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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第一楽章 友の誓い

各部屋に常備された目覚まし時計のアラーム。決して大音量ではないが頭に響くその音は、旅疲れしていたアルベルトでもすぐに目を覚ませるものだった。


「朝か……」


動かない右手も杖代わりには出来るので、それで何とか起き上がる。机を見ると転送魔法の応用なのか、今日の予定が書かれたプリントが置かれていた。


「朝食後。各自装備を整えて第二演習場へ集合、ね」


この学園には制服が存在しない。三年間の間に自分達が一番力を発揮出来る服に魔力を込めたり改良を加えたりして自分だけの魔導服を作り上げる事も課題の1つであった(実習課題の中で偶然強力な装備品を見つけてそれを使っているという横着者もいない訳ではないが)


「まずは朝飯か」


共同水道で顔を洗い、昨日一緒に騒いだメンツに挨拶しながら俺は階下の食堂に降りた。


「おはようアルベルト。夕べは眠れた?」


「ああおはよう小春。お陰さんで」


軽口混じりに挨拶していると、服の裾を誰かに摘まれて振り返った。


「あれ?」


そこに立っていたのは見覚えが微妙にある銀髪の少女だった。穏やかな笑顔を浮かべてはいるが、アルベルトにはその笑顔が何処か空虚に感じられてならなかった。


「ケーナ。昨日は果物をありがとう」


「……ああ、腹は大丈夫か?」


「うん」


ケーナというのは彼女の名前だろうか。そう問う前に彼女はそそくさとその場を立ち去った。


「……?」


まるで何かに怯えるような空気。それが気にはなったが、まずは朝食だ。流石に空腹状態で授業には臨みたくない。







朝食のパンとスープ、サラダと牛乳を全て胃に流し込んだアルベルトは自室に戻って装備を点険してから着替えていた。


「よし、これで問題なしと」


彼の装備はハードレザーのプロテクターと鉄製のガントレット、足にも鉄製のレガースだ。兜も装備したほうが良いのかもしれないが、視界を多く確保する為にあえて装備していなかった。


「剣も持った。じゃあ行くか」


5分前行動は基本だ。大剣も左手で抜けるように背負い、アルベルトはドアの施錠を確認してから寮を飛び出した。







「はいは~い。皆集ったわねぇ?」


担任の葛城蓮華かつらぎ れんげが明らかにサイズが合わず手が隠れている巫女服で手を振る。小春の話では東国でも最強の巫女らしく、数年前にあったという動乱では都を襲った魔物の群れを1人で殲滅する程の力を発揮したらしい。……とてもそうは見えないが。


「じゃあ皆に課題を説明するわ~。ここに学園長が作ったダンジョンがあるんだけど、そこを攻略して最深部にある月の欠片と呼ばれる石を回収する。これだけよ~」


「先生、質問があります」


セーラが挙手した。


「はいセーラちゃん~」


「魔物との戦闘は想定されているのでしょうか?」


「学園長が魔力で作った訓練用の魔物が一杯放されているから気をつけてね~。これから皆に配るお守りを装備しておけば命に関わる怪我をする前に入り口まで転送されるから~」


ありがたい事だと配られたお守りを手首に括り付けながらアルベルトは1人ごちた。


「謎解きなんかもあるから頑張って~。ダンジョン内部で見つけたなら何を使ってもいいからね~。あ、タイムアップは夕方だから~」


ある者は緊張し、ある者は口元を綻ばせ、生徒達は次々とダンジョンに入って行った。







アルベルトは一番最初にダンジョンに入ったが、早速現れたスライムと大ネズミの歓迎に軽く辟易していた。


「斬るっつーか、絶対こいつら踏み潰したほうが早いよな!?」


幸いレガースなので頭を踏めば簡単に殺せる。元々アルベルトの大剣は自分よりも大きいオーク(二足歩行の豚と思えばいい。怪力だが頭が色んな意味で弱い為そこを攻めると簡単に倒せる。幻覚魔法で混乱させるのが楽)やヘルベアー(熊型の魔物。パワーとスピードに優れ、一部には初歩の魔法を使う個体もいる為未熟な冒険者がいきなり殺される事もある。肉が非常に美味な為、物好きな金持ちが高値で買い取ったりもする。中級以上の冒険者にとっては小遣い稼ぎの良いカモ)等の魔物と戦うのに向いているので、こういった小型の魔物相手だと取り回しの大きい大剣は逆に邪魔になったりもするのだ。


