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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第四十八楽章 ある日の事

《エクスカリバー》の居住区には各部屋に浴室が設営されている。しかしそれとは別に共同で使える大浴場も用意されており、年頃の少女達にとってはお互いの本音を語らう場(時たま格差社会に泣く者もいるが)として重宝がられていた。


「はあーっ!良い気持ち……」


思わず声をあげつつ、小春は下手なプールよりも広い湯船で存分に体を伸ばした。《東国》の生まれにしては色白で傷1つないきめ細かな肌と、均整の取れた体つきは厭らしいとか以前に1個の芸術品と言える。


「《東国》の方ではこういうお風呂が主流なのかしら?」


誰かと風呂に入るという行為自体、物心ついてからは無縁のセーラは少し恥ずかしそうに身を縮める。本当ならタオルを巻きつけたいところだったが、それはご法度だと小春から珍しくキツい口調で言われたのだ。律儀な彼女らしいが、スタイルという点では小春にも引けは取らない。


「気持ちいいねー……」


顎まで湯船に浸かり、ケーナが緩んだ顔で呟く。それでも彼女の小動物的な愛らしさは全く損なわれていないのは驚嘆すべきかもしれない。


「あー。自分の足で歩けるってこんなに幸せだったんだね」


リハビリをして何とか歩ける程度の筋力は回復させたミスティも伸びをする。お湯に浮かぶ見事な膨らみを横で浸かっていたトリアが少しだけ恨みがましそうに見た。彼女自身はまあ、リリィ程ではないにせよ大人しめなのは確かだからだ。


「ナオさんには感謝しないといけませんね。アルが入れない私だけのパラダイスですし」


「リリィ……貴女が何を言っているのかさっぱり理解出来ないのだけど?それから鼻血は湯船の外に出しなさい」


そろそろ貧血で死ぬのではないかとセーラは割りと本気で心配しながらリリィを湯船の端へ押しやった。


「でもナオちゃんに感謝したいのは本当ね。気持ちが良いもの」


長い髪を湯船の湯で濡らして梳きながら小春は微笑んだ。


「そういえば良い機会なんで訊ねたいんですが」


何とか鼻血を止めたリリィが向き直った。


「皆さん、アルの何処に惚れたんです?」


「ぶっ!?」


湯を掬って顔を洗おうとしたセーラは動揺の余り、思いっきり吸い込んで咽た。


「何処に、か……改まって考えた事はなかったけど、多分私はアルを守りたいと思ったのよね」


自分の掌を見つめながら小春はしみじみと呟いた。


「七帝竜が右手に宿っている事を知った時のアルがね、とっても弱く見えたの。私の事を守るって言ってくれたけど……そんな重荷を彼に背負わせるくらいなら私が守ろう。そう思ってたら何時の間にか、かしら」


「あらあら。随分と情熱的ね」


入ってきたのはレベッカだった。自動人形とはいえ、その見た目は殆ど人間と同じ(レイナに存在する関節の継ぎ目等もない)彼女はよく身奇麗にするのに風呂を使いたがった。


「え、えっとアルのお母さんですよね」


「そうよ。まあ体は作り物だけど、別にアルのなんて前置きしなくてもお義母さんで構わないのに」


そうは言われても困る。別にアルベルトが親無しだからどうこうという訳ではないが、来る筈ないと思っていた相手がいきなり出て来られても小春達にだって心の準備というものがあるのだ。


「それで、セーラちゃんはどうなの?あの後《中央》を発って、アルったらペンダントを持ってずっと嬉しそうにしてたからどんな子か気になってたのよ」


「え……嬉しそう、だったんですか?」


「ええ。ペンダント見ては色々考えてたみたいよ?次は何時《中央》に来るのかって私やあの人をせっついてもう大変だったんだから」


そう言われた時のセーラの表情は、恐らく小春達どころか付き合いの長いシャロンやトリアですら見た事がないくらい幸せで緩んでいた。


「……コホン。最初は単純に始めて出来た男の子の友達でした。次は何時会えるだろうってずっと考えて考えて、そのまま何年も経つうちに次に会ったらどんな風になってるんだろうと考えるようになって、気付いた時には後戻り出来ないくらいに……」


