第三十一楽章 勇者と魔王
夜も更け、アルベルトが自室のベッドで就寝していた時の事だった。
「っ!?」
暴風のように叩きつけられる魔力の奔流にたまらず跳ね起き、上着を羽織ながら部屋を飛び出した。
「おい、今の何だ!?」
「分からないわ。私達も急いでブリッジへ!」
同じように寝巻きにガウンを羽織ったセーラと共にトロッコへ飛び乗り、アルベルトは殆ど転がるようにブリッジへ駆け込んだ。
「状況は!?どうなっている!」
「はい。先程ハルピュアの森にて膨大な魔力の増大を感知、しかしそれはすぐさま終息し代わりにあれが」
「あれ?」
空間投影モニターに表示された『それ』を確認し、アルベルトもセーラも絶句した。そこには禍々しさと猛々しさを共存させた不可思議な城が出来ていたのだ。
「あれはまさか、かつて《勇者》が封じたという魔王アムドゥシアスの居城!?」
「封じた?倒した訳じゃなかったのか」
セルヴィに問うと彼女は軽く頷いた。
「魔王アムドゥシアスの力はそれ程強大だったんです。《勇者》アーサー達の力を持ってしても打ち破る事の叶わない絶対の鎧、《聖邪の衣》。それがある限り如何なる攻撃も魔王には通じず、城ごと封印する他なかったという話です」
セルヴィの説明にアルベルトが歯噛みした時だった。頭の中に荒々しい声が割り込んできたのだ。
(ご機嫌麗しく、我が愛すべき家畜達よ!余の名はアムドゥシアス!貴様等人間を屠り、嬲り、奪い尽くす者なりいいいいいいいい!!)
「でかい声出すな!聞こえてるってーの!!」
脳裏に過ったビジョンは、赤銅色の体躯と額に抱く1本の長大な角。直接相対した訳でもないのに身が竦み上がる程の凄まじい力の波動だった。
(本来ならば今すぐにでも蹂躙を開始したいが、生憎と余も目覚めたばかりで体が思うように動かぬ。まずは肩慣らしに目の前の人間を屠るとしようか)
「拙い!奴等セントラルを襲う気だぞ!!」
同盟国としては動かない訳には行かない。アルベルトは服を着替える前にとりあえず通信機に飛びついた。
「戦闘要員を全員叩き起こせ!ド派手な戦いになる、総員気を引き締めろ!!」
同時刻。何処とも知れぬ禍々しい空気に満ちた世界に佇む城。その中で1人の少女が玉座に座ったまま唸っていた。
「よもや《勇者》の封印がたかだか100年しか持たぬとは……妾も読み違えていたのじゃ」
「仕方ないだろう。俺もそれなりに警戒していたが、まさか人間があの地でハルピュアを虐殺した上に封印を解きに来る馬鹿がいると誰が予想する?」
「そこを予想しておくのが軍師たる貴様の務めだろうが!」
彼女の弁に応えたのは傍らに控える長身の青年と赤毛を短く切った有翼人の女性だった。
「やめよガーネット。そなたの言い分も分かるが、兄上とて迷宮の管理に軍備の増強にと忙殺されておるのだぞ?」
「は、申し訳有りません」
少女は一見すると銀髪の可憐な美少女に見える。だが米神の辺りから生える2本の角と赤く輝く羽が彼女の存在を異質たらしめていた。その辺りは青年も同じで、ぞっとする程に眉目の整った顔立ちと角が彼を人間ではないと如実に教えていた。
「あの時、アーサー殿が父上と共に戦っておれば封印ではなく倒す事も可能だったであろうに……」
「過ぎた事を言っても始まらんぞ。《聖邪の衣》を打ち破る方法は分かっていても、その方法が方法だからな」
少女の名は魔王ルキナ。魔界において最も広大な領土と力を備えた魔王フェネクスの娘で、彼の没後に即位した若輩の魔王である。そして軍師として傍らに立つ青年の名はキルト。魔族にしては珍しく人間の錬金術にも詳しいインキュバスであった。因みにルキナは彼を兄と呼んでいるが兄妹ではない。
「じゃが兄上よ。我が魔剣・《ベカトゥム》の片割れである神剣が何処にあるかも、アーサー殿亡き今となっては」
「《エクスピアティオ》の事か?それなら見つけたぞ」
「何じゃとおおおおおお!?」
ルキナは魔王らしからぬ素っ頓狂な声をあげて玉座から立ち上がった。
「あああああ兄上!?何時からじゃ、何時から知っておった!?というか何処にあるのじゃ!?」
