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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第四十楽章 とりこぼしたもの

学園生活が戻って一週間。アルベルトは今日も元気に轟くミスティの練成による爆発音を聴きながら、生まれ変わった《エクスピアティオ》の刀身を見つめていた。


「すげえな。さして魔力に敏感じゃない俺でも分かるくらいに力が増してるって訳か」


「あたしも使うのは初めてだったけど、ドラゴニウムって本当に凄い金属ね。魔力の増幅だけじゃなくて、空気中の魔力素も取り込んで力にするのよ」


まだ使った事のない力である『斬撃の返還』や『魔力の弾丸』。それ以外にもまだレイナが明かしていない《エクスピアティオ》の力は出番を待たずして大きく強化されたのだ。微妙に何かが間違っている気がしないでもないが、アルベルトは特に気にせずミスティの頭を撫でた。


「ひゃうっ?」


「ありがとな、ミスティ。これで俺はもう一歩先に進める」


「ううん、いいの。あたしが好きでやってる事だから」


竜の金属を組み込まれた神剣は今までと違い、その重ささえもが変わっていた。あえて言うのであればアルベルトの左手に丁度合った重さと言うべきか。今まで以上に片手で振り回すのが容易となっていた。


「あ、アル!よかったらこの後少し付き合ってくれる?」


「アルト?別に良いが、何だ?荷物持ちか?」


「えへへ、実はそうなんだ」


ミスティから見えない角度でウィンクしてみせる彼女に、アルベルトはピンと来て軽く頷いた。


「じゃあ後でな。ミスティはどうする?」


「あたしはこれだから、お留守番してる」


車椅子に座り、動かない足を軽く叩いてミスティは苦笑する。


「この生活も慣れたら良いもんよ?移動は楽だし、もしもの時はアルが助けてくれるし」


「おいおい……」


「それは冗談としても、あたしはこれからコハルの錫杖も強化しないとだから」


アルベルトは納得し、邪魔しないように退散する事にした。


「じゃあ後でなミスティ。昼飯は運ぶか?」


「ううん、食堂へ行くから待ってて」


後で迎えに来ようと考えながらアルベルトは練成室を出て街の方へと向かった。









「いや本当ごめんね?《エクスカリバー》にオリーヴの家が出入りするようになって、ショップの品揃えが凄くなったからさ」


「だからってこんなに買うか?せめて一週間分とかに留めておけよ」


自分の倍近い体積の袋を背負いながらアルベルトは苦笑した。


「何言ってるのさ。この量だと一週間どころか二日もかからず使い切るんだけど」


「一体何の実験をしてるんだお前等!?」


「まあ色々と?授業の内容を唯なぞるだけならそんなに量はいらないけど、そんなの実験じゃなくて唯の確認だよ。ボクもミスティも新しい事に挑戦するから、その分失敗も多いし消費する素材も多くなるんだ」


それは確かに道理だとアルベルトは納得して荷物を背負い直した。


「お金はボク達の自腹だし、アルに迷惑はかけないよ。まあ、静かな生活は約束出来ないけどさ」


「それくらいならミスティのアレでもう慣れた。気にせずガンガンやれ」


「ありがと。じゃあ、あそこの喫茶店で休憩しようか?付き合わせちゃったからそのお詫びで」


アルベルトとしても反対する理由はなかったので、《エクスカリバー》の共有区画に構えられた喫茶店に入った。アルトは紅茶とケーキのセットを2つ注文し、《エクスカリバー》の窓から外を一望出来る席に腰掛けた。


「……」


2人でしばらくは景色を堪能しながら紅茶とケーキに舌鼓を打つ。ヒューベリオンがぶち抜いた山の穴を見て思い出し笑いをした辺りで、アルベルトは一歩踏み込む事にした。


「それでアルト。こうして俺を誘ったのは、荷物持ちと茶飲み話がしたかっただけ……という訳じゃないだろ?」


「やれやれ、アルって鈍いようで鋭いよね。時々だけど」


時々は余計だと内心でぼやき、アルベルトは表面上は苦笑するに留めた。


「まあ大した事じゃないんだけど、お礼をちゃんと言ってなかったなって」


「お礼?」


「うん、お礼。ミスティを助ける為に色々と頑張ってくれたから」


そんな事かと思いながら、アルベルトは紅茶を一口飲んだ。


「あの時ボクは、ミスティを助けたいって思ってもどうすれば良いのかさっぱりだったんだ。でもアルは誰も考えなかった方法で真正面からミスティを助け出した……これがどれ程凄い事か全然自覚してないでしょ?」


