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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第四十四楽章 燃える西

草木も眠る丑三つ時。《西国》の中心であるキスカの地にて、ユリア・テスタロッサは遅くまで職務に勤しんでいた。


「ユリア様。ヒューゴ様がお見えです」


「ヒューゴが?分かったわ、通して」


歳の離れた弟が何の用かと思いながら侍女に扉を開けさせる。胡乱な目をした青年が部屋に入ってくるのと、自分の胸を何かが貫くのは殆ど同時だった。


「か……はっ……?」


「な、ユリア様!うぐぁっ!?」


取り縋ろうとした侍女は額を撃ち抜かれて倒れる。そこまで見て、ユリアは薄れ行く意識のなかで弟がステッキに偽装した小銃を持っていたのだと悟った。


「日和見主義者の腰抜けに天下は取れないさ。これから《西国》は俺の名の下に統一する」


意識が完全に落ちる寸前、ユリアが思ったのは自分に仕えたばかりに若い命を散らした目の前の侍女へ詫びる想いであった。








その翌朝。アルベルトは何時ものように目を覚まし、朝食を取るべく食堂へ向かった。しかし場の空気がかなり異常であった。


「何があった?」


「あったもあったで。《西国》でクーデター勃発、うちが予想してたよりもヒューゴ王子の動きが早かったわ」


オリーヴに渡された新聞を見ると、ユリア代表を暗殺したヒューゴ王子が新たに《西国》全体を支配すると宣言した事が書かれていた。


「そんでどうする?」


「どうするとは?」


「決まってるやろ。ユリア代表をぶっ殺されてビビった他の王族はこぞってヒューゴ王子に恭順を示してるけど、ルクレツィア王女はまだ沈黙したまま……これが何を意味するか分からんか?」


言われてアルベルトもピンと来た。


「て事はだ、ルクレツィアは今孤立無援の状態で自分以外の王族全部を相手に戦わなくちゃならないって事か」


「正解や」


言われてアルベルトは考え込む。本来なら同盟関係ではないルクレツィアに助太刀する義理などない、そうコルトンが反対するのは目に見えている(というか反対するのが彼の仕事なのだが)。しかしアルベルトにとってルクレツィアもまた、得難い友である事に違いなかった。


「よし、《エクスカリバー》出港準備!これより俺達は《西国》の内乱に介入し、ルクレツィア王女を支援するぞ!!」


「了解!その前にあんたは腹ごしらえやけどな」


どんと目の前にサンドイッチと牛乳を出され、アルベルトは苦笑しながらもそれを受け取った。









「そういう大事な事を私を交えずに決定されては困ります。何の為に副官を置いておるのですかな?」


そして朝食後。アルベルトは執務室でコルトンにこってり絞られていた。


「元々が友を救う為に作られた一団ですから、この際ルクレツィア王女に助力する事についてはとやかく言いません。しかしそもそもが独裁を行うつもりがないのであれば……」


「爺、それくらいにしておいてやれ。アルとてこのような事は二度とやらんさ、なあ?」


トロイに宥められ、コルトンの勢いが少し弱まったのを見計らいアルベルトは頷いた。


「済まない。俺も友人の危機と知ってはいてもたってもいられなかったんだ」


「……まあ、私もそういった心を否定しているつもりはありませんのでな」


どうやら許してくれたらしい。アルベルトは小さく助け舟を出してくれたトロイに感謝の合図を送って一息ついた。


「とりあえずは俺と数人を連れてルクレツィアに直接会って来る。領民を《エクスカリバー》に避難させる必要があればすぐに連絡を入れる」


「賢明ですな。ではメンバーは」


アルベルトは名簿を見ながら考え込む。こうして見ると随分と増えたものだと他人事のように感心してしまうが、その原動力となっているのが自分だという自覚は余り無かった。


「とりあえずセーラと小春は鉄板だろ?他は何が起こるか分からないし、マオとバレリアを……後1人は、よしメロディアにしよう。メロディアには友達のサキュバスを何人か呼ぶように言っておくか。何かの役に立つかもしれないし」


斥候や何やらで動いて貰うかもしれない。アルベルトはそう考えてメンバーを編成した。









同時刻。《西国》のルクレツィアは次々とこちらに迫ってくる軍勢を前にどうすべきか悩んでいた。質ならば彼女の率いる《魔装騎兵団》に分があるが、如何せん数が少ない。奇しくも魔王アムドゥシアスとの戦いでアルベルトが突かれた弱点と同じ状態となっていた。