「今回《勇者》を名乗った人間が持っている。やはり神剣は人間の下にある事を望むらしい……ったく《古竜》共も碌な細工をしないぜ」
「……細工云々についてはキルトに言えた事ではないと思うが」
呆れた口調のガーネットにキルトは苦笑気味に肩を竦めた。
「じゃが今こうしてアムドゥシアスが蘇り、神剣は《勇者》と共にある……これが天命でなくて何だと言う!?兄上、すぐに軍を編成じゃ。妾達も出陣し、《勇者》を支援するぞ!」
「……いや待て。いきなり魔族の軍勢が現れて援護したとしても納得はしないだろう。俺が先に行って話をつけよう」
「1人で大丈夫か?」
ガーネットに問われ、キルトは肩を竦めた。
「交渉事に向いた奴が此処じゃ俺しかいないだろ?弁が立つと言えばサーシャやキキョウがいるが、サーシャは男漁りを始めたら目も当てられんしキキョウを使うと金がかかる」
「確かにな……ルキナ様もそれでよろしいですか?」
「う、うむ……じゃが軍備は整えておくぞ?兄上の報告次第ですぐにでも出陣する」
「分かった。吉報を待っていてくれ」
キルトは「ちょっくら買い物にでも」という位の気楽さで手を挙げ、特に緊張を感じさせない動きで魔王の間を後にした。
数刻が過ぎた。セントラルを襲う魔族の群れに対し、王国を守る騎士団とアルベルト率いる《逆十字聖騎士団》は熾烈な戦いを続けていた。
「五時の方角から飛来する魔族群確認!これは……ガーゴイルです!」
「石像兵に生半可な攻撃は効かないわね。魔導砲・《雷》で応戦して!」
何処にこんな戦力を隠していたのかと呆れている内にも魔族はどんどん数を増やし、勢いに乗って押し込んでくる。アルベルトも甲板に飛び出し、《エクスピアティオ》と《レーヴァテイン》の二刀流で次々と敵兵を斬り伏せるがキリがない。
「飛んで来る魔族はナオ達の魔導砲に任せろ!俺達は弾幕を掻い潜って来た奴等を倒せば良い!」
リリィの狙いをかわせる時点で相当強いのは確かだが、そうでもしなければ味方の兵士が圧倒的物量差に臆してしまう。
(くそっ!《逆十字聖騎士団》の弱点を突かれたか……!)
内心で歯噛みする。《逆十字聖騎士団》は少数精鋭、1人1人の力はまさに一騎当千だろう。しかし彼等は他の国と比べて規模が小さく、兵の量も質と反比例するように少ない。しかも今回の戦いはこちらが攻め込んでいる訳ではなく、防衛戦だ。攻め込んでいる敵が全滅するか飽きるまで続けるしかなく、その都合は完全に相手任せ。こちらがタオルを投げた所で休憩してくれる訳ではないのだから。
「アル、あれを見て!」
雷の術を発動させ、飛来するガーゴイルを纏めて薙ぎ払った小春が空を見上げて悲鳴を上げた。
「魔王が前線に出て来ただと!?」
上半身は赤銅色の筋肉に覆われた偉丈夫。しかし下半身は熊と馬を掛け合わせたような奇怪な姿をした異形の大男であった。
「脆弱な人間共がよくも耐えると思って来てみれば、また随分とかき集めたではないか?いや愉快愉快!」
豪快に笑う魔王に、アルベルトは少し不愉快になりながらも剣を止めた。魔王の登場により、周囲の魔族達も戦いを止めてその場に傅いたからだ。
「小童、貴様がこの軍団を率いていると見た。余が名乗りを許す。述べよ!」
「……《勇者》、アルベルト・クラウゼン!《逆十字聖騎士団》を指揮し、新世界を打ち立てる者だ!」
一瞬アムドゥシアスは目を丸くするが、すぐさま足を叩いて笑い出した。
「がははははは!こいつは愉快痛快、よもやそのような大言を貴様のような小童がのたまうとは思わなんだ!!」
「何とでも言え!魔王自ら出て来るとは好都合、ここで全てに決着をつけさせて貰うぞ!」
「ほう、その発想はなかったな。つまり貴様、余が器を見定めに来たのではなく貴様に倒される為に引き寄せられたと言いたいのか?」
「そう言ったつもりだが?」
アムドゥシアスは鼻を鳴らし、大きく息を吸い込んだ。そしてそれは放たれた。
「ぶるあああああああああああああああああ!!」
その喉から放たれた咆哮に文字をつければこんな感じになる。字面こそ間抜けではあったが、それと同時に放たれた力は洒落では済まない。《エクスカリバー》の船体が大きく傾ぎ、アルベルト達は危うく墜落するところだったのだから。
