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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第二楽章 封じられた右手

どうしてこうなった。それが朝を迎えたアルベルトの正直な感想だった。


(確か夕べは寮に戻った後、セーラが『友の誓いを立てた証として祝杯を』なんて言い出してノンアルコールのシャンパンを出してきて……)


学園に来る前に祖父のワインセラーから何本か持ち出したと言っていたので、十中八九本物の酒が混ざっていると危惧していたら一本目で大当たりを引いたところまでは覚えている。何気に友達が出来たと一番舞い上がっていたのはセーラだったらしいと微笑ましく感じると同時に、一応常識人に分類される彼女が暴走すると手が付けられないという事も理解出来た……いや、もう現実逃避はいいだろう。


(問題は何故俺の部屋で、しかも俺のベッドでケーナが熟睡してんだって事だよな)


妙に抱き心地の良い布団だと思っていたらケーナだった。それが朝起きた時にアルベルトが見たものだった。


「とりあえず俺もケーナも服は着てる以上、夕べの間に酔った勢いでやらかしたって事はない……よな。シーツにもそれっぽい痕はないし」


正直なところ、ケーナは幼い顔立ちに似合わずスタイルはかなり大人の女性に近い。とはいえ彼女の無垢な寝顔を見ていると欲は欲でも保護欲が先に来るのは彼女の人徳だろうか。


「……ていうかもうすぐ起床時間じゃねえか!ケーナ起きろ!朝だぞー!!」


「ふみゃぁ……」


猫かと言いたくなるような声をあげ、ケーナはもぞもぞとシーツから這い出した。ゆったりした寝巻きの所為で襟元から深い谷間が見えてしまう事に少々戸惑いつつ、アルベルトは備え付けの水差しから水を一杯用意して手渡した。


「おはようさん。恥ずかしながら俺は昨夜、セーラが用意したシャンパンの中でアルコール入りの奴を飲んで以降の記憶がないんだが……何か覚えてるか?」


「……アルベルトは、あったかかった」


「何をしたんだ夕べの俺はあああああああああ!?」


思わず頭を抱えて突っ伏してしまった。


「えーっと、ケーナがアルベルトにぎゅーってして……」


「して!?」


此処を誤魔化す訳には行かない。事と次第によっては自前の大剣で腹を切るか、さもなければセーラに頼んで首を刎ねて貰わなくてはならないのだから。


「そのまま寝たの」


「寝たぁ!?」


「うん、アルベルトは寝てたよー」


心底ほっとし、着替える為にケーナを外に出そうとドアを開けた矢先だった。目の前に小春がノックをしようと右手を振り上げた姿勢のまま固まっていた。


「よ、よう小春。おはよう」


「おはようアルベルト……昨日ケーナちゃんが貴方の部屋に行ったらしいのは知ってるけど、その首の痕は何?」


「へ!?」


慌てて鏡を確認すると、確かに虫に刺されたような痕が残っていた。


「こ、これは……」


全く身に覚えがない。というかケーナが部屋に入ってきた記憶すらないのだ。


「あー。そういえば夢の中でおっきなケーキにキスしたような」


「お前かケーナぁぁぁーーーーーっ!!」


朝から忙しかった。










そんなゴタゴタを何とか解決(小春もケーナの事だから寝惚けたか何かだと思ってはいたらしい)し、アルベルト達は朝から疲労感に包まれながらも教室に集まっていた。


「よし、全員集まったな。昨日の課題は一部でトラブルも発生したが、怪我もなかったようで何よりだ」


学園長は若干苦笑気味に右手を振り、アルベルト達の前にプリントを転送した。


「そこに書かれているメンバーでグループ分けした。戦闘要員は各グループに1人から2人、他の者は学園で戦闘要員をサポートする事になる」


アルベルトはAグループ、更に戦闘要員として彼と小春が選ばれていた。サポートはミスティと織江だった。


(あ、俺死んだかも)


主に爆発で。他のグループも戦闘要員にセーラが選ばれていたり(というかキャノントータスとやり合ったメンバー全員が戦闘要員になっていた)と色々と面白い事になりそうである。


