第三十九楽章 帰って来た学園
アルベルトが倒れたのは、この短期間に寒暖の差が激しい地域を往復した所為だとフランシスカは結論付けた(元々彼女は医療系の錬金術師なんだとか)。その為に《エクスカリバー》は一路最も気候が安定しているムーンライト学園上空まで戻る事となったのだ。久々の帰艦とあってアルベルトは勿論、小春達の気分も大きく浮き足立っていた。
「しかし今回は困りましたな」
コルトンが眉間に皺を寄せながら言う。アルベルトは自分の体調管理の甘さを咎められているようで首を竦めるしかない。
「あいや、勇者殿を責めている訳ではありません。寧ろ貴殿が倒れた事で《逆十字聖騎士団》の主要メンバー全員が身動き出来なくなるのは問題だと言っております」
「遠回しに俺の所為って言ってるよな!?……まあそれはともかく、いざと言う場合に代役が必要という事か」
もしアルベルトが今回のように倒れた場合、代わりに書類を決裁したり指揮を執る人間が必要という事だ。現状のメンバーで1番リーダーシップがあるのはセーラとトロイだが、どちらも厳密には《逆十字聖騎士団》の所属ではない(セーラはあくまで大使であり、トロイは《北国》から客将という扱いでいるに過ぎない)ので候補から外れている。
「因みにあんたは」
「既に主な者全員から嫌われている私が指揮を執ったところで、全員が心から従いますかな?」
悉くアルベルトの意見に反発し、毎度の如く議論を白熱させている副官はしれっと言い放った。
「まああれでセルヴィなんかは私情を殺しそうだが……だとすると小春しかいなくね?」
全員に好かれる魅力と率いる器。リーダーシップに関しては少々自己主張が弱いのが気になるものの、他に適任がいないのも事実であった。
「そもそも貴殿に惚れ込んだ娘達が大半な時点で益体もない事ではありますが、彼女なら確かに申し分ありませんな。しかし」
「1番は俺が倒れない事、だろ?今の俺は幸か不幸か《逆十字聖騎士団》の旗であり象徴、俺の死や怪我はそのまま騎士団そのものの致命傷になるとセーラにも散々言われたからな」
コルトンは静かに「分かっているならよろしい」と頷いた。
「まあこの件は小春に打診して良い返事があればだけどな」
「そうでなければ出来るだけ早く世継ぎを作っておく事もありですな」
「何でだ!」
即ち小春達の誰かとそうなる事であり、かなり露骨に想像してしまったアルベルトは真っ赤になって慌てた。
「仮定の話です」
「言う事が生々しいんだよあんた!」
「それが私の仕事ですからな」
多少経験を積んだとはいえ、アルベルトも所詮16歳の少年。長く経験を積み老獪さと狡猾さを身につけたコルトン相手では赤子同然であった。
久しぶりに踏んだムーンライト学園の土はアルベルトに「帰って来た」という感慨を抱かせるに十分過ぎた。
「よく戻ったな。まさか卒業前に国を打ち建てるとは思わなかったぞ?」
「単なる詭弁だったのが現実味を帯びてしまいましたけどね」
出迎えてくれた学園長に苦笑すると、彼女も楽しげに笑いながらアルベルトの肩を叩いた。
「帰って早々に悪いが、お前に客だ」
「客、ですか?」
まさかどっかの国がいきなり会談の申し入れに来たのかとアルベルトは内心で身構えたが、学園長の様子を見るにそれはないらしい。
「オリーヴも呼んでおけ。彼女がいないと話が進まんだろうからな」
「……へ?」
理由が分からず当惑するアルベルトに、学園長は意味深に笑って去って行った。
学園の応接室(学園の間取りを忘れかけていた自分には苦笑せざるを得なかったが)に向かったアルベルトとオリーヴを迎えたのは、オリーヴと同じ紋章を入れた帽子を被った中年の男と二十歳そこらの女性だった。
「げ、オトンに姉ちゃん!何しに来てんねん!?」
「姉ちゃん?」
女性の眉が吊り上がり、オリーヴは喉の奥で「ヒィッ!」と声を漏らした。
「姉様と呼べと何時も言ってるでしょう!?」
何処からともなく取り出した木剣で唐竹一閃というところで、アルベルトは咄嗟に割って入った。流石に見ず知らずの少年を叩ける程頭がトンでいる訳ではないらしく、寸止めとなったのには安堵するしかない。
「事情も素性も知らないが、オリーヴは俺の仲間で友達だ。不当な暴力ならまず俺が相手になるが?」
