表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女は竜と謳う  作者: Fe
7/86

第四楽章 交わる剣

夕食時に勝手に七帝竜を解放して戦った事で同期全員からフルボッコで怒られた後、アルベルトは二重の疲れを癒すべく浴場の湯船に浸かっていた。


「しかし、お前達の力って取り込んだらどうなるんだ?」


(基本的には我等の得意とする属性の魔法と類似した力が使えるようになる。まあ我等の力は根幹からして魔法と異なるので魔力は消耗せんが……当面は貴様が力に慣れるまで我等の全盛期と同じ力は当然出せん)


取り込んだ竜とは思念会話が使えるようになるらしく、アルベルトの脳内でリンドヴルムの声が響いた。


(後は我等の力を使う場合のみ、貴様の右手は使えるようになる。サラマンダーを呼ぶ時は安心しろ)


「つまりは二刀流って事か。大剣二刀流とか、正気の沙汰じゃねえな」


アルベルトが取り込んだ七帝竜は2体、豪炎竜サラマンダーと疾風竜リンドヴルムである。


(安心しろ。元よりサラマンダーの剣に重量などない)


「それもそれで扱い難いぞ」


(まあ楽しみにしておけ。我等の力、完全となれば貴様を神にも悪魔にも出来るのだからな)


「……ああ、それは十年前に嫌と言うほど思い知ったよ」


主に悪魔という方向で。アルベルトはそう呟き湯船から立ち上がった。








翌朝の事。朝一番で教員室に呼び出されてこってりと絞られ(しかし七帝竜のうち2体を調伏し、力を物にした点だけは褒められた)て疲労困憊であったが、その疲れを忘れてしまうような爆弾が学園長から投下された。


「セントラル騎士養成学校との親善試合!?」


「うむ。お前も知っての通り、魔女と呼ばれるのは女だけだ。だがだからといって男が魔法を使えない訳ではない」


これはどういう理屈か、男と女だと女のほうが高い魔力を持って生まれたりその運用に高い適性を示したりする為だ。子供の頃は初歩の魔法を幾つか覚えて天狗になっていた男が、魔法使いへの道を志した挙句に次々と追い抜かれて挫折した例など、アルベルトは両手足の指どころか髪の毛の本数を足しても数え切れる気がしない。


「そして魔力に恵まれた女とて、一定の能力に達さない者には本校の門は開かれない。セントラル騎士養成学校はそういった子供達を集める役目も果たしている。基本的には《中央》の王族を守る為の護衛騎士を育てる学校だがな」


「そことの親善試合って何か作為的なものを感じるのは気のせいですかね?」


普通に考えれば間違いなく嫉妬の嵐だ。まして男でありながらムーンライト学園に入れるだけの力を持つと判断された(真っ赤な誤解なのだが)アルベルト等はまさにその最右翼だろうと我が事ながら他人事の体で考える。


「まあ胸を貸すつもりでやれ……とは言えんか。どちらかというと、お前の力を疑っている《中央》の連中にその力を見せ付ける事が目的でもあるからな」


「七帝竜の力を振るえと!?」


「当然だ。根幹が異なるとはいえ、七帝竜の力は私達の魔法と極めて近い。その力を行使してみせれば誰もお前の実力を疑いはしないだろう」


かつて人間を滅ぼす寸前までの力を誇示した七帝竜。その2体の力を人間相手に使えとは無茶を言うものである。


「安心しろ。相手は剣術科と魔術科両方の暫定主席であるエミリオ・バーンクライフだ」


「確か、入学して半月は劣等性だったのがいきなり人が変わったみたいに猛勉強した挙句にガンガンに成績を伸ばしたって」


「そのエミリオ・バーンクライフで合っている。あの学校は元々剣術と魔術の反目が激しいが、彼はその両方の主席候補だった女生徒と懇意らしくてな。剣術と魔術を組み合わせて全く新しい魔剣術を生み出そうとして、実際にその雛形を作るところまで行っている。如何にお前といえど、七帝竜抜きで戦えば負けるぞ」