「このグループで一年の課題をこなす事になる。仲良くやれ」


学園長は元気の良い返事に満足気な顔をし、新たなプリントを転移させた。


「グループ最初の課題は《メイデンマッシュ》の採取だ。この島の南方に広がる森の何処かに生えているメイデンマッシュと呼ばれるキノコを採取して貰いたい」


更に転送されてきた資料を確認するに、大きな物になると成人男性の腕くらいの太さになるらしい。見た目は赤に白玉模様と毒キノコを髣髴とさせるようであった。


「このキノコを採取するのが目的だが、先日入った情報によるとある盗賊団の残党が森の中に紛れているらしい。出来るだけ単独行動は控え、可能なら討伐しておいてくれ。生死問わずで一人頭1万Stの賞金がかかっているからな」


思わずアルベルトは口笛を吹いた。1万St(サントリエルもあれば慎ましく暮らす前提で三ヶ月は働かなくてもいい額なのだから。


「逆に言えば、それだけの額をかけられる位にやらかした連中って事ですか」


「アルベルトの言う通りだ。如何に魔女候補生といえど、単独で囲まれれば何があるか分からん。必ず最低でも2人1組で行動するように」


アルベルトは軽く腕組みをしてプリントに記された内容を改めて吟味する。盗賊がどれ程のものかは知らないが、上手く立ち回ればいい金づるになるかもしれない。貧乏学生にとって金は幾らあっても困るものではないのだし。


「それから、学園の購買と錬金術の工房は自由に使って構わないが学園都市のショップを一年生が利用する事は禁じられている」


「必要最低限の道具は購買で揃え、それ以上の物品は錬金術で入手。そうやって私達に成長しろって事ですか?」


小春が尋ねると、学園長はにこやかに頷いた。


「その通り。しかしこの学園もそれなりに長いが、小春程素直で物分りの良い生徒は初めてだな」


逆に言えば、他の生徒は物分りが悪いという事なのだろうか?アルベルト達は微妙に釈然としない物を感じながらも準備に取り掛かった。


「この課題は数日かけて行う。全班の課題クリアを確認し次第次の課題に移るからそのつもりでいてくれ」








「ふむー……この地図には一度足を踏み入れたエリア以外は表示されないように魔術制約がかけられてるね。よし、この術式をトレースしてアレンジすれば小春とアルベルトが何処にいるか私達が把握出来るようにするよ」