(さて、こういう場合はどうすればいいのか)


夕方がリミットなら、それ相応に時間のかかる規模という事が想定されているだろう。なら闇雲に探し回っても時間を浪費するだけだ。


(とはいえ俺はマッピング苦手だしな……よし、ここは初心に返って左手の法則を使うか)


左手で壁に触りながら進めば最終的に迷宮内を一周出来るというものだ。遺跡が何らかの力でループしていたら全くの徒労に終わるが。


「お……早速当たりを引いたか?」


巨大な銀の扉。そして四角い穴が開き、その上には魔術文字(魔女が自分の魔法を書き記す時に使う暗号。一定の魔力を持たないと読めないようプロテクトがかかっている)で《鍵は銅》と書かれていた。


「鍵は銅……四角い穴……なるほどな」


ダンジョンにある物は何を使ってもいい。その言葉を思い出し、アルベルトは壁にかけられていたランタンを手に取った。


「うん、やっぱり銅製……駄目だ、亜鉛が混じってるし大きさも足りん」


しかも形も合わない。


(さて、どうすべきか……ん?)


一応大剣を隣の壁に叩き付けて壁を壊そうと試みたが、強度が思ったより高いのか半分程抉ったところで止まってしまう。しかも自己修復の魔法がかかっているのか、剣を離すと即座に修復してしまうので何度も攻撃して穴を開けるというのは不可能だった。


「やっぱり手伝いを頼むか」


確か錬金術師が何人かいた筈だと思い出し(グループでの適性を見る為、戦闘要員を希望していない魔女候補生達もこのダンジョンに挑んでいた)、まずは彼女達を探そうとアルベルトは踵を返した。








「あ、いたいた。おーいミスティ!」


「ん?アルベルトじゃない。どうしたの?」


魔物がいない部屋でランタンを弄っていたミスティに駆け寄り、アルベルトは声をかけた。


「ちょっと手を借りたくてな。このランタンなんだが、銅と亜鉛に分離して縦2cm横5cm高さ3cmの塊にする事は出来るか?」


「んーと……どれどれ……うん、出来るよ。でもそれだけでいいの?何ならあたしオリジナルの練成を加えてドーンと」


「分離して整形するだけでいい!」


こんな所でダンジョンごと吹っ飛ばされてはたまらない。ミスティは少し不満気ではあったが、すぐさまランタンを望みどおりの形に練成し直してくれた。


「ありがとよ。今度学園都市で甘い物でも奢る」


「やりっ!あたし商店街のパフェ、チェックしてたんだよねぇ」


どうやらアルベルトの財布は入学早々氷河期に入るらしい。こんな事なら地元で賞金稼ぎでもしておくんだったかと軽く後悔しつつ、ミスティに礼を言って再びダンジョン攻略に取り掛かった。







銅の塊を扉の穴に押し込むと、扉の上部に設置された灯りが青く輝いた。


「へえ、こうなってるのか」


自動で開いた扉を潜り、放されていた魔物と戦いながら更に奥へと進む。通路の曲がり角でアルベルトは何やら小瓶を持って途方に暮れた様子の小春を見つけた。


「小春、どうしたんだ?」


「あ、アルベルト。実はね……」


小春が言うには、この先の通路が巨大な柱で塞がれているらしい。何か爆破する魔法や力ずくで退かせればいいのだが、生憎とどちらも使えなかった小春は此処に高熱を与えると爆発する液体が入った瓶が置かれていた事を思い出して引き返してきたという事だった。


「でも熱を与えると爆発するでしょ?今私に使える魔法は炎を扱うものしかないからここから魔物を回避しながらとなると、危険も大きいし」


「何だそんな事か。だったら俺が守ってやる」


「ふえ?」


小春は一瞬何を言われたのか分からないとでも言うように呆けた顔になった。


「その柱のある部屋まで、俺が護衛してやるって言ってるんだ。そうすれば小春は安全にそいつを運べて俺は苦労なく仕掛けを突破出来る。一石二鳥だろ?」


「あ、うん……そうね」


何やら様子のおかしい小春にアルベルトも少し怪訝そうな顔になる。


「どうかしたか?」


「え?ううん、大丈夫。『守ってやる』なんて言われたの初めてだから、少しドキドキしちゃっただけ」


「そうか。でも小春くらい可愛かったら男が放っておかんと思うんだが」


それはアルベルトの正直な感想だった。実際小春の艶やかな黒髪といい整った人懐っこそうな顔といい、これに他の国の人間が抱く東国への幻想を体現したような控えめな性格が加わればモテない理由がないのだから。