後ろでオリーヴが「そういう事ばっかしてるから皆落ちるんやないか」とぼやいていたがそれは無視する。女性は軽く溜息をついて木剣を降ろした。
「流石に此処で《勇者》と事を構える程向こう見ずじゃないわ。見苦しい所を見せて申しわけありません、カーティス商会服飾担当のリル・カーティスと申します」
がらりと口調を変え、リルと名乗った女性は恭しく一礼した。
「同じく装飾品担当、バミアン・カーティス。恥ずかしながら貴方が後ろに庇っているオリーヴの父親でもあります」
確認で背後を振り返ると、オリーヴは苦笑いしながらも頷いた。するとリルはオリーヴの実姉なのだろう。
「此度は《逆十字聖騎士団》の専属として我がカーティス商会を選んで頂けた事、誠に恐悦至極に存じ上げます。本来ならば娘を代理に立てず私が直接出向かねばならないところ、此処まで参上が遅れた事を深くお詫びする次第で」
「いや、俺は確かにオリーヴと契約しているが……」
そこまで言ったところで後ろからオリーヴが背中を抓った。余計な事は言うなという事らしい。
「そこでせめてもの気持ちとして、我が商会が誇る技術を用いて最高の礼服を御仕立てしたいと思い馳せ参じました」
「へ?礼服!?」
「うちが注文出したんよ。今まで二回夜会に出とるけど、そこで着た礼服は全部セーラんトコの借り物やろ?こっからは《逆十字聖騎士団》の団長としての看板背負った服を着んとな」
「ああそりゃ道理だな……って二回目の夜会で妙にジジイ共の目がアレだったのはそれかぁ!?」
あっさりオリーヴは頷き、リルに何やらメモを手渡した。
「アルの寸法は全部そこに書いてあるから、後は使う生地と色と模様やね」
「マントに《逆十字聖騎士団》の紋章を刺繍するのは当然として、《勇者》に相応しい色とは何かしら?」
「金色……アカン、慢心されそうで怖いわ。赤も悪くないけど、うち等やとセーラの色ってイメージ強いからなぁ」
後は小春の袴だろうか。などとアルベルトは自分の事なのに殆ど他人事の体であった。
「ともかく貴女達の団長なのだし、私達だけで決めて良い話じゃないわ。オリーヴは皆……そうね、とりあえず目についたの片っ端から連れて来なさい」
「ラジャや!」
オリーヴが駆け出し、リルは懐から綺麗なビー玉を取り出した。
「何処か手頃な空き部屋はありますか?」
「へ?えーっと学園長の許可を取らないと……」
とりあえずアルベルトも学園長を探しに行った。
オリーヴが説明したところ、リルは空間魔法の使い手らしい。織江も空間と空間を接続する転送を得意としているが、リルの場合は特定の空間を切り取り圧縮する事で空間そのものを移動させる事を可能としていた。今回の場合はリルが運営している服飾店を圧縮する事で店を丸ごと学園まで持って来たのだ。何というか、規格外であるとアルベルトは自分を棚に上げて思ってしまった。
「というより……」
現実逃避でもしないとやってられないのである。
「ねえこの帽子なんてどう?アルに似合いそうよ。あ、でもこっちのベストも捨て難い……」
セーラが真剣な目で見本の衣服を物色(最終的にはリルにオーダーメイドするのだが)している。何気にアルベルト専用の礼服を仕立てると聞いて1番張り切ったのは彼女だった。
「その前にどんな色にするとか決めないと。アルにはどんな色が似合うかしら」
小春は小春で棚に陳列された見本を頭の中でアルベルトに着せているらしい。時折目が棚と自分を往復するのが、アルベルトとしては実に気恥ずかしいものを感じた。
「これしかない!」
そう言ってシバは何故か置いてあった褌を手に取った。
「男は己の肉体を誇示してナンボ。ならお前の鍛えぬいた肉体そのものが礼服とやらに」
「なるか!!」
アルベルトのハイキックが顎を捉え、バズバの肘鉄が頭頂部に突き刺さりシバは沈黙した。
「全く馬鹿者が。やはり此処は常在戦場として鎧を纏うのが1番ではないか?」
「……バズバもどっこいどっこいだ」
ショックを受けた様子のバズバを無視して別な場所に目をやると、マオが何やら赤い服を取り出そうとしていた。
「ねえアル、これ着て熊に乗ってみたら?丁度斧もあるし」
「俺をどうしたいんだお前はああああああ!!」
思わず拳骨をかます。悶絶するマオを引き摺って店の外へ出し、ナオが頭痛を堪えるように米神をぐりぐりやりながら陳列された衣服に目を向けた。
「これはどうかしら。ドワーフの祝い事で男が着る服なんだけど」
