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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第六十楽章 少年と少女の誓い

ルッツという少年は生粋の軍人でもなければ、騎士を志した貴族でもない。父親の仕事が安定しない漁師という仕事だったのもあり、口減らしと送金を兼ねて軍に志願した身であった。特に何か目標がある訳でもないままに訓練を受け、1年が過ぎようとしていた頃だった。


「あれ……?」


たまたま目が覚めてしまい、まだ太陽も昇らないうちからルッツは気紛れに訓練場に来ていた。体を動かしておこうというのも完全に気紛れで、寝起きで動かない頭を無理に働かせた結果だというから笑えない。だがそれが彼に取って大きな転機となっていたのだ。


「ひゅっ!はあっ!!」


誰もいない練兵所で1人剣を振るう自分と同年代の少女。魔女の力を積極的に取り入れている《中央》では別段、女兵士など珍しくも何ともない。だがルッツは彼女から目が離す事が出来なかった。


(綺麗だ……)


「……?」


燃えるように鮮烈な赤い髪を長く伸ばし、少女らしいあどけなさの中に凛とした強さを秘めた蒼穹の瞳。同年代の夢見がちな少女達とは一線を画したその姿にルッツは一瞬で魅了されていた。それ故に何時の間にか彼女が素振りを止めて此方を見ている事にもしばらく気付かなかった。









「そして俺がどうしてこんな事を回想しているのかというと……」


ルッツ・サーキス少尉、17を目前に控えてダンジョン地下5階。単独で魔物の群れに囲まれていた。


「だあああああああ!!やっぱり好奇心に駆られて地下5階単独突撃なんてするんじゃなかったあああああ!!!」


知らず知らずのうちに失恋していた悲しみを紛らわす意味もあったのかもしれないが、幾らなんでもこれは蛮勇にも程があると一時間前の自分を殴りたくなる。


(幸いタイマンなら十分倒せる敵しかいないのは良いが、部屋を埋め尽くす程の魔物って多過ぎるだろ!!)


得物は訓練兵を卒業した時に贈られた長剣と盾。魔法は自己治癒能力を高める簡易ヒールと後は攻撃力を強化する魔法のみという有様だ。しかも此処に来るまでに魔力回復用のマナポーションは使い果たしており、完全に「ちょっと行って様子を見てから帰ろう」という慢心と油断が裏目に出た形であった。


「くそぉっ!死んでなんかたまるかよ!!」


両手と両足に筋力強化の魔法をかけ、猛然と剣を振るい次々と斬り捨てていく。だが1匹仕留める間に10匹もの魔物が湧き出てはジリ貧であった。


「こういう時ってこう、何かないか!?俺に秘められた大いなる力がいきなりご都合主義的に目覚めるとか、影から見守っていた心強い仲間が助けに来てくれる……とか……」


その瞬間、ルッツの言葉を裏付けるように光が放たれる。光は群がる魔物を次々と消し去り、撃ち漏らした数体を飛び込んで来た誰かが次々と斬り捨てて行った。


「大丈夫か!?」


「あ、アル!?」


助けてくれたのはアルベルトだった。何で恋敵とも言える男に助けられなくてはならんのかと一瞬思うが、よくよく考えてみれば彼に当たるのはお門違いだと思い直した。


「悪い助かった。ちょっと無茶し過ぎたわ」


「そういう時もあるだろうな。後は俺達に任せておけ!」


アルベルトが斬り込むと、その進路を確保するようにセルヴィが弓と風を放ち援護する。ケーナが死角をカバーしつつ敵を纏め、一箇所に纏まったところでリリィの砲撃で一掃。どうやらさっきの光はリリィが放った砲撃だったらしい。


「すげぇ……」


自分も援護するべきかと迷いながらも、ルッツは目の前の戦いから目が離せなくなっていた。


「これが魔王を封印じゃなくて、直接ブッ倒した《勇者》とその仲間の力なのかよ……!?」


そんなアルベルトの背中を守るという事は、かつて自分と互角だったセーラはどれ程の強さになっているのかと驚愕している間にアルベルトは残った魔物を纏めて斬り伏せていた。