寧ろ自分ではなく彼をムーンライト学園に入れたほうがよかったのではなかろうか。一瞬そんな事を考えてしまったアルベルトの脳裏を見越したのか、学園長は意味深に笑った。


「ああそうだ。彼の人となりを知りたいのであればセーラに尋ねるといい。彼女もセントラルの出身な以上、さぞや詳しいだろうからな」


その言葉の真意が読めないまま、アルベルトは礼をして職員室を後にした。









時間は流れて夕食。アルベルトは自分の分をさっさと平らげ、食器を下げてから食後の紅茶を楽しんでいるセーラに近づいた。


「セーラ、ちょっといいか?訊きたい事があるんだが」


「あらアル。いいわよ、何かしら?」


「エミリオ・バーンクライフという男について何か知ってるか?」


固まった。セーラはたっぷり30秒程硬直した後、落ち着こうとするように紅茶を飲んでから口を開いた。


「まあそうね。まず貴方が何故彼に興味を持つのかが知りたいわ」


「来週、セントラル騎士養成学校と親善試合があるって話でな。俺とそのエミリオが戦う事になるらしい」


セーラは何故か頭を抱えてテーブルに突っ伏した。傍らに控えていたシャロンがすかさず紅茶をカップに注ぐと、小さく礼を言って復活した(シャロンはセーラつきの侍女として働いているらしい。それでもムーンライト学園に合格するだけ、彼女の実力は推して知るべしだが)


「そうね……まず実力で言うなら、剣術に限って私より上よ。悔しいけど実家でも一度も勝った事がないから」


「あれ、家族なのか?」


「……遠縁よ。母方の一族に確かエミリオの血縁がいてだから、親戚と言えばそうだけどね。あ、一応身内に数えられてるからそういう縁関係無しに私を呼び捨てにしている男はアルだけだから」


「そうなのか。光栄……と言っていいのかどうか」


余り仲はよろしくないのか、セーラの歯切れは余りよくない。


「あー、余り言いたくないなら無理はするな。ありがとな」


「ごめんなさい。でもこれだけは言えるわ」


セーラは紅茶を飲み干してアルベルトに向き直った。


「私は貴方が勝つと信じてる。勝ち負けで何がどうなる訳でもないけど、それでもね」


「……そりゃどうも」










同時刻。ムーンライト学園とは異なり、《中央》本土にあるセントラルの領内に建造された城の様な建物。旧王城を改築して作られたセントラル騎士養成学校である。


「あー、詠唱時間に短縮の余地があるぞこれ」


「やはり実戦で使うにはそれが不可欠だな。しかしこれ程複雑な効果を持つ魔法だと、イメージを固める意味でも詠唱は必要だ。私や君、ミランダのように最初から効果を熟知していれば別だが」


生徒達が使用する寮の一室にて。羊皮紙を前に頭をかくのは16歳程の少年、そして彼と同年代の少女だ。少女は黒髪を腰の辺りまで伸ばし、左の米神に流すように一房纏めている。少年は赤みがかった金髪だが、余り髪型に気を使わないのかボサボサだ。少女は眼鏡をくいっと直して改めて羊皮紙を覗き込んだ。


「普及する魔法はその効果を単純かつ効果的に理解出来るものである。だったな」


「その通り。この魔法のように煩雑な効果を持つものを普及させるのであれば、当然ながら相応の詠唱が必要になるんだ」


「かといって実戦でこんな長ったらしい詠唱をチンタラ唱えてる間、敵さんが待ってくれる保障もない訳で」


2人して溜息をついた矢先、遠慮がちなノックと共に赤毛をポニーテールに纏めた少女が入ってきた。制服の肩に縫い付けられた紋章から、彼女が少年達と同学年である事が分かる。


