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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第四十一楽章 真実の鍵

《ゾディアック》が拠点としている某所の建物。そこでピスケスとサジタリウスが言い合っていた。


「オフィウクスが足抜けしただぁ!?一体どういう事だ!」


「俺が知るかよ!《勇者》にちょっかいかけて殺されかけた俺のフォローはないのか!?」


喧々諤々とやり合うのは満身創痍で帰って来たピスケスと留守番をしていたサジタリウスである。


「その前に明日の飯を心配しやがれ!オフィウクスがいなかったら《ゾディアック》の野郎共12……いや、ヴァルゴが空席のままだから11人か。揃って全員自活能力皆無、メシマズが服着て歩いてるような奴ばっかりなんだぞ!?」


「いやだったら街で惣菜でも買ってくれば」


「《ウロボロス》は給料なんて出ないだろうが!ああもうこんな事になるなら母ちゃんの言いつけ通り表を歩けない仕事なんてするんじゃなかった!」


革命家は表を歩けない仕事なのかとピスケスは思ったが、そもそも考えてみれば自分達のやり方は決して褒められたものではないと思い直した。


「まあそこはおいおい考えるとしてだ、サジタリウス。お前さんの親は健在なのか?」


「あぁ、まあな。馬鹿な男に引っ掛けられてガキ孕まされて、そのまま男にトンズラぶっこかれた間抜け女だけどよ」


「……」


ピスケスは何とコメントすべきか分からず、とりあえず街の酒場で失敬してきた牛乳を投げ渡した。


「まーアレだ。駄目男に引っ掛けられた駄目女ってご近所でも評判でよ。いっそ何もかも全部引っ繰り返してぶっ壊してしまえば、案外母ちゃんも今よりはマシに暮らせるんじゃねーかってな」


「お前、意外と親思いなのな」


「母親限定だ。あんなクソ男なんぞ親父とも思ってねーわ」


ピスケスはついでにビスケットも渡してやる。サジタリウスは短く礼を言って牛乳を1本一気飲みした。


「……ん?クソ男って事はそいつの正体も知ってるのか」


「まーな。本当なら俺の手で脳漿ぶちまけてやりたかったんだが、別のトコで別の女に産ませた娘に手を出そうとした挙句にその女にぶっ殺されたらしい。はっ……クソ男に相応しいクソみてえな死に様だろ?」


「食い物口に入れながらクソクソ連発すんじゃねえよ。こっちの分がマズくならぁ」


「悪い悪い。表を裏に、裏を表に……それが今の腐った世の中を変える唯一の方法だよな」


2人はどちらからともなく乾杯し、2本目の牛乳を飲み干した。












「へくしっ」


図書室で何か面白い本はないかとぶらついていたリリィは、唐突に小さくくしゃみをした。その様子を見て小春が少し首を傾げた。


「リリィ、アルかケーナちゃんの風邪が伝染ったかしら?」


「いえいえ。もしそうだとしてもコハルさんに一晩添い寝して頂けるならすぐさま治してごらあああああ!?」


「図書室では静かにしろ馬鹿百合」


リリィの脳天に肘鉄を叩き込み、アルベルトは溜息をつきながら本を探し始めた。


「……ん?」


校内放送でアルベルトを呼ぶ声に、彼は思わず片眉を跳ね上げた。


「アルだけが呼び出されるなんて珍しいわね。何かあったの?」


「心当たりはあるようなないような、だな。まあ行って来る」


アルベルトは小走りに図書室を飛び出そうとして、途中で振り返った。


「小春。リリィに何かされそうになったら大声出せよ?」


「大丈夫よ。リリィは本気で人が嫌がる事はしないから」


「ブフォッ!?この信頼はまさしく愛!さあコハルさん、その麗しく瑞々しいベーゼをどうか私に」


別の場所で本を読んでいたセーラが履いていた靴を片方脱いで投げつける。絶妙なコントロールで放たれたそれはリリィの左米神を打ち抜き、彼女は断末魔すらあげずに昏倒した。


