたな。悪かった」


「本当に食べられるかと思いました……」


アルベルトは決まり悪そうに頭をかく。ルキナには悪いが、今の彼にはこれが精一杯であったのだ。


「少しは慣れたか?」


「まだ分かりません。どうしたら良いのかも」


「そっか……」


壁に寄りかかり、アルベルトはどうした物かと思考を巡らせる。しばらくそうやって考え込み、そもそもの根源に踏み込む事を決めた。


「なあリセル。そもそも何でそんなに見られる事が嫌なんだ?俺も目立つのは好きじゃないが、流石にリセルのそれは常軌を逸してるようにも思うんだが」


《勇者》として国を率いる者にあるまじき言葉だが、アルベルトの本心としては出来るだけ目立ちたくない気持ちが強い。リセルは少し迷い、意を決したように頷いた。


「分かりました、話します」


それは彼女なりのアルベルトに対する信頼か、はたまた彼を信頼するルキナへの信頼かは分からない。それでもリセルは少しずつ話し始めた。










今から10年前。リセルは今とは違い好奇心の旺盛で怖い物知らずな子供だった。人間の文化や遊びにも興味を抱き、こっそり魔界を抜け出しては人間界へと遊びに出ていたのだ。


「その時は人間の友達も出来て、みんなで楽しく遊んでいました。でも……」


月日は流れ、リセルが12歳になった頃の事。1人の少年に誘われリセルは森の中へと入った。そこで少年はリセルに「将来もっと綺麗になる為のお呪い」と称して森にある沼の泥を顔に塗りつけると良いと教えたのだと言う。


「私は疑いも無くその泥を塗りつけ、『綺麗になった』という彼の言葉を信じて村へ行ったんです。そして……」


待っていたのは泥まみれの魔族を討たんとする大人達の攻撃だった。リセルは訳も分からず命辛々逃げ出し、何とか魔界まで辿り着いた。そこで彼女を更なる追い討ちが襲った。


「会う魔族みんなに、泥まみれの顔を散々笑われて……それが全部です」







話にすればそれだけ。子供の頃に人間に騙されて殺されかけ、帰ってみれば魔族からも馬鹿にされた。しかしそれが幼かったリセルの心にどれ程の傷を残したかはアルベルトの想像を越えていた。


「だからもう駄目なんです。誰かに見られると、また私の事を醜いとか汚いとか思ってるんじゃないかって……!」


両手で顔を覆って俯くリセルをどうしたもんかとアルベルトはしばし悩む。決断が遅れれば遅れる程リセルは自分を追い詰めてしまうだろうし、彼に残された時間は少なかった。


(ええい、こうなりゃ当たって砕けろだ!!)


ある意味ヤケクソとも言えるアルベルトの決断。それはその場でリセルを抱き締める事だった。


(……って小春がケーナにやるのとは訳が違うだろ!何やってんだ俺!?)


案の定固まっているリセルの頭に手を置きつつ、アルベルトは全力をあげて開き直る事にした。もう後に引けない事は彼自身が一番よく分かっているからだ。


「他の奴がどう思うかは知らない。でも俺は今のリセルは可愛いと思うし、綺麗だとも思う」


「そんな、私なんか」


「小春やセーラ、ケーナにミスティだろ。セルヴィやナオにマオにバレリア、それにマーリスやルキナやイルミィもいるわな。多種多様な美人や可愛い女の子を見てきてそれなりに目が肥えてると自負している俺が保障する。リセルはそこらじゃ見ない可愛い女の子だ。亜竜だとか魔族だとか関係なしに魅力的だと断言出来るぜ」


頬に手を添えて少し無理矢理ながら顔を上向かせる。涙に濡れたリセルの瞳に自分の顔が映り、言い様のない気恥ずかしさを覚えるが躊躇う暇はない。


「もう他の目なんて気にするな。俺だけ気にしていればいい」


(何言ってるんだ俺はあああああああああ!?)