「エミリオ、ガーベラ。遅くなって済まない……夜食を作るのに手間取った」


「お、待ってたぜミランダ」


エミリオと呼ばれた少年は彼女が持っていた包みを受け取って笑った。


「悔しいが料理の腕では私はミランダの足元にも及ばないからな。ここは素直に賞賛しよう」


「料理だけなのか?私は剣術でも勝てる自信があるが」


「……魔術師の私に剣で挑むとはな」


「はいはいそこまで。そういう剣と魔法の諍いを無くす為の研究でもあるんだぜこれは」


エミリオに仲裁され、ミランダとガーベラは一応矛を収めた。


「それはともかく、問題は今度の親善試合だ。噂では初めてムーンライト学園に入学を許された男子生徒とエミリオが戦う事になる訳だが……少し気になる噂があってな」


「ミランダ?」


普段はきはきと話し、竹を割ったようにさっぱりした性格の彼女が珍しく口篭る。


「余りにも荒唐無稽過ぎるんだが、その男子生徒は七帝竜を従えていると」


「ぶっ!」


エミリオは思わず口に入れていたハムとチーズのサンドイッチを噴き出した。慌てて床に散らばった欠片を雑巾で掃除し、何とか落ち着いたところでミランダに向き直った。


「幾らなんでも話が大き過ぎる。大体一年生という事は彼は私達と同い年の筈だ。それがどうして二十年前に封印された七帝竜を従える事が出来ると?」


「私だって信じられないさ。ガーベラの言う通り年代が明らかに合わないし、まして一度は人類を滅ぼすのではないかという位の猛威を振るったあの七帝竜だぞ!?そんな奴等が大人しく従うとしたら、それは最早唯の人間とは思えない」


「……そりゃそうだわな」


エミリオも想像してみる。もしかしたら身長は2mを超え、オークが子供に見えるくらいの体躯を誇り、ドラゴンすらもバリバリと食べてしまうような怪物紛いの男ではないのかと。


「……なあミランダ、ガーベラ。お前達に会えて俺は幸せだった」


「いきなり遺言めいた事を言うな縁起でもない!」


「そうだぞ!ま、まあその……幸せというのは素直に嬉しいが、それでも想像だけで怯えるんじゃない!」


それに、とガーベラは息を整えてから優しく笑った。


「今私達が君と研究している魔法は、完成すれば相手が魔女だろうと七帝竜だろうと互角以上に戦えるようになる代物だ。必ず、完成させよう」


「それに相手の生徒の事はジャスミンとアイラ、ユエラの3人に情報を集めて貰ってる。忍術科のエースが3人だ、間違いはない」


「そうだな。よし、食い終わったら一気に片すか!」


そう言いつつ、それが如何に困難なものであるかはエミリオは元よりガーベラもミランダもよく分かっていた。


(とりあえず本番はデモンストレーションって事にして詠唱を待って貰うか)