「徹底抗戦か、撤退か……いや妾以外の全てが奴に下った以上何処も助けてはくれんか」


「姫様……」


バルクレイを初めとした《魔装騎兵団》の面々が集まってきた。皆がトレードマークである右肩を赤く塗装した鎧を纏い、臨戦態勢である。


「早く出陣のご命令を。我等一同、姫様が一度『戦え』と命じて下されば如何なる敵であろうと屠って御覧にいれます」


「……気合と意気込みは高く買おう。だが此度の内乱、それだけで勝てる程甘くは無い」


珍しく弱気な様子に兵士達は困惑して顔を見合わせた。周囲に頼れる者がいないという事実は若干15歳の少女には重過ぎたのかもしれない。


「しかし姫様、確か《逆十字聖騎士団》とは」


「話はしたが、向こうも忙しいらしくてな。同盟という話まではしていない」


祈るように指を組み、ルクレツィアは力なく俯いた。その前にバルクレイが静かに跪いた。


「分かりました。かくなる上は姫様、お1人だけでも落ち延びて下さい。《マグナストライカー》なら奴等の追撃を振り切るは容易、なれば……」


「ならん!」


それだけは認められないと、ルクレツィアは声を張り上げた。


「バルクレイ、そなたは今何と言った?妾1人で落ち延びろと?馬鹿を言うな!」


椅子を蹴倒して立ち上がり、ルクレツィアは肩を震わせながら叫ぶ。


「母上は言っておった……国とは人が作るもの。王1人で国は作れん……誰もいない城で妾1人、一体何をしろと言うのだ!?」


「だったら、皆で逃げたらどうだ?」


此処で聞こえる筈のない声にルクレツィアは振り返る。窓の外には翠の竜を羽ばたかせ、一瞬でも思い描いた少年がいた。


「アル!何故此処へ来たのだ?」


セーラや小春だけではない。ルクレツィアが面識のないドワーフやリザードマン、サキュバスらしい少女達もいる事に彼女は少しばかり混乱していた。


「友達が困ってるんじゃないかと思ってな。急ぎ参じた訳だ」


「友達?そなた、以前は《西国》に知り合いがいないと言ってなかったか?」


「……ルクレツィアの事なんだが」


思わずルクレツィアは硬直した。


「妾が、そなたの友人?」


「ほんの一回会って話しただけだが、俺はそのつもりだったぜ。それとも……一方通行だったか?」


「いや……そなたが妾を友と呼んでくれる。そんな嬉しい事はかつてない。では、助けてくれるのか?」


アルベルトは頷く。少年らしい柔らかさと幼さ、そして幾多の戦いを潜り勝ち続けてきた戦士と男の表情が同居した不思議な笑顔だった。


「そのつもりで此処へ来たんだ。共に戦おう、ルクレツィア」


差し出された左手をルクレツィアは言葉もなく握り締めた。









幸いルクレツィアの領地は海に面しており、《エクスカリバー》へ領民を収容するのに敵領を通過する危険な行軍をする必要はなかった。《魔装騎兵団》と《エクスカリバー》から呼んだトロイの部下達に誘導を任せ、アルベルト達はルクレツィアと共に軍議を開いていた。


「早急に対処しなければならない領地の軍は全部で七箇所だ。妾の領地と直接面しているのがそれだけあるという事だが」


「しかし、代表を暗殺した男に何でそうやって付いて来たがるんだ皆?」


バレリアの疑問にルクレツィアは小さく苦笑した。


「元々兄上はそういった方面への根回しが上手かったからな。妾はその辺りがどうにも不器用でこのザマだ」


「メロディア。こいつらの足止めをするとしたら何がある?この際手段は選ばず、お前の友達が得意にしている奴も含めた場合だが」


「そうねぇ。軍勢の規模にもよるけど、キルトが得意にしている魔眼による足止めなら私が一軍引き受けるわ。その間に友達に主な将兵を片っ端から絞りつくして貰いましょうか」


妖艶な笑みを浮かべるメロディアにセーラ達の顔が引き攣る。


「大丈夫よ?私はアルに捧げると決めてるから最後までしないし、精々手か……まあ大サービスして足くらいで何とかなるでしょ。相手が抗魔力装備を充実させてたらちょっとヤバいけど」