「もう、からかわないでよ」


「へいへい」


小春が瓶を手に取ったのを確認し、アルベルトはこちらに向かってくるコウモリやスライムを片っ端から一匹も逃がさずに斬り捨て(或いは踏み潰し)ながら奥へと小春を誘った。








誰かを守りながら戦うというのは初めての経験であったが、何気に神経を使うというのがアルベルトの感想だった。常に護衛対象である小春と瓶に気を配らねばならず、肉体的な疲れよりも精神的な疲れが大きかったのだ。


「ここでいいのか?」


「うん、ありがとう」


しかしここで新たな問題が発生した。この手の薬品は小春が使う炎の矢等の攻撃で点火すると、爆発より先に燃焼してしまう為肝心の柱を倒せない確率のほうが高いのである。


「誰か一点に大火力をぶちかませるような奴が……」


いた。それも自分達の後ろをこそこそと付いて来てたのが。


「……リリィ、力を借りれるか?」


「小春さんが私にチューしてくれるなら山でも国でも吹っ飛ばして御覧に入れましょう」


頼んだ俺が馬鹿だった。結構本気でアルベルトは確信した。


「え、えーっと……ほっぺで良ければ」


「ブフォア!?ま、まさか本気で言ってくれるとは……これは小春さんの気が変わらないうちにレッツ・カーニバル!!」


「ちょ、待ておい!まだ爆薬をセットしてな……!つーかその鼻血を何とかしろガチレズ駄目女ああああああああ!!」


アルベルトが止めるよりも早くリリィは鼻血も拭かず、背中に担いでいた身長よりも長い砲身を腰だめに構える。普通この手の武器は魔力のチャージに数秒のラグが生じるものだが、リリィは一瞬にして魔力を臨界まで高めてトリガーを引いた。


