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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第三十四楽章 挫折と再起

アルベルト達がトリアとグラニの問題にてんやわんやだった頃。リリィはのんびりと散歩を楽しんでいた。これは彼女の薄情とかどうこうではなく、単純に自分が介入しても事態は好転も悪化もしないと判断した為だ。リリィという少女はそういう所がかなりドライな性格であった。


「さて……貴女は招かれざる客か、それとも新たに《勇者》の毒牙にかかった蝶ですか?そこの綺麗なバストが素敵な魔族のお姉さん」


「あら、これでも気配は殺してたのにすぐ分かったのね」


「これでも素敵な女性の気配は逃した事がありませんので」


自慢ではないが、リリィは女を見る目には絶対の自信がある。彼女が現在ターゲットにしているのは小春で、それ以外にもロックしているのはケーナにトリアといったところだ。セーラも眼鏡に適ってはいるものの、小春達以上にアルベルトにべったりなのでその辺は空気を読んでスルーしていた。


「それで狙いはアルですか?それとも私と同じく素敵なレディを?」


「噂の《勇者》に会いに来たのよ。彼に必勝の加護を授けにね」


「……詳しく聞きましょうか」


リリィとメロディアと名乗った魔族は共通区画で営業が始まっている喫茶店に入って密談を始めた。ルキナと同盟を組んで以降、既にインプや死神といった魔族も普通に《エクスカリバー》の中で生活している有様なので、住民もすっかり慣れている為騒がれる事はなかった。








それから数刻後。トリアとグラニの話も終わり、その日の仕事を片付けてアルベルトはようやく執務室と繋がっている私室へと入った。


「あーくたびれ……ん?」


2人どころか5人くらいは団子になって眠れそうな大きさのベッド(アルベルトとしては、ナオが何を想定してこの大きさにしたのか問い質したいのだが)。そこに思いっきりダイビングするのが最近の密かな楽しみなのだが、今回はその中央のシーツがこんもりと盛り上がっていた。


「……またケーナか」


溜息をつきながらシーツを捲り、固まった。全く見覚えのない魔族の少女(見た目はアルベルトよりも少し歳上のようだが)がニコニコと笑って寝転がっていたのだ。レオタード状の衣服で惜しげもなく晒された豊満な肢体と、ぞっとする程に美しく整った顔に浮かべた微笑は何処か淫靡な空気を醸し出しており相当に落ち着かない。


「……どちら様?」


とりあえず尋ねた。


「メロディア。モリガンのメロディアよ」


「えーっと……」


聞いた事のない種族名に困惑すると、メロディアは少し宙を睨んでから言った。


「サキュバスって言ったほうが通りが良いかな。私はその上位種で、別に男の人から精を貰わなくても生きていけるから安心して?経験はないけど、淫魔の本能でエッチな事に抵抗は全然ないから」


「ぶっ!」


とんでもない事を言われ、アルベルトは思わず噴き出した。


「精を貰わない代わりに、私は交わった男に必勝の加護を授けるの。如何なる勝負事であっても、貴方に敗北は起こり得なくなるわ。人間じゃ味わえない至高の快楽と必勝の加護、どうかしら?」


「いやどうかしらって言われても困るっつーの!」


純粋に困る。確かに淫魔サキュバスと言うだけあり、その体は男の劣情を誘うのに十分過ぎる色香を持っている。だがだからと言ってそこで理性を弾き飛ばすにはアルベルトという少年は余りに真面目過ぎた。


「……あ、あれ?もしかして魔族アレルギー?それとも巨乳が嫌い?もしかして顔が在り得ないとか」


途端に泣きそうになるメロディアを見ていると、色々な意味で気持ちが落ち着いた。


「サキュバスが何しおらしい事言ってんだ……」


「さ、サキュバスだって女の子なんだぞ!てゆーか私はモリガンだってえのに!」


心外だとばかりに叫ぶメロディアをとりあえずベッドから引っ張り出し、椅子に座らせてからアルベルトも対面するように座った。


「とりあえず整理させてくれ。メロディアは何でその……あー……俺を選ぼうと思った訳?」


「1つは単純に強い男が好きだから。それと私のママの仇、アムドゥシアスを倒してくれたから……かな」


思わぬ名前が飛び出し、アルベルトは思わず身を乗り出した。


「仇ってどういう事だ?」


「ママは元々アムドゥシアスに必勝の加護を与えようとしたのよ。でも魔王はそれを嫌い、そのままバッサリ。でもその魔王を貴方達が倒してくれた」


「……なるほど、な」


何故かそこでメロディアは気まずそうな顔になる。


「その為に封印を解いたのも私。だからそのお詫びも兼ねて……と思って来たのだけど、駄目かしら?」


「……」


アルベルトは困ってしまう。下世話な事を言えば、興味はある。だが青少年の純情として、こういう形で経験して良いものか……という疑問もある。可能であれば段階を踏みたいのだ。