「《勇者》よ。此度の戦いぶりと勇猛さに免じてその妄言を許してやろう。余の首が欲しくば、我が《聖邪の衣》を破る術を探すがいい」
試しに一発撃ち込んでみろとばかりに腕を広げたので、アルベルトは一応言葉に甘えて《アポカリプス》を展開して放つ。しかし山をも吹き飛ばす重力砲はアムドゥシアスの肉体に届く前に儚く霧散した。それに応えるように他の仲間達も攻撃を仕掛け、リリィも《エクスカリバー》の主砲を発射したが全て防がれた。
「よく分かったであろう?引き上げろ!!」
去って行く魔族達を追撃する元気もなく、アルベルトは言葉少なく負傷兵の救護を指示してその場にへたり込んだ。
その後、夜が明けてようやく全ての負傷兵の治療が終わった。
「ドワーフ、リザードマン共に僅かであるけど死者が出たわ。人間の方も元北の兵士を中心にかなりやられたわね」
「分かった。盛大に弔うよう伝えておいてくれ」
食堂で顔を見かけたものの、2人だけで話した事のない者達だったがそれでも顔見知りの死はアルベルトの心を十分過ぎる程に傷つけた。
「アル……貴方は」
「気休めは言わなくていい。セーラ、俺の理想が余りにも馬鹿げてるって事は俺自身が1番よく分かってる。だから……何も言わないでくれ」
「……そう」
セーラは何も言わずにアルベルトを後ろから抱き締め、彼の手が白くなる程に握り締められている事も気付かないふりを続けていた。
「あ、あのー。アル様?」
「サリか?入ってくれ」
サリがドアを開けるのより一瞬早くセーラは元の位置へ戻った。やましいどうこう以前に、他国の大使が一国の代表に抱きついているというのは余りよろしくないからだ。
「多分魔族だと思うんですが、男の人が1人アル様に会いたいと来ています」
「このタイミングで魔族?他には」
いないと首を振るサリに、アルベルトとセーラは当惑して顔を見合わせた。
「ともかく会って見よう。応接室を準備してから通してくれ。俺達もすぐに行く」
「はい」
一礼して部屋を出て行くセーラを見送り、アルベルトは息つく暇もない有様に少しばかり溜息をついた。
応接室に入ると、そこには長身の青年が暢気にサリが淹れた紅茶を啜っていた。頭の角と縦に割れた瞳孔を気にしなければ美丈夫と呼んで差し支えない男だろう。
「お待たせして申し訳ない。《逆十字聖騎士団》の団長、アルベルト・クラウゼンだ」
「魔王ルキナの名代として話をしに来た。キルト・ローウェン」
魔王を名乗る者が他にもいる事を怪訝に思うが、キルトと名乗った魔族はとうにお見通しだったらしい。アルベルトは一礼して着席し、その傍らに書記としてシャロン、護衛として小春がついた。
「魔界といえど魔王1人の絶対君主じゃないぞ?人間と同じように幾つかの領土に分かれ、それぞれ統治する王がいる。魔王なんて名はそっちが勝手に付けただけだろうが」
「まあ、言われてみれば確かに。気に入らないなら少なくとも《逆十字聖騎士団》としては詫びを入れて改める用意があるが」
「気にしなくて良い。同じ王では人間と同列だと嫌がる魔族も多かったし、結果論ではあるが魔王という単語は魔界でも好意的に受け入れられているからな」
何とも難儀な話である。キルトは軽く笑い、紅茶を一口飲んでからソーサーに置いた。
「こちらも余り余裕のある身ではないのでな。美しい女性を肴に四方山話に興ずるのも悪くないが、それはまたの機会だ」
「……」
どう来るかが読めず、アルベルトは思わず身を乗り出した。
「単刀直入に言おう。俺が仕えている魔王ルキナと手を組み、魔王アムドゥシアスを倒さないか?」
「……はい?」
思わずアルベルトの口からそんな間の抜けた声が出たのを、誰が責められようか。それくらい目の前の青年が告げた言葉は予想外だったのだ。
「意外に思うかもしれないが、魔族同士にも争いや諍いに領土の奪い合いは絶える事がなくてな。魔王ルキナ……というより父親の魔王フェネクスは元々が人間との共存を掲げるハト派の魔族だった。対してアムドゥシアスはお前達も見ての通りの男だ。まあ奴の場合は人間のみならず力の弱い魔族も対象だがな」
