第五十八楽章 東の剣
敵の数は残った魔人が3体、内1体が腕を1本無くして手負いの状態。そして質は然程でもない(とはいえ以前戦ったアムドゥシアスの軍勢程度の力はある)が数が無駄に多い雑魚魔物の群れ。雑魚は現在小春とセーラが連携して片っ端から仕留めており、そこをタウラスとサジタリウスがサポートに入っている。流石に《ゾディアック》なだけあり、2人の戦闘力も相当なものだというのは今更ながらに実感出来た。
「忠勝!1体はお前に任せる!ケーナ達は連携してもう1体頼む!俺は……こいつをやる!」
《エクスピアティオ》を構え、アルベルトは残った魔人を見据えた。
「アル1人でやるの!?」
ケーナが驚いて叫ぶが、アルベルトは軽く頷くに留めた。
「少しばかり、練習にな」
全てを両断した菊千代の剣。あれを会得しない事には互角の土俵に立つ事も出来ないのだから。
「……!!」
全身の駆動音を高まらせ、忠勝が殆ど体当たりの勢いで魔人に激突する。それと一緒に突き出されたドリルを回転させる《蜻蛉切》に腹を抉られ、魔人は三つの顔から同時に絶叫を迸らせた。
「!!!」
忠勝は攻撃を止めず、壁まで叩き付けたところで更に《蜻蛉切》を押し込む。肉やら骨やら体液やらが弾け飛ぶのを物ともせず、空いている右手で幾度と無く殴りつけて相手を潰していくやり方は実に理に適っている……が、グロかった。
「あっちは忠勝に任せれば良いとして、俺はこっちだな」
振り下ろされた大剣をかわしつつ、アルベルトは自分の剣を合わせる。菊千代の斬撃なら此処で相手の剣が斬れていると思うのは買い被りだろうか。
(いや、《エクスピアティオ》が斬られなかったのは偏にドラゴニウムの強度故だ。本来なら……武器ごと斬れる!)
力で押し込むが、魔人の剣が僅かに刃零れした程度だ。何が足りないのかを考えつつアルベルトは回避運動に移った。
「えいやあああああああああああ!!」
ケーナが2体目の魔人が振り下ろす鉄槌を両手で受け止める。普通ならそのまま潰されて終わりだろうが、今のケーナは瞳孔が縦に割れていた。つまりシルヴァーナの力を解き放っている状態なのだ。《飛竜》の亜種であるシルヴァーナの力は《豪竜》や《這竜》と比べると弱いが、それでもそれはあくまで竜族の中での話。並の魔物や人間では到底太刀打ち出来るようなものではない。
「マオちゃん程の力はないけど、せいやっ!」
帯電した拳を突き上げ、鉄槌を粉砕する。衝撃でよろけた魔人目掛け、バレリアが背中からよじ登り頚動脈に爪と牙を同時に突き立てた。
「裂いた!マオ!!」
「あいよお任せ!」
痛みに蹲る魔人の腕を駆け上り、マオも斧を首目掛けて振り下ろす。1回で斬れないなら2回3回と斧を叩きつけ、5回めで魔人の首を叩き落した。
「まあ、俺もサラマンダー達に力を借りれば楽勝ではあるんだが……」
あえて《レーヴァテイン》を抜かず、アルベルトは《エクスピアティオ》のみで相対する。吉宗がゴーレムを斬った時、そして自分が菊千代に斬られた時。それらに共通していて今自分にないものが何なのかを考えながら剣を交える。その様子を視界に納めつつ、吉宗は小春とセーラの援護に向かっていた。
「さて、余の剣と貴公の剣の違い……何時気付くかな?」
同時刻。《中央》のセントラルに佇むアスリーヌ邸にて、ルイーゼは午前の執務を終えて居間にいた。今日は珍しく大きな事件もなく、端的に言えば暇であった。
「部下達を交代で例のダンジョンに向かわせると一気に暇になるな。訓練でしごくのより余程実践的なんだが」
「そういえばセーラも今頃はそのダンジョンに潜ってる頃でしょうか」
テレーズがぼそりと言った一言でルイーゼの顔が分かり易く凍った。
「ああそうだ……あの《勇者》と一緒にな」
心底忌々しいという顔をする姉に、テレーズは苦笑しながらも紅茶を飲んだ。
「11年前のあの日、本当なら貴女がセーラをお祭に連れて行く筈だったものね。でも折り悪く外から人攫いの集団が紛れ込んだとかで、当時警備隊を率いていたルイーゼは立場上出撃しない訳には行かなかった」
「よく覚えているな?半月も前から約束して、スケジュールを詰めて予定を前倒しして、やっと取れた休みと思っていた矢先にアレだった。出かける朝は泣きじゃくっていた筈のセーラが帰って見れば随分とご機嫌だったのには軽くショックだったぞ」
そしてそのご機嫌な原因は古ぼけたネズミのぬいぐるみだった。しかもそれを買ったのがテレーズや両親ではなく、見ず知らずの男の子だったと知った時のルイーゼの顔は今でもはっきりと覚えている。
「しかもその割には随分と話が地味だっただろ?どうせなら私が追っていた人攫いの集団とセーラが鉢合わせて、あのアルベルトがセーラを守る為に頑張ったとかそういう話でもあれば私だって剣の手解きをしてやったりと……」
「……つまり自分の全く与り知らないところでセーラが初恋を実らせ、その相手は《勇者》として国を率いるまでになったのが気に入らない?」