設計図さながらにナオが描き出したのは、素肌に毛皮のズボンとベストを着た非常に簡素な物であった。
「……もう少し人間にも馴染みのある物を頼む」
いい加減泣きたくなりながらアルベルトは椅子に座っていた。何しろ礼服どころか普段着ですら「動きやすい物が好き」と素で言えるアルベルトだ。元より意見など誰も求めていなかった。
「ああもう!普通にコレでいいじゃんか」
「あの織江?それって紋付袴なんだけど」
小春が指摘した通り、それは《東国》で着られている晴れ着らしかった(詳しい事はアルベルトもよく知らない)。というかリルの店にはこんな物まで置いてあるのかと思わず呆れてしまう。
「あー……悪い、俺ちょっと出て来るわ」
「そう?じゃあ終わったら呼ぶからね」
本格的に混沌とした様相を見せてきた店内から撤退すべく、アルベルトは席を立って入り口へと歩き出した。途中でケーナが「猫さんの帽子ー♪」とはしゃいでいたのは全力で聞き流しながら。
ほんの一ヶ月程度離れていただけなのに、ムーンライト学園の全てが懐かしく感じてしまう。アルベルトはそんな事を思いながらお気に入りだった校庭の隅にある樹の下で横になった。
「アル?」
「セルヴィか。どうしたんだ?服選びにはいなかったみたいだが」
「やはり人間の嗜好が合うと思い、抜け出して来ちゃいました。ちゃんとコハルに断りを入れてますから大丈夫ですよ」
アルベルトは小さく「この策士め」と呟く。そこで素直に頷いてくれる小春に行く辺り、メンバー最年長のエルフは伊達でないようだ。
「アル、今物凄く失礼な事を考えませんでしたか?」
「いやとんと」
笑顔のまま米神に青筋を浮かべるという器用な事をやってのけるセルヴィに苦笑しつつ、アルベルトは少し脇にずれて場を空けた。
「この樹はアルが好きなんですね。貴方が過ごし易いように日光と水分を調整してくれてますよ」
「そうなのか?」
森に生き、森と心を通わせているエルフの言葉を疑う余地などない。確かにこの木陰はアルベルトにとって1番過ごし易いお気に入りなのだから。
「そっか、ありがとな」
樹の幹に触れて告げると、まるで応えるように葉擦れの音がさらさらと鳴った。
「しかし、俺の色ねぇ……」
「気にしてたんですか?」
「あのな」
セルヴィはくすくすと笑い、樹に「貴女はどう思います?」と訊ねた。
「へ?おいセルヴィ何を」
そこまで言ったか言わない内に樹の周りで風が渦巻き、中からエルフによく似た9歳そこらの少女が躍り出た。葉を継ぎ合わせて作ったような簡素な衣服と木の根を編んだようなブーツ、若草色の髪を長く伸ばした愛らしい姿をしている。
「彼女はドライアド……樹木の精霊です。名前は」
「フロラです。こうして話すのは初めてですね、アルベルトさん」
「そ、そうだな」
フロラは少しもじもじとしていたが、ややあって腹を括ったようにずいとアルベルトに近寄った。というか半身を起こしていたアルベルトの膝に跨る形で顔を覗き込んできた。
「お兄ちゃんと呼んでも良いですか!?」
「は?」
思わず固まった。こうして会うのは初対面な以上、彼女にそうやって慕われる理由が想像つかないのだ。
「あの、やっぱりご迷惑でしょうか……?」
「う……」
悲しそうに俯かれると、まるでアルベルトが物凄い意地悪をしたように思えてしまう。結局彼は頭をかきながらも承諾する事にした。
「分かったよ。好きに呼べば良い」
「本当ですか?ありがとうお兄ちゃん!」
満面の笑顔で飛びつかれると悪い気はしないものの、どうしてこうなったと釈然としない物はある。
「どちらかと言うと、アルの日除けとなっていたのですし姉ですよね」
「だよな。俺もそっちなら納得出来た」
軽口のように言い合うセルヴィとアルベルトだが、当のフロラはアルベルトの胸に頬ずりするので忙しく聞いていなかった。
「元々ドライアドは臆病ですが、一度気に入った相手の為ならばそれこそ命を賭して尽くす程に一途です。大事にしてあげて下さいね?彼女の事も末永く」
「セルヴィは納得してるのか?俺の在り方に」
「そうですね。人間からしたら異端かもしれませんが、私やバレリア達は全員納得ずくですよ」
セルヴィは面白がるように笑いながら言った。