紅茶を飲み干し、キルトは正面からアルベルトを見据えた。
「魔王ルキナの言い分はよく分かった。確かに魔王アムドゥシアスは共通の敵だし、協力する事も俺個人としては吝かでない。あんたの意見はどうなんだ?キルト」
「俺か?俺はインキュバスだからな。人間の女が皆殺しにされると飯の種がなくなって困る」
インキュバスと聞いた途端にシャロンと小春が顔色を変えて立ち上がった。対するキルトは気にした風もなくひらひらと手を振った。
「俺はこれでも食事にはうるさい方なんだ。咲きかけの蕾を手折るのは流儀に反するから安心してくれ」
「……何なのかしら。ほっとしている反面、露骨に子供扱いされて釈然としないこの感覚は」
キルトは「さもありなん」と肩を竦めた。対する小春は複雑そうな顔をして席に座り直した。
「正直なところ、俺達の手元には《聖邪の衣》を破る方法がある」
「本当か!?」
「それは確実だ。だがその為に必要なファクターが半分しか揃っていない」
小春とシャロンも驚きに目を丸くして言葉を待った。
「……ちょっと待っててくれ。サリ、急いでオリーヴを此処へ」
「あ、はい。分かりました」
ぱたぱたと走り出すサリを見送り、アルベルトは間を持たせるのも込みで紅茶を啜った。
「ほな改めて問うわ。あんたは魔王アムドゥシアスの《聖邪の衣》を破る方法を知ってるんやな?」
「その通りだ。しかしまさか、人間に魔眼使いがいるとは思わなかったぞ?いや、大分薄れてはいるが元は同族か」
オリーヴの『嘘を見抜く目』を受け、キルトは感心したように言った。
「あ、アル達には言ってなかったっけ?うちの家、先祖は魔族らしいんよ。まあそもそも魔眼なんて扱うんは魔族の領分やしな」
「そうだったのか。でも今は些細な事だ。オリーヴ、彼の嘘は?」
「ないな。少なくとも本人は『倒せる方法』と思ってるもんを知ってるんは確かや」
オリーヴの答えにキルトは片眉を跳ね上げる。
「納得して貰えたなら話を進めよう。俺達の手元にないファクターだが、それは《勇者》が協力してくれればすぐに手に入る」
「それが何なのかは教えてくれないのか?」
「まだ協力するとも言っていない相手に虫が良いと思わないのか」
にべもなく言われ、アルベルトはそれもそうだと納得してしまった。
「それもそうだな。なら少し相談してきたいから待っていて貰えるか?何なら退屈凌ぎに艦内を見て回ってくれて構わないが」
「少しでも信用を稼ぎたいからな。大人しく部屋にいさせて貰う」
笑って言ったキルトに頷き、アルベルトは一旦退出した。
「……という訳だ。皆の意見は?」
別の会議室に集められていた各種族の代表は一様に顔を見合わせた。
「私から特に反対する事はないわ。こちらの最大火力であるアルの砲撃が効かなかった以上、対抗策は大急ぎで練る必要があるのだしね」
セーラが頷き、セルヴィもそれに追従するように口を開いた。
「アル、《ユグドラシル》の意見も聞いて見ます?」
「そうだな……って俺の質問権は」
「……テュポーンとヒューベリオンを配下に加えたでしょうに」
決して忘れていた訳ではないのだが、此処最近忙しくて記憶から抜けていたらしい(人それを忘れていたと言う)。
「では始めます」
セルヴィは《ユグドラシル》と接続し、精霊ミューズを表に出した。
「お久しぶりですね、アルベルト・クラウゼン。新たに2体の帝竜を配下とした事により、二度の質問を認めます」
「ではまず、魔王アムドゥシアスが持つ《聖邪の衣》を破る方法を教えてくれ」
ミューズの瞳が輝き、彼女は言葉を告げた。
「質問に答えます。《聖邪の衣》を破るには神剣と魔剣の同時攻撃、即ち光と闇の力を同時に叩き付ける他ありません」
「神剣は《エクスピアティオ》の事だとして、じゃあ2つ目の質問だ。その魔剣は何処に……そうか!」
質問を告げる前にアルベルトはピンと来た。さっきキルトは何と言った?《聖邪の衣》を破るファクターの内、自分達は半分しか持っていない。そしてもう半分は《勇者》が協力すればすぐにでも手に入る。その答えが導く先にあるのは1つだ。