そんな事を口にすれば2人を怒らせてしまうので、あくまで腹の内に留めていたが。


「って何だ!?」


寮が爆音で揺れ、思わずエミリオは飛び上がった。


「三号室……またあの2人か!」


咄嗟に傍に立てかけてあった自分の剣を持ち、エミリオは件の三号室まで走り扉を蹴破った。


「いい加減俺と組めって言ってるだろうが!」


「鬱陶しいと言ってるが!?」


中にいたのは鋸のような大剣を構えた少年とゆったりしたローブを身に纏った魔術師の少年だった。


「オラオラオラオラオラオラオラァ!!!」


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!」


「いい加減にしろお前等!毎度御馴染みの教育的指導じゃあああああああ!!!!」


抜刀一閃。剣の腹で殴られ二人はあえなく昏倒した。







「ったく毎晩毎晩飽きもせずに味方同士でドンパチやって人の研究邪魔しくさりやがって!親善試合で俺を亡き者にしようってか!?」


一応身に覚えがない事もないので怒鳴るが、そもそもこの2人にそんな発想がない事はエミリオ自身が一番よく知っている。


「だってよぉ、こいつの火力があればもっと強烈なミッションだって請けられるしそうすれば俺も一攫千金」


「だから突撃するしか脳のない馬鹿と組むのはゴメンだと言っている!」


剣士のほうはアクセル。魔術師はエインという名で2人はルームメイトである。しかしその仲は見ての通り、半端ではない犬猿の仲である。


「大体俺が威力の制御が出来ない事を知ってるだろう!?下手に撃ったら巻き込むぞ」


まあそこでこういう台詞が出て来る辺り、それなりに仲間意識はあるのかもしれないが。


「だったらいっそ巻き込めよ」


『は?』


アクセルとエインの声が揃った。


「結局アクセルに敵が群がるワケだろ?そこを高威力魔法で一網打尽。アクセルは後でちょいちょいと回復してやれば」


「何じゃそりゃ!幾ら何でもひでぇぞエミリオ!」


心外だとばかりにアクセルが叫び、エミリオも流石に冗談だったので頭をかいて苦笑いする。


「だよなー。ははは悪い悪……」


「……その手があったか」


エインの不穏な声が届き、エミリオとアクセルはがちんと固まった。


「そうだよな。アクセルごとふっ飛ばしても構わないワケだ」


「お、おいおいおい!何か物凄い事言ってないかお前?」


「エミリオ、良いアイディアだ。これならお前と組んでがっぽり稼いでやろうじゃないか」


「いや待てエイン考え直せ!これはコーメーのじゃなくてエミリオの罠……!」


これで静かになるなら別にいい。エミリオはそう割り切り、ひらひらと別れのハンカチを振った。


「では早速パーティの登録に行こう。何なら今からでもAランク級のミッションをこなしに行こうじゃないか」


「だから落ち着いて下さいエインさん!?やっぱりアレか、お前俺がしつこかったの根に持ってやがるのかあああああああ!!!」


魔術師らしからぬ腕力でアクセルを引き摺って部屋を出て行くエインを見送り、エミリオは改めて研究に取り掛かるべくミランダとガーベラが待つ自室へと戻った。









一週間後。アルベルト達一年生は船に乗り、本土にあるセントラル騎士養成学校を訪ねていた。


「話には聞いてたがでけーな」


「そうね。ミヤコの宮殿だって此処までじゃないし」


「ミヤコ?」


「《東国》の首都」


小春とそんな会話をしつつ、アルベルトはふと周囲の空気が妙に張り詰めてる事に気付いた。


「なあセーラ、俺何かやらかしたか?」


「違うわよ。私達が入学して半月程経った時にセントラルの国王陛下が崩御されたの……あ、崩御ってのは亡くなるって意味ね」


馬鹿にしとんのかと一瞬怒りそうになるが、そもそもそんな大ニュースを知らずにいた事のほうが問題視されそうなので黙っていた。


「だから王家としては少しでも早く王を立てないといけないのよ」


「あー、それが未だ決まらずだから皆ピリピリしてると」


如何に自分が田舎者なのかを思い知り、アルベルトは少し乱暴に頭をかいた。


「今はお父様が摂政として政治を取り仕切ってるけど、本当はこの学校に通っている王子殿下が王位を継ぐ事が一番なんだけどね」


「じゃあとっとと継いで政治をしながら勉強も続けるって訳には行かないのか?」


「行かないわ。このセントラルで王位を継ぐには、まずセントラル騎士養成学校にある剣術科・魔術科・槍術科・弓術科・体術科・忍術科・薬学科のいずれかを主席で卒業してかつ妃を連れて来る事が必要なのよ」


「つまり勉学に励みつつ恋愛も頑張れと」


頷く事で肯定するセーラに、アルベルトはつくづく自分が頭にドのつく田舎で生まれ育った平民でよかったと心底思った。


「……ん?さっきうっかり聞き流してたが、セーラの親父さんが摂政だって?」


「ええ。お父様はそういう血筋に生まれたから、場合によっては国王代理もアリなのよ。でも王子殿下が御健在なのに自分が玉座に座っていい訳はないって言い切ってるの」


「すげー親父さんなんだな」


目の前にぶら提げられた権力の座を前にそう言い切れるというのは相当の胆力と良識がなくては無理な話だ。そう告げるとセーラは「自慢のお父様よ」と微笑んだ。


(あれ?そう考えると、下手すりゃ次期女王候補にもなりかねないセーラを呼び捨てにしタメ口利いてる俺って相当ヤバいんじゃ)


