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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第六十一楽章 凍てつく獣

根本的にアルベルト・クラウゼンという少年には学がない。一応こうして《ムーンライト学園》に通い、魔法を学んではいるものの彼には一般的な教養という物が無かった。


「~♪」


だからこうしてアルベルトのシャツを繕いながら小春が歌う鼻歌の内容も分からないし、こういう時にどういう言葉で褒めれば良いのかも分からない。


「ねえおとーさん、おかーさんが歌ってるお歌ってなぁに?」


「……後で訊こうな。俺も分からないから」


だから娘の質問にも答えられない。アルベルトは内心かなり凹みながらも、小春が紡ぐ優しい旋律に身を委ねた。


「にしても悪かったな小春。俺も気付かなかったんだ」


小春が繕っているのはアルベルトが普段から着ているシャツの右袖だ。戦闘でもなければ動かない箇所の為、自然と注意が外れてしまう。最も服を破損し易い戦闘では服を気にするどころではなくなるのだから、余計に右袖の破損率は増大していた。


「こういう時はね、こう考えれば良いのよ。服が代わりに破れたから自分は無事だったってね」


「そりゃ前向きだ」


そういえば世の中には服を汚して帰っただけで怒る親もいるらしいが、その辺はどうなのかとアルベルトは思う。別に自分がそういうのに晒される事がなかったからどうだなどと言うつもりはないが。


「ところでさ、その歌って何ていう歌だ?」


「私もタイトルは知らないんだけど、お母さんが昔よく歌ってたの。子守唄だとは思うんだけどね」


「ふーん、なるほどな。だとさ小雪……ってありゃ」


アルベルトの膝に座り、胸に凭れて眠る小雪に小春共々破顔してしまう。


「手伝ってくれるか。流石に左手だけじゃ起こさずベッドへ運ぶのは無理だ」


「ええ、良いわよ」


シャツと針をテーブルに置き、小春は立ち上がった。










その後、何とか2人で小雪をベッドに寝かせる事に成功した。


「此処に来て、ダンジョンに潜るようになって早くも二週間か。小春も気付けば大分ベッドに慣れたみたいだな」


「最初の何日かは寝返り打って落ちたけどね」


小雪の寝顔を見つめながらアルベルトは胸の内に湧いた疑問をぶつけた。誰にともなく、答える必要のない問いを。


「俺は強欲か?」


「強欲ね。それも底抜けに」


「だよなぁ。本当ならもう満たされている筈だ」


小雪の頬を左の指で擽り、楽しそうにむずがるのを見て目を細めながらアルベルトは自嘲するように笑った。


「掛け替えのない誰かが傍にいて、次に繋ぐ命を育み、些細な事に一喜一憂して老いて死ぬ。それが人間だ」


「そうね。アルは人間の腕がどうして子供2人抱えるのが精一杯の長さしかないのか、後はちょっと下世話だけど女の胸がどうして2つしかないのか考えた事がある?」


「……何でだ?」


妙に哲学的な話になり、アルベルトは苦笑いしつつ振り返った。


「人間は子供を2人同時に育てるのが精一杯だからだって。死んだお祖母ちゃんが言ってたわ」


「女は子供を2人抱え、男はそんな女を子供ごと抱えて生きるってか?」


正解。小春は悪戯っぽく笑いながらそう告げて椅子に座り直した。


「でもアルは家族と生きる小さな幸福よりも世界を望んだ。これが強欲でなかったら、この世に欲望という言葉はないわね」


「違いない」


家族にしても1人を得るだけでは満足出来ていないのだし、真性の欲張りなのだろう。そんな自分がおかしくてアルベルトは低く笑い声をあげた。


「だがまあ、悪くはないだろ。実際今の俺はこうしている時間を大切だと思いつつ、まだ足りないと感じる位には欲がある訳だし」


「ふふっ……誰もが変わらずにはいられない、望むと望まざるとに関わらずね。だから私も変わるし、アルも変わっていく」


小春は椅子を立ち、窓の外を行き交う人の流れに目をやった。


「小春も変わるのか?」


「ええ、変わるわ。その為にももっと強くならなくちゃ」


その言葉が意味する物が何なのか、アルベルトはまだ知らない。










翌日。アルベルト達は途中で出会ったカイルの率いるメンバーと競うように地下10階までを突破(最も小春達は天乃と布都の案内で既に地下15階までを攻略していたのだが)し、その地下10階の内容に言葉を失っていた。