「11年経って再会したアルはどうだった?」


楽しそうに言われ、セーラは耳まで髪の毛と同じくらいに赤くなりながら顎の下辺りまで湯船に沈む。


「期待、以上でした……」


そこまで言って限界に来たらしく、そのまま鼻の下辺りまで沈んだ。


「あらあら。我が息子ながら此処まで評価されるとは思わなかったわ」


恋は盲目とはよく言ったもの。惚れられた者勝ちというか、最初は憧れや感謝から始まるものなのだろう。或いは母性本能か。


「ケーナは、アルが温かくて優しいから好き」


このメンバーでは1番内面が幼く、純粋なケーナが1番の直球だった。


「優しくて温かい、か。長い事あの子を1人にしてしまった身としては、そう育ってくれて嬉しいやら見守れなくて悔しいやら複雑ね」


「あたしはアレかな。アルは否定するだろうけど、あたしにとってアルは紛れもなく助けに来てくれた英雄……じゃなくてやっぱり《勇者》か」


小春のお陰で以前程『英雄』という単語を毛嫌いしなくなったアルベルトだが、それでもやっぱり表情が硬くなる事が時折ある。避けるに越した事はなかった。


「まあちょっとだけ、そういうのを自分だけにして欲しいって思わなくもないんだけどね……でも困ってる人皆に手を伸ばさなくなったら、何かアルっぽくないなーと思う自分もいる訳で。中々に複雑だわ」


苦笑いするミスティに、小春達も同じ様に笑ってしまう。


「何だかお節介な息子に育ったみたいでごめんなさいね?」


「良いんですよ。私達は皆、程度の差はあれアルに救われて此処にいます。そしてそんな彼に惹かれたからこそ、アルの夢は私達の夢にもなったんです」


全てのあらゆる種族が共に暮らし、共存出来る世界。ともすれば絵空事と笑われそうな夢を本気で目指す稀代の馬鹿に、小春達は生涯をかけて付き合う事に決めていた。


「そう……今更言うのも何だけど、アルをよろしくね」


小春達に異存はなかった。










「ぶえっくし!」


「何だ、誰か噂でもしてんのか」


私室で遊びに来ていたエミリオと談笑していたアルベルトは唐突に派手なくしゃみを1つした。


「さあな。小春達が話してるんじゃないのか」


「お熱い事で……ほい、チェックメイト」


エミリオは特に追求するつもりもなく駒を動かした。これで20戦中アルベルトの全敗である。


「お前本当にチェス弱いな?犠牲を出さないように戦ってるから当然なんだけどさ」


《東国》版のチェスはまた違うらしいが、アルベルト達に馴染みのあるチェスは如何に有益に駒を捨てて相手の駒を取り、最終的にキングを取るかにかかっている。アルベルトにとっては馴染みがないどころか、馬鹿みたいに弱いのも当然であった。


「現実の戦いなら、俺やセーラが突っ込んで数を減らすんだけどな」


「それ言い出したらお前の所は何でもアリだろ」


違いないと笑い、アルベルトはサリが淹れた紅茶(茶葉はミランダが土産に持って来てくれた)を飲んだ。砂糖もミルクも入れていないストレートだが、仄かな甘味が口に広がるのが心地よい。