「こいつ位の腕があって、迎撃も回避もしないってのは信頼の証なのかね?」


「そうかも。リリィって何気に私達の中でも上位の実力者だもんね」


と言いつつ、幸せそうに気絶しているリリィを見ていると内心では「こいつ単にマゾなだけじゃないのか」とアルベルトは思ったが黙っていた。


「……っとそれどころじゃない。学園長室に行って来る!」


「行ってらっしゃい」


靴を拾ってセーラの所へ持って行きながら小春は微笑んだ。









「失礼します。アルベルト・クラウゼン、入ります」


「ああ、鍵なら開いている」


入ると学園長は書類を整理しながらこちらを振り返った。


「済まないな。国家元首をわざわざ呼び立てるような真似をして」


「いえ、此処にいる間は生徒ですし。それに元首と言ってもそんな大袈裟なもんじゃ」


そう言い募ると、学園長は軽く首を振った。


「いかんな。お前が掲げた理想に共感し、その背中に忠誠を捧げた者達がいる以上そのような態度なのは頂けないぞ?」


「わ、分かりました」


学園長は満足気に頷き、用件を思い出したように向き直った。


「おっと、此処で説教だけして終わっては何の為に呼び出したのか分からんな。話というのは他でもない、アルベルトの母親の事だ」


「お袋、もとい……母のですか?」


「ああ。私の親友でもあり、クリスタと並んで当代最強の魔女と謳われた《黎明の使徒》……旧姓レベッカ・スカーレットのな」


学園長はアルベルトに椅子を勧め、引き出しからクッキーの袋を取り出して机に置いた。


「先日アルベルトが交戦した《ゾディアック》と、それから離反したオフィウクス……だったな?」


「はい、確かそう名乗ってました」


学園長はその後も幾つか質問し、深く息をついて考え込んだ。


「これは私の推測に過ぎないが、今までの状況と私の記憶を照合したところオフィウクスはレベッカである可能性が極めて高い」


「なっ!?そんな筈はありません学園長!忘れもしない11年前、俺はこの目で母さんがあの魔物に捻り潰されて殺されるのを見ていたんだ!!」


それはアルベルトにとって最大のトラウマであり、同時に原点でもあった。その母が実は生きていたなど、彼にとっては嬉しいとか以前に己の全否定に等しかった。


「分かっている。だが私の知る限り、あれ程に卓越した鞭の腕前と斬撃の魔法を扱う技量はレベッカ以外にありえないんだ。それに鞭を放つ直前に左手首をスナップさせる癖もな」


「じゃあどうしてあの状況から生きてたんですか?俺は親父が死んだ母を埋葬するのを見ていましたし、その一年後には俺自身があの土地を根こそぎ焼き払っている。仮にゾンビ化したとしてもサラマンダーの炎をまともに浴びて無事な筈は」