「あー……一応、保留って事で良いか?正直俺のほうが大混乱してて何をどうしたもんかさっぱり分からん」


「そうね。それも当然だわ」


意外にもメロディアはあっさり引き下がった。


「じゃあ代わりと言っては何だけど、私をしばらく《エクスカリバー》に乗艦させて貰える?その分のお仕事はちゃんとするから」


「仕事って何をするつもりだ?」


主な主力が女性の時点でサキュバスのやる仕事というのは正直嫌な予感しかしない。


「何って諜報活動よ。元々淫魔は夜這いをかけるのが主体だから、気付かれずに潜入したりするのは得意中の得意なの」


「あ、そういう……」


そういえば諜報部の設立については魔王の復活やら何やらですっ飛ばしていたと思い出し、アルベルトは納得して頷いた。


「そういう事なら大歓迎だ。よろしく頼む」


「こちらこそ。何処の国でも潜入してみせるわ」


握手を交わすと、メロディアはついと体を寄せてアルベルトの耳に口を寄せた。


「その気になったら何時でも言って。準備しておくから」


「だからそういうのはよせ!」


アルベルトの返事は悲鳴に近かった。









その後、仲間達にメロディアの参入を報せたところ……セーラ達が胸を撫で下ろしていたのは何故だろうか。










三日経ち、メロディアはあちらこちらを飛び回り情報収集に務めてくれた。そのお陰でアルベルトも会議に参加する予定の人間で誰が賛成し、誰が反対するだろうという予測を立て易くなっていた。


「《西国》はルクレツィア王女を味方に出来そうか?」


「そうね。元々が変革を好む性格だし、先の戦いで貴方自身にも興味を抱いているみたい。花嫁修業みたいな事もしているようだし、案外嫁入りしてくるかもしれないわね」


勘弁してくれと思いながらアルベルトは残る名簿に目をやる。


「他の会議に出て来るメンツがちょっと読めないのよ。大体が老人ばかりで、変革か現状維持かどっちを選ぶのやら」


「そういう手合いはどうすれば良い?」


「命じてくれれば私が他のサキュバスを派遣して篭絡してくるけど」


「却下!」


物凄い方向に話を転がそうとするメロディアにデコピンをかまして止めながらアルベルトは溜息をついた。


「どっち道干乾びた爺さん相手じゃそのまま殺しちまうだろうが」


「そうなのよねー。でも根回ししなかったら十中八九貴方の共存案は否決されるわよ?」


アルベルトが頭を抱えたところでセーラが入ってきた。最初こそメロディアを相手に警戒の色を隠さなかった彼女だが、意外とさっぱりしたメロディアの気性を気に入ったのか今では小春達共々良い友達となっているらしかった。


「煮詰まってる?」


「というか根回しだの篭絡だのと頭がパンクしそうだ」


セーラはくすりと笑い、メロディアが集めてきた情報に目を通した。


「確かにね……でもこのリストに載っているのは殆どが風見鶏だから、アルの勢いに乗せる事が出来れば簡単に追従するわ。ちょっと待ってて、資料の修正をしてくるから」


そう言ってセーラは部屋を出て行く。世界会議まで後四日に迫っていた。









世界会議を翌日に控え、アルベルトは《エクスカリバー》の展望デッキへ来ていた。これはナオがアルベルトの部屋並に拘った箇所らしく、天井を展開すればガラス張りになった天井から星空を一望出来るようになっていた。