「……やれると思ってるのか?」


「まず俺がやれると思わなきゃ誰も付いて来ないだろ。こんな馬鹿野郎にさ」


自分のやっている事が、今まで《逆十字世界》が歩んできた歴史を根幹からぶち壊す変革だという事くらいアルベルトにも分かる。それでも彼には止まる事など出来なかった。


「心が折れてる訳じゃない。強迫観念がある訳でもない。まあ……アルトの家を滅茶苦茶にしてしまった責任はあると思うけどな」


「それを強迫観念って言うんだよ普通は。でもまあ、こういったでかい変革の場に立ち会うんだ、何もしないなんて男じゃないよな」


「何もしないのは、とっくに情熱も勇気も枯れ果てた化石紛いの臆病で卑劣な老いぼれだけってか?」


エミリオは口に出さず、「その通り」と仕草で示した。


「実際俺も苦労してんだよ。俺が玉座を空けてる間にあっちこっちに根を生やして色々と食い荒らしてくれてるし」


「ああ、昨日の新聞でお前が城内の人員を大粛清したってのはその事か」


エミリオの名誉の為に追記すると、彼の粛清とは処刑ではなくあくまで役職の罷免や爵位の剥奪である。


「そういう事。私腹を肥やす事しか考えてない連中は全員退場して貰って、復讐やら考えられないように財産も人員も全部没収しておいた。国庫に入れてしまうと余計な事言う奴が出そうだし、そっちに資金援助って形で渡すのでどうだ?」


「さらっと共犯にするなよ……貰うけどさ」


仮にも一国を治めている2人がこうして友達付き合いをしているというのは、国際的にはどうなのか?と思わなくもない。仮に問題があったとしても、アルベルトがエミリオとの友人関係を止めるなど在り得ないのだが。


「ま、色々とややこしい政治の話は置いといて。今日は久しぶりに親友と遊ぶつもりで来たんだ。どうだ?折角だしセントラルを散策するってのは」


「構わないが、俺達だけでか?」


そう訊ねると、エミリオは苦笑気味に肩を竦めた。


「たまには女の子抜きってのも良いんじゃないか?」


「……まあ、否定はしないな」


何を贅沢なと言われるかもしれないが、普段から女性に囲まれた生活をしているとこういう息抜き的なものも必要になるのだ。セーラ達もその辺は気を利かせてくれるものの、こういった機会は逃したくなかった。


「よし、じゃあ早速行こうぜ」


「そうだな。サリ、伝言を頼む」


「かしこまりましたアル様。夕食は?」


「……帰って食べるから用意はしておいてくれ」


「心得ました。行ってらっしゃいませ」


スカートの裾を摘んで一礼するサリに見送られ、アルベルトはエミリオと共に《エクスカリバー》を出発した。


「それにしても」


「何だ?」


「お前とサリの会話って主人とメイドってか、夫婦だったよな」


「……うっさい」


流石に気恥ずかしかった。








以前はセーラと馬車に乗って移動したので、セントラルの街並をじっくり眺めるのはこれが始めてだった。


「此処は商業区になってて、簡単な届出さえ出せば子供だって商売が出来る。だからああやって、いらなくなった自分の玩具や古着を売って小遣いを稼ごうとする子供もいる訳だ」


