第六十五楽章 魔法と剣
「はあっ!せいっ!りゃあっ!!」
今日も今日とてアルベルトは素振りに勤しんでいた。とりあえず1日千回を目標に始めたところ、最初は丸1日かかっていたのが今では一時間足らずで行けるようになった。これは徐々に剣を鉄骨ではなく剣として扱えるようになってきている証拠だと吉宗にも褒められた。
「これで……!千回!!」
とどめとばかりに目の前の大岩を一刀で叩き割り、アルベルトは額と首に浮かんだ汗を乱暴に拭った。
「ふむ、大分様になったようだな」
後ろから吉宗が全身の骨をカタカタと言わせながら歩いてきた。
「まだまだだ。見てくれよこの切り口、こうも凸凹じゃ斬ったというか割っただろ」
「確かに」
そこであっさりと肯定されてはアルベルトも立場がない。苦笑して肩を竦めていると、吉宗は自分の剣を抜いて構えた。
「ぬんっ!!」
「だあああああ!?」
最上段から打ち下ろすような斬撃は大岩を両断し、その切り口は磨いたかのように輝いていた。
「これが我が一刀流の奥義、草薙だ。これで見せていない技はもうない」
「免許皆伝?」
「自惚れるな。目録伝授という程度だからな」
吉宗から教わった剣技はかなりの数に上ったが、アルベルトが自分の物に出来たのは良くて三つ程度である。とりあえず菊千代やヤズミと戦うのに必要な技は覚えられたので、彼としては概ね満足な結果ではあるが。
「しかしあの菊千代という剣豪、余が言うのも何だが相当に強いぞ?勝算はあるのだろうな?」
「まあ五分五分。《エクスピアティオ》ならあの《紅桜》とも遜色はないし、次こそは……」
そろそろあの地下22階の壁に挑んでも良い頃合かもしれない。そう考えたアルベルトは《エクスピアティオ》を背中の鞘に収め、ケーナ達に声をかけるべく町へと戻って行った。
「腕は上々、残るは心か……」
吉宗はそんなアルベルトの後姿を満足気に見送り、自分も軽く素振りを終えてから《エクスカリバー》へと戻って行った。
「実に丸々一月ぶりのダンジョンですね。ルキナさん、痺れを切らしてるんじゃないですか?」
「お冠ならその時はちゃんと謝るさ。とはいえあいつも王なんだし、国をほったらかして自分のプライベートに集中する方が怒ると思うが」
軽口を叩き合いつつ、アルベルトは軽く肩を回しながらダンジョンを降りていく。その後ろをケーナとリリィ、セルヴィが付いて行った。
「さて、この壁ですね」
「そういう事だ。今の俺はこいつに届くか、それとも……!」
《エクスピアティオ》を抜き放ち、アルベルトは愛剣を正眼に構える。動かない右手は邪魔にならないよう下げ、腰を低く身構えた。
「破ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
裂帛の咆哮と共に振り下ろされる一撃。剣は壁に食い込み、一瞬の光輝と共に弾き返された。
「え、あれで?」
驚いたようにケーナが目を丸くし、セルヴィは何かに気付いたように壁を軽く叩いた。
「魔力防護……どうやら何らかの属性を付与した攻撃でないとそもそも受け付けないみたいですね」
「マジかい……」
現状アルベルトの武器で剣の形状を取れるのは《エクスピアティオ》か《レーヴァテイン》しかない。そして《レーヴァテイン》はサラマンダーの武器だけあり炎しか扱えない。
「となると《エクスピアティオ》に属性を付与するんだが……出来ると思うか?」
「こっちは武術じゃなくて魔法の領域ですからね。セーラさんなんかが強いんじゃないですか?」
魔法と剣術を組み合わせた変幻自在の戦法を得意とする騎士を思い出し、アルベルトは軽く頷いた。
「無駄足踏ませて悪かったな。一旦戻ろう」
「ううん、ケーナは楽しいからいいよ」
「そうですよ。アルは気にせず自分のやりたいように進んで下さい」
ケーナとセルヴィに言われ、アルベルトは少し照れ臭くなって頭をかいた。
結局何の成果もなく戻ってきてしまったアルベルトは、早速セーラを探して冒険者の町をぶらつく。一応宿に言伝を頼んでおいたので、待っていればその内彼女のほうから来るだろうが今日は何となく自分で探したい気分だった。
「……で、何でお前は俺の後をつける?」
「何で分かった?気配遮断は完璧だった筈」
不貞腐れたように瑞葉が路地から出てきた。今日はメイド服ではなく戦闘用の黒装束だ。