相当どころか無茶苦茶にヤバいと気付くのはもう少し後であった。







適度に学校の中を見て周り、最後に案内されたのは広大な訓練場だった。


「改めて挨拶しよう。セントラル騎士養成学校へようこそ、エミリオ・バーンクライフだ」


「お招き預かり光栄です。ムーンライト学園より来ました、アルベルト・クラウゼンです」


前以て小春が作ってくれたカンペを暗記した甲斐があった。


「歳も同じなんだ、気楽に話してくれ」


「そうか?じゃあそうさせて貰おう。ついでと言っては何だが今日の勝ちも頂かせて貰う」


二割の冗談と八割の本気で言うと、エミリオもニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「いいねぇ、だが俺もそれなりのモンは背負ってんだ。勝たせて貰うぞ」


こっちの台詞だとアルベルトは言い放ち、互いに拳をぶつけ合った。








「しっかし、完全にお祭り騒ぎだなこりゃ」


一応今日は全ての学科が休講なのか、学校中の生徒が押し寄せているかのような有様だ。


「アル頑張れー!」


「ケーナも応援してるよー!」


「エミリオ!目に物見せてやれー!」


「頼むムーンライト生!そのスケコマシに天誅をおおおおおおお!!!」


微妙に怨嗟の混じった応援(?)も聞こえるのは果たしてアルベルトの気のせいだろうか。


「因みにスケコマシと恨まれる理由に心当たりは?」


「……多分剣術科と魔術科の主席候補でしかも美人のミランダとガーベラの3人で合同研究やってる所為だ」


果たしてそれだけなのかは知らないが、アルベルトはそこを突っ込める程まだエミリオとは親しくない。


「じゃあ余りもたついてギャラリーを退屈させてもアレだし、始めようか」


《エクスピアティオ》を抜き放ち、左手で大きく素振りするとエミリオが小さく口笛を吹いた。


「でっかい剣を使うんだな。まともにやったら叩き潰されそうだ」


「どうだか。こいつはどっちかというと、対トロールやオークみたいなデカブツ相手の武器だから……逆に俺のほうが不利かもしれない」


エミリオは「加減はしないぜ」と言って自分の剣を抜いた。両手で扱う大型の剣だが、アルベルトの物程非常識な大きさという訳ではない。一般的な騎士剣である。


「両者、構え」


公正を期す為、審判はセントラル騎士団の者が行う。審判は指先にコインを乗せて手を差し伸べた。


「このコインが地上に落ちた瞬間が試合開始だ。勝敗はどちらかの降参、或いはこちらで続行不能と判断される怪我を負った場合に決する。異論は?」


「ありません」


「同じく」


目上には恭しいエミリオが頷き、アルベルトも同意する。


「では……」


コインが弾かれ、キンと澄んだ音を立てて地面に落ちた。







「はっ!」


地面を蹴り、鋭い動きでエミリオの刺突が襲い掛かる。アルベルトは咄嗟に大剣の刃を盾代わりにして後退し、足で砂を跳ね上げながら剣を振るった。


「へえ、我流か」


「我流も何も、剣振り回すしかやった事ねえって!」


最低限目を守りながらエミリオは刺突を斬撃に切り替えて踏み込む。やはり刃渡りで勝っていても、これ程大きな剣となると取り回しで明らかに劣る。攻撃の直前と直後に致命的な隙が出来てしまうのだ。


「一撃で終わらない勝負だと、やっぱ不利か」


「らしいな。貰った!」


エミリオの斬撃が来る寸前、アルベルトは一旦地面に叩き付けていた剣から手を離す。そして自由になった左手をエミリオの顔まで持って行き拳を開いた。


「っ!?」


視界を強制的に奪われた事で一瞬動きが止まる。その隙を逃さず、アルベルトは全力でがら空きの腹を蹴り飛ばした。


「ぐあっ!なるほどな……普段ミランダや剣術科の奴等としか戦ってないから、こういう型に嵌らない自由な戦いってのは始めてだ。やるな」


「騎士の作法も礼儀も知らない田舎者が暴れてるだけさ。まあ、路地裏の卑怯喧嘩なら常勝だけどよ」


「よく分かったぜ。まずはお前が一本、次は俺が一本貰う!!」


その瞬間アルベルトの眼前に前触れもなく火の玉が現れ弾けた。


「な、何だ……ぐああっ!」


その火花を切り裂くように振るわれた一閃を何とか仰け反ってかわすが、微妙にタイミングが合わず額から鼻の付け根にかけてを浅く斬られた。足元に視線を移すと、結構な量の血が落ちている。額も燃えるように熱く、口元までぬるりとした感触が伝わっていた。


