第六十二楽章 恥ずかしがりな彼女
「そんじゃま、いっちょ行きますよ?」
「上等だ!」
ダンジョンではなく町から程近い草原。そこでアルベルトはリリィと対峙していた。かといって痴話喧嘩だとか小春を巡った決闘では断じてない。
「来い……《カドゥケウス》!!」
アレキサンダーから託された武具、《カドゥケウス》。常に使用者の周囲を旋回しながらあらゆる攻撃から守る盾だが、アルベルトの意思で自分以外の誰かを守らせたり盾で相手を殴打するなどの攻撃にも使用出来るのが特徴だった。
「そんじゃま、まずは火から行ってみますか!」
《アバリス改》が火を噴き、魔力のエネルギー弾と化してアルベルトに襲い掛かる。その途中でエネルギー弾は無数の散弾へと分離して全方位からアルベルトに襲い掛かった。
「弾けろ!!」
アルベルトの意を汲み、《カドゥケウス》は同じ様に無数の小さな盾へと分離する。それら全てがリリィの放つ散弾を弾き飛ばした。
「やれやれ……まさに無敵の守護盾という訳ですか」
「無敵かどうかは分からんがな。仮に取りこぼしたとしても、その時は俺が斬れば済むというのは確かに便利だ」
リリィが試しに少し強めの砲撃を放つと、今度は分離した盾の内32枚が合体して砲撃を受け止める。最大で100枚の盾を合体させる訳だが、その100枚でも止められない場合はどうするのかはまだ考えないほうが良いだろう。
「ではそろそろ攻撃も練習しましょうか」
その言葉と同時にリリィの背後から忠勝が躍り出る。更にアルベルトの背後から元信と聖四郎がそれぞれ得物を構えて突撃してきた。
「本来は一対一が某の望み。しかしこれは修練、なれば許されよ!!」
「上等だ。派手に行こうぜ!!」
100の盾に分離した《カドゥケウス》はそれぞれが弾丸のように飛び交い、聖四郎達を迎撃する。しかし威力が低いのか、物ともせずに突っ込んできた忠勝はアルベルト自身が《エクスピアティオ》で迎撃に走った。
「というより忠勝が堅過ぎるだけか!」
「……!!」
唸りをあげて回転する《蜻蛉切》と《エクスピアティオ》がぶつかりあい激しい火花を散らした。
「止めさせて貰うぞ?《エクスピアティオ》展開、挟み込め!!」
ソードブレイカーを起動し、《蜻蛉切》の先端を挟み込む。流石に切断とまではいかなかったが、回転を止める事は出来た。
「!」
負けじと忠勝は豪腕を振るいアルベルトを弾き飛ばそうと動く。思わず踏ん張ったその背後を元信と聖四郎が突いた。
「《カドゥケウス》!!」
散らばっていた盾の欠片が数十枚、1つに集まり元信の拳を受け止める。普通なら手の骨が砕けてもおかしくないが、元信は気を拳に込める事でそれを防いでいた。聖四郎の方は残っていた盾を弾丸代わりに使って吹き飛ばす。
「これは堅い……だが、だからこそ砕き甲斐がある!!」
「砕かれてたまるかって!」
迎撃を《カドゥケウス》に任せ、アルベルトはあえて忠勝に《蜻蛉切》を回転させる事で上を取る。《エクスピアティオ》を剣の状態へ戻して腕を駆け上った。
「!?」
「その図体が命取りだ!」
首目掛けて剣を叩き付ける。あえて引き斬りは行わず、普通にぶつけただけだ。
「……」
忠勝は不満そうに首を軽く叩き、せめてもの仕返しとばかりにアルベルトを振り落とした。
「いでっ!ははっ……初めて忠勝から1本取ったぞ……!」
してやられたと言いたげに忠勝はどっかりと腰を降ろす。それだけでも地面が軽く地響きを奏でた。
「ぐ、ぐおお……某一生の不覚……!」
鳩尾を押さえながら聖四郎がよろよろと歩き、その場に大の字で倒れた。
「それにしてもアルベルト殿、どんどん強くなるでござるな。某は忠勝殿がああも相手の接近を許すところなど、初めて見たでござる」
「《エクスピアティオ》の力で意表を突いただけだからな。多分次は通じないぞ」
当然と頷く忠勝に苦笑しつつ、アルベルトは自分も横になって空を見上げた。
「どんどん強くなるというのは私も同意ですね。宝石を使っていないとはいえ、まさか私の砲撃を正面から受け止められるとは思ってませんでしたので」
「加減しといてよく言うぜ」
恐らくリリィが本気ならアルベルトは防御の上から吹き飛ばされていた。そう確信しつつアルベルトは起き上がった。
「小春達はどうしてる?」
「地下19階で足止め喰らってるみたいですね。そろそろ出て来る魔物も天乃並が普通になってきてるそうですよ」
アルベルトは軽く笑い、傍らに置かれていたバスケットから朝小春に用意して貰ったおにぎりを取り出して頬張った。
「飯食ったら俺達も行くか。その天乃並って奴がどれ程やるのか、見てみたくなった」
「了解です。このバトルマニア」
皮肉なのか本気なのか分からない口調でリリィが呟いた。
ルキナのダンジョン地下19階。その奥まった部屋で、1人の少女が一輪の花を持ち占いに耽っていた。