「きゃあああああああ!!」


「こ、殺す気かああああああああ!?」


咄嗟に瓶を床に置いた小春を爆風から守る為に抱き抱えながらアルベルトは叫んだ。爆風が収まると、そこに立っていた柱は跡形もなく消し飛んでいた。


「……とりあえず、良い仕事だ」


「破壊活動ならばお任せを」


レバーを動かして使用済みカートリッジを取り出しながらリリィは得意げに笑った。


「あ、報酬のチューは今此処でと言いたいところですがギャラリーもいますので今夜部屋でと」


「だからいい加減にしやがれ変態淑女」


大剣の峰で後頭部を軽く殴って止める。これで治ればいいのだが、恐らく望み薄だと嘆きつつ。


「ちょっと今何が起こったの!?」


駆け込んで来たのは、右手に片手剣を装備したセーラだった。彼女はその場にいるアルベルトと小春、リリィと吹き飛んだ壁と柱を見て溜息をつく。


「……ああ、大体分かったわ」


「とりあえず俺と小春がまだ生きてる事が奇跡に思えてきた」


3人で苦笑していると、今度はケーナがひょっこりと顔を出した。


「えーっと……ごめんなさい、ケーナは後でいいから」


「ちょっと待て」


どうにも人を避けているらしい彼女を放っておけず、アルベルトは声をかけた。


「この馬鹿デカい剣が怖いのか?」


「……?アルベルトはケーナが怖くないの?」


さっぱり会話が噛み合わない。当惑して小春とセーラを見るが、小春もきょとんとしておりセーラは何かを堪えるように目を閉じていた。


「あー……言い難かったら別にいいんだが、ケーナは俺達に怖がられる心当たりがあるのか?」


「……」


「私が説明するのでいいかしら?どの道コハルも分かっていないようだし」


言い難そうなケーナを見かねたのか、セーラが申し出た。彼女はケーナが頷いたのを確認して言葉を選びながら話し始めた。


「ケーナが怖がられると思ってるのは、その髪よ」


「髪?綺麗な銀髪だな」


感想を述べると、セーラは脱力したように肩を落とした。


「え、ええそうね。確かに綺麗だと思うわ。でもここらの人間にとって銀髪とはまた違った意味を持っているの」


余り良い意味ではなさそうだ。それはアルベルトにも理解出来たが、だからと言って今更聞くのを止めるというのも出来なかった。


「人の髪の色は持って生まれた魔力によって変わる。それはいい?」


「ああ。流石にそのくらいの知識はある」


「そして銀髪はその中でも特に強大な魔力を持って生まれた者しかならないわ」


セーラの言葉をよく頭の中で吟味してみるが、どうにもしっくり来ない。


「どうにもよく分からないが、つまり銀髪ってのは生まれながらに天才的な魔法の才能を持ってるとも取れる訳だろ?生まれた事を喜びこそすれ、怖がるなんてこたぁ」


「……誰もが貴方のように考えられたらどんなに幸せでしょうね。中には逆に強過ぎる力を恐れ、遠ざけようとする者もいないではない。そういう事よ」


合点が行った。セーラは大分柔らかく言っていたが、実際は恐れる人間のほうが多いのだろう。そしてケーナも恐らくはそうやって遠ざけられて生きてきたのだとも。


「だったら丁度いい。ケーナ、俺と組もうぜ」


「ほえ?」


大剣を背中の鞘にしまい、アルベルトは左手を差し出した。


「俺もケーナの過去を知った分、自分の過去を明かす。俺は《西国》の《サザン地方》出身なんだ。つまり十年前に起こった《サザンの悲劇》唯一の生き残りって訳」


「何ですって!?」


「なんと……」


ケーナよりも先にセーラとリリィが声をあげた。


「あの事件で生き残りはいなかった筈よ?それがどうして」


「当時6歳の俺に分かる訳もないだろ。俺に言えるのは、あの日俺が育った村は盗賊団に襲われて村人は虐殺された。俺はどういう訳か生き残り全てが燃え尽きた土地で1人ぽつんと座ってたのを救援に来た魔女に救助された。そんだけだ」


《サザンの悲劇》。それは今から十年前に《西国》のサザン地方で起こった大災害である。その地方には大小12の市町村があったが、その全てが周辺の森や湖も含めて全てが一夜にして焼き尽くされたのだ。そして何が原因かも不明なまま夜明けと共に炎は全て消え去り、そこには幼いアルベルト以外全ての生命が消え失せていたのだという。

またサザン地方に近い村等では「ドラゴンの咆哮のようなものを聞いた」という証言もちらほら存在したのだが、そこも一切物的な証拠が存在していない為に噂の域を出ていない。


「身寄りのない者同士だ。案外いいコンビかもしれないぜ?」


「アルベルト……っ!避けて!!」


突然ケーナがアルベルトを突き飛ばし、背後から飛んで来た蒼い炎に包まれる。一瞬誰もが死んだと思ったが、ケーナは炎に包まれながらも腕の一振りでそれを掻き消した。


「膨大な魔力は転じて最強の盾ともなるわ。ケーナならこの程度の炎は温いなんてものじゃないでしょうね」


「そりゃまた随分と羨ましい事で」


セーラの言葉に納得しつつ、アルベルトは自分を狙った炎の出所に目をやった。


「おい……何でキャノントータスがいるんだ?」


キャノントータスとは全長10m程の巨大な亀の魔物だ。本来亀型の魔物は大人しいタイプが多いが、何故かキャノントータスは非常に獰猛かつ攻撃的な性格をしている。口からは高熱の炎を吐き、甲羅の中には如何なる進化で獲得した物か周囲の魔力を吸収して集束して放つレーザー砲を内臓するというとんでもない魔物であった。無論防御力も半端ではなく、物理攻撃は勿論魔法攻撃も氷属性以外は一切受け付けないという鉄壁の護りを持っていた。