「まあ、今から思うと相当な無茶をやらかしたな。一歩間違えたら全員仲良く国際指名手配犯だ」


アルトは一頻り笑い、何かを決意するように紅茶のカップを見つめた。


「……アルト?」


「今日の朝、実家から手紙が届いたんだ。もうこれでもかって位アルの悪口が一杯書いてあったよ。あの皇帝を生かしておいたら、もっと大勢の人達に迷惑をかけたって言うのにさ」


「俺だって万人受け入れられるとは思ってないさ。もしそうなら共存案は今頃世界中で認められてるぜ?」


だよね、とアルトは力なく笑ってケーキを一口食べた。


「それでボクは選ばなくちゃいけなくなった」


「選ぶ?」


嫌な予感がしながらアルベルトは答えを待った。


「学校を辞めて《北国》へ戻るか、実家との縁を切って《逆十字聖騎士団》へ正式に帰属するかをね」


「……艦を降りるのか?」


止めるつもりはなかった。トリアの事もあるし、アルベルトは家族との縁に勝る価値ある物はこの世にないと考えていたのだから。


「まさか。早朝の便で絶縁状を送ったよ。ボクの帰る場所は《逆十字聖騎士団》だと決めたから」


「い……っ!?」


「これで良いんだ。だってこのまま家に帰ったら、ボクは絶対に家族と争う事になるからね」


「いや……そうかもしれないが、それじゃアルトは」


アルトはそれ以上言うなとばかりに首を振った。


「お願いだから哀れんだり同情したりはやめてよ?トリアはトリア、ボクはボク。切っても切れない縁があるなら、今すぐ切っても惜しくない縁だってあるんだ」


「……」


アルベルトは何も言えず、悲しげに笑うアルトを見ている事しか出来なかった。


「本当は黙ってるつもりだったけど、もしこの事が原因でアルがボクの親に噛み付かれると大変だから。一応話を通すだけのつもりだったんだ。困らせる気はなかったから、ほんとゴメンね?」


「それは良いさ。分かった、略式ではあるけどアルトの《逆十字聖騎士団》加入を此処に認める」


「ん、ありがと」


会計を済ませ、荷物を練成室まで届けた後もアルベルトの気分は晴れないままだった。









入浴と夕食を済ませたアルベルトは、少し夜風に当たろうと外に出た。不思議と誰とも会わず、フロラが宿る樹の下まで到着した。


「よっと」


幹に凭れ掛かり、何と無しに空を見上げる。満天の星空も彼の心を慰めるには至らず、自分の行動でアルトの家が壊れた事実が頭の中をぐるぐると回っていた。


「誰も犠牲にしないやり方……目指してるんだがなぁ」


自嘲するような呟きに、フロラは何も言わずに唯アルベルトを受け止めていた。個人と認識して人となりを見てみると、彼女は意外にもその手の感情に聡い事が分かった。そしてそういう時は決して無理に甘えようとはせず、じっと相手が立ち直るか折り合いをつけるのを待っているのだ。


「悪いなフロラ。もう少し、こうさせてくれ……」


ここで一眠りすれば少しは気持ちも晴れるかと期待し、アルベルトは温暖な気候に感謝しながら体を丸めた。









同じ頃。アルトから同じ様に報告を受けたセーラはやり場のない感情を持て余しながら、乱暴にベッドへ倒れ込んだ。


「私達が甘かったのかしら、ね」


アルベルトの道を遮る物を全て排除し、彼が取りこぼした物は這い蹲ってでも集めていくつもりでいた。だが現実にアルトが持っていた家族との絆を取りこぼしたのだという事実は自分でも驚く程にセーラを打ちのめしてた。


「次を頑張れば良い……なんて貴方は思わないのよね?アル……」


しかしならばどうすれば良いか、などと言われてもセーラには分からない。骨の髄までアルベルトに惚れ込み全てを捧げる決意をしている彼女には、アルベルトの行動によって国が変わった事を感謝こそすれ非難するという発想が分からないのだ。まして現状維持に拘り変革を拒み続ける老いぼれの考える事など、セーラにとってはゴブリンの言語以上に理解不能であった。