「へえ、そんな事が出来るのか」


「えっへん、何せ私だって学園に受かる程度のおつむはちゃんとあるからね」


薄い胸を張り、織江は「どうだ」とばかりに笑う。


「後は万一小春達が魔物にやられた場合に備えて、緊急脱出用の簡易転送器具も用意しておくね。まあ一方通行になるから一旦帰ったらまた最初からになるけど」


「それは構わないわ。寧ろそうやってすぐ帰れるようにしてくれるだけでもありがたいもの。ね、アルベルト」


「そうだな。もし強敵と派手にやり合って、その足で歩いて帰れって言われたら俺泣くぞ」


「ねーねー、あたしは何をすればいいのかな?」


「ミスティはポーションなんかの回復薬を練成してくれるかな。小春はまだ初歩の回復術しか使えないし、アルベルトはそういうの駄目なんでしょ?」


アルベルトは苦笑しながら肩を竦めた。


「恥ずかしながらな。今のところは剣に魔力を込めて威力を増大させるくらいが精々だ」


「それだけぇ?」


「……俺達が頼む薬品関係の練成やって素材が余ったら好きにしていい」


小春と織江が「正気か」と言わんばかりにアルベルトを見るが、彼としてもこれは最大限の譲歩であった。


「本当!?やった、アルベルトが空を舞う日も遠くないよ!」


「何を練成する気だお前!?」


この日を境に練成室では絶え間なく爆発音が響く事になるのだが、それは余談である。









それから三十分後。アルベルトと小春はそれぞれ装備を整えて転送室に来ていた。


「よし揃ったね?これから2人を現地まで飛ばすから、キノコの採取とついでに盗賊の討伐よろしく」


「ああ、任せてくれ」


「吉報を待っててね。もし夜になっても戻らなかったら先に寝てていいから」


一応アルベルトもテントの用意はしている。食料については学食で食材を三食分程貰って来ているので、何とかなると思いたい。


「じゃあこれを渡しておくよ。この鈴を鳴らすと転送魔法が発動してこの魔法陣まで帰って来れる。でも本来は1人分のだから、2人一緒に帰る時は体が触れ合ってないと駄目だからね。つまりは手を繋ぐなり抱き合うなりしてから鈴を鳴らさないと持ってないほうが置いてけぼりだから」


「一気にハードル上げたなおい!」


手を繋ぐだけでも相当緊張するのに、これはないとアルベルトは叫んだ。


「出来るだけ急いでもう1個作るから、それまでは我慢して。それからこっちはミスティから傷薬と疲労回復剤、後は魔力を回復する薬も作って貰っておいたから」


「ありがとう。助かるわ」


「じゃあ2人とも気をつけてー!」


織江に礼を言い、アルベルトと小春は転送魔法陣に乗り起動させた。









「綺麗な森だな」


「ええ、本当に」


「まあ……魔物が出なければのんびり森林浴でもしたいところなんだが!」


スライムを踏み潰し、飛来したキラーニードル(巨大な蜂。針には猛毒が含まれ、当たり所が悪ければ即死も有り得る)を一刀両断しながらアルベルトはぼやいた。小春も茂みから飛び出してきたコカトリス(大型の鶏型モンスター。嘴に麻痺毒を流し込む毒腺があるのが特徴。肉は唐揚げが最も美味とされている)に炎の矢を叩き込んで頭を吹き飛ばす。


「さて、どこを探したもんかな?」


準備を整える間、図書室で目当てのキノコについてもある程度情報を集める事が出来た。元々キノコは湿気のある場所に多く生育するので、当然ながら湖や川の辺が狙い目とされているのだ。


「だとすれば……」


耳を澄ますと微かに水の流れる音が聞こえてきた。


「あっちね」


「ああ。行くぞ」


時折出現する魔物を次々と討伐しつつ、2人は森の奥地へと足を踏み入れて行った。









「……しくじったな。水場って事はこういう事も想定しておくべきだった」


「そ、そうね」


美しく煌く水面と青々と生い茂る樹木のコントラストは、こういう場でもなければ恋人達が愛を歌う場として実に相応しい場所であると言えた。だが無粋な事に湖には薄汚れた男達が火を熾して野営を行っていた。


「数は13人……魔法を使えない、フィジカルだけの連中なら俺1人でも何とかなるか?」


「1人でやるつもりなの?」


大きな岩の陰から様子を伺いつつ1人ごちたアルベルトに、小春は驚いて尋ねた。


「だってほれ、小春は戦いたくないんだろ?学園長から『盗賊討伐しろ』って話を聞いた時、あからさまに顔曇ってたぞ」


「う……」


それは事実だった。元々優しい小春は人間同士の戦いで魔女の力を振るう事に強い忌避感を抱いていたのだ。


「だから俺がやる。見たくなかったら、先に戻っててもいいぜ」


鈴を手渡すと小春は首を振った。


「それは駄目。アルベルトに全部押し付けて、見ないフリなんてしていい筈はないから」


「分かった。じゃあ俺の援護を頼む。とどめは全部俺が刺すから、回復と支援を頼んだぞ」


「うん」


軽くハイタッチし、アルベルトは大剣を引き抜いて身構えた。


「まずは、と!」


ミスティから渡されていたドクロマークのついた小瓶。その蓋を開けて放り投げると、一瞬の間を置いて轟音と閃光を撒き散らした。


「な、何だぁ!?」


「敵襲だ!敵襲ーーーーー!」


混乱する盗賊たちの中へ一気に飛び込み、まず1人目の首を斬り落とす。その勢いを殺さずに刃を返し、2人目を腰から逆袈裟に斬り上げて胴体を真っ二つにした。


「魔女……じゃねえ、何者だクソガキ!?」


「さあな。お前等を狩りに来たってのは確かだがよ!」


とはいえ残りは11人。如何にアルベルトが戦闘慣れしていたとしても誰かを守りながら戦うのであれば少々梃子摺る数だ。彼の背後を取った盗賊を牽制するように炎の矢が駆け抜けた。


「何だ、仲間がいやがるのか!?」


(マズい……!)