「隠し過ぎなんだよ。一部だけ気配がぽっかり抜け落ちて逆に気味悪いっての」
「……以後は気をつける」
「おう気をつけろ」
気配察知は割りと得意になってきた方だろう。ヤズミは何処から奇襲を仕掛けてくるか分からないし、まして町中だとか第三者を巻き込むとかを斟酌しない奴だというのはもう分かり切っている。なら用心に越した事はない。
「それで何でつけてたんだ?」
「観察と護衛を兼ねてだ。お前が強いのは知っているが、奇襲への対応は不得手だと感じた」
「なるほど、そりゃ助かる」
「因みに今この町でお前を狙う動きを見せている者はいない。今のところは安全だ」
アルベルトは短く礼を言い、露天で売っていた大判焼き(パンケーキに似た生地の中に甘く煮た小豆を潰してペースト状にした物が入った《東国》の菓子。小春に教えられて以降アルベルトの好物)を2つ買って1つを瑞葉に渡した。
「何のつもりだ?」
「いや、ずっと離れず護衛をしてるなら腹減ったんじゃないかと」
タイミング良く腹の虫が鳴き、瑞葉は覆面から覗く目元だけでも赤くなっているのが分かるくらいに赤くなりながら無言で大判焼きを受け取った。
「《西国》出身の癖にこれが好きなのか」
「以前に小春が教えてくれてな。《西国》は果物が主体になりがちなんで、こういう手の込んだ菓子ってないからさ」
シャロンが時折焼いてくれるフルーツケーキも好きと言えば好きだが、元々ケーキの類は貴族階級の菓子でアルベルトには馴染みがない。どうにも異世界の文化に触れているようで落ち着かないのだ。シャロンの手前そんな事は死んでも口にしないが。
「ふん……まあ趣味は良いらしいな」
「どういう基準だよ」
口調は刺々しいものの、瑞葉は覆面を外して大判焼きを頬張る。やはり女の子なのか、その表情は幸せそうに緩んでいた。
「……見るな」
「へいへい」
自分の分を食べながらアルベルトは軽く笑ってその非難をやり過ごした。
「それで、何でお前はこんな甘い物の露店が沢山ある区画に来た?」
「セーラが来てないかと思ってな。あいつも最近はこういう市井の甘味にハマりつつあるらしいし、ダンジョンに潜ってないなら高確率で此処だと踏んだ」
「なるほど、確かに理には適っているな」
その後3時間程2人でセーラを探したが、見つかる事はなかった。それもその筈、セーラは最初から此処にはいなかったのだから。
そのセーラは何処にいたのかというと、セントラルにある自宅へ戻っていた。
「しかし、お前がいきなり戻って来て『防御を覚えたい』というのは流石に驚いたぞ」
「ごめんなさいルイーゼ姉様。でもこういう剣を使えるのは姉様だけだから」
「別に教えんとは言ってない。しかし、今から戦闘スタイルをがらりと変えるとなるとな……下手したら体壊すぞ」
セーラは唇を噛んだ。そもそもアルベルトのように古今東西の剣術を雑食に覚えて複合させられるのが異常なのであって、本来はセーラのように剣士として完成された者が全く違う剣を覚えようとしても、それは固まったゼリーを別の枠に無理矢理はめ込むのと同じ無理が生じるのだ。元の形が壊れ、本来持っていた素質さえもが台無しになってしまうと言えた。
「じゃあどうしたら……」
「必要なら盾のアーティファクトを用意してやる。それでは不足か?」
これでもルイーゼは騎士御用達の工房に顔が利くし、妹の為なら予算に糸目もつけるつもりはなかった。
「でも私の腕だと余り防御に特化し過ぎて重いのは持てないわよ」
「そこがな……」
元々ルイーゼは女性でありながら、並の男相手なら素手でのせる位の腕力がある。以前酒の席で部下達と腕相撲大会をやってぶっちぎりの優勝を果たした事は、誇らしいと同時に何か間違っているという感情を抱かせたがそこは余談だ。しかしセーラは一撃の重さよりも手数と速さで勝負するタイプなので、どうしても使える装備も限られてしまうのであった。
「今使っているのは魔力を直接盾に変換するタイプだったな?だとするとセーラの魔力量を底上げするか、変換効率を上げた……ああこういうのは専門外だ!テレーズいるか!?」
途中で頭が煙を噴き上げ、ルイーゼは自室で読書に没頭しているだろう妹を呼んだ。
読書を邪魔される事を何より嫌う割には、テレーズは特に不機嫌さも見せずに自室でセーラの話を聞いてくれた。