「勝てる……勝てない……勝てる……勝てない……」
ポニーテールに纏められた金髪は柔らかそうで、それでも腰に届くという事は下ろすと膝に届くのではなかろうか。顔立ちも愛らしく、オレンジの戦装束の上からでも彼女が相当に均整の取れた体つきである事が分かる。これだけなら唯の美少女で終わりそうなものだが、彼女の頭には2本の角が生えていた。それだけではなく背中からは翼竜めいた翼が一対、腰からは金色の鱗で覆われた尾が生えていた。何を隠そう、キルトがダンジョンに放った上位の亜竜こそ彼女―リセルの事であった。傍らにはリセルが愛用している弓が立てかけられていたが、矢筒はなく彼女がどのような戦い方をするかはまだ分からなかった。
「勝てる……勝てな……ッ!?」
最後の一枚だった。
「……」
リセルは無言で花を握り潰し、傍らに置いてあった花をまた一輪手に取って占いを始めた。
「勝てる……勝てない……勝てる……勝てない……」
「リセル様!」
「勝てなぁ!?」
飛び込んで来た部下に驚いてブチリと最後の花びらを千切ってしまい、リセルは悲鳴をあげた。
「あ、り、リセル……様?」
両手をついて落ち込む主に、飛び込んで来たレッサーゴブリンは毎度の事ながら少々困惑してしまう。
「……それで、何がありました?」
「あ、はい。以前追い返した巫女達の……あの、リセル様?」
リセルは何とか落ち着きを取り戻して椅子に座りなおして問いかける。先日彼女はセーラ達と戦い、殺しこそしなかったものの撤退に追い込んだ直後であった。この辺り、伊達や酔狂で亜竜は名乗れないというところか。
「は、恥ずかしいので横向いて喋って貰えます?」
「は、はぁ……」
レッサーゴブリンは毎度の事ながら軽く脱力しつつ、言われた通り壁を向いて報告を再開した。
「先日追い返した巫女の仲間と思しき一団が此方へ近づいております」
「じゃあまた女の子?」
「いえ、男が1人混じってます」
「ひぃっ!?」
途端にリセルは椅子から飛び上がった。
「え、お、男?どどどどどどどどどどうしよう!?髪に寝癖ついてないよね、部屋は毎日掃除してるけど……お化粧は、余りしたくないなぁ」
「……」
気付くとリセルは部下の何とも言えない視線に晒されていた。
「こ……」
「こ?」
「こっち見ないで下さいいいいいいいいいいいい!!」
絶叫と共に全身から迸る魔力の衝撃波。それはレッサーゴブリンをあっという間に吹き飛ばし、背後の壁に叩き付けた。
丁度地下19階に差し掛かった頃、アルベルト達は突如膨れ上がった魔力の高まりと激しい振動に思わずよろめいた。
「な、何だ!?」
「何か凄く強い魔力を感じるよ!」
ケーナが指差した方角から物凄い勢いで1体のレッサーゴブリンが吹き飛ばされ、そのまま壁にぶつかって気絶した。
「一体何があるっていうんだ?」
「行って見ましょう」
セルヴィの言葉に頷き、アルベルト達は武器を構えてその部屋へ踏み込んだ。
「へ……!?」
てっきり先日交戦した氷の魔物のようなのがいると思っていたら、そこで椅子に座って涙目になっていたのはアルベルト達と然程変わらない少女だった。彼等の驚きようは推して知るべしである。
「まさかとは思うが、彼女がやったのか?」
「魔力の反応からしてそうみたいですね。コハルさんには及びませんがなかなかに私好みです」
「黙れ変態」
軽くリリィの頭を小突きつつ、アルベルトはゆっくりと間合いを詰めた。
「この階層を守護する魔物と見たが、間違いないか?」
「ふぇえええっ!?」
思いっきり飛び上がられ、アルベルトは困惑してしまう。とてもこれから戦う相手の行動ではない。
「あああああああの、恥ずかしいので顔を見ないで貰えますか?」
「は?はぁ……」
えらく腰の低い魔物だ。いや、言葉を発している以上魔族なのだろうか。アルベルトは調子を狂わされながらも馬鹿正直に横を向いた。
「それで、あんたを倒せば次の階層へ行けるのか?」
「は、はい……あ、私はリセルと言います。よろしく……」
「へ?あ、ああ。俺はアルベルト・クラウゼン、アルでいい」
何が悲しくてこれから戦う相手と暢気に自己紹介しなくてはならないのだろうか。アルベルトはいよいよ訳が分からなくなりながらも《エクスピアティオ》を構え直した。
「えーっと、戦う間はそっちを向いても良いか?」
「あぅ……分かりました」
背後で完全に脱力していたリリィとセルヴィもその言葉で武器を構えなおす。ケーナは最初からニコニコしていたが、状況が変わったのを感じ取ってか同じ様に武器を構えた。
「では、行きます!」
不思議なもので、弓を手に取るとリセルの空気が変わった。矢をつがえる事なく弓を引くと、弓の先端に魔力が集束し1本の矢となった。
「行って!光の豪雨!!」
「ちっ!《カドゥケウス》!!」