「すげ、これ全部本物か?」


階段を下りた途端に目が眩むかと思う程の輝きに満たされ、目が慣れてくると光の根源が部屋を埋め尽くす莫大な量の金塊と財宝の山だったというのには笑いしか出て来ない。


「よーしこいつは幸運だ!野郎共、手当たり次第持ち帰るぞ!!」


『分かったぜアニキィィィィィィィ!!!』


早速財宝の回収にかかるカイル達を視界の端に収めつつ、アルベルトは膝をついて転がっていた宝石を1つ拾い上げた。


「トパーズですか。確か火炎魔法の威力を増大させる効力があるとか」


「宝石でそんなに変わるものなのか?」


リリィは頷いた。


「アルも市販されている魔女用のアーティファクトを見た事ないですか?ああいうのって中級以上の物品だと必ず何かしらの宝石が嵌め込まれてるんですが、そういう威力の増幅だとか消費魔力を抑えたりだとかそういう効力持ちだからなんです。実際1年の終わりでやった最終練成でも宝石を練成する魔女って結構多いらしいですし」


「へえ、そういえばそんな話も聞いたな」


授業で習った気もするし、テストでもしっかり点は取ったが当のアルベルト自身に全く無用の長物なのですっかり忘れていた。


「だったらこの宝石……ん?という事はこの宝石をリリィの《アバリス改》の砲弾に加工したら今まで以上の威力が出せるって事か?」


「そりゃ出ますよ。でもコストがどんだけかかるか……」


一応錬金術で宝石を練成する方法もあるが、人工的に作られた宝石は天然物と比べて魔法的な意味合いでの質が数段落ちてしまう為現実的ではない。だが天然物を使えば尋常でない値段がかかり、それこそ宝石を採掘出来る鉱山でも所有していないと使い物にならないのだ。それ故にアルベルトが提案したような宝石を弾丸とした魔砲使いは影で『銭投げ師』などと揶揄されていた。


「じゃあ此処にあるのを可能な限り持ち帰って、いざという時の切り札として持っておくか」


「まあそれくらいなら何とかなりますね。常時ぶっぱする訳にも行きませんから、私が使える火・水・風・雷、土に対応した宝石を各5個くらいでしょうか」


「それってどんな宝石?」


ケーナに訊かれ、リリィは淀みなく答えた。


「火はさっきアルが拾ったトパーズ、水はアクアマリン、風はエメラルド、雷はサファイア、土はペリドットです」


「あ、これですね」


セルヴィが宝石の山から次々と目当ての物を入手してやって来た。


「ふむ……純度はどれも一級品。これなら最高の弾丸が作れそうです」


楽しそうに宝石を袋にしまうリリィ達の傍を離れ、アルベルトは他の財宝を物色し始めた。


「しかし妙だな」


「何が?」


後をついてきたケーナを振り返りながらアルベルトはフロア全体に目をやった。


「特に大した罠もなく魔物もいない、あるのは財宝だけ。そんなフロアがあるもんなのか?」


「たまにあるらしいぞ?ほれ」


宝剣(装飾品としての価値は高そうだが、武器としてはガラクタにしか見えない)を数本纏めて抱えながらカイルが本を取り出した。


「何々……『魔王ダンジョン攻略地図・第16版』?」


第16版というのが妙な説得力を持っていると苦笑しながらページを捲ると、どうやらこのダンジョンは入る度にフロアの位置がランダムで変化するらしい事が記されていた。そして一定の確率でこのようなボーナスフロアが出現し、大量の財宝やアーティファクトで埋め尽くされている上に魔物も出ないという一攫千金のチャンスが待っているらしい。