「おーっすアル」


「ん?バレリアか、どうしたんだ」


バレリアはアルベルトの隣に胡坐をかいて座り、手に持っていた包みから干し肉の塊を取り出して渡してきた。


「コハルが心配してたぞ?メシ食ってないんじゃないかーって」


「……あ、そういえば忘れてた」


さっきまでセーラやメロディアとギリギリまで世界会議に使う資料の刷り合わせと調整に費やしていたのだ。考えてみれば昼から紅茶しか飲んでなかった。


「やっぱりか。ほれ食え」


「ありがとな」


せめてパンも持って来てくれと思ったが、そもそもが肉食女子(文字通り)のバレリアにそんな発想はないだろう。生肉を持って来なかっただけありがたいと思いながらアルベルトは干し肉を齧った。


「ところでさアル」


「何だ?」


「何時になったらアタイと子作りすんだ?」


干し肉を喉に詰まらせ、アルベルトは盛大に咳き込んだ。


「わ、大丈夫か?」


「お前がとんでもない事言うからだ!メロディアといいバレリアといい何でこう慎みがねえのか……」


「ツツシミって何だ?サシミの親戚か?」


小春に以前魚の刺身を食べさせて貰って以降、バレリアはそれが大のお気に入りとなっていた。因みにアルベルトの好みから言うと、魚は煮るなり焼くなりしてあったほうが好きだったりする。


「まあ、サキュバスやリザードマンに人間の基準を求めるのも違う気がするしな。まあ何だ、俺自身がまだ親になるとかがピンと来てないだけだ」


「ふーん?アタイ達は皆で子供を育てるからあんまそういうの、考えた事ないなー」


「色々面倒臭いんだよ。人間ってのは」


軽く咳をする事で引っかかった干し肉の欠片を吐き出し、もう一回飲み込んでからアルベルトはぼやいた。


「じゃあさ、アルが大人になったら子供作るのか?」


「多分な。その時どういう状況で誰となのかは分からないけどさ」


「ん?それだとアルは1人を選ぶのか」


何か聞き捨てならない事を言われた気がして、アルベルトは思わずバレリアを見た。


「バズバだって今まで何人の女と子供作ったか分からないぞ?寧ろ人間は何で1人としか作らないんだ?」


「……何でって言われるとちょっとな」


「なあなあ、何でだ?強い男の血を引く子供を沢山作ればその分群れも強くなる、違うか?」


違わない。強い男の子供がその分強くなるかどうかは分からないが、理屈の上では間違っていない。


「まあこの辺は倫理の問題だからな。こういうもんだと納得するしかないんだよ」


「むむ……やっぱり人間ってややこしい」


「そうだな。俺もそう思うよ」


何とも妙な会話をしつつ、アルベルトとバレリアはその後も干し肉を齧りながら星を眺めていた。









翌朝。アルベルトはセーラ達と一緒にセントラルを訪れていた。理由は一つ、世界会議に出席する為である。


「世界中から集まってきてるな。ちょっとしたお祭騒ぎだ」


「実際そういう趣向もあるからね。今回の事はかなり正念場と言えるわ」


出店を出して世界各地の名物を売っている広場を通り、王宮とは別の場所に建築された会議場へと向かって行く。今回もセーラが馬車を用意してくれていた。


「あの会議場、結構古いみたいね」


「そうよ。コハルの言う通り、確か築100年以上は経っているわね」


小春は何故か楽しそうに建物の様子を見つめていた。


「さ、着いたわ」


「よし……行くか」


御者に礼を言い、アルベルトは馬車を降りて会議場へと向かった。







会議場には既に各国の代表が集まっており、誰かが案を出すとそれに対して質疑応答。最終的に多数決で可決か否決かを決める流れであった。


「では本日最後の議題。《逆十字聖騎士団》より、アルベルト団長」


「はい」


アルベルトは壇上に上がり、持っていた資料を拡げた。


「では始めます……」


アルベルトは話し始める。かつて人間が歴史の闇に葬り去った《勇者》の物語を、そしてそれが何故起こったのかを。


「何故迫害された《戦乙女》と《勇者》は死ななければならなかったのか、俺はこれを共に戦った仲間であった筈の異種族達の距離が余りに遠かった事も一因であると考えています。悲劇を繰り返さない為に、そして《逆十字世界》の更なる発展の為に俺は『共存案』を提示します!」