アルベルト達よりも少し歳下の少年が大きな布の上に並べた衣服を子連れの女性に見せているのを示し、エミリオは笑った。


「勿論売り物は物じゃなくても良い。まあ体を売るのは裏通りでやって貰うが、ああいうのもあるんだ」


そこには1人の少女が踊っていた。南方の出なのか、少し浅黒い健康的な肌が手製らしい踊り子の衣装(色気は余りなく、精々腰を露出する程度)によく映えていた。


「ああいうのってホールみたいな所で披露するんじゃないのか?これじゃ遠巻きに見てたら金払わなくても見れるだろ」


「まあな。そういう意味では滅茶苦茶リスキーなやり方だ」


彼女の前に置かれた缶にはそれなりの量が入っているが、全て銅貨で全部合わせても1人分の夕食代が賄えるかどうかだ。


「上手だよな」


「確かに。こんな路上で踊らなくてもどっかの劇団が放っておかないだろ」


エミリオの同意を得られた事に気を良くし、アルベルトは財布から金貨を数枚取り出して缶に入れた。節約すれば一週間は三食満腹になるまで食べられる額である。


「えっ!?」


だからこそ踊る少女の驚きは相当であった。


「あの、相場を間違えてませんか?」


「こういうのは客が額を決めるんだろ?俺は君の踊りにそれだけの価値を感じた、それだけだ」


笑って言うと、少女は嬉しそうに頷いて踊りを再開した。


「全くお前は……本当は相場ってあるんだぜ?これで周りの冷やかし共も少し奮発しないといけなくなったな」


そう言いながらエミリオも金貨を入れる。周囲で彼女の踊りを見るだけに留めていた者達も、些かばつの悪そうな顔で銀貨や銅貨を入れていった。


「ハイッ!」


少女の腰につけられた鈴が音を立て、彼女は跳躍して両足の踵を3回ぶつけて打ち鳴らしながら宙返りする。鮮やかな着地と同時に背筋を伸ばし、掛け声と共に右手を挙げて終了の合図となった。当然エミリオは拍手するが、アルベルトは右手が動かない為に軽く手を振って笑うに留めた。


「本当にありがとうございます。これだけあれば、弟や妹達だけじゃなくてお祖母ちゃんにも美味しい物が買えま……あっ!?」


アルベルトの前まで来て御礼を言う彼女だったが、唐突にその抱えていた缶を横から奪い取られた。


「随分と今日は羽振りの良い客がついたみたいだな?少しは払いも進むか?」


缶を取り上げたのは見るからに柄も人相も悪い男だった。成金趣味なのか、服の趣味も悪い。


「やめて下さい!利息は昨日払った筈では……」


「利息が払われても元金が滞りっぱなしなんだよ!」


流石に見ていられず、アルベルトは男の手が少女に伸びる寸前で思いっきり顔面に拳を叩き込んでいた。男は受身も取れずに吹っ飛ばされ、鉄の柱に頭をぶつけて昏倒した。


「ナイスだアル。お前がやらなきゃ俺がやってたぜ」


「良いのかよ王様。まあそれはさておき、大丈夫か?」


目を回して痙攣する男の手から缶を取り上げ、散らばった硬貨を拾い集めて少女の手に返してアルベルトは尋ねた。


「あ、はい。何から何までありがとうございます」


「こういう事って多いのか?」


もしそうならこちらも相応の対応を取る必要があると感じ、アルベルトが問うと少女は悲しげに眉を顰めた。


「元々は母の治療の為に父が作った借金です。でも母は治療の甲斐なく死に、父は返済の為に体を壊して……」


「……そうか。すまない、酷い事を聞いたな」


詫びるアルベルトだったが、少女は首を振った。


「そうだアル。俺はちょっとこいつの背後関係を洗ってくるから、お前はその子を家まで送ってやれよ」


「俺がか?まあ吝かでないけどさ」


一応彼女の意思も確認し、アルベルトは少女を連れて歩く事になった。








踊り子の少女、グレンダの家はセントラルの貧民街(公式でそう呼ばれているのではなく、生活に困った人間が行き着く区画を侮蔑して勝手にそう呼ばれている)にあった。


「何か本当にすみません。買い物まで手伝って貰っちゃって」


「いいんだって。こういうのもたまにはさ」


考えてみれば、最近は《勇者》として行動してばかりでアルベルト・クラウゼン個人で動いた事など殆どなかったのだ。たまには男2人で出かけようと思った割には結局女の子と関わる辺り、本末転倒な気は否めないが。