色々と一杯一杯の所為でアルベルトも自分が何を言っているのか分からなくなる。結果とんでもない事を言われてテンパるリセルととんでもない事を言ってテンパるアルベルトというグダグダ具合である。一旦落ち着く為に2人で深呼吸するのは笑えたが。


「……あの、一箇所だけ付き合って貰えますか?」


「構わないが、何かあるのか」


リセルは頷き、アルベルトを正面から見つめた。


「私に勇気を下さい……」











リセルが行きたがったのはセントラルの街を離れた場所にある小高い丘だった。


「ここは?」


「さっき話した男の子と最後に遊んだ場所です」


そんな場所に何故と思ったが、リセルの目は真剣だった。


「此処で俺は何をすれば良いんだ?」


「見てて下さい。私の全部を!」


そう言ってリセルはアルベルトから少し離れて立ち、羽織っていたショールを畳んで近くにあった岩に置く。それだけでは止まらず着ていた衣服を脱ぎ始めたので流石のアルベルトも慌てて駆け寄ろうとした。


「大丈夫です。アルにだけ、全部見せるんですから……!」


「いやそういうんじゃないだろ……って!?」


リセルの体が光に包まれ、大きく膨れ上がる。光が弾けた時、そこには1体の黄金の鱗を持った竜が佇んでいた。


「リセル大丈夫なのか!?」


「……」


かつて暴走させた時のような狂気を感じさせない静かな目でリセルはアルベルトを見下ろしていた。


(アル、私に乗って下さい!)


差し出された手を登り、アルベルトはリセルの首に跨る。リセルは一声吼え、一気に飛翔した。


「おわっ!リセル凄いぞ!飛んでるじゃないか!!」


リセルは嬉しそうに空中で宙返りし、一気に《エクスカリバー》へと飛んで行った。








途中で脱いだ服を丘に忘れていた事に気付き、慌てて取りに戻ったのは余談であるが。







それから数時間後。アルベルトの私室で2人は話していた。


「考えてみれば、俺達がルキナと戦った時はちゃんと変身出来てたんだよな」


「そ、そうですね。そういえばどうしてだったんでしょうか」


その辺はリセルにもよく分からないらしい。


「まああの後も何回か試して、ちゃんと変身出来てたから良かったんじゃないか?」


「そうですね。アルのお陰です」


「俺は唯訳も分からずジタバタしてただけだからな。頑張ったのはリセルだよ」


リセルは楽しそうに笑い、「えい」と気合を入れてアルベルトの座っていたソファーに飛び乗って彼の膝に頭を乗せた。


「吹っ切れたのか?随分と甘えん坊になったが」


「はい♪言われた通りアルしか見ませんから」


もしかして自分はとんでもない事を言ったのではないか。今更ながらにアルベルトは背筋が寒くなるのを感じた。


「だからって他の仲間を無視するなよ?俺が言ったのは、あくまでもお前の容姿に関する事は俺の事だけ聞いてれば良いってだけなんだから」


「分かってます」


そう言って甘えるようにアルベルトの腹に額を擦り付けてくるリセルの頭を撫でつつ、アルベルトは重たくなってきた瞼をそっと閉じた。









同じ頃。小春は1人エルフ居住区の森で術式を展開していた。


「くっ……やっぱりこれじゃ駄目だわ」


何度やっても思ったように効果が出せず、これでは封印どころか解呪も危うい。


「……待って。確か」


術式の内容を記した文書をもう一回最初から読み込み、小春はある一節で目を止めた。


「幸いと言うべきかしらね。一か八か、これなら何とか底上げは出来そう」


だがそれは危険な賭け。下手をすれば術を展開するよりも早く小春の方が死にかねない手段であった。


(アルはきっと反対する……彼の優しさは私がよく知っているもの)


だからこそこれは自分の胸の内に秘め、動かなくてはならない。


(待ってて、必ず小父さんを助けてみせるから……)


親友である織江に対するそれが小春の誓いであった。


「小春、何してんの?」


「織江?大丈夫、ちょっと修行してただけだから」


文書を片付けて立ち上がる小春に、織江は一瞬だけ怪訝そうな顔をするもすぐに笑った。


「まあ小春の事だし心配はしてないけど、無理はしないでよ?何かあったらアルだけじゃなく小雪ちゃんも悲しむんだから」


「うん、分かってるわ」


今の小春には責任がある。もう彼女の命は彼女1人の物ではないのだから。







           続く

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