「少なくとも上級以上の冒険者じゃないと相手に出来ない魔物だぞ!?まさか学園は俺達を纏めて消そうとか思ってないだろーな!?」


咄嗟に武器を構えながら吐き捨てると、ケーナが目を細めてキャノントータスを見据えた。


「違う……あれは元々魔力の集合体で、対峙した相手に合った強さの魔物になるの」


「……つまり、あいつは俺達を纏めて見てしまったからああなった?」


こくりとケーナが頷く。アルベルトがよく目を凝らしてみると、背後の大きな扉がリリィの砲撃で吹っ飛んでいるのが分かった。


「本当はあの中で1人ずつタイマン張るんだったんだろうな。それがリリィの砲撃で穴が開いたからコレと」


逃げるかどうするか……と悩んでいると、小春が錫杖を構えて立ち上がった。


「つまり、此処にいる私達全員の力を合わせれば倒せる敵って事よね」


「ええ、そうね。コハルも意外とポジティブなのね。見直したわ」


剣を構え直しながらセーラも抗戦の構えを取る。


「あいつを出してしまったのは私の責任みたいなものですからね。きっちり倒してみせましょう」


リリィも砲身を構える。それでアルベルトの腹も決まった。


「よし、やりますか!」








前衛にアルベルトとセーラ、後衛は小春とリリィ、ケーナは中衛で援護を行う事に自然と決まった。


「キャノントータスについて分かってる情報はあるか!?」


「生命核は甲羅の中、顔と頭は唯の作業アームよ!そして弱点を突けるのは切り札のレーザー砲を撃った後に硬直する数秒のみ!」


セーラの言葉で軽く頭の中で作戦を組み立てた。


「手はあるが、そっちは?」


「多分同じ事を考えてるわね」


事前に確認した全員の手札。それを組み合わせるとこれしかなかったというほうが正しいかもしれない。まずアルベルトとセーラが前に出て囮になると同時に、キャノントータスの頭部を潰す(これはリリィが担当してもいいので、臨機応変にとなっている)。そして放たれるであろうキャノントータスのレーザー砲をアルベルトとセーラ、ケーナの3人で防ぎ唯一氷属性の魔法を使える小春が肉薄して弱点に全力で叩き込んで勝負をつける。


「皆もそれでいいか!?」


「うん、ケーナ頑張る!」


「私も大丈夫よ」


「最高の砲撃をお見せしましょう」


アルベルトとセーラは互いに目配せし、左右に散開して走り出した。セーラの得物は魔力で刃を形作ったサーベル(ビームサーベルとかライトセイバーを思い浮かべたら分かり易い)と左手に装備されたマギリング・シールド(魔力を流し込む事で盾を作り出す腕輪型のアクセサリー。使用者の魔力次第ではドラゴンのブレスも無傷で凌げるという)だ。他にも装備している軽鎧や頭に装備されたティアラを含めどれもが一級品の装備である事が窺えた。


「アルベルト!右目を潰しなさい!」


「任せとけ!」


こちらに向けて炎を吐こうとしたキャノントータスの動きに合わせ、アルベルトは独楽の様に回転してみせる。その勢いに乗って右側の巨大な眼球を一刀の元に叩き潰した。


「グゲアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


やはり目を潰されるというのは魔物であっても苦痛なのか、キャノントータスは大きく吼える。それこそがセーラの狙いであった。


「お薬の時間よ。喰らいなさい!」


セーラはサーベルを魔物の頭に突き立てる事で姿勢を保ち、さっき出番がないまま終わろうとしていた爆薬を瓶ごと開いた口に放り込む。そこでリリィが動いた。


「狙いよし、出力安定……ジェット・インパルス!!!」


属性を持たない無属性砲撃。相手の属性によって軽減される事もダメージを倍加させる事もない標準型の砲撃が口に突き刺さり、内部の爆薬は一気に起爆した。


「気をつけな。お嬢様!」


セーラがサーベルを引き抜くのと同時にアルベルトは彼女を抱えて離脱する。その一瞬後にキャノントータスの頭部は爆発し、周囲に焼けた肉の臭いと焦げた肉片が散乱した。


「あ、ありがと……一応お礼は言っておくわね」


「別にいいさ。一人でも欠けたら負けるってのは丸分かりだしな。しっかし、頭潰されて生きてるってのは何とも不気味な奴だぜ」


見るとキャノントータスの甲羅はゆっくりと開き、中から長大な砲身が持ち上がり始めていた。


「ケーナ!此処からが正念場だ、お前の力に頼らせて貰うぞ!」


「う、うん!頑張る!!」


後で知った事だが、ケーナは今まで持って生まれた力を恐れられこそすれ頼られる事は全くなかったらしい。だからこそ彼女は奮起し、例えその身が砕けようとも命を懸けて彼等を守ると誓ったのだ。


「ケーナ、アルベルト!2人の魔力を私の盾に!」


「分かった!」


「任せろよ!」


小春達の前に立ち、掲げられたセーラの左手にアルベルトとケーナが触れる。キャノントータスの砲身から放たれたレーザーを、3人分の魔力で形成された半透明の盾が真っ向から受け止めた。