「う」
図星だったらしい。
「私だってそれなりに理解ある姉のつもりだ。誰とも交際も結婚も許さんと言うつもりはない。だがセーラを娶るならもう少し劇的というか、ロマンチックな出会いとエピソードがあっても良いだろうに」
「十分ロマンチックだと思いますが?11年想い焦がれた少年と学校で知らずに再会し、本当に困ってピンチの時に颯爽と助けに現れる……そしてセーラはそんな彼の騎士になったのですし」
「そこだ!普通逆だろ!?」
「……セーラがダンスや化粧よりも剣と騎士道を選んだのは確実に貴女の所為だと思いますよ」
「はぐぁ!?」
床に手をついて落ち込む長女を見やり、テレーズは肺を空にするような深い溜息をついた。
「し、しかしだな。セーラを娶るのであれば、こう……真面目で、年上……いやせめて同年代で、収入が安定していて……」
父親のような条件を並べる姉に頭痛を覚えつつ、テレーズは頭の中でアルベルトを条件に当てはめてみた。
まず性格。10人を越える少女を侍らせていると言えば軽薄なプレイボーイと取れなくもないが、実際に本人を目にしたところでは寧ろ複数人に好意を寄せられる事に戸惑っている感じもあったし恐らくは真面目な部類なのだろう。
次に年齢。年上ではないにせよセーラと同い年(誕生日ではセーラより二ヶ月程早く生まれている)だ。最低限はクリア済みである。
最後に収入。今はまだ弱小国家としか言えないが、今の調子で発展を続ければ他の老いぼれが統治する国とは違い様々な種族と交流を重ねる事で、押しも押されもせぬ一大国家を築き上げるだろう。そこまで来ればもう怖いもの無しだ。
「十分条件は満たしていますが」
「だから余計に腹が立つんだ!」
口の中で「このシスコン」とぼやき、テレーズは読みかけだった本を手に取った。
(セーラから頼まれていた神剣に関する情報集め、急いでおかないと……)
そもそも神剣とは文字通り、『神が扱う剣』なのだ。伝承では《古竜》が神々に献上する為に作り上げた剣とされており、《エクスピアティオ》もその一振りであるとテレーズは仮説を立てていた。だがそうすると今度は別の疑問が出て来る。
(ではその神剣を当然のように振り回しているアルベルトや、その父親……それに先代の《勇者》は一体何だというの……?)
「聞いているのかテレーズ!」
「聞いてません」
何時もと同じように微妙に違う、姉妹の会話であった。
「伏せてセーラ!」
「っ!」
小春の鋭い声に思わず伏せると、その頭上を小春の術で呼び出された鎌鼬の大群が飛び越えて魔物の群れに襲い掛かった。1匹では弱くとも数を集めれば脅威となる。本来の術では数匹を使役して戦わせるのが一般とされているが、小春がやると何故かこうなってしまうらしい。
(そういえば付喪神もコハルに呼ばれたら普段以上に頑張るんだっけ)
そんな事を考えながら《アスカロン》に魔力を通し、その刀身を炎で包む。夏休みの間にルイーゼから教わって以降、練習を続けてようやく形になった技だ。
「舞い散る焔と飛沫は咲き誇る薔薇の如く!」
セーラの持ち味であるスピードを極限まで生かした必殺の剣技、自分の反応を遥かに越えた超スピードで斬り刻まれた相手は死んだ後でようやく斬られた事実を悟る。神速の連撃を一気に叩き込まれ、アルベルトへ向かおうとしていたガーゴイルは金属の体諸共刻まれて崩れ落ちた。ルイーゼはこの技に名前をつけてはおらず、セーラは勝手に『セントラルの赤い薔薇』と呼んでいた。
「にしてもキリがないわね。どうしたもんかしら?」
「私に任せて!」
小春が錫杖を構え、術式を起動する。錫杖の先端に光が集まり、それは癒しの術にも見えたが迫力が段違いである。
「放て、荒覇吐!!」
錫杖から放たれた白い光は群がる魔物を一瞬にして蒸発させる。小春が得意とする命の力を集めて癒しとする術を応用し、殺傷力へと変えた術だった。この術の特性として、防御する事が出来ないというものが挙げられる。例え何者であろうともこの術を受けてしまえば確実にダメージを負う。それが嫌なら回避するしかないという凡そ小春らしからぬ過激な術ではあった。
「こうして見るととんでもない術ね。でも……頼れるわ」
「うん、ありがと」
雑魚を粗方片付け終わり、アルベルトの方に目をやるとまだ《レーヴァテイン》を使わずに戦っていた。一体何をしているのかと思ったが、彼が東の剣術を覚えようとしている事を思い出して文句を言うのは止めにした。
「アル!」
小春が声をあげた。
「斬るんじゃなくて引いて!」
「コハル?」
一瞬小春が何を言ったのか分からず、セーラはぽかんとなる。しかし小春は真剣であった。
「引く!?」
魔人の猛攻を受け流しながらアルベルトはその言葉の意味を考える。
(そうだ……確かあの時、菊千代が俺を斬った時の感覚を思い出せ。あの時は唯振り下ろされたにしては刃が動きすぎていなかったか?)