「……」


何をするつもりか分かってしまった自分が嫌過ぎると感じつつ、アルベルトはそれも手段の1つと数える事にしておいた。とはいえサキュバスは直接戦闘に弱いので、万一の場合はメロディアに魔法全開で暴れて貰わなくてはならないが。


「分かった。じゃあメロディアとその友達に一軍を止めて貰うとして……残る六つの軍か」


「1つの軍に絞らせて貰えるなら、一軍は妾と《魔装騎兵団》が引き受けよう」


これで残るは五つとなる。


「じゃあ俺、セーラ、小春、マオ、バレリアで一軍ずつ引き受けるか?」


「まあ相手が雑兵ばかりなら上々でしょうね」


セーラが同意し、小春も決然とした表情で頷いた。マオとバレリアは戦闘と聞いて楽しそうに武器を手入れしたりストレッチを始めている。


「そうだな……恥ずかしながら、我が《西国》は今までが平和過ぎて魔女の質はともかく軍の錬度で言えば《逆十字世界》でも最弱だろう。そなた達ならば難なく勝てよう」


作戦は決まった。アルベルト達は互いの武運を祈りながら行動を開始した。










行軍を続けていた《西国》の軍。その将は数にして900の兵を率いながら歩みを進めていた。


「将軍、間もなくルクレツィア王女の領内です」


「うむ。しかし我等が総大将は城で高みの見物とはな」


ヒューゴへの義理立てか、異を唱える事もなく出兵を命じた自分の主に不信感を抱きつつも将軍が城攻めの合図を出そうとした矢先だった。


「た、大変です将軍!」


「何事だ?」


泡を食った様子で兵士の1人が駆け込んで来た。よく見るとその鎧や靴は焼け焦げており、何らかの攻撃を受けたのは明白であった。


「もう迎撃の部隊が来ていたか。規模は!?」


「それが、可愛い女の子が1人だけです」


「は?」


その意味が理解出来る前に、轟音と共に雷が豪雨の如く降り注ぐ。音だけでも鼓膜をやられそうな衝撃に将軍はたまらず地面に伏せた。爆風で周囲の兵士達は木端のように吹き飛ばされており、地面に叩きつけられた者達は死んでこそいないが戦闘の使い物にはなりそうもなかった。


「貴方がこの軍を率いる将軍ですか?」


薙ぎ倒された兵士を避けながら彼女は問いかけた。鈴を転がすような優しい声音に思わず心が和みかけるが、将軍は頭を振ってそれを押し留めた。


「如何にも。貴殿はどうやら《東国》の出で立ちのようだが、ルクレツィア王女の雇った傭兵か?」


白と赤の変わった衣服に身を包んだ少女は可憐な微笑を浮かべ、手に持っていた杖をくるりと一回転させる。先端に付いていた輪がぶつかりあい、しゃらんと澄んだ音を響かせた。


「私は《逆十字聖騎士団》所属、三崎小春です。ルクレツィア王女には幾らか借りもありますので、友として援護に参りました」


まさか王女が《勇者》の国を引き入れたとは思わず、将軍は思わず笑ってしまう。


「どうか退いて下さい。私は無用な争いも殺生も好みません」


「……優しき言葉と気遣い、深く感謝する。だが我等の受けた命令は絶対……許されよ」


得物の槍を抜いて構えると、小春は悲しそうに眉を顰めた。


「分かりました。では私も全力を持って相対します、お覚悟を……!」


将軍が腕を振るって合図し、まだ動ける兵士達が武器を手に小春を包囲する。一斉に切りかからんとしたその刹那、紅蓮の炎が一瞬にして軍勢を飲み込んだ。








一方その頃。セーラは呼び寄せたエクレールを駆り、一直線に別の軍へと切り込んでいた。


「我が名はアスリーヌ家次期当主にして《勇者》アルベルト・クラウゼンの騎士、セーラ・アスリーヌ!雑兵如きに私の首は過ぎたもの、大将を出せ!!」


一瞬にして数十人の兵士が斬り倒され、慄く残った兵士を掻き分けるように1人の男が姿を現した。


「ふん、随分と大口を叩くな?己の家が背負う責務も忘れて色恋にかまけた小娘が」


「貴方が大将?ふうん、何秒持ち堪えられるかしら!」


エクレールを走らせ、擦れ違いざまに首を刎ねる。その様を目の当たりにした兵士達は肝を潰し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「……此処まで楽だと他の援護に行ったほうがよさそうね」