「そこについては何とも言えん。実際にそのオフィウクスに会って確かめない事にはな」


結局話が無駄に混乱しただけに終わり、アルベルトは思わず頭を抱えた。


「済まないな。親友の息子を利用しただけでは飽き足らず、今も尚混乱させているのだから」


「別に構いませんよ。唯1つ、質問してもよろしいでしょうか?」


「構わない。何だ?」


アルベルトは軽く呼吸を整えた。


「俺が《約束の子》と呼ばれる理由、そして俺の右手に七帝竜がいる理由……というよりそんな爆弾みたいな奴を何故学園に入れたのか」


「……前者は答えられないが、後者は答えよう」


「良いんですか?セーラにはかなり高位の人間から口止めされてるっぽい事を言ってたと聞いてますが」


少し揶揄するように言うと、学園長は小さく苦笑した。


「同盟国の国家元首に要求されては、一学園の学園長如き逆らえる筈もないさ。話せる所は全て話そう」


「……分かりました」


学園長は紅茶を一口飲み、息を整えてから話し始めた。


「理由と言ってもそこまで大袈裟な理由がある訳ではない。《ウロボロス》に対抗する為の力を用意する一環だったというだけだ」


「また何ともぶっちゃけましたね……」


心持右手が熱を持ったような気もする。サラマンダー辺りが荒ぶったのかもしれない。


「《ゾディアック》の戦力を見ても分かる通り、奴等の力は強大だ。魔女と魔法を忌み嫌いながらその魔法でもって我々を攻撃してくる相手、決して容易い相手ではない」


言葉を続けようとした学園長は、まるで見えない手に首を絞められたように咳き込んだ。


「済まない……もう少し話せると思ったんだが、これ以上は《古竜の盟約》に抵触するらしい」


「意外とあちこちに付いて回りますねこいつ……」


右手の中で未だに沈黙を保つ一体であるバハムートについて軽く皮肉りながらも、アルベルトは苦笑して席を立った。


「学園長達の思惑がどうあれ、俺はこの学園に来て掛け替えのない親友と仲間を得ました。そして俺を好きだと言ってくれる人達も……だからこそ俺も応えたい」


「何をだ?」


「小春達の気持ちに、そして学園長達の願いにです」


《ウロボロス》と戦い、彼等を殲滅する事だけが正しいやり方とは思えない。きっと彼等とも何か分かり合う切欠になり得るものがあるかもしれないとアルベルトは考えながら学園長室を後にした。









一方その頃。《ウロボロス》のアジトではまた1つ騒ぎが勃発していた。


「さて諸君。今この冷蔵庫には以前炊いた米の残りと《東国》で仕入れたアジツケノリなる食材、そして賞味期限切れかけのマヨネーズが1本入っている」


タウラスが頭を抱えながら言った。


「こいつを使って飯を作ろうと思ったら、何をどうすれば良いと思うよ?」


「本当にそれだけしかないのか!?」


タウラスと並ぶ大食漢、山羊座のカプリコーンがげんなりした声をあげる。


「ん?そういえば《東国》で買って来た物が他にも……」


牡羊座のアリエスが自分の袋を弄り、取り出したのは酢の瓶だった。ただし賞味期限は去年である。


「……どうせ酸っぱいのは同じだし、使うか?」


「おい馬鹿やめろ。《勇者》と戦う前にこっちが全滅するぞ」


世界を引っ繰り返そうというテロ集団たる《ウロボロス》の切り札である《ゾディアック》が食中毒で全滅など、笑い話にもならないとリブラがぼやいた。


「ちょっと待て!この飯も発酵してないか!?」


鼻をひくつかせてキャンサーが引き攣った顔で叫んだ。


「丁度いいじゃねえか。《東国》の食材が揃ってるなら、料理もそこに準じるべきだろう」


レオが味付海苔を取り出し、巻き寿司の要領でご飯を敷く。周囲が絶句しているのを物ともせずに今度はマヨネーズを取り出した。


「まあ、マヨネーズも卵で作るんだし卵焼きの代わりとしちゃ上等だろ」


『何処がだあああああああああ!!』


総ツッコミを完全に無視してレオはマヨネーズを具のように出して海苔を巻く。


「ほれ出来たぞ。なんちゃって巻き寿司だが」


「誰が食うんだそんなもん……!」


「ヤズミに食わせろよ。こういう時の為の奴だろ」


「いやあいつ『嫌な予感がする』つってトンズラぶっこいたぞ」


ジェミニことカストルとポルックス、キャンサーの3人が好き勝手に言うのに眉を顰めてレオは巻き寿司を齧った。


「……」


「美味いのか?」


硬直したレオに、カプリコーンがそっと尋ねた。


「……泣きてぇ」


そのまま男泣きに泣き崩れるレオに生温かい視線を送りつつ、タウラスは自分も泣きたくなりながら空っぽになった冷蔵庫を見やった。


「どうすんだよ。腹が減っては戦は出来ぬ、このままじゃ俺達は自分の理想を通す以前に餓死で全滅しちまうぞ」


「……《勇者》に頭を下げて食料を分けて貰うか、皆でオフィウクスに土下座して帰って来て貰う」


今まで無言だったアクエリアスがぼそりと言った。《ゾディアック》では最年少の彼は、まだ10歳になったばかりといったところだ。育ち盛りの彼に粗食や絶食など持っての外と、意外に面倒見の良いタウラスは瞬時にプライドを捨てる事に決めた。