「そしてその確率は下のフロアへ行けば行く程上がるか……」


「まあ俺も見たのは今回が初めてだけどな。つーかこの第16版が出版されたのって地下3階を攻略した奴が出てからだしさ」


「いやいや地下3階を攻略するまでに16回も改訂されるってどんだけですか」


「それだけこのダンジョンは難易度が高いんだよ。一端の傭兵や冒険者がズタボロになって帰って来るんだぜ?死者が出てないのが不思議なレベルだ」


周りが弱過ぎるのか、アルベルト達が強過ぎるのかは理解に苦しむところだが今は良いだろう。


「まあ大体は魔物じゃなくてダンジョンの罠に嵌まるらしいけどな」


「ああ、この間ルッツが嵌まったみたいなアレか」


ダミーの階段を通ると、魔物がうようよといるフロアへいきなり転送されてしまうという鬼畜仕様の罠だ。アルベルト達はまだ遭遇した事がないが、宝箱が爆発したり泥沼に足を取られている間に魔物に取り囲まれたりと結構えげつない罠が満載だとも記されていた。


「やれやれ、ルキナかキルトか知らないが相当に遊んでやがるな」


無事に到達したら色々とやる事が出来たとアルベルトは苦笑した。ルキナならデコピンの一発くらいはかましてやり、キルトなら殴り倒そうと誓いつつ。









「へっくし!」


同時刻。キルトは自分の研究室で盛大にくしゃみしていた。


「何じゃ兄上、風邪でも引いたかの?」


「いや、誰かが噂してるらしい」


そう言いつつキルトは地図を広げる。それはこのダンジョンの見取り図で、何処に誰がいるかもリアルタイムで見せてくれる画期的な効果を秘めていた。


「ほう、もう半分来たのがいるぞ」


「アルか!?」


「いや、コハルだ」


その瞬間にルキナが見せた表情の変化は劇的であった。薔薇色だった空気が一気に色褪せ、ついには虚ろな目で壁を向いて膝を抱えてしまったのだから当然だが。


「まさか俺も城から逃げたカーバンクルがダンジョンに潜り、そのカーバンクルを追いかけていたデュラハンロードとキマイラがコハルについてしまうとは想定してなかったからな。あいつらがいたらダンジョンの魔物は地下25階までは全部戦う前に逃げ出すぞ」


ダンジョンに放した魔物は大半が低級から中級で、上級の中でも更に上位のデュラハンロードやキマイラが相手だと戦う以前に逃げてしまうのだ。


「しかもデュラハンロードがコハルについた時点で、配下とも言えるハイデュラハンやデュラハンにリビングアーマー系列の魔物もこぞって彼女に味方すると考えたほうが良さそうだ。これはちょっとした不死者による騎士団が結成されるかもしれないな」


「笑い事でないわ兄上!こうなったら何か梃入れとか出来んのか?」


「そこについては心配無用だ。アル達が今いるのは《欲望と探求の間》だからな」


冒険者達はボーナスフロアなどと呼んでいるが、それはキルトが考えた天秤の罠とも言える代物だった。大抵の人間は財宝に目が眩み持てるだけの財宝を持ち帰ろうとするだろう。もしその足で先に進もうとしても、持ち出した財宝の量によっては地下1階へ戻されてしまう事も起こり得るのだ。


「逆に言えば、持ち出した財宝の数が少なければ少ないだけ階層をショートカット出来る。アル達は精々宝石を幾つか持ち出しただけのようだし、今のまま部屋を出れば一気に地下20階辺りまで転移するぞ」


勿論部屋を出る前に「折角だから」などと考えて持ち出す量を増やせばその分地上付近に出る事になるのだが。


「目の前の財宝への欲望か、先へ進みたいという探求か……まあどっちも欲望に変わりないんだがな」


「アルならば間違いなく探求を選ぶじゃろう。そしてそんなアルに付いて来ているのは欲と程遠い者達ばかりじゃ」


海賊達は確実に地下どころか入り口まで飛ばされるだろうが、別に問題はない。少なくとも財宝を持ち帰る事は可能なのだし。


「まあ今のアル達が地下20階の魔物と戦って勝てるかどうかは微妙だがな」


「一体何を放したのじゃ兄上!?」


「まあ、亜竜と堕天使と……後は悪魔をな」


ルキナは絶句していた。亜竜とは竜に匹敵する力を得るに至った爬虫類形の魔物を示す呼称(リンドヴルム達はその場合真竜と呼んで区別される)で、その力は相当なレベルだ。堕天使も魔界の空気に染まって闇に墜ちた天使の事であり、元が神界の戦士だけあって侮って良い相手ではない。悪魔にしてもピンキリであるが、キルトが奥の階層に放すならやはり相応の力を持った存在と見て良いだろう。