持ち帰る価値のある大将首とも思えず、セーラはそのまま踵を返した。








アルベルトはルクレツィア達の軍勢があげる鬨の声を聞きながらテュポーンを走らせる。軍勢は目の前に迫っていた。


「さてテュポーン。勧告してあっちが降伏してくれる可能性ってどれくらいだ?」


(ありえんな。全力をもって叩き潰せ)


軽く溜息をつき、アルベルトは《コアトリクエ》を持ち上げる。


「此処からは俺が1人でやる。テュポーンは逃がさないように動いてくれ」


(ふむ……心得た)


テュポーンの咆哮に呼応するように地面が持ち上がり、まるでコロシアムのようなフィールドを形成する。アルベルトはテュポーンの頭から飛び降り、戦斧を振るって名乗りをあげた。


「我が名は《勇者》アルベルト・クラウゼン!友ルクレツィア王女の為、この戦いに介入させて貰う!!」


「《勇者》よ!」


ルクレツィアの姉らしい女性が剣を持ったまま進み出た。


「貴殿の望みは世界の安寧と聞いています。では何故《西国》の戦いに介入し、徒に長引かせようと言うのですか?」


「戦いを終わらせるだけならば静観が正しいだろうな。だが俺達は血を流す事を前提に変革を起こそうとするヒューゴ王子のやり方を認める訳には行かない、それだけだ!」


武器を《アポカリプス》に切り替え、背後の壁を狙い撃つ。跡形も無く吹き飛ぶ岩の壁を仰ぎ、兵士達の顔が青褪めた。


「退け!背を向けた者を討つ趣味はない!!」


反応は半々であった。逃げ出す者と、あえて立ち向かおうとする者に。


「そうか……ならば俺も戦士の端くれ、全力で戦おう!」


《アポカリプス》を仕舞い、《エクスピアティオ》と《レーヴァテイン》の二刀流へ変える。アルベルトの最も好む装備だった。


「アルベルト・クラウゼン、推して参る!!」


二刀を振るい敵陣へと躍り込む。余計な人死には出さないよう配慮するが、それとは別に向かってくるなら全力で相手をする。それがアルベルトが新たに定めた己のルールであった。


「くっ……《勇者》、貴様さえ!」


次々と兵士を斬り伏せるのを見かねてかレイピアを振るって飛び込んで来た王女目掛け、アルベルトは一瞬瞑目した後に剣を振り下ろした。


「許しは乞わないぜ」


「……見事」


口から血を流して倒れ伏す自分達の大将を見たからか、生き残っていた兵士達も逃げ出した。









バレリアは迫り来る軍勢を見やり、ジークに乗りながら全速力で突入した。


「な、何だ!?」


「気をつけろ!デカいトカゲとトカゲの格好をした女が」


「でりゃああああああああ!!!!」


ジークから飛び降りると同時に逆立ちし、回転蹴りで周囲の兵士を一気に数人纏めて吹き飛ばす。ジークはその場に穴を掘って姿を消し、バレリアは迎撃体勢を整える兵士達を見ながらぺろりと唇を舐めた。


「さあ、アル程じゃないにせよ……存分にアタイを燃えさせてくれよ!!」


自分で腕に牙を突き立て、流れ出した血で狂化を目覚めさせる。理性を失った事に気付いていない兵士を一瞬で引き裂き、バレリアは咆哮と共に暴れ始めた。


「ええい何をしておる!?たかが小娘1人、数で押し包んで仕留めぬか!!」


馬ではなく籠に乗っていたルクレツィアの兄は状況を読めていないのか、そんな事を平気で言ってのける。だが命懸けなのは兵士のほうであった。何が悲しくて素手で人体を圧し折ったり引き千切ったりするような少女と戦わなければならないのか。


「ウウウウウウウ……!!」


薙ぎ倒された兵士の血で赤い道を作りながら、バレリアは本陣の総大将目掛けて突進する。その顔に血に飢えた獰猛な笑みが張り付いてているのに気付いて王子は青褪めた。


「ひ、退け!退くのだ……あ?」


唐突に地面が陥没し、その下から籠を持っていた兵士に噛み付きながらジークが飛び出した。当然バランスを崩した籠は横転し、王子は地面に投げ出された。


「い、いたた……ひっ!?」


跳躍したバレリアに押さえ込まれ、王子の網膜には返り血塗れの爪が振り上げられたのが焼きついた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!……ァ」