「頼むリリィ」


「はいよ。お任せです」


怪我をしているらしいルッツにヒールをかけつつ、リリィは周囲を見渡した。


「1人ですか?」


「今日は俺が潜る日じゃなかったんだけどな。ちょっと1人で対多数戦闘の訓練をしたくてさ」


「だったら何でこんな所にいるんですか。幾らなんでも無謀ですよ」


ばっさりと言われてしまい、ルッツは苦笑いしながら頬をかいた。


「いやそれはな……気になったんだよ。この下にはどんな世界が広がってるのか、何がいるのか、どんなお宝が眠ってるのかって」


「好奇心が服着て歩いてますね」


「いやはや面目ない」


治療が完了し、ルッツは立ち上がって具合を確かめるように腕を振る。どうやら問題はないらしい。


「1人で戻れるか?何なら俺達で送るが」


「流石にそこまで甘えたら、セーラ様どころかルイーゼ隊長にも会わす顔がねえや。幸いこの上の階層は此処より弱いのばっかりだし大丈夫……っ!?」


悲鳴が奥の方から聞こえ、アルベルトとルッツは状況を確かめるとか以前に条件反射で走り出していた。


「あ、アル待って!ケーナも行く!!」


「ああもう何で男ってのはこうも後先考えないんですか!?」


「仕方ないですね。行きましょう」


ケーナ達も後に続き、アルベルト達が奥にある部屋に駆け込んだ時だった。


「あ、アル!」


小春が駆け寄って来たが、特に見た感じでは怪我をしている様子もない。


「小春、さっきの悲鳴は小春か?」


「え、あ……聞こえてた?」


アルベルトが頷くと、小春は恥ずかしそうに髪を弄りながらある一点を見やった。


「穴?」


「うん、この間傭兵さんを大勢連れて入ってきた人がいたでしょ?」


「……ああ、セーラに付き纏ってた」


小春は一瞬眉を顰めたが、すぐに微笑んだ。


「その人が何かこっちに向かってきて、そのままズドン」


「ああ、落っこちたのか」


穴から覗き込むと、折れ曲がった足を抱えてみっともなく泣き喚いているのが見えた。


「……このまま助けに行って俺達が下の魔物に苦戦する可能性、あると思うか?」


「……天乃と布都に前衛を頼めば何とかなるかも」


「誰だそれ?」


小春の説明を聞いてアルベルトが軽く眩暈を覚えたのは決して錯覚ではあるまい。


「戦力という意味では俺も人の事は言えないが、小春がいれば俺のブレーキ役は十分そうだな」


「そう?」


少なくともセーラが一緒に暴走する事を選ぶ時点で、止められるのは小春しかいない。まして力ずく前提ともなれば自然と彼女を慕う魔物も戦力に数えなくてはならなくなるのだ。そういう意味ではデュラハンロードやキマイラはうってつけと言えた。


「それじゃ、直接降りるか」


出かけに店で買ったロープとフックを使い、アルベルトは左手と足で器用に下の階まで滑り降りた。


「おいフィブル」


「お、遅いぞ……何をもたくたやってたんだ!?」


一瞬ほっといて帰ろうかという考えが頭に過る。非常に魅力的な脳内の提案に頷きそうになりながら、アルベルトは溜息を噛み殺して荷物から適当な棒を2本取り出して足に当てた。


「小春!やっぱポッキリ逝ってやがる!!」


「分かったわ。私もすぐ降りるから待ってて」


小春とセーラもロープで滑り降り、セーラは小春の治癒魔法を受けるフィブルを冷たい目で見下ろした。


「これに懲りたら二度とダンジョンにも私にも近づかない事ね」


「そ、そんなセーラ様!」


「貴方が次にアルやコハル、私に連なる誰かを髪の毛1本でも傷つけてごらんなさい。私が手ずから貴方を殺してあげる」


本気の殺気を叩きつけられ、フィブルは泡を噴いて気絶した。静かになって良いとしか思えない辺り、アルベルトも相当に自分が苛立っていた事に気付いた。


「何だか一気に白けてしまったな。帰るか」


「そうね……それと、アル。コハルも本当にごめんなさい」


「セーラが謝る事じゃないわよ」


「だな」


フィブルのあれこれで責任を感じているらしいセーラを慰めつつ、アルベルトは帰還用の魔法陣を起動させた。









一応《中央》の問題という事でルッツがフィブルを背負い、他の傭兵達も連れて地上に戻ったアルベルト達を出迎えたのはとある貴族だった。


「あれは?」


「フィブルの父親、ゴードン卿よ」


その瞬間ゴードン卿はその場に膝をついて頭を下げた。所謂1つの土下座という奴である。


「この度は私の馬鹿息子がとんでもない事を!アルベルト様、セーラ様におかれましてはさぞやこの愚息をお恨みでしょう!しかし!しかし何卒《中央》との同盟に関しましては寛容な判断をお願いしたく……」