「私はアルの為に、アルトの為に何が出来るのかしら」


答えの出ない問いを投げかけ、セーラは服も着替えずシーツに包まった。








どれくらいそうしていただろうか。うとうととまどろんでいたアルベルトは、唐突に襲い掛かった殺気に思わず飛び退った。


「おっとこれに気付くとは予想外だったな」


「誰だ……って俺が誰かを分かった上で喧嘩を売ってくる馬鹿はそう多くはないよな」


目の前で三叉の槍を構えているのはアルベルトより一回り年上の男だった。


「《ゾディアック》が1人、魚座のピスケスってもんだ。少しばかりあんたの腕を試したくてな」


「そんな暇潰しがてらで襲われちゃこっちはたまらないぜ……」


「まあそう言うなって。あんたが勝てば《ゾディアック》の1人を消せるし、俺が勝てば1番厄介な勢力の頭を潰せる。どっちも損はないんだぜ?」


アルベルトは軽く溜息をついた。


「末席のあんたとボスの俺じゃ吊り合い取れないだろ」


「おっとこりゃ1本取られた。という訳で行くぜえ!」


「何処かという訳だ全く……来い、《ゲイボルグ》!!」


シルヴァーナから受け取った雷の槍を呼び出し、アルベルトは軽く手でしごきながら身構える。何故殆ど使った事のない槍なのかと言えば、この武器を使う事でシルヴァーナ(ひいてはケーナ)に何かしらの信号が届かないかと考えての事であった。


「へえ、創世竜の雷槍とは恐れ入ったぜ。だが俺の《ポセイドン》も魔槍の中じゃ上位のアーティファクトだぜ!」


「御託はいい、懸かって来い!」


そう告げた瞬間、周囲の空気が一気に重くなった。


(何だこれは……確か《東国》の気候に似た湿った空気、これは?)


「俺は魚座の《ゾディアック》、陸上よりも水場のほうが得意なんでね」


その言葉で合点がいった。つまりピスケスは空気中の水分を大幅に増やす事で空気を水で満たしたのだろう。この妙な息苦しさもその為だと感じた。


「おっと誤解するな?幾ら俺が魚だって言っても水を出す事は出来ないぜ」


「何だって?じゃあ誰が」


「ヒント、黄道十二星座にはもう1つ水に纏わる星座があっただろ」


その言葉でアルベルトはイルミィが言っていた事を思い出した。


「っ!水瓶座か!」


「大正解!アクエリアスも此処に来てるんだ。まあ直接的な戦闘力はないんで、隠れて貰ってるがよ」


アルベルトは軽く息をつく。湿度が大きく上がると、その分呼吸も苦しくなるのが普通だ。だがアルベルトの左腕に装備された人魚の腕輪は彼に水の加護を与え、徐々にその息苦しさも和らいでいった。それどころかこの空気が自分でも不思議な位に居心地よく感じるようになっていたのには彼自身も驚いた。


「まあカラクリさえ分かればこっちのもんだ。行くぜ!」


《ゲイボルグ》が光を放ち、雷光となって夜の校庭を駆け回る。ピスケスも槍を回転させて迎撃し、その勢いのまま突っ込んだ。







殆ど不貞寝の有様でまどろんでいたセーラだったが、隣の部屋でドタバタという物音が聞こえて目が覚めた。


「隣……確かリリィとケーナよね。まさかとうとうリリィが理性切らせてケーナを襲ったの!?」


余りにもリリィに対して無礼な想像であるが、日頃の行いという奴だろう。咄嗟にガウンを羽織ながら部屋を飛び出すと、ケーナが寝巻きに上着を羽織り槍を持った姿で飛び出すところだった。


「ちょっとケーナどうしたの!?」


「アルが戦ってるの。ケーナも行かなくちゃ!」


「アルが!?」


後ろを見るとリリィも《アバリス》を担いで飛び出してきた。セーラは瞬時に頭を切り替え、自分の剣を取りに部屋へと戻った。








水の結界内部での戦いは熾烈を極めた。殆ど水中と変わらなくなった空気の中を、アルベルトは腕輪の力で魚のように泳ぎまわる。しかし水中戦に関してはやはりピスケスに一日の長があるのか、かなりの苦戦を強いられていた。


「雷光一閃!これで決まりだぁ!!」


「どわたあああああああああ!?」


振り上げた槍が避雷針となり、本来は周囲を包み込むように落ちる筈の落雷が全てピスケスに集中する。普通ならそこで死んでいなければおかしい程のダメージを負っている筈だが、ピスケスは意外にもかなりタフであった。


「ちぃっ!今のは四回くらい走馬灯が見えやがったぞ!?」


「いやそこは死んどけよ人として!」


「っておま、死んどけってそれでも《勇者》か!?」


敵対している相手にかける情けはないと思いつつ、アルベルトは更に追撃をかける。ピスケスの攻撃をかわし、それが背後の樹を直撃した時だった。


(いやあああああああああああああああ!!)