「魔力量を上げたいのなら、カーバンクルの宝石を飲んだら?丁度貴女の友達がカーバンクルを飼ってるんでしょ」
「やろうとした瞬間、コハルどころかデュラハンロードとキマイラを纏めて敵に回すわ」
小春を説得し、彼女を通して八咫に頼めば嫌とは言わないかもしれない。だがそれは小春を自分の目的の為に利用しているとも感じ、セーラは二の足を踏んでいた。
「それは拙いわね。じゃあどうしたもんか……」
テレーズは本棚に並ぶ無数の本から何冊かを取り出して持って来た。
「はい。今のところ発案されている防御魔法の構築式が載ってる本はこれで全部よ」
「やっぱり此処に落ち着くのかしら」
「貴女ね……騎士である前に魔女でしょうが」
「……」
忘れてたとばかりにセーラの頬を一筋冷や汗が伝った。
夕方。ようやく宿に戻ったセーラはそこで初めてアルベルトが自分を探していたと知った。
「ごめんなさいアル。それで、貴方の用事って?」
「んー、まあ大した事じゃないんだがな」
夕食の席でアルベルトは苦笑いしつつ自分が例の壁にまたしても弾かれた事とセルヴィの調べでその壁は特定の属性を伴う攻撃でなければ破れないらしいという事を説明した。
「つまり、剣に魔法を宿した剣術を覚えたいって事?」
「そうなる。まあそこまで本格的じゃなくても、とりあえず炎以外の属性を付与できればそれで良いんだ。炎は《レーヴァテイン》があるから良いとしても、もしあの壁の属性が水だったら《オケアノス》じゃ破れないかもしれないからな」
というより属性の防護を付与で破り、後はアルベルト自身の剣技で一気に斬り裂く。それが今彼の考えているプランだった。
「なるほどね。ええ、分かったわ。それなら早速明日から練習しましょうか」
「頼む」
セーラは微笑んで頷き、皿に残っていたサラダを手早く食べて席を立った。
翌朝。アルベルトは同じ部屋で小雪を抱いたまますやすやと眠る小春を起こさないように気遣いながら服を着替え、忍び足で外に出た。
「悪い待たせた」
「おはよう。私も今来て素振りを始めたところだからいいわよ」
「そうか?……あ、おはよう」
挨拶を忘れていたと苦笑しながら返すと、セーラは楽しげに笑った。
「夕べ部屋で考えたんだけど、アルってそもそも竜の力抜きで魔法って使えた?」
「いや全然」
「……」
どうも属性付与以前の話らしい。セーラは軽く頷き、アルベルトに剣を抜くよう言ってからそっとその手に寄り添った。
「炎の契約……!」
「へ?」
アルベルトがぽかんとなるのとほぼ同時にセーラの手に赤の光で魔法陣が浮かび上がった。
「大いなる焦がれる力、眠れるイフリートの息吹……フレイアーム!」
魔法陣が粒子となって《エクスピアティオ》の刀身に流れ込む。それとほぼ同時に神剣は紅蓮の光を放ち、周囲が陽炎のように揺らめいた。
「うん、上手く行ったわ」
「これが属性付与の魔法か」
赤く染まった神剣を素振りすると、周囲の塵が燃えたのか火の粉が舞う。ちらりとセーラを見ると、その手にはまだ赤の魔力光が灯っていたので魔法は発動させ続けているのだろう。
「今日のダンジョンは私達の班と合同で行かない?これなら確実にやれるわ」
「そうだな。そうするか」
三度目の正直だ。アルベルトはそう誓い、セーラと拳をぶつけあった。
朝食を済ませ、自分達の班員に事の次第を説明した後アルベルト達はダンジョンの入り口で落ち合った。本来4人以上でパーティを組むと物量戦を挑まれる事になるのだが、小春が連れている天乃と布都の2体がいる為魔物は向こうの方から退散するので楽だった。
「まあ1番凄いのはさも当然のようにこいつらを手懐けている小春なんだがな」
「それは同意するわ」
地下22階までを特に大きな戦闘もせず(途中でリセルと茶飲み話に興じはしたが)、アルベルト達は目的の壁に到着した。
「で、何が正解の属性か分かるか?」
「ちょっと待って」
セーラは頭に着けていたカチューシャに意識を集中する。魔女クリスタのアーティファクトで、相手の弱点等を探る力を持ったアクセサリーだった。
「見えたわ。必要な属性は水よ」
「よっしゃ」
セーラの手に青の光で魔法陣が描かれ、アルベルトの《エクスピアティオ》に流れ込む。
「静かなる繁栄の約束、母なるウンディーネの抱擁……アクアアーム!!」
《エクスピアティオ》の刀身が青の光で輝き、アルベルトは軽く素振りすると周囲の水分が凍ってダイヤモンドダストを撒き散らした。