小春は恐らく今ので相手の戦意を殺ごうと考えたのだろう。だが当てる気のない攻撃はかえって自分の居場所を知らせてしまう事になり、危険行為なのである。


「おい!3人そっちの岩陰に向かえ!」


「おう!」


「くそっ!お前達の相手はまだ俺だぁ!!」


こんな時に飛び道具を持たない自分が恨めしくなる。刃のついていない剣の腹で3人目の顔を叩き潰し、アルベルトは急いで小春の許へ走った。


「小春、逃げろ!!」


咄嗟に小春が鈴を取り出そうとしたが一瞬遅く、彼女は追いついた盗賊に棍棒で殴られ倒れた。


「よーしそこまでだ。剣を捨てろ。さもないとこの女がズタズタになるぜ?」


「っ……!」


小春との距離を離しすぎた自分を呪いたくなりながらも、アルベルトは無言で剣を地面に突き刺した。


「これで満足か?」


「あ、アルベルト……駄目……」


「静かにしてろ!!」


「あぐっ!」


脇腹を蹴り上げられ、小春は苦悶しながら地面を転がる。その背中を踏みつけながら盗賊はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「抵抗するなよ?お前には殺された仲間の恨みをたっぷり晴らさせて貰う……勿論この女にもな」









どれくらい殴られたのだろうか。アルベルトは自分の血で出来た血溜まりに顔を浸けながらぼんやりと考える。幸い小春は殴られてるだけで陵辱まではされていない。


(俺がやられるのを見て心が壊れるのを待とうってハラか?)


これだけ痛めつけられても意外と彼は冷静だった。それは小春が目に涙を溜めながらもまだアルベルトをはっきりと意思の篭った目で見ているからかもしれないが。別に彼は現状を作った事に関して小春を責めるつもりはなかった。無理矢理にでも帰らせなかった自分の落ち度だと分かっているからだ。


「ん?お前随分と高価そうな腕輪を付けてるな」


右腕を踏みつけながらリーダー格の男が腕輪に気付いた。


「丁度いい、お前からはこの腕輪と剣で勘弁してやる。だがあっちの小娘は俺達で楽しんだ後で売らせて貰おう。黒髪の女ってのは良い値がつくからな」


そう言ってリーダーは腕輪に手をかけた。


「ちっ……封印術式が入ってやがるのか、おい!誰か封印解除の術が使える奴がいなかったか!?」


「あ、はい俺が」


歳若い盗賊が不思議な模様が刻まれた鍵を取り出して腕輪に当てる。カチリと音を立てて腕輪が自分の腕から落ちるのを、アルベルトは何処か他人事のように見ていた。


(何だ……この、怒り……?)


自分の物ではない激しい感情の発露。それが自分の中から湧き上がる事に妙な感覚を覚えていると、それは起こった。









ルォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!







頭を割るような凄まじい咆哮。アルベルトの腕が赤く輝いたと思うと、膨大な魔力ともつかない力の波動が腕から飛び出す。力は真紅の光を放ちながら何かの形を作り、たった今アルベルトの腕輪を外した盗賊に喰らい着いた。


「ひ、ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!」


一瞬にして灰すらも残さず焼き尽くされる盗賊。腕の輝きは収まらずに青い光が飛び出し、小春の髪を掴み上げていた盗賊を刺し貫く。それだけで盗賊は全身の血液が数十倍に増えたかのように膨れ上がり、破裂した。


「何が、起こってる……!?」


翠の光は数人の盗賊を纏めて見えない刃で細切れにし、黄色の光は地面を隆起させて逃げ遅れた一人を串刺しにする。リーダー以外の残った盗賊達は紫の光によって無残に潰された。