つまり唯力任せに叩き付けるのではなく、斬ると同時に剣を引いてみたらどうか。そう考えてアルベルトは構えを取った。
「実験台になって貰うぜ……デカブツさんよ!」
再び振り下ろされる剣に合わせ、予感を確かめるように《エクスピアティオ》を振るう。今度は今までと違う手応えと共に魔人の剣が真っ二つに斬れた。
「この感じ……そうか、見えた!剣の軌跡!!」
まるで額の先で火花が散るような感覚と共に、アルベルトにははっきりと『答え』が見えた。
「アルベルト殿!加勢は必要でござるか!?」
流石に危なっかしかったのか、はたまた護衛に飽きたのかは定かでないもののアルベルトは聖四郎の声には首を振った。
「今のうちのこの感覚を物にしたい。もうしばらく待ってくれ」
「心得申した!」
更にもう片方の剣も斬り捨て、飛んで来た鉄球を右側へ駆け抜ける事で回避。更に《エクスピアティオ》を振るう事で鉄球をも両断した。
「分かった……今全てが分かったんだ!」
盾をも斬り裂き、アルベルトは一気に跳躍する。
「待たせたな。これで幕引きだ!!」
脳天から背骨に沿って真っ二つに。左右に裂けて倒れる魔人を背後に、アルベルトは剣を振るって血糊を払った。
「凄いわアル!あの一瞬で東の剣を会得するなんて!!」
「わ、セーラ!?」
感極まったのか、一目も憚らずに抱きつくセーラを受け止めながらアルベルトは苦笑した。
「小春がヒントをくれたからだって。後は王様の手本を何回か見たしな」
「ふむ……引き斬りは東の剣を会得するに当たって必須技能だ。アルベルトは今ようやく入り口に立ったというところだな」
吉宗の言葉にアルベルトは軽く苦笑する。
「やっぱ王様は厳しいぜ。じゃあ今日の探索は此処までにして、怪我人を連れて戻ろうぜ」
「はーい!」
ケーナが鈴を鳴らし、アルベルト達は怪我をした傭兵達も含めて全員で地上へ戻った。
その後、宿まで全員を送り届けたアルベルトはのんびりと夜の町を歩いていた。
「ギルドの報酬って意外と良い金になるんだな。明日から暇してる戦闘要員を片っ端からダンジョンに送り込んでみるか……」
かなりあこぎな事を考えながらあちこちの店を見て回る。普段は必要な物というか、何を買うか決めてから店を探すのだが、今回のように財布が温かいと意味もなく店を見て回りたくなるのはアルベルトだけではないと思いたい。
「たまには小春達にプレゼントを買うのも良い……よな?」
とはいえ余り物を増やしてもセーラはともかく小春達は困るかもしれない。そんな事を考えながら歩いていると、背後に気配を感じた。
「ん?ああ、さっきの。怪我はないのか?」
確かフィブルと言ったか、傭兵を数ばかり集めたものの全く活躍出来ていなかった点をどう言ったものかとアルベルトはしばし悩んでいた。
「アルベルトと言ったな」
「ああ」
フィブルは固い表情のまま、アルベルトを睨んだ。しかし当のアルベルトは何故此処まで敵意を向けられるのかがさっぱり理解出来ていなかった。
「お前は貴族なのか?」
「いや、《西国》の田舎生まれだけど」
「だったらもうセーラ様に近づくな」
「は?」
冗談かと思ったが、どうやらフィブルは大真面目らしい。
「はっきり言ってやる。家柄も教養も全てが卑しいお前如きがセーラ様と並ぶなど不遜も甚だしいんだよ!」
「それで俺に消えろと?」
フィブルは嘲笑うように口を歪め、アルベルトの足元に袋を投げつける。紐が切れて溢れた中身を見ると、数枚の金貨だった。
「平民風情には丁度良い額だろう?それを拾ってさっさと消えろ。セーラ様への無礼はこれで見なかった事にしてやる」
「……」
己の内を食い破り出て来ようとする獣には鎖を幾重にもかけて抑え込み、アルベルトは三度深呼吸して目を開いた。
「断る」
「そう、それが正しい平民らしい選択……は?」
静かに言われた言葉にフィブルは硬直した。