「こういう単純な魔法なら詠唱無しでも発動出来るぜ。覚えておけよ」


「良い教訓になりました……そろそろ体も温まったか?」


お互いに今までの行動は全てウォーミングアップだ。


「これはちょっとお披露目も兼ねてるんで、少し待ってくれよ」


「ああ、分かった」


アルベルトが頷くと、エミリオは両手を広げて目を閉じる。


「我は願う。速き事烈風の如く、堅き事大地の如く、強き事烈火の如く……我は纏う!竜をも打倒する大いなる力を!!」


膨れ上がった魔力が周囲に撒き散らされる……と思ったところで逆に全てがエミリオの中へと戻る。その瞬間彼から凄まじいプレッシャーが迸った。


「待たせたな。目下研究中の全身強化魔法なんだ」


「マジか」


顔の血を拭いながら呟く。本来肉体を強化すると一言で言っても、『素早く動けるようにする』『力を強くする』『打たれ強くなる』という強化はそれぞれ全く属性が異なる。つまり素早さは風、力は火、耐久は土といった具合である。それらの属性を複合し、1つの詠唱で効果を発揮するというのは画期的ではあるのだが。


「しかし長い」


「それは改良の為研究してる」


納得しつつ、アルベルトは全身に吹き付けてくる力の波動に複雑な感情を抱く。恐怖はある、しかしそれ以上に彼は高揚していたのだ。


「じゃあ俺も見せるかな。といってもまだ上手く使いこなせてないんで、期待外れかもしれないが……!」


心の奥底に語りかける。必要な物は炎、それもあらゆる事象を焼き払う絶対の豪炎。


「来い、サラマンダー!!」


凄まじい咆哮と共に右手から紅蓮の光が放たれ、会場を灼熱の業火が包み込む。しかし炎は誰も焼く事なくアルベルトの右手に集束した。


「使わせて貰うぜサラマンダー。お前が生み出した炎の剣……《レーヴァテイン》」


刃渡りは《エクスピアティオ》と同等、刃はそれ自体が燃えているかのように揺らめき周囲に陽炎を沸き立たせた。


「それが七帝竜の炎か……こうして見てるだけでもビシバシ来るってのは半端じゃないな。しかもそれで不完全かよ」


「本来なら単独で一地方を灰に出来るドラゴンだからな。人の身に収まる時点でお察しだ」


(……それは俺に対する嫌味か?)