「あ、ここです」


「あいよ」


抱えていた荷物を運び込み、知らない人が来たと怯えるちびっこ達にどうしたもんかと困惑した時だった。


「アルベルト殿」


「どわひゃあ!?」


いきなり後ろから声をかけられ、アルベルトは思わず飛び上がった。背後には何時の間にか会った事もない男が立っていた。


「エミリオ様からの伝言をお伝えします。紛れもなく黒、法に照らし合わせて処断に入る。貴殿にはその間彼女達を守って欲しいと」


「了解。やり過ぎないよう加減はするが、もしもの時はフォローを頼むと伝えてくれ」


「心得ました」


姿を消す男を見送り、アルベルトはどうしたもんかと少し考える。


「あの、もしよかったらお茶でもどうですか?お礼もしたいですし」


「そいつは願ったり叶ったり……じゃない、断るのも悪いしお邪魔させて貰うかな」


グレンダの提案に頷き、アルベルトはおずおずと近づいて来た彼女の弟を肩まで担ぎ上げた。









しばし談笑する事一時間。ノックの音がした。


「あ、今出ます!」


「待った」


ドアの外から漏れ出る殺気にアルベルトの戦意も刺激される。当惑するグレンダを椅子に戻し、薪に使う角材を手に取ってドアに近づいた。


「あ、アルベルトさん?」


「誰だ?」


グレンダの声には答えずに外へ声をかける。その瞬間ドアが吹き飛んだ。


「ちいっ!」


右腕を盾にしてグレンダ達を守り、飛んで来たドアを蹴り返すと同時に角材を振り下ろす。確かな手応えと共に1人目が沈んだ。


「これは一体!?」


「グレンダとその家族を自由にする為の通過儀礼ってところかな。俺に任せておけ!」


返り血を見せないように角材を倒れた男の口に捻じ込み、二人目の顎を蹴り上げて粉砕する。殺さないように加減はするがだからと言って怪我をさせないよう配慮するつもりはない。


「くそっ!用心棒を垂らし込んでやがったか!?」


「遅いな。どっかの魔王より全然遅い」


繰り出される短剣を手首を掴む事で止めて吐き捨てる。アムドゥシアスを基準にされては大抵の存在全てが格下となるが、そこは気にしない。


「はいはいそこまで。憲兵隊だぞっと」


「……遅いぞエミリオ。もうちょっとで殺してるところだってお前1人かよ!?」


「仕方ないだろ。憲兵隊は今頃こいつらのヤサをガサ入れしてる真っ最中なんだから」


道理である。つまりはエミリオとアルベルトだけで残る十人弱の敵をのさなくてはならないのだ。


「楽過ぎる」


「全くだ」


アルベルトは新しい角材を手に取る。エミリオも普段使ってる《フルンティング》ではなく片刃の剣を抜いた。


「ナメやがって……!ブチ殺せえええええええ!!」


「こういうのを何て言うんだった?」


「多分これだ」


アルベルトとエミリオは顔を見合わせ、同時に言った。


『身の程を知れ』










五分後には立って動いているのはアルベルトとエミリオ以外いなくなっていた。遅まきに到着した憲兵隊に全員引渡し、一息入れていた時だった。


「あー!おったおった、探しとったでアル!」


「何だオリーヴか。どうしたんだ?」


「どうしたもこうしたもあるかい!ウチが目を通してくれって言った陳述書、ほったらかして遊びに行ってからに!」


「……あ」


そういえばすっかり忘れていた。誠心誠意詫びつつ内容に目を通すと、娯楽施設の建設許可を求めるものだった。


「こういうのは国のオフィシャルで運営したほうが働く人も安心出来るし、何よりクリーンなんよ。国の信用次第やけど黒い裏も勘繰られんしな」


「流石に賭け事とかに発展するとアレだが、そこはどうなるんだ?」


オリーヴは任せろとばかりに胸を張った。


「そこはウチの商会で元締めやらして貰うわ。負けても楽しめる額で適度に勝たせるんがギャンブル運営する側の基本やしな」


「……くれぐれも破産させるなよ?」


承認のサインを入れて返すと、オリーヴはもう1つと付け加えた。


「最初が肝心やし、ステージで踊る人を募集したいんや。誰か心当たりあらへん?コハルのは神様に捧げる踊りやから見世物やないし、他のメンツも踊れてもワルツとかあの辺やから」