「く……っ!これは、なかなか……!」


「踏ん張れよ!俺達が倒れたら皆お陀仏なんだ……!」


「負けない……負けない……負けないんだからぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」


3人に圧し掛かっていた重圧が消失する。受け止めきった。そう分かるや否や、セーラは振り返って叫んだ。


「コハル!決めなさい!!」


「はい!!」


凛とした声を響かせ、小春が錫杖を構えて走った。


「はあああああああ!!!」


今まで回復魔法等も得手とする彼女が何もしなかったのは、ただ呆けていた訳ではない。今までの戦いで消耗していた残る魔力をありったけ練り上げ、初歩の氷魔法であっても十二分の威力を発揮するように調整していたのだ。


(セーラさんも、ケーナちゃんもリリィさんも……アルベルトも皆が力を尽くしたんだから!私だって、あの人みたいな魔女になって……!)


それは彼女の夢であり原点。故郷を襲った災厄を1人で追い返した蓮華のような魔女になって、この世界を守る仕事がしたい。そんな憧れだ。


「水よ、どうか力添えを……氷結刃!!」


レーザーを撃ち加熱状態の砲身を一刀で斬り落とし、奥に光るキャノントータスの生命核を見つける。胸の奥から沸き起こる高揚に突き動かされるまま、小春は一気にその核に錫杖を突き刺して溜め込んだ魔力を解き放った。








一瞬の浮遊感とほぼ同時に小春はアルベルトに受け止められた。爆発する魔物の放つ爆風で吹き飛ばされてしまっていたらしい。


「お疲れさん。ま、大勝利と言えるんじゃないか?」


キャノントータスがいた場所に転がっている金色の小石を見つけ、アルベルトは小春を降ろしてから拾い上げた。


「うん、間違いない。これで課題はクリアだな!」


全員分の欠片を渡し、アルベルトは喜びを表すように大剣を左手で回転させる。セーラも珍しく綻んだ表情で剣を収めて一息を入れていた。


「じゃあ戻りましょうか。あ、そうそう」


先頭に立って歩き出す直前でセーラはこちらを振り返った。


「ここにいる全員、私をセーラと呼び捨てにする事を許すわ。共に戦った仲間ですものね」


全員の表情に笑みが浮かび、改めてそれぞれの得物を抜き放つ。


「ちょっとアレだけど、私やってみたい事があるの。いいかしら?」


「いいぜ。何だ?」


セーラは自分の剣を掲げ、そこに交差するようにアルベルトの大剣が重なる。更にケーナの槍、リリィの大砲、小春の錫杖が重ねられた。


「我等、ムーンライト学園魔女候補生!生まれた土地は違えど同じ時間を歩む者、願わくば永久に友であり続けん事を!!」


「なるほど、な」


武器を下ろし、アルベルトは納得したように頷いた。


「仮にグループが別になったとしても、俺達はもう友達だ。これでいいのか?」


「ええ。ケーナも私達の仲間、何かあったら何時でも頼りなさい」


「うん、うん!ケーナ、皆大好き!」


談笑しながら5人は来た道を戻り始めた。ダンジョンに入る前とは違う、確かな充実感に満たされながら。









「ふむ……」


夜が更け、学園長であるアウゼルは使い魔が寄越したダンジョン内での顛末を確認していた。


「予想以上の成果が出たな。しかし初級の候補生5人でキャノントータス級の戦力となるとは……今年の候補生はかなりの豊作のようだ」


「ええ、それにその5人の絆もしっかり結べたようですし……学園長としてはやはりアルベルト君が気になりますか~?」


蓮華は楽しそうに学園長を見る。だが彼女の返答は至って簡潔であった。


「いや、あいつならこの程度は出来て当然という世界だ。問題は今此処であいつが此処まで強い絆を学友達と結んでしまう事だと思うが」


「あら~、どうしてですか~?」


「絆が深まるという事は、相応に彼女達の危機に冷静さを欠き易くなるという危険もある。もし怒りのエネルギーで魔力が暴走し、あの腕輪が壊れるような事になれば……」


アウゼルの顔に微かだが恐怖が過る。


「……何が起こると?」


アウゼルは紅茶にブランデーを一匙垂らしてから飲んだ。


「いや、取り越し苦労だ。忘れてくれ」


「はい、分かりました~」


何時も通りのおっとりした空気を取り戻し、退出する蓮華を見送りアウゼルは椅子に凭れた。


「もう十年……このまま何事もなく一生を終えてくれれば良いのだがな。人の子として」












           続く

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