脳内で苦言を呈するサラマンダーには苦笑で返し、アルベルトは2本の大剣を軽々と振るった。


「どっちかと言うと、俺自身への自嘲だな」


「まあ俺が消し炭になるというのはなさそうなんで、俺としては問題ないけどな。さ、やろうぜ」


エミリオに頷き、アルベルトは炎の剣と愛剣の二刀流で斬りかかった。









鍔迫り合いに持ち込むと、強化されたエミリオの腕力は真っ向から押し返してくる。いや、寧ろアルベルトのほうが押されていた。


「両手使ってもコレかよ……!本気で恐ろしいなその魔法!」


「そっちこそ、こうして切り結ぶだけでも火傷しそうだぞ!」


軽口を叩き合いながらも、2人は一歩も退かずに斬り合い続ける。学校の威信や同級生の信頼を背負っているのも確かだが、それ以上に楽しかったのだ。


「うおおおおおおおお!!」


《レーヴァテイン》が振り下ろされ、咄嗟に防御したエミリオの剣が一瞬にして融解した。


「げ……!」


「替えの剣はあるか?こんなので終わったら不完全燃焼だ」


「生憎だが俺の剣はこれ1本こっきりでな。済まないが勝負は……」


エミリオが嘆息したその時だった。


「待てエミリオ!」


2人がそちらに顔を向けると、赤毛をポニーテールにした少女が一振りの剣を大事そうに抱えて走って来るところだった。


「ミランダ!?どうしたんだ一体」


「この剣を。私の祖父がかつて使っていた剣だが、いずれ相応しい者に託せと私に遺言を残していたんだ」


「……いいのか」


アルベルトの素人目にもこの剣がかなりの逸品である事は分かる。しかもこの剣は唯の剣ではなく、魔術的な力も込められたアーティファクトである事は明らかであった。


「ああ。私にも分かる……この剣はお前を待っていたんだと」


「分かった。なら遠慮なく使わせて貰うぜ!」


ミランダが退場し、エミリオは受け取った剣を抜き放つ。青く透き通る刃が日の光に輝き、振るわれる度にダイアモンドダストが美しく散った。


「氷結の魔法が込められた剣って訳か」


「どうもそうらしい。これならお前の炎の剣にも対抗出来るかな?」


その言葉にアルベルトより先にサラマンダーが気に障ったらしく、《レーヴァテイン》の炎が一際大きくなった。


「どうやらサラマンダーは一緒にして欲しくないみたいだぜ」


「らしいな」


再び剣を交え、そのまま更に数合打ち合う。その頃にはアルベルトには数箇所凍傷が出来ており、逆にエミリオのほうも余波で数箇所に火傷を負っていた。


「流石に……そろそろスタミナがヤバいな」


「同感だ。決着をつけたいところだが、どうする?」


エミリオはニヤリと笑って剣を構えた。その刃に魔力が集中し、怜悧でありながらも気高い輝きを放ち始める。


「勝負か……望む所だ!」


《レーヴァテイン》にありったけの魔力を流し込み、紅蓮の炎を更に燃え上がらせる。互いに地面を蹴り、ありったけの力を込めて激突した。










(小僧!)


「まずっ!」


《レーヴァテイン》が衝撃に耐えられずにアルベルトの右手から吹き飛び消滅し、同時にエミリオの剣も弾かれて宙を舞う。咄嗟にアルベルトは左手の《エクスピアティオ》をエミリオの首に突きつけた。


「手数で劣ったか……いいぜ、今回は俺が降参だ」


「ありがとう、良い戦いが出来たよ」


《レーヴァテイン》を手放した事でまた動かなくなった右手の変わりに、アルベルトは左手を差し伸べる。エミリオも察したのか、左手を伸ばしてその手を掴んだ。


「勝者、アルベルト・クラウゼンに盛大な拍手を!」


審判の声に、その場に集った全ての者達が喝采を浴びせる。その事が嬉しく、アルベルトは《エクスピアティオ》を頭上で回転するように振るった。


「すげえぞお前!よくあのスケコマシをのしてくれた!!」


「胸がすっとしたぜ!」


「……」


一体どれだけ恨みを買ったのかとジト目でエミリオを見るが、彼はふいと目を逸らした。そんな彼を介抱しようと近づいたのはさっき剣を届けに来たミランダともう1人、アルベルトが会った事のない黒髪の少女だった。


「わり、ミランダもガーベラも……負けちまった」


「気にするな……とはとても言えないが、良い戦いだったと思う。祖父も喜んでる筈だ」


「魔法に関して改良の方策もある程度思いついたんだ。十分な結果だったよ」


そう言いながら微笑みを交えて寄り添う姿は、確かに見ていて「ご馳走様」か「いい加減にしろ」のどっちかになるだろう。


「分かるかアルベルトよ!奴に誰か天誅を……!」


「アル!」


後ろから声をかけられ、アルベルトは振り返るよりも早く背中から抱きつかれた。


「ケーナすっごいドキドキしたよ!カッコよかった!」


「本当にお疲れ様。勝ててよかったわ」


「怪我、今治すからちょっとじっとしてて」


ケーナにセーラ、小春が駆け寄り色々と世話を焼こうとするのを見てアルベルトの周辺気温が一気に下がった。


(……何か嫌な予感がする)


『……お前も敵じゃああああああああああああ!!』


今度はアルベルトも目の仇にして突っ込んで来るセントラル騎士養成学校の生徒達の猛攻をかわし、アルベルトは小春達の手を引いて走り出した。


「アル!」


「何だセーラ!言っとくが今ちょっとヤバいし手短にしてくれ!」


「ええ、一言で言うわ。貴方最高よ!」


気付くとアルベルトとセーラはお互いに声をあげて笑いながら逃げ回っていた。










            続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