「よし分かった!今日のところは前の遠征で残った干し肉と乾パンがあるから、アクエリアスはそれを食べろ。明日以降の食料は俺が《勇者》に頭を下げてくる!」


「正気かお前!?」


サジタリウスに肩を掴まれ、タウラスは大きく頷いた。


「俺達の目的は何だ!?例え後の世に外道と蔑まれようとも、今の世界を変革しより良い未来へ導く事だ!なら今ここで餓死する訳には行かない以上、俺は《勇者》に頭を下げるのも靴を舐めるのも躊躇いはしない!」


「言ってて虚しくないかお前。ご立派に見えるが、単にプライドが無いだけだろそれ」


「リブラ、プライドで腹が膨れるか?」


その瞬間、《ゾディアック》に電流が奔った。


「行くしか、ないか……!」


サジタリウスが同意し、ピスケスも頷いた。


「こうなったら交代制ででも傭兵業もしなくちゃならないかもな。何度も《勇者》に頭下げるのもアレ過ぎるし、せめてパンと肉を買う金くらいは真っ当な手段で稼ぎたい」


「サジタリウスの言う通りだ。そっちは明日からでも俺が中心になって動く」


カプリコーンの言葉に仲間が頷き、10人はその場で円陣を組んだ。


「いいか!俺達は1人も欠ける事なく、その目的を果たす!やるぞ!!」


『おおおおおーーーーーーーーーーっ!!!!』


腹の底から声を張り上げた途端、腹の虫も声を張り上げた為に全員がズッコケた。









深夜。アルベルトは学園の寮ではなく《エクスカリバー》の自室で眠っていた。フロラが寂しがる為だという辺り、彼も順調にシスコン化しつつあるのかもしれない。


「……」


その最中、彼は夢を見ていた。久しく見ていなかった幸せだった頃の家族の夢を。


(あらアル、もう起きたの?今日は随分と早起きさんね)


温かいスープとパンを用意し、母であるレベッカは優しく微笑む。その後から大口を開けて欠伸をしながら父であるテオ・クラウゼンがのっそりと出て来た。


(おはよう。もう、アルの前なんだからもう少ししゃっきりして頂戴?子供は親の背中を見て育つのよ)


(分かった分かった。全くお前は結婚してからどんどん口うるさくなるな)


(口うるさくさせてるのはどちら様?)


口の言い合いになると確実に父が負ける。アルベルトはそれを確信しながらパンを齧った。


(今日は久々に《中央》へ行くのよね。寂しくなるわ)


(何言ってるんだ。今回はレベッカもアルも連れて行くぞ?)


(ええっ!?聞いてないわよ!)


(……言ってなかったか?)


再びやいのやいのと始める両親を見守りながら、アルベルトは残ったスープを皿から直接飲み干した。









「……あ、そうか」


自然と目が覚め、アルベルトは納得していた。


「あの後に《中央》へ行って、せーちゃんと会って……母さんは死んだんだ」


その事実を受け止めながらアルベルトは寝返りを打つ。


「もしあの仮面が母さんなら、どうやって生きていたんだ?」


もし不死者を作り出す呪いや霊体を隷属させているのであれば、それは許す事が出来なかった。


「次に出て来る事があったら、絶対に逃がさないようにしないとな」


例え一時の事であるとしても、母に今の自分を見て欲しい気持ちも確かにあるのでそこは複雑なアルベルトであった。


「その為に力を貸してくれよ?リンドヴルムもサラマンダーも、テュポーンもヒューベリオンもさ」


(心得ている。我等の力、存分に振るえ)


(最近は神剣にかまけて俺達を忘れてるっぽかったしな。楽しみにしてるぜ)


(我輩に任せておけ)


(これも友との盟約、この力の全てを懸けて信頼に応えよう)


頼もしい言葉を返してくれる竜達に礼を言い、アルベルトは再び夢の中へと没入して行った。













             続く

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