「アルが今学んでいる剣を完全に物にすれば十分目のある勝負が出来る相手ばかりだ。それにあいつなら案外亜竜の女を落とすかもしれないぞ?」


「……」


ルキナは思わずジト目になってキルトを睨んだ。亜竜は厳密に言えば魔物とは言えず、魔物と魔族の境界線に立っているような種族だった。下等な者はスライムレベルの知能しかない癖に力は《豪竜ドレイク》級などというとんでもないのもいるが、上等な者は真竜にも劣らない深い知性と見識を兼ね備えているなど非常に定義が難しいのだ。


「確かに亜竜でも上位の者は人間の姿になれる者もおるが、兄上……まさか狙っておるのではあるまいな?」


「興味ないか?アルの特性は果たしてどんな種族にでも通じるのかどうか」


「……」


ルキナのジト目がいよいよ絶対零度を帯びてきたのに気付いたのか、キルトはそこで言葉を切った。


「まあ少なくとも魔王に通じる事は確かだが」


「魔王は種族名じゃったのか!?」


因みにルキナの魔族としての種族は単純に混血である。父親であった魔王フェネクスは不死鳥という種族なのだがそれは余談である。











アルベルト達は程なく宝物庫のフロアから先へ進もうとしたが、リリィがちゃっかり金塊等も回収していたらしく次のフロアは地下16階であった。


「あれ?アル達ももう此処まで来たの?」


「いやそっちこそ何でまだ地下11階でうろうろしてるんだ?」


どうにも会話が噛み合わず、アルベルトとセーラは首を傾げた。


「えっと、私達はさっき地下15階を突破したから此処は16階の筈よ?」


「俺達はさっきボーナスフロアみたいな大量の財宝がある階に入って、出てきたところだ。因みに地下10階」


セーラ達は一様に顔を見合わせた。


「どうも地下16階みたいですね。理由は分かりませんが、5階程すっ飛ばしたみたいです」


「マジか」


リリィが見つけた立て札にはしっかりと今いる階層が書かれてあった。因みにカイルから渡された本には『立て札の内容は鵜呑みにすべし。危険と書いてあったら危険である』と記されていた。


「他に何か書いてあるか?」


「……強敵注意だそうです」


反射的にアルベルトは《エクスピアティオ》を抜き、小春達も応戦の構えを取る。その瞬間を待っていたかのように全身を白い毛で覆った猛牛とも巨大トカゲともつかぬ奇怪な生物が突っ込んできた。


「……!」


「どうしたの天乃?」


小春の背後に影の如くつき従っていた天乃が唐突に剣を構えて前に出た。どうやらデュラハンロードを本気にさせるレベルの相手らしいと、アルベルト達は気を引き締めた。


「来るぞ!!」


魔物の右側を駆け抜けながら、アルベルトは《エクスピアティオ》を一閃させて大角を1本斬り落とす。今までなら斬れなかったであろう硬度だったが、今の彼なら割りと容易かった。


「見た感じ冷気を纏った魔物みたいですね。ならこいつで!」


リリィが火の砲撃を放つ。冷気に守られた皮膚を突き破り、体内まで焼かれる痛みに魔物は咆哮をあげた。その傷口目掛けて布都が獅子の口から高熱の波動を放ち更に追撃を仕掛ける。たまらず膝をついた魔物にセーラが更に攻撃を加えようとした矢先の事だった。


「グォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!」


魔物が咆哮を放ち、周囲の水分が瞬間的に凍りつく。凍りついた水分は全てが鋭利は刃となってアルベルト達に襲い掛かった。


「ぐっ!?」


頬や腕、足が軽く切れるがそれだけではない。魔物の放つ冷気で傷口が凍りつき、激しい痛みを訴え始めていたのだ。


「こいつは長引かせるとヤバそうだな……!」


「そうね……同意するわ」


《レーヴァテイン》を用いて傷を解凍しようかと考えたものの、今のアルベルトにはまだそこまで器用な真似は出来ない。というより次々と刃が飛んで来る現状で悠長に火力の調整などしていられないのである。


「任せて!」


小春が錫杖を振るい、術を発動させた。


「来て、《楯無》!!」


小春の術がセーラの鎧を構築していく。確かに魔法に対しても高い防御力を誇るこの鎧ならこういう戦いにうってつけであった。


「ありがとうコハル!やってやるわ!!」


「サラマンダー、俺達も負けずに行くぜ!」


(おうよ!!)