「あーちょっと待ってくれ!俺は別に今回の事が原因で《中央》との同盟を破棄するとかそういうつもりはないぞ!?」


必要なら今この場で詰め腹斬ってでもと言いかねない男に流石のアルベルトも慌てて叫んだ。


「しかしですな……」


「でしたらゴードン卿、私のほうから1つ頼みごとをしても?」


「は、セーラ様!」


セーラは一瞬人の悪い笑みを浮かべたが、すぐにそれは取り繕う。


「フィブルを謹慎にして頂けます?もう社交界でも外でも顔を見たくありませんので」


「分かりました!直ちに!!」


ルッツからフィブルを配下の者に受け取らせ、ゴードン卿は何度も頭を下げながら去って行った。


「セーラ、お前……」


「何かしら?」


「黒過ぎ」


セーラは意味深に笑ってそっとアルベルトの肩に凭れ掛かった。










結局その後探索を続けるという元気もなく、宿に戻ったアルベルトを出迎えたのはイルミィとキュアリートだった。


「珍しい組み合わせだな?」


「まあね。ちょっとダンジョンでどんな魔物がいたのとか教えて貰えたら良いなーと」


「キュアはもっと見聞を広めに来たのよ!」


荒くれ揃いの冒険者の中に他国の姫と貴族令嬢を放り込むなど、飢えたピラニアの水槽に超えた牛を放り込むかの如き愚行なのだがそれは置いておく。アルベルトは色々と頭痛が酷くなってきた頭をどうしたもんかと考えつつ、冒険譚を聞かせる事にした。


「それと実物が見たいなら小春に頼め。あいつ3体程魔物を連れて帰って来たから」


「何!?」


「カーバンクルとデュラハンロードとキマイラ」


イルミィは椅子から転げ落ちた。


「いや、ギャグで言った訳じゃないからズッコケる所じゃないぞ?」


「冗談じゃないならもっと性質悪いわよ!カーバンクルはともかく、デュラハンロードもキマイラもギルドではSS級の大物じゃないの!」


「それを仲間にしてしまうから小春なんだよなぁ」


そう言われるとイルミィも納得せざるを得ないらしい。苦笑しながらも座り直した。


「こうして見ると、コハルはアルに対するカウンターになり得るわね」


「まあな。俺がもし暴走した時も小春とその仲間が俺を止めてくれる」


だから安心して好きなように動けると笑い、アルベルトはコーヒーを一口飲んだ。


「あ、思い出したわ」


イルミィは何を思い出したのか、持っていた鞄から一冊のノートを取り出した。


「神剣の事を調べていたら、少し気になる事が出てきたのよ」


「気になる事?」


イルミィは頷いてノートを開いた。


「神剣とは書いて字の如く神が使う剣よ。つまりそれを振るえるのは神かそれに連なる者のみであり、唯の人間に使える代物ではないの。それは《エクスピアティオ》だけでなくその対となっている《ベカトゥム》も同様だわ」


「ちょっと待て。《ベカトゥム》は魔剣じゃなかったか?」


イルミィは資料を取り出してアルベルトの前に広げた。


「《ベカトゥム》は闇を司っていはいるけど、正式には魔剣ではなく反神剣と呼ばれる物よ。神の力をそのまま反転させたからこそ神剣の対となり得る」


「反神剣ねぇ……だとしたらルキナが神になっちまうが」


「貴方もよ?」


「……」


余計に話が大事になってきた。アルベルトは心持痛みが酷くなった頭を振りつつ、資料を読み進めていく。


「とはいえ親父は既に死んでるし、お袋のルーツも調べてみるが……それで何が分かる?」


「そうね。確実な情報を得ようと思ったらそれこそ神界に乗り込まないといけないけど、どうする?」


「どうするというか、連れて行けと」


「……何で分かったの?」


「わからいでか」


そんな好奇心で輝いた瞳で見つめられて分からなかったら、そいつは相当な鈍感か唯の馬鹿である。因みにキュアリートは退屈したのか、アルベルトのベッドでぐっすりと眠っていた。