「三度目の正直だ。今度こそぶった切らせて貰う!!ぜああああああああああああああああああああ!!!!」
一直線に壁に走り、最上段から剣を振り下ろす。壁は光輝を放って抵抗するが、今度は一瞬で斬り裂かれた。
「もういっちょ!」
今度は横薙ぎに剣を振るう。右から左へ振り抜かれた一撃は壁に十文字の斬撃を残し、アルベルトはその中心に剣先を定めた。
「こいつで終わりだ!!」
2つの斬撃が重なり最も脆くなった十字架の中心。そこを目掛けて叩き込まれた突きでついに堅牢な壁は砕け散った。
「しゃあっ!!」
「やったわねアル!」
快哉を叫ぶが、その声は徐々にしぼんでしまう。壁が崩れたその先には無数の雑魚とも思えない魔物が犇いていたのだから。
「……何分かける?」
「2秒と言いたいところだけど、総力戦仕掛けて10分ってところかしら」
背後の小春達に目をやると、既に臨戦体勢だ。アルベルトは安心して右手に《レーヴァテイン》を召喚した。
「天乃達を見ても怯まない相手……魔王とやり合う前の前菜としちゃ丁度良い」
「あら、自分から大盛り頼んで残すような真似はしないで下さいね。コハルさんのならともかくアルの食べ残しを漁る趣味はありませんので」
「黙れ」
呼吸をするように飛び出す変態発言を叩きのめし、アルベルトは二刀流の構えを取る。
「ケーナは良いか?セルヴィも」
「何時でも良いよ」
「ご心配なく。仕損じはありえません」
バレリアとマオもそれぞれ構えを取って今か今かと待ち構えていた。
「よし……なら戦闘開始!!」
『おおーーーーーっ!!』
群がる悪魔や亜竜の群れ目掛け、アルベルト達は一斉に飛び込んだ。
「砲弾装填!今日は純魔力砲撃ですからダイヤモンドで撃ちます!!」
ナオに故郷の山から取り寄せて貰った宝石で作った砲弾。リリィが最も得意とする属性変換をしない砲撃、即ち無属性の砲撃はダイヤモンドが最も増幅率が高いらしい。実際今の一撃は群がる悪魔の第一陣を根こそぎ叩き落していた。
「余り無駄撃ちするなよ!まあお前なら余り心配してないが……なっ!」
《豪竜》とよく似た亜竜の突撃を《レーヴァテイン》で推し留めつつ、アルベルトは勢いをつけて頭を両断した。
「世界を司る魂の輝き、偉大なる天空の怒号……ボルテックアーム!!」
セーラの剣が雷撃を纏い、樹木の魔物を脳天から斬り裂き同時に焼き払う。まだ動こうとした敵はケーナの雷撃が突き刺さりとどめとなった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「せいやあああああああああああああああああ!!!!」
バレリアとマオも勢いに乗って暴れ回る。何しろ魔物の数が多いので、当たるを幸いとばかりに爪と斧を振るった。
「さて、私は撃ち漏らしの掃討ですね」
セルヴィは高台に陣取り、リリィの掃射やアルベルトの豪快な一撃から逃れた魔物を次々と射抜いていく。リリィと比べると派手さに欠けるものの、堅実な戦い方と言えた。
「天乃、布都お願い!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!」
布都が咆哮をあげながら突撃し、天乃はコハルの身長よりも長い長剣を振るって彼女を守る。その後ろで小春は錫杖を振り上げた。
「森羅万象の許、不浄を滅せ……審判!!!」
豪雷という表現が生易しくなる程の凄まじい閃光と共に、打ち据えられた魔物が死体すらも残さず消滅する。小春が得意とする仙術の奥義、その1つであった。
「行くぜヒューベリオン!こいつで幕引きだ!!」
《アポカリプス》を召喚し、アルベルトは2つの砲身を接続し掃討形態に切り替えて構える。生き残り何とか立ち上がろうとしていた魔物は一瞬で消し飛んだ。
「ふう……随分と俺達もやるようになったとは思うが、今の俺達ってどの位強いんだ?」
「少なくとも並の人間じゃ百人寄っても負ける気がしないわね」
セーラの言う事も尤もである。ふと自分が随分と遠くに来た気がしてアルベルトは苦笑するに留めた。
「さあ、残るは後8階。ルキナさんが待ち草臥れてるでしょうし急ぎましょうか」
少しばかり喰らってしまった傷を小春達に治療して貰いつつ、リリィの提案に首を振る者はいなかった。
続く