放たれた矢は途中で無数の光弾へと分離し、四方八方からアルベルト達に襲い掛かる。だがアルベルトは逸早く解き放った《カドゥケウス》がケーナ達の周囲を飛び回り全て防いだ。
「そうですか……真竜を束ねた剣士、貴方がルキナ様が仰っていた《勇者》なのですね?」
「そういう事だな。何だ、戦闘になればしゃっきりするじゃないか」
思わず褒めると、リセルは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。でも勝負に手心は加えません!貴方がルキナ様と並ぶに相応しいかどうか、見せて貰います!」
「ならこっちも遠慮はしない!《レーヴァテイン》!!」
《エクスピアティオ》との二刀流に切り替え、アルベルトは放たれる光の矢を次々とかわしながら間合いを詰めて行く。回避しようと走るリセルの進路を妨害するようにセルヴィが矢を放ち、リリィの砲撃とケーナの雷撃が同時に襲い掛かった。
「っ!!」
リセルは慌てずに弓を放り投げ、右手で砲撃、左手で雷撃を受け止める。爆風で髪が躍るのも気にせずに両方とも握り潰した。
「マジかい……」
「亜竜といえど竜は竜。鱗の堅牢さには自信ありますから!」
放り投げた弓を受け止め、リセルは弦を爪弾く。奏でられた音色は閃光と化してアルベルトに襲い掛かった。
「おわああ!!……って《カドゥケウス》、助かったぜ」
その代わりに《レーヴァテイン》は消失しているが仕方ない。そもそも可能かどうかすら知らないが、複数の竜が持つ武具を同時に発動させる事は出来ないようであった。
「でしたらこれはどうですか!?」
今度は滑らかな旋律を一小節分奏でる。するとさっきと同じ閃光が全方位からアルベルトに襲い掛かった。
「いいっ!?」
さっきの衝撃から察するに、《カドゥケウス》を分離してはこの攻撃を防ぎきれない。それを全方位から同質のものが来るとなれば、防ぐ事は絶望的であった。
「アルはケーナが守るよ!トラペゾヘドロン!!」
「お披露目と行きましょうか、セルヴィさんの魔力を装填した宝石弾頭!!」
「私も負けてはいられませんね。風よ、我が意に従い彼の者を守りたまえ!」
ケーナの放つ魔法とリリィの砲撃が左右から迫る閃光を相殺し、セルヴィの放った矢が風を纏い背後の閃光を弾き散らす。アルベルトは《カドゥケウス》を散弾として放ちながら前方から来る光を一刀の元に斬り裂いた。
「嘘!?」
「このくらい構えずともやってのける化物を知ってるからな。それに比べれば俺はまだまだヒヨッコだ!」
必殺を期していたのだろう、それを破られて動揺するリセルにアルベルトが一気に肉薄した時である。彼女の大きな瞳に自分の顔が映るのを確認出来る位に近づいた瞬間、それは起こった。
「は……」
「は?」
みるみるうちにリセルの顔が赤くなり、目の焦点も合わなくなってきた。
「恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
悲鳴と同時にリセルの体が光に包まれる。膨れ上がる魔力の衝撃にアルベルトはたまらず吹き飛ばされるも何とか体勢を立て直した。そして度肝を抜かれた。
「な、何だありゃあ!?」
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」
そこで暴れ回っていたのは金色の鱗に全身を覆われた1体の亜竜だった。見た目は《飛竜》に似ており華奢にも見えたが、振るわれる尾や羽ばたきによって起こる突風で破壊されていく壁や天井は洒落では済まない。
「何が起こってるんだ!?」
(恐らく彼女は己の力を上手く制御出来ないのだろう。そこにアルベルトが不用意に近づいた結果、羞恥心からその辺りのリミッターが外れてあの有様と)
リンドヴルムの説明に思わずアルベルトはズッコケた。
「俺の所為かよ!」
(端的に言えばな)
しかしこうなってしまうと、とどめを刺してしまうのも躊躇われる。というかルキナの部下を殺して良いものか……という躊躇もあった。
「ケーナに任せて!」
「は?お、おいケーナ!」
ケーナはアルベルトが止めるのも聞かずに走り出し、全身から魔力を解き放った。
「竜変化!!」
光に包まれ、ケーナはシルヴァーナの姿へと変わる。金と銀の竜が並び立つ姿は、アルベルト達に場違いにも「美しい」という感慨を抱かせる程の威厳と気品に満ちていた。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「キュオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
ケーナはリセルに体当たりを仕掛け、バランスを崩したところを更に尾をぶつける事で追撃する。
(アル!ケーナに乗って《ゲイボルグ》を!)