「2つ目の質問は保留にしておく。答えは分かったからな」
「そうですか。では用がある時は何時でも御呼び下さい」
ミューズが引っ込み、セルヴィが戻って来て会議は再開した。
「では決を取る。魔王ルキナとの共同戦線に賛成の者は挙手を」
反対の手はなかった。
応接室に戻ると、キルトは部屋の中にある調度品を眺めていた。
「待たせて申し訳ない。そちらの申し出、喜んで受けさせて貰おう」
「それは重畳。ではこの報せを持って俺は一旦戻り、明日にでも軍を率いて来よう」
アルベルトとキルトは握手を交わした。《勇者》と《魔王》が力を合わせるという前代未聞の作戦が此処に展開されようとしていた。
「コハルさん」
「何、シャロン?」
小春にシャロンが少し興奮したように言った。
「私達、もしかしたら歴史的瞬間にいるのかもしれませんね」
「そうね。アルなら本当に、世界を変えてしまうかもしれないわ」
信じていない訳ではない。だが途方もなさ過ぎて感覚が追いついていなかっただけなのだが、それが今ようやく実感を持って来た。
翌朝。キルトは約束通り魔王ルキナと彼女が率いる魔物の軍勢を連れて戻って来た。
「勇者殿、お初にお目にかかるの。魔王として魔界の領地を統治しておる、ルキナ・ヴァゴルと申す」
「《逆十字聖騎士団》を預かるアルベルト・クラウゼンだ。此度の共同戦線の申し入れ、誠に感謝する。魔王殿」
握手を交わし、2人は互いに笑い合う。リリィと同じくらいに小柄なルキナだが、不思議と波長が合う気がしてならない。
「うむ!そなたが新たな《勇者》なのじゃな?願わくば今後も良い付き合いをしたいものじゃ」
「そうだな。聞けばそっちも異種族の共存を望んでいるとか」
ルキナは小さく「兄上め」と呟き、頷いた。
「いかにも。妾は純粋な魔族ではなく、人と魔族の混血。妾の存在そのものが人間と魔族は共に生きる事が出来るという証明であろ?」
「言われてみれば確かに。では改めてよろしくお願いする」
今度は軽く拳をぶつけあう。
「では信頼の証として、お主には我が名を預けよう。今後はルキナと呼び捨てにするが良い」
「なら俺も勇者殿はいらん、アルで十分だ」
「うむ、よろしくなのじゃ。アルよ」
此処に《勇者》と《魔王》の協力が約束された。かつてアーサーがやらなかった事を、また1つアルベルトは成し遂げたのかもしれない。
魔王アムドゥシアスの居城。そこで彼は静かに酒を注いだグラスを揺らしながら玉座に座っていた。
「個の武を極めた《勇者》との戦いも中々に血沸き肉踊ったが、今度の《勇者》は群れの武を持つか……くくく、面白い」
傍らにはアムドゥシアスの封印を解いた女が立っていた。
「しかし貴様が余の前に現れるとは思わなかったぞ?モリガン、メロディアよ」
「何を仰いますか魔王様。我が君、我が主」
「世辞はよせ。余が貴様の母を殺した事で恨んでいるのは知っている」
メロディアと呼ばれた女性の種族はモリガン。サキュバスの一種だが、強い戦士を好み気に入った戦士に必勝の加護を授けるとされている。メロディアの母は魔王アムドゥシアスを気に入り必勝の加護を授けようとしたが、それが彼の逆鱗に触れて殺されるという何とも言えない最期を遂げていた。
「異な事を。私達モリガンは強き者を求めます。魔王様以上の者がこの世にいると?」
「いるかもしれんぞ?だからこそ戦いは愉しく、心踊るのだ」
弱者は不要。それは即ちアムドゥシアスが気に入った対戦相手以外は生きるに値せずという事でもある。
「では見届けさせて頂きます」
「うむ」
酒を煽り、アムドゥシアスはその場を立ち去る。その背中を見送り、メロディアは自分の体を抱き締めて艶のある息をついた。
(さあ、見せてアルベルト・クラウゼン。貴方が真に私の加護を得るに値する器かどうかを……!)
人と異種族の調和する世界。なるほど確かに結構だ。だがその生き様から魔界でも疎まれる事の多いサキュバスという種族に生まれたメロディアは、アルベルトの理想が絵空事にしか思えなかった。だからこそ見てみたい。絵空事と分かっていながら、それでも戦い続ける男の真価を。
続く