そしてそれが彼の見た最期の景色であった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


慌てて逃げ出す兵士を追いかけ、視界に動く者がいなくなったのを確認したバレリアは空に向かって声の限りに勝鬨の咆哮をあげた。









一方その頃。マオは斧を担ぎながら散歩でも行くような気楽な態度で歩みを進めていた。


「あ、来た来た♪」


本当なら名乗りを上げたりしたほうがいいのかもしれないが、生憎とマオにそんな発想はない。というかどう言えば良いのかが分からないのだ。


「ナオなら知ってるんだろうけど、今日は《エクスカリバー》の調整で忙しいだろうしね」


戦斧を振り回しながら準備体操し、マオは全身に魔力を漲らせていく。決して得意ではない魔法だが、ドワーフは大地と共に生きる種族だ。こういう魔法は唯一得意と言えた。というかマオに使える魔法はこれしかない。


「せーの!さようならー!!」


戦斧が叩き付けられ、巨大な地割れが兵士達を飲み込んで行く。最後の一兵までもが落ちたのを確認してからもう一度戦斧を叩き付けると、今度は何もなかったかのように地面はぴたりと閉じた。


「うーん……地面に落として……なんて言うんだろ。クッサクじゃない、アッシュクでもない……」


(……圧殺?)


「そうそう、それそれ!村の大人はこれを大地母神の慈悲って言ってたけど、これって本当に慈悲なの?」


手が空いたのか、何時ものように会話してくれるナオにマオは訊ねる。ナオの返答は至って簡潔であった。


(葬式や火葬を省略して手っ取り早く土に還してるでしょ?慈悲しかないわよ)


「そっかなぁ……?ま、いっか」


戦斧を担ぎなおし、マオは意気揚々と元来た道を戻り始めた。








「うん。ご馳走様……メロディア、誘ってくれてありがと」


むせ返るような臭いで満たされた一角。他の戦場とは違い、そこは淫靡さに満ちていた。


「相変わらず貴女達って大食いよね」


仲間のサキュバス達を呆れたように見つつ、メロディアは足元に転がる男性のミイラを爪先で転がした。


「まあね。こんなに若くてイキの良い男達が食べ放題とあったら、そりゃもう張り切らない訳に行かないでしょ」


メロディアの魔眼で動きを止めた所を、魔界から呼んで来た十人のサキュバスが片っ端から食い尽くしていく。やった事と言えばそれだけだが、見も蓋もない事を言えば動けない男達を一方的に犯す大乱交だったのだ。同族ながらあの凄まじさにはメロディアも頭痛を禁じ得ない。


(私もアルに感化されたのかしら……?)


結局自分は魔眼しか使っていないので、例え手や足だとしてもアルベルト以外の男に触れずに済んだのはありがたいが。


「ねえ、メロディア」


手にこびりついた塊を舐め取りながら、1人のサキュバスが物足りなさそうにメロディアを見た。


「何?」


「貴女がご執心の《勇者》、ちょっとだけ味見しても良い?私ちょっと食べ足りなくて不完全燃焼なのよね」


「駄目!絶対に駄目!!」


流石のメロディアもそれだけは譲らなかった。









「ルクレツィア様、どうやらアルベルト殿達は他の軍勢を全て蹴散らした模様です」


斥候の報告に、ルクレツィアは満足気に頷いた。


「流石は《勇者》、その武勇と気高さは伊達ではないな」


愛機である《マグナストライカー》に跨りながら彼女は自分の剣を抜いた。二本の魔剣・《ダインスレイヴ》である。


「マグナ、しばらく辛抱させて済まなかったな。これよりはお前も存分に暴れろ」


『ガアアアアアアアアアアアアアア!!』


機械音声で吼える相棒に微笑み、ルクレツィアは剣を振るって背後を振り返った。


「勇猛なる我が《魔装騎兵団》よ!盟友《逆十字聖騎士団》の前にその武勇を存分に示せ!!赤く塗られた右肩は飾りではないとな!!!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


雄叫びと共に全員が得物を空へ突き上げる。ルクレツィアも重心を前に移し、《マグナストライカー》の足からヒュィィィィンという駆動音が徐々に高まり始めた。


「往くぞ!!」


「はい、何処までもお供致します!!」


先陣を切って飛び出すルクレツィアの後に勇士達が我先にと続く。正面からの戦いならば彼女達に敵う軍勢ではなかったらしく、ものの30分程で全て蹴散らされていた。












             続く

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