「まあ俺としても真実を知るのはやぶさかでない。どうやって神界に行くかその方法は分かっているのか?」


「そこについてもさっぱりね。だからまずはダンジョン攻略に全力を注いでくれて構わないわ」


学校の課題でもあるのだし、それは当然である。アルベルトは軽く頷いて残ったコーヒーを飲み干した。








同じ頃。ダンジョンの最深部でルキナは苛々と歩き回っていた。


「結構な難易度なんだし、今日明日に到着するとは思わないほうが良いぞ?」


「そうは言うが兄上。アルともあろう者が未だに地下5階でもたつくというのはおかしいのではないか?」


キルトは苦笑して肩を竦めた。


「まあ色々と足止め食ってるのは確かだな。どっかのドラ息子が原因の大半だが」


「むむぅ……待ち焦がれる身というのはこうも辛いとは思わなかったのじゃ」


玉座に座りなおし、ルキナは溜息をついた。


「地下30階というのはやり過ぎたかの?」


「俺としてはもう少しやりたかったが」


このダンジョンの基礎を作り上げたのはルキナの魔力を結晶化させた巨大な魔水晶だが、細かい部屋割りや魔物及び宝物の配置を決めたのはキルトである。そこには当然冒険者達を惑わせる罠や仕掛けも入念に仕込まれていた為、挑戦する冒険者達はまだかなり地上付近でうろうろしているのが現状であった。


「兄上に全部任せたらアルが来るまでに10年はかかるのじゃ!」


「流石にそこまで鬼畜なトラップは仕掛けてないぞ?精々階段だと思って降りたら魔物がひしめく大部屋へご案内されたりとか、体の自由を奪う神経毒ガスで満たされた部屋とかそのくらいで」


「十分に鬼畜と思うのは妾の気のせいか……?」


これでも相当に手加減したというから、一体このインキュバスの脳内にはどんな鬼畜罠のアイディアがあるのかとルキナは頭が痛くなる。


「まあ良い。どうしても退屈なら妾の方がアルの所へ遊びに行けば良いだけなのじゃし」


「それはそれで本末転倒だろう」


キルトに窘められ、ルキナは頬を膨らませながら玉座に座り直した。しかし遥か遠くに感じる《勇者》との距離が縮んだ訳ではなく、彼女の不満は晴れなかった。


「やれやれ……剣で惚れさせるどころじゃなさそうだな」


そう呟いたキルトの声は誰にも聞かれる事はなかった。









その夜。小春は小雪を寝かしつけ、窓から星を見つめていた。


(小父さん……)


織江の叔父である山根菊千代はかつては快活で優しい男だった。侍としての実力はあったものの、甘い物が大好きでそれ以上に子供が好きな男だったのだ。


「あれは、私と織江の罪……」


入ってはいけないと言われていた森。そこに子供の好奇心に抗えず、幼かった小春と織江は2人でその森に踏み入った。そこで待ち受けていたのは《東国》で時折起こっていた小競り合いに敗れて流れてきた野伏せりだったのだ。


(そして小父さんは私と織江を助ける為に、織江の家が代々封印し守ってきた絶刀を抜いた)


自分達を助ける為に刀を振るい、野伏せりを全て斬り捨てた菊千代を見た時小春は思ったのだ。返り血に塗れ、鼓動を強める《紅桜》を持って笑う菊千代を見て……恐ろしいと。


(小父さん、貴方は今《紅桜》に捉われた虜囚なのですか?それとも、血を浴びて殺戮を続ける事に喜びを見出したのですか……?)


どちらにせよアルベルトに任せる他ないと分かっている自分が歯痒かった。拳を握り締めながら振り返った時、彼女の目に映ったのは吉宗から譲り渡された霊刀・《叢雲》であった。


「……」


手に取り、そっと鞘から引き抜く。《紅桜》の禍々しい刃とも《エクスピアティオ》の人を寄せ付けぬ輝きとも違う、静謐で力強い輝きを抱く刃が現れた。


「かつて吉宗公の御霊を鎮める為に作られた三種の神器……この力を使えば、もしかしたら《紅桜》を浄化出来るかもしれないわ」


いや、出来るか出来ないかではなくやるのだ。織江に残された唯一の肉親を喪わせず、アルベルトを死なせない為にも。アルベルトを信じていない訳ではない。だがもし彼が菊千代の素性を知ればきっと剣が鈍り、それは彼に取って命取りとなる。知らずに戦えばきっとアルベルトが勝つだろうが、その場合は織江の心に更なる傷をつける事になる。


「どちらかを犠牲にするんじゃない、どちらも救ってみせる。それがアルの理想であり、私達の理想なんだから……!」


小春の決意に呼応するように《叢雲》が輝き、壁に立てかけられた《水鏡》と彼女の首に提げられた《鎮魂》も同じ様に光を放った。











                 続く

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