「空耳を聞いてしまったかな?お前、平民の分際でこのボクの命令を拒否したのか?」
「そう言ったつもりだが。俺はセーラから離れるつもりはないし、離すつもりもない」
ギリと歯を食い縛る音が聞こえたが、アルベルトは特に気にする事もなかった。今まで戦ってきた数多の強敵に比べれば、目の前の貴族1人の何と矮小で弱小に映る事だろうか。
「ふざけるな!生まれながらの資格すら持たない下賎の塵が、セーラ様と対等に言葉を交わす……いや、視界に入る事すらおこがましい!消えろ!今すぐに、死んでしまえ!!」
それは単なる選民思想の現れだったのか、はたまたダンジョンでアルベルトが見せた姿への嫉妬だったのかは彼に判別する事は出来ない。どちらにせよアルベルトの答えは変わる事などないのだが。
「生憎と幽霊じゃないから消える事は出来ないし、まして俺にはやる事がある。今すぐ死んでやる訳にも行かないな。それ以上に……この俺がセーラを手放す事なんて太陽が西から昇るのと同じくらい在り得ない話なんだよ!騎士としては勿論、女としてもな!!」
それははっきりと見えたアルベルト自身の答え。彼女達が自分を好きでいてくれる限り、アルベルトもその好意に全身全霊で応えると決めたのだ。
「下賎の塵?ああその通りだろうさ。生まれてこのかた、生きる為に剣振り回してきただけのチンピラだからな。だがそんな俺にだって守りたいと思える場所が、人が出来た。それ以上に一度は全てを喪ったこの俺を『好き』と言ってくれる人が現れたんだ。俺が彼女達を受け入れる理由なんざ、それだけあれば十分だ!」
「き、貴様あああああああああああああああああ!!」
自分の剣を抜いてフィブルは斬りかかるが、その動作も構えも全てがなっちゃいない。それは今までに常識外れの怪物や達人と遣り合って来た所為でアルベルトの感覚が狂っているだけかもしれないが、容易に見切る事が出来た。
「よっと」
まるで躍るようなステップを踏みつつ、アルベルトはフィブルの攻撃をかわしていく。逆上している相手を誘導するのは簡単で欠伸が出そうな程だ。最後に喉を狙った突きを首を捻る事でかわし、背後の壁に突き刺さるよう仕向けてアルベルトは歩き始めた。
「ま、待て!まだ勝負は……くっ、この……!」
剣を抜こうともがくフィブルを無視し、アルベルトはその場を後にした。反撃してぶちのめしてもよかったが、余りそれをやってセーラやエミリオに迷惑をかけてもつまらない。
「あ、やっぱり何か甘い物でも買って帰るか。太るって怒られるかもしれないけど」
何か小春達への土産と思いつくと、フィブルの事などアルベルトの頭からは綺麗さっぱり抜け落ちていた。
同じ頃。セーラは宿の部屋で机に置かれた件の髑髏を見つめていた。
(探査魔法、発動……!)
これは警備隊でよく使用される魔法で、現場の遺留品等からその物品が見てきた出来事を遡る事が出来る魔法だった。
(これは、城?セントラルの城に似ているけど……)
髑髏はその城で働く侍女か兵士だったのかと思っていると、髑髏が見下ろす体が上質のドレスを纏っている事に気付いた。
(じゃあこれは姫か貴族?)
部屋の鏡を見てくれないかと思ったが、残念ながら髑髏の持ち主は壁に立てかけてあった剣を手に取り部屋の中で振るい始めた。
(……もう少し早送りして)
早送りし過ぎたのか、髑髏の持ち主は既に朽ち果てた後だった。しかしその風景はセーラのよく知る物であった。
「これって、セントラルの地下室じゃない!」
思わず立ち上がり、セーラは口元を覆いながらも髑髏を見据えた。
「つまりこの髑髏はセントラル……しかも罪人とかじゃなくかなり高貴な身分の者。まさか、ね」
《戦乙女》が蘇るというメッセージを思い出し、セーラはまさかという気持ちを強める。
「セシル王女、貴女なのですか?」
その声に答える声は当然なかった。
続く