「あ、そうか!分かったぜ!!」
《ゲイボルグ》を呼び出し、アルベルトは一旦リセルと距離を取ったケーナの首まで駆け上がる。
(ケーナの力で《ゲイボルグ》の力を一杯引き出すから、それで止めてあげて!)
「分かった、任せろ!」
それはかつてエントを助ける時にサラマンダーの炎と《レーヴァテイン》の炎を共鳴させて威力を大幅に増大させた時と同じであった。ケーナの放つ雷撃が《ゲイボルグ》に結集し、一振りの長大な雷槍へと変える。アルベルトはそれを構えてリセルを見据えた。
「痛みは一瞬だ!少し眠ってろ!!」
「ルォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
竜と化したケーナの咆哮と共にアルベルトは《ゲイボルグ》を投擲する。槍はリセルの右肩に突き刺さり、凄まじい雷光を放った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
苦痛から絶叫をあげ、リセルは倒れ伏す。その姿が元に戻った途端、アルベルトは慌てて後ろを向いた。変身の時に全て破れてしまったのか、リセルは全裸だったのである。
「リリィ、悪いが俺のマントを」
「分かりました。直ちに」
リリィは苦笑しながらアルベルトのマントを受け取り、リセルの体にそっと巻きつけた。
リセルが目を覚ましたのはそれから数分後であった。
「あ……私……ッ!!」
リセルは頭を抱えて縮こまる。
「私またやっちゃったんだ……」
「問題ないです。私としては良いもの見れましたし」
両方の鼻にティッシュを詰め込んだリリィがサムズアップする。リセルは一瞬きょとんとなるが、自分がアルベルトのマントを巻き付けている以外は下着すらも身に付けていない事に気付いてまた目の焦点がズレかけた。
「待て待て!」
思わず額に手刀を入れて止めながらアルベルトは叫んだ。流石に此処でまた暴走されてはたまらない。
「あの、ごめんなさい……」
「気にしなくて良いって。幸い俺達は無事だったし……まあ部屋が無事じゃないが」
整然と整頓されていた筈の部屋は無残に荒れ果て、もう何処が壊れていなかったのか探すのが難しい位になっていた。
「えっと……じゃあ、私の負けです。どうぞ」
リセルが俯いたまま指を鳴らすと、背後の扉が開き……そのまま音を立てて後ろに倒れた。どうやら本来なら勝手に開く筈だったのが、リセルが暴れた衝撃で蝶番が完全に壊れていたらしい。
「……」
「あー……」
流石にフォロー出来ず、アルベルトは軽くリセルの頭を撫でるに留めた。
「ふえっ!?」
「悪い、嫌なら止めるが」
慌てて手を離すと、リセルは「あ……」と何処か残念そうな声をあげたのにはアルベルトは気付かなかった。
「俺も似たようなもんだ」
次の階層へ向かう階段に足をかけながらアルベルトは言った。
「俺の右手に宿る七帝竜、1度は暴走させて取り返しのつかない事をしちまった。でも今は頼れる仲間だ」
「私も……そうなれるでしょうか?」
「なろうと思わないうちはなれないさ。でも俺はリセルが自分の力で空を飛ぶところが見たい」
一瞬リセルは目を丸くしたが、ややあって微笑んだ。
「分かりました。いつか、必ず……!」
セルヴィも励ますようにリセルの肩を叩いてから階段を降り、ケーナとリリィもそれぞれ挨拶してから次のフロアへと降りて行った。
続く