「くそ……っ!」


思う通りにならない体を無理矢理動かし、小春の傍まで行くと最後に銀色の光と虹色の光が飛び出す。2人が唖然とする間にも七つの光は徐々に形をはっきりとさせ、七体の竜となった。


「まさか……これが……!」


恐怖と畏怖、その両方がごちゃ混ぜになった声で小春が呟く。


「七帝竜……」


《ふむ……こうして再び地上に現れてみれば、随分と小物がうようよとしておるな》


虹の光が形作った竜の声は不思議な響きを帯びていた。まるで少年のようであり、また時代のうねりを見届けてきた老人のようであり、神と同等と言われる力を持つだけの事はあった。


《我が名は七帝竜の長、無限竜バハムート。我等七体を封じておったのは貴様か?小僧》


「……どうもそうらしいな」


無意識のうちに小春を庇いながらアルベルトは頷いた。


《ほう。しかし我等を封じたのは魔女であったように記憶しているが、何故貴様なのであろうな?》


「俺が知る訳もないだろ。俺が覚えてるのは十年前、サザン地方が一瞬で何かに焼き尽くされた事……くら、い……」


アルベルトの目が左端に佇む真紅の竜に向けられた。


「違う……『何か』が焼き尽くしたんじゃない……」


「アルベルト?」


小春が見上げると、アルベルトの顔は恐ろしいくらいに青褪めていた。


「俺だ……俺が、お前の力を使って焼き払ったんだ!」


《如何にも。豪炎竜サラマンダーの力とあそこまで調和したのは貴様が始めてだ。誇ってよいぞ小僧》


視界の隅で盗賊のリーダーが腰の抜けたまま這い蹲って逃げようとしたが、銀色の鎧を纏ったゴーレムめいた竜が無造作に踏み潰した。


「一体、一体貴方達の目的は何なんですか!?」


倒れそうになるアルベルトの背中を支えながら小春は叫んだ。


《目的な……娘、貴様は我等に七竜戦争を再び起こせとでも言うつもりか?》


「っ!?」


《案ずるな。我等も少しばかり今世に飽いておってな。しばらくはこの小僧を肴に無聊を慰めるとしよう》


その言葉を最後に七帝竜は光へと戻り、アルベルトの右手に戻って行った。


「アルベルト、一旦……戻ろう?」


彼の大剣を何とか引き摺って手元まで持ってきた後、小春は背後からアルベルトを抱き締めるように抱えて鈴を鳴らした。









何とかアルベルトを連れて戻った小春は、ミスティの調合した睡眠薬で彼を部屋で眠らせた後織江とミスティを連れて職員室に飛び込んだ。余りにも小春らしからぬ雰囲気に偶然擦れ違ったセーラやケーナ、リリィもそれに続く。


「あの魔力の増大を考えれば、まあお前達が来るのは必然だったな。聞きたい事はアルベルトの事だろう?」


全て分かっている。そう言いたげに学園長は書類を纏める手を止めた。


「はい。今日、彼の右腕に七帝竜が封じられているのを確認しました」


「何ですって!?コハル、それは事実なの?」


焦った様子のセーラに小春は重々しく頷いた。


「なるほどな。それで自分の傷の手当もままならない状態でここまで来たか」


小春の頬には痣がついており、巫女装束の上からでは分からない箇所もかなり痛めつけられている。それでも彼女は自分の痛みよりもアルベルトの事を優先していた。


「学園長はその事を知っていたんですか?」


「ああ。十年前、焼け野原と化したサザン地方で彼を救出したのは私だからな」


何となく予想はしていた。そうでなければ、いきなり素質に恵まれた事が分かったからと言ってぽんと学園入学が認められるなどありえない話だからだ。


「《サザンの悲劇》の真相はお前達の想像している通りだ。盗賊の暴挙で発露したアルベルトの怒りに封じられた七帝竜が呼応し力を解き放った。まあ主に発現していたのはサラマンダーのようだったが、それでもその威力は知っての通り。とはいえ6歳の子供の精神が耐えられるようなものではなく、私は右手と一緒に記憶を封じた」