途端に会議場は轟々と声に溢れた。


「馬鹿な!そんな事をすれば、既に交流を得ている《逆十字聖騎士団》の権限が大きくなり過ぎる!」


「そもそもこれではドワーフ族の技術を得られるであろう《西国》の力も大きくなるのではないか?」


「排他的種族であるエルフとの交流など望める物か!」


質問なのか単なる文句なのか分からないくらいの意見が飛び交い、アルベルトは苛立ちも込みで机を殴った。


「貴方方は今まで、1人でも他の種族と対話した事がありますか?皆がそう言っている、前例がない、その言葉で自分を誤魔化して知った気になり現実がどうなのかを知ろうともしない。必要なのは過去の結果がどうだったかではなく、今一歩を踏み出す勇気!違いますか!?」


アルベルトは呼吸を整えて言葉を続けた。


「確かに人間とエルフやドワーフ、リザードマンの間には溝がある。それは変えようのない事実です。しかし最初に遠ざかったのはどちらだったのか?離れる事が出来たのであれば、また近づく事も可能な筈。それに」


一旦言葉を切り、アルベルトは軽く息を吸った。


「未来に生まれ、生きていく子供達に教えますか?『人間以外の種族と関わるな、何が起こっても見ない振り・聞かない振りをするのが正しい』と。その結果が今の停滞した世界だというのに!」


一瞬の静寂。そして拍手が響く。それは《西国》の席に座ったアルベルトと同年代の少女のものであった。それに追従するように拍手が会場全体に溢れ始めた。


「その通りだな。考えねばならないのは今、そして未来。より良き発展の為に妾達も手を伸ばす用意があるぞ」


彼女がルクレツィア王女だったらしい。ルクレツィアはアルベルトを祝福するように微笑み、議長を仰いだ。


「議長、決を!」


ルクレツィアに応えるように拍手したグレイオの声で次々と手が挙がる。


「賛成20、反対5……!」


《逆十字聖騎士団》の席に座っていた小春が目を潤ませ、セントラルの席についていたセーラも拍手する。アルベルトもこみ上げてくる感慨にガッツポーズを取ったその時だった。


「全員一致ではないので、『共存案』は否決されました」


余りにも静かな議長の声に、一瞬何を言われたのかアルベルトには理解出来なかった。


「待って下さい!今まで全ての案件を多数決で決めておきながら、何の予告もなしに決定方法を変更するとはどういうつもりですか!?」


激昂するセーラを宥めるように見据え、議長は表情を変えずに答えた。


「人間以外の種族とも交流を深めるという事は、世界会議にエルフやドワーフが参加するという事に他ならない。そうなれば各国のパワーバランスも大きく変動する事になるだろう?そのような重大な案件を多数決などでは決められん。以上だ」


一瞬の高揚があっただけに、アルベルトは呆然としながらも何とか自分の席に戻った。


「これにて全ての案件の審議は終わった。今期の世界会議は閉会とする」


何処か落ち着きのない空気の中で代表達は席を立ち始める。アルベルト達も力なく会議場を後にした。


「……」


セーラはその様子を見送り、彼等が出て行った後で挙手した。


「まだ何かあるのかね?」


「いえ、そうではありませんけど……1つだけ発言を許可願います」


議長は鷹揚に頷いた。セーラは会議場の出口まで移動し、こちらに注目する全ての代表達を睨み付けた。







「この……っ!臆病者!!」






それだけ叫び、セーラは返事も聞かずに会議場を飛び出して行った。








会議が終わり、アルベルトは《エクスカリバー》まで戻ってそのままベッドに倒れ込んだ。


「アル様……?」


気遣わしげに近寄るサリに答える事もせずに体を丸める。今は誰とも話したくなかった。


「アル、起きてる?」


小春が入ってきた。


「……後にしてくれ」


「そうしたいけどね」


小春はそう言ってベッドに近づき、アルベルトを後ろから抱き締めた。


「悔しかったね……辛かったよね……」


「まさかああいう形で引っ繰り返すとは思ってなかった。やっぱり早過ぎたのかもな」


自分のやり方にも落ち度があったかもしれない。アルベルトはそういう風にも考えていた。


「じゃあさ、アル」


小春はアルベルトを抱き締めたまま告げた。


「今度は《逆十字聖騎士団》が他種族との交流でどれだけ発展するかを見せ付けるのはどう?」


「……そうか」


はっきりとした結果があれば、旨みに釣られる人間はきっと多い。それはアルベルトにも分かった。


「そうだな……まだ絶望するには早い!」


「うん、それでこそアルよ」


自分の胸の前で重ねられた小春の手をそっと握り、アルベルトは大きく頷いた。











              続く

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