「つまり人に見せる踊りが出来る人間って事……んん?」


思わず背後で状況について行けていないグレンダに目を向けた。


「オリーヴ、1人候補がいる」


「マジか。ほな早速交渉や」


事情を聞くや否やすぐさまグレンダに駆け寄り、オリーヴは何事かを話し始めた。


「勿論給料は月給にプラスで歩合制を上乗せしたるわ。あんたの踊りを見に来た人間1人につきこの額を乗せて、お捻りなんかは全額そっちにあげる」


「破格過ぎるんですけど良いんですか!?」


「ええよええよ。事情はアルから聞いたし、幾ら借金取りがそこのお節介2人にのされて白紙になったとしても楽な暮らしやないやろ?ウチもあんたの踊りは一辺見たけど、あれは辻で見せるだけや勿体無さ過ぎや」


グレンダはぽかんとしていたが、ややあって嬉しそうに頷く。だが途中で顔を顰めた。


「でもそこまでしてくれるって、しかもあの有名な《カーティス商会》と専属契約するって貴方は一体何者なんですか?」


「えーっと……まあ、《勇者》なんてやらせて貰ってる。さっきは名前しか名乗らなかったが、アルベルト・クラウゼンだ」


驚愕の叫びが貧民街に響き渡った。











同時刻。《東国》の村々に火の手が上がっていた。


「いやはや愉快痛快!この三式戦車、意外と使えるねえ」


地上を馬よりも早く走破し、並の魔法や弓では傷1つつかない装甲。そして堅固な城壁を一撃で粉砕する魔導砲。その大部隊を指揮しながらヤズミはご満悦であった。


「ほらほら何やってるの。さっさと撃ち漏らしを片付けてよ」


「へいへい」


上からの指示で今回はヤズミに従わなくてはならない。これが終わったら絶対に組織を抜けてやると誓いながら、タウラスは鍬を構えて飛び掛ってきた男を斧で吹き飛ばした。


「父ちゃん!」


「こ、こら!来るんじゃない!!」


避難していた子供とその母親(恐らくは男の妻だろう)が自分の体を盾にして必死の形相で庇いに来た。


「お願いします!私が何でもしますから、どうか家の人と子供だけは……!」


「……」


土下座して懇願されて、それでも切り捨てる事が出来る程タウラスは非情な男ではない。斧を担ぎ上げ、そっぽを向いた。


「……行け。早く」


「あ、ありがとうございます!!」


何とか夫に肩を貸し、息子の手を引いて走り出す女性を見送りタウラスは少し溜息をついたその瞬間だった。


「なっ!?」


背後にいた戦車の砲が火を噴き、今正に逃げようとした親子を纏めて消滅させる。慌てて振り返るとヤズミが戦車の上に座ったままけたけたと笑っていた。


「知ってる?恐怖って一度『助かるかも』と希望を与えたほうがもっと怖くなるってさ」


「てめえ……!」


思わず斧を構えなおし、ヤズミに斬りかかろうとした時だった。


「待ちなさい!これ以上の狼藉は、この魔拳士・三崎美里が許しません!!」


白い道着のような衣服に身を包んだ妙齢の女性だ。その衣服は幾筋もの返り血に汚れ、彼女がどれ程の激闘を行ってきたかは想像に難くない。


「ああ、別の村に向かわせた分隊が全滅したのっておのれか」


ヤズミは戦車を滑り降り、刀を抜いた。


「それにそっくりだよね。あの子にさ」


確かに顔立ちは小春によく似ていた(実際母親なのだが)。ヤズミがぺろりと刃を舐めてから腰を落とし、一直線に美里へ斬りかかる。


「はあああああ!!」


右手に炎、左手に冷気を纏わせた美里が拳を振るって迎撃に移る。その動きはブランクを感じさせない鋭さと凄みを感じるもので、タウラスは内心で大きく賞賛の言葉を贈っていた。


(だがまあ、これはチャンスだな)


ヤズミ程勘の良い相手がタウラスの動きに注意を払っていない筈はない。だがこれ以上の機会はない気もした。


「ッ……!」


斧を構え、タウラスはヤズミの背中目掛けて斬りかかる。










               血飛沫が空を彩った。
















             続く

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