「その割には素人の盗賊ですらあっさり破れる封印を施す辺り、学園長とも思えぬ不手際ですね」


不愉快気にセーラが吐き捨てる。学園長は「さもありなん」と言った様子で溜息をついた。


「そこについては言い訳しようもない。七帝竜相手に余り複雑な封印術式を使うと逆に私やアルベルトが危険だったのでな」


「なら何故彼を戦闘要員にしたんですか!命のやり取りを恒久的に行う場に放り込めば、遅かれ早かれ記憶の封印が解けるのは分かり切ってたでしょうに!」


「そこについては話せん」


その台詞でセーラの殺気は一気に膨れ上がった。


「どういう意味ですか。学園長はこの学園の最高責任者です、なら貴女に口止め出来る人間など……!」


「話せんのだ」


話は終わりだと書類に取り掛かる学園長に、これはもう駄目だと判断した小春は静かに一礼して部屋を後にした。








寮に戻り、一階の談話室の隅で彼女達は一旦集まった。


「学園長も余り話してくれませんでしたね」


リリィがつまらなそうに言うと、セーラは首を振った。


「いえ、あれで結構話してくれたわよ」


小春達が問う目を向けると、セーラは人差し指を立てて微笑んだ。


「学園長に口止め出来る者がいるとすれば、それは《中央》の人間……それもかなり政治に食い込める人間よ。大分数は絞れるわ」


「それを分からせる為に話せないと念押しを?」


小春に頷き、セーラは宙を睨む。


「この件は私のほうで探りを入れてみるわね。もし私が危惧した通りの事をアルベルトにやらせるつもりなら由々しき事態だもの」


そう言ってセーラは早足に部屋まで戻って行った。小春はどうするかと少し悩み、アルベルトの見舞いに行く事にした。その前に厨房へ寄ってから。








「アルベルト、起きてる?」


「ああ……」


アルベルトはベッドから起き上がり、体の具合を確かめていた。


「覚えてるの?」


「まあな。《サザンの悲劇》を引き起こした張本人が被害者面とか、マジで滑稽だ」


小春は何を言っていいのか分からず、持ってきた包みを机に置いてからアルベルトの正面に立った。


「小春?」


「えい」


首に腕を回して優しく、しかし決して逃げられないように力を込めて抱き締める。


「のわ!?」


「アルベルト、聞いて。例え貴方の右手に七帝竜がいようが、盗賊と戦っていようが私は怖くない。ううん、私達は絶対に逃げないから」


一旦腕を離し、アルベルトの瞳を真っ直ぐに見つめる。相手の瞳に自分の顔が写るのは少し気恥ずかしいものがあるが、この際それは置いておく事にした。


「だからって訳じゃないけど、アルベルトも戦おう?貴方の重荷を背負う事は出来ないけど、支える事は出来るから」


「……ありがとな」


言葉にすればほんの一言。だがそれでも彼の言葉には万感の思いが込められていた。


「食堂はもう閉まってるから、これ差し入れ。食べてね。お休みなさい、アルベルト」


「……アルだ」


唐突にアルベルトはそう告げた。


「両親や、村の人達は皆俺をそう呼んでたんだ。だから、小春にもそう呼んで欲しい。出来たら皆にもな」


「分かったわ。お休みなさい、アル」


小春は微笑んでそう言い、部屋を出て行った。








小春を見送り、アルベルトは彼女が置いて行った包みを広げる。


「……何じゃこりゃ?」


白い粒を大量に固め、黒い板状の帯で包まれた三角形の物体。良い匂いはするから恐らく食べ物なのだろうが、彼の人生で見た事も聞いた事もなかった。


「どうやって食べればいいんだこれ」


とりあえず一口齧ってみる。気付けば完食していた。


「美味いわ、これ」







後日、小春からこれが「お握り」という料理だと聞くまでアルベルトはこれが何なのかさっぱり分からなかったという。











        続く

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