「フロラ!?」


何故急にフロラが苦しむのかと一瞬混乱したが、ややあってドライアドと樹は一心同体だったと思い出す。


「あー……しゃーない。あんた予想以上に強いし、俺達を見逃すかそのドライアドを庇いながら戦うか選んでくれ。後者の場合、俺は遠慮なくドライアドを狙うがな」


「……行け」


然程迷わずにアルベルトは決断した。フロラを犠牲にして戦えば勝つ事は可能だが、これ以上仲間を傷つけながら戦うのはもう沢山だった。


「良いのか?こっちとしても小さな女の子を痛めつけながら戦うのは気分が悪いし、あんまやりたくないから助かったけどよ」


「俺の仲間が来ない内にさっさと行けって」


「恩に着る」


そう言ってピスケスが結界を解除したその瞬間だった。


「ぐあああああああああああああああああああああああああ!?」


何処からともなく飛来した鞭がピスケスに絡みつき、左腕と左足を纏めて抉るように斬り裂いたのだ。


「な、何だ!?」


鞭の飛んで来た方角を見ると、そこにはローブを纏った仮面の女が佇んでいた。何故女なのが分かったかというと、ゆったりしたローブの上からでも分かるくらいメリハリの利いた肢体の持ち主だという事だが。


「て、てめえどういうつもりだ!?オフィウクス!!」


「オフィウクス?」


確か蛇使い座で、《ゾディアック》には含まれない星座だ。その事を思い出していると、オフィウクスはアルベルトをちらりと一瞥した。仮面の奥に隠された目が何処か優しくも悲しげな光を帯びていたように思えるのは、果たしてアルベルトの気のせいだろうか。


「言った筈です。お前達にアルベルト・クラウゼンをやらせはしないと」


「別に殺す気はなかったぜ?ちょいと腕試しのつもりが結構な火傷を負っちまったがよ」


自分で手足の傷に薬をかけながらピスケスは苦笑した。


「そんなのはどうでも良いんです。問題はお前の行動で彼が苦しむ事になった、私はそれが許せない」


「そりゃ過保護」


その瞬間、アルベルトはオフィウクスから「カチン」という音が聞こえたような気がした。


「それの何が悪いんですか?今の私にとって、あの子を守る事は最期に残された希望。当然でしょう」


「そいつは組織から離反するという意思表示で良いんだな」


「何とでも。元よりあのチビを未だに始末せずにいる組織のあり方には疑問を持っていましたし、このオフィウクスは《ウロボロス》からの脱退を表明しましょう」


それだけ言ってオフィウクスは姿を消した。ピスケスも止血が完了したのか、軽く伸びをしながら立ち上がった。


「まあそういう訳だ。内輪もめを見せて悪かったな」


「いや、良い。俺の気が変わらない内にさっさと行ってくれ」


「おう」


姿を消すピスケスを見送り、アルベルトは傷ついたフロラの樹へ近寄った。


「テュポーン、《コアトリクエ》の癒しは俺以外にも通じるのか?」


(容易い事だ。《コアトリクエ》を立てかけて力を込めろ)


アルベルトが言われた通りにすると幹についた傷が見る見る内に消えて行った。


(ありがとお兄ちゃん。痛くて怖かった……)


「そうだな。悪い」


涙声のフロラに詫び、アルベルトはバタバタとこちらへ走って来る足音に気付いた。


「……もう終わってたって言ったらどんな顔するんだろうな?」


言い訳が大変だと苦笑しつつ、走って来るセーラ達を振り返った。







その後、フロラをセルヴィの計らいで《エクスカリバー》のアルベルトの部屋へ移植(フロラがそこが良いと頑張った為)してアルベルトは学園の寮へと戻っていた。


「オフィウクス……一体何者なんだあいつは?」


1人だけ心当たりがない事もない。だが彼女はとっくにいない筈の人間であり、その死はアルベルトも自分の目ではっきりと確認していたのだ。


「何にしても、次に出て来たら必ず正体を暴いてやる」


それが果たして正しい事なのかどうかはアルベルトには判別出来ない。だが今の状態で何もせずにいる事は出来なかった。


「終われない、止まれない。諦めたくはないんだ……!」


立ち止まりそうになる度に、挫けそうになる度に励ましてくれる仲間がいる。そして自分を好きでいてくれる彼女達がいる限り何度だって挑戦し続ける。アルベルトは改めて誓いを立てた。


「よし!決意を新たにしたところで……寝るか。明日も早いし」


何か間違っている気もするが、アルベルトは服を着替えてベッドに倒れ込んだ。自分が目指す理想の世界、光射すその場所へ繋がる道がある筈と信じて。












          続く

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