サラマンダーが全身に炎を纏わせながら体当たりを仕掛け、その首にがっぷりと牙を突き立てる。突き刺した牙から直接熱を注ぎ込まれ、魔物そのものの体温が上がったのか冷気が一瞬収まった。


(今だアルベルト!ぶった切れ!!!)


「うおおおおおおおおおお!!!!!」


セーラが魔物の左目を《アスカロン》で突き刺す事で封じ、セルヴィの放った矢が右目を潰す。バレリアは寒さで気絶してしまった為、マオが斧で鞭のように振るわれる長大な尾を根元から切り落とした。


「行けええええええええええ!!」


鱗に守られている堅牢な首に《エクスピアティオ》を叩きつけ、一気に引く。一瞬の抵抗感と共にその首は落とされた。


「やった?」


首を落とされた体が徐々に崩れていくのを見やり、全員が安堵の息をついた時だった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


「首が!?」


斬り落とされた首が動き出し、口から冷気の波動を放つ。その射線上には小春とケーナ、バレリアがいた。


「逃げて!!」


波動は地面や床を凍てつかせながら小春達に迫る。アルベルトは咄嗟に《レーヴァテイン》を抜いてその射線に割り込んだ。


「アル駄目!」


「逃げて!」


小春とケーナの声が耳に入る頃には、既に波動はアルベルトに迫っていた。


(……!)












どれくらい時間が経っただろうか。小春達が目を開けると、アルベルトは何事もなかったかのように立っていた。凍てつき霜の降りた石畳や壁はアルベルトを避けるように動いており、小春達の立っている場所も無事だった。


「え……その盾は?」


小春達の周囲を守るように浮遊する巨大な盾。それは今まで彼が使った事のない物だった。


「多分、守護竜アレキサンダーの力だとは思うが……何が琴線に触れて力を貸してくれたのかは分からないな」


(仕方ないですよ。アレキサンダーは非常に寡黙で、不要な事はおろか必要な事すら話しませんから)


リヴァイアサンの言葉にはアルベルトも苦笑するしかない。アルベルト自身は《レーヴァテイン》を使い波動を斬り裂く事に成功していた。


「本当なら《エクスピアティオ》でこれをやれるようになりたいんだがな」


「練習するには余りに相手が悪いわ。こっちの心臓ももたないし、出来れば私達が練習に付き合いたいのだけど」


若干お冠のセーラにアルベルトは頭をかきながらも誠意を持って詫びた。


「悪かった。そうだな……地下20階に到達したら一旦攻略をストップして仕上げにかかりたいんだ。頼めるか?」


「ええ、そういう事なら喜んで」


小春の魔力で構築されていた鎧を解除しながらセーラは優しく笑った。


「ところでバレリアは大丈夫か?」


「大丈夫みたい。さっきから寝言言ってるし」


アルベルトが近づくと、「もう食えねえ……」とベタな寝言を言っているバレリアの無防備かつ暢気な寝顔が目に入った。


「単に冬眠してただけかい……!」


「ある意味大物よね。本当に」


呆れたアルベルトとセーラにも構わず、バレリアはぐっすりと眠っていた。


「仕方がない。今日は一旦此処までにして戻ろう」


「そうですね。私も手に入れた宝石を弾丸に加工しておきたいですし」


他のメンバーにも異論がない事を確認し、アルベルトは離脱用の魔法陣を起動させた。




「とうとう貴様も動くのか、アレキサンダー」


バハムートは不機嫌なのか面白がっているのか判断に困る雰囲気で言った。


「……」


対するアレキサンダーは相変わらず沈黙を保っている。彼が口を開く事など、この寡黙な守護竜を七帝竜の席に迎えた頃から一度もないので仕方がないのかもしれないが。


「まあ良い。こちらもそろそろ考えなくてはならんのかもしれないな……見極めさせて貰うぞ小僧」


そう呟くバハムートの真意を知る者はまだいなかった。









         続く

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