「元々人間ではない私達はアルとどうなった所で、人間の尺度で文句を言われる筋合いはないですからね。まあエルフにドワーフ、リザードマンと今後も円滑な関係を築く為に貴方に嫁ぐというのも面白い手だとは思いますが」
「俺に政略結婚の趣味はねえぞ!?」
「政略結婚は趣味でするものじゃないと思いますが」
正論である。というかある意味最も趣味から程遠いのが政略結婚である。
「好きでもない相手に嫁ぐのであれば、それは政略でもなければやってられません。でも望んだ相手の下へ行けるのであれば政略も何も無関係ですから」
「そういうもんか」
遠回しに自分も惚れていると言われたアルベルトは、熱くなった頬と居心地の悪さを誤魔化すように寝転がって寝返りを打つ。その拍子にフロラが転げ落ちた。
「わ、いけね!大丈夫かフロラ?」
「はい、大丈夫です」
幸い頭は打たなかったらしく、フロラは元気に笑った。
「お兄ちゃん。私はこの樹の精霊ですから、此処から離れられません。また会いに来て下さいね」
「ああ、約束するさ」
樹に溶け込むように消えて行くフロラを見送り、アルベルトはセルヴィと共にリルの店へと戻る事にした。
店に戻ると、一応それぞれ候補は決まったようであった。だが今度はそれをどうするかでまた喧々諤々である。
「よく飽きないなこいつら……」
「好きな男には何時だって格好良くあって欲しいものですよ。勿論私も」
セルヴィはそれだけ言って手を二回叩いた。
「とりあえず案は出揃ったようですから、アルに決めて貰いませんか?私達が此処であーだこーだ言ったところで、それを着るのはアルなんですから」
「そ、そうね。私達も熱くなり過ぎたわ」
反省するようにセーラが頷き、小春達もそれぞれの案を出してきた。
「アル、どうかしら?」
「まず皆の案、どれもありがとう。真剣に考えてくれたのは分かるからな」
1枚1枚丁寧に確認しながらアルベルトは笑った。
「この中で1枚選ぶとしたら、セーラの案かな。出来たら生地の色は青をベースにして欲しいが、その辺の兼ね合いというか調整はそっちに任せる」
「青?」
小春達が首を捻ると、アルベルトは窓から見える空を指差した。
「空に浮かぶ《逆十字聖騎士団》だ。だったら俺も空を纏うのはどうかってな」
「あら、お洒落な言い方ね」
セーラが微笑み、他の仲間も笑みを零す。アルベルトは自分でも格好を付け過ぎたと思っている体なので、少し決まり悪そうに頭をかいた。
「まあともかくこういう感じで作って貰えるか?」
「かしこまりました。カーティス商会の粋を集め、最高の逸品を作り上げると約束しましょう」
リルは恭しく一礼し、早速控えていた職人達に指示を飛ばし始めた。
それから一週間後。リルは注文通りの礼服を仕立てて持って来てくれた。
「では早速着てみましょうか」
「……」
余り袖を通したくないとは言えない。というより周囲で期待に満ちた目をしている仲間達を見れば拒否権などないのは火を見るよりも明らかだ。
「よし、こんなもんでどうだ?」
「はい。完璧です」
海軍の軍服にも似た蒼穹の衣服。そして肩から羽織るマントには《逆十字聖騎士団》の紋章である盾をバックに重なる剣と槍の逆十字。帽子(会場では脱ぐが、外に出てお披露目等をやる時に被る物)は羽をあしらったスマートな印象を与え、ブーツも革製の拘りが感じられる物だった。
「どうだセーラ?正直服に着られてる感が凄いんだが」
セーラは笑って首を振った。
「これこそ《勇者》だって思うわよ。少なくとも私は」
アルベルトは小春達も同意見らしい事を悟り、苦笑気味にしゃんと肩を張ってみせた。
「……あ、そういえばこの服の代金ってどうなるんだ?」
「今回は私達がお詫びも込めて贈る品ですから、御代は頂きませんよ。今後も我等がカーティス商会をオリーヴ共々よろしくお願いします」
「ちょ、ちょお待った姉様!うちは別にアルに惚れとる訳やあらへんで!?」
真っ赤になって慌てるオリーヴに軽く笑い、リルはバミアンと共に帰って行った。
「違うからなアル!?うちは確かにアルの事は友達として好きやけど、男としては惚れてへん。惚れてないからな!?」
「分かったからそう連呼するな。逆に傷つくぞそれ」
「ぎゃああああああ!堪忍、ほんま堪忍な!」
慌てふためくオリーヴと呆れているのか宥めようとしているのか自分でも判断のつかないアルベルト。そしてそれを暖かく見守る小春達と妙な構図が出来上がっていた。
続く




