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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第三十楽章 交わらない者

アルベルトはすぐさま宰相であるカルロスと次期国王であるエミリオに連絡を取り、《エクスカリバー》が《中央》の真上を通る事の許可を取り付ける。この世界ではまだ航空技術が発達していない(精々空を飛ぶ魔獣の類を飼い慣らして騎乗するくらい)為、その辺の法整備はまだである。しかし今回の場合国が丸ごと別の国を通過するので、流石に一応でも挨拶は必要だというコルトンの意見であった。


「友情って大切だな。そうは思わないか?」


二つ返事で了承してくれたエミリオの事を思い出し、アルベルトはしみじみと言った。


「そうね。本当の意味で、心の底から友と呼び合える相手がいる事は幸福。お母様がよく言っていたわ」


セーラも微笑んで頷く。騎士の誓いを立てて以降、セーラはアルベルトの半歩後ろを歩こうとしていた。そこはアルベルトが「騎士になったとはいえ、友達でもあるんだから今まで通りにしてくれ」と頼み込み何とか今まで通りの立ち居地にいる。


「勇者殿。直にヴィーヴィの案内するハルピュアの森に到着しますが、如何なさいますか?」


「怪我をしているハルピュアも多いだろうから、治癒魔法に長けたエルフをそうだな……10人程準備させてくれ。ハルピュア狩りに勤しむ馬鹿共が戻って来ないとも限らないし、白兵戦要員としてバレリアとマオに準備させておけ。それからバズバに森林戦に慣れた奴を数人選んで出撃準備するよう指示を」


艦長席に座ったまま指示を出し、アルベルトは背後の小春を振り返った。


「小春も頼めるか?」


「ええ。任せておいて」


ドラグニウムを使用し、ミスティとナオとフランシスカの3人が力を合わせて強化改良を施した錫杖を持った小春は自信有り気に微笑んだ。


「アル様アル様!一大事です!!」


バタバタとサリが飛び込んで来た。トロッコを使わず全力疾走してきたのか、顔は汗だくでメイド服も体に張り付いてとんでもない事になっていた。


「どうしたサリ?」


「風の中に血の臭いです!風向きからしてハルピュアの森で今現在物凄い量の血が流されてます!」


その瞬間アルベルトは決断した。


「指示に変更!小春とバレリアとマオは俺と一緒にリンドヴルムで先行、ハルピュアを害する連中をぶちのめすぞ!!」


「待ってアル、私も行くわ」


あくまで《中央》から派遣された大使であり、《逆十字聖騎士団》の正式な一員ではないセーラにはアルベルトの指示を聞く義務はない。なので作戦の参加は常に彼女が自分から言い出す事になっていた。尤も、セーラがアルベルトと行動を共にしなかった事など一度もないのだが。


「分かった。よろしく頼むぞ」


擦れ違いざまに「我が騎士マイン・リッター」と少しからかうように告げられ、セーラは薄く頬を染めながらも「仰せのままに、我が主よ」と返して逆にアルベルトを慌てさせてみせた。


「それ以外のエルフとリザードマンに対する指示に変更は無い。全員すぐさま準備にかかれ!」


『了解!!』


艦内放送で指示が飛び、俄かに騒がしくなる。アルベルトはミスティ達の工房で《エクスピアティオ》を受け取ってから甲板に飛び出し、リンドヴルムを召喚した。










ヴィーヴィを道案内にアルベルト達は空を駆ける。少し開けた広場にリンドヴルムを着陸させ、ハルピュア達が営巣している区域に突入した瞬間それは目に飛び込んだ。


「っ……!」


まだ年若いどころか幼いと言える、腰から両断されたハルピュアの死体。恐怖に大きく見開かれた瞳のまま事切れており、まだ飛ぶ事は出来なかったであろう翼と薄い胸を覆う羽は力任せに毟られて血が流れていた。


「怖かったね……痛かったよね……」


小春は跪き、そっと涙に濡れた瞼を閉じてやる。木々のざわめきに紛れて聞こえる甲高い声はハルピュアの悲鳴かもしれないとアルベルトは走り出した。


「くそったれが……!」


足を進めれば進める程に増えていくハルピュアの死体。木から引き摺り下ろされて壊された巣と潰れた卵。その全てがアルベルトの神経を逆撫でし、怒りが全身を満たしていく。


「アル、あそこだ!」


バレリアが指差した先で、1人の少年が1体のハルピュアの髪を掴んで刀を振り上げていた。


「うおおおおおおおお!!」


《アポカリプス》を呼び出し、狙いを定めて引き金を引く。放たれた重力砲は少年を掠め、彼の意識をこちらに向ける事に成功した。


「あれ、同業者?余り集団で来られると取り分減って困るんだけどな」


「ふざけんな!俺達はハルピュアを守りに来たんだよ!!」


武器を《アポカリプス》から《エクスピアティオ》に、更に《レーヴァテイン》を呼び出して身構える。だが少年はせせら笑うように口元を歪めた。


「守る?養殖でもしようっての?」


「何だと!?」


「適当に増やして狩ってまた増やす。簡単でしょ?」


何を言っているのかを理解出来た瞬間、アルベルトの脳裏で何かが切れる音がした。


「俺をお前みたいな外道と一緒にするんじゃねえ!」


その言葉を皮切りに追いついていたセルヴィが矢を放つ。完全な不意打ちだったにも関わらず少年は軽く首を捻ってそれをかわした。


「ふーん、森に紛れた狙撃手か。だったら燃やしちゃおう」


「は?」


少年が手を振った瞬間森が燃え上がった。木々に紛れて姿を隠していたエルフ達が火傷を負いながら転がり出し、逃げ遅れたハルピュアが火に包まれて墜落する。


「お前……!」


「あーあ、何て事してくれてんだか。おのれ等が不意打ちなんてするから僕はこんな手を取らざるをえなくなった」


「ふざけんな!お前がやった事だろうが!!」


バレリアが怒りに牙をむき出しながら吼える。だが少年は涼しい顔で足元のハルピュアを蹴り上げた。


「確かに森を焼いたのは僕だ。でも……此処にいたのが僕じゃなかったらこうはならなかったと証明出来るのかな?」


「は……?」


一瞬何を言われたのか分からず、アルベルトは怒りも忘れて当惑する。だがセーラは不快気に吐き捨てた。


「悪魔の証明?育ちが知れるわね」


「な、なあセーラ。悪魔の証明って何だ?」


「いるかも分からない物をいないと証明するのは難しいって話よ。悪魔がいると証明するなら、悪魔を連れて来ればいい。でもいないと証明するのはほぼ不可能に近いってね」


理解出来た。その瞬間頭が沸騰した。


「完全に詭弁じゃねえか!」


「そうよ。彼は随分とこれがお気に入りのようだけど、所詮は『反論され難い詭弁』に過ぎないわ。そんな物に頼っている時点で育ちの程度も器の浅さも知れるってもんね」


セーラは剣を抜き、一歩前に出た。


「こんな下賎の屑相手にアルが戦う事はないわ。貴方の剣にはミスティ達の気持ちと祈りが込められている、あの小物を斬ったら刃が腐ってしまうわよ」


一瞬アルベルトは止めようとしたが、その言葉は口から出る事はなかった。思わず言葉を飲み込んでしまう位にセーラの背中は怒りに燃えていたからだ。


「私も一緒に戦う」


小春が錫杖を構え、一歩前に出た。彼女の表情も厳しく、本気で怒っている事がよく分かった。


「お願いアル。こいつだけは私達にやらせて」


「いいのか?」


「ええ。というより、貴方がこいつと戦うのを見たくないの」


セーラは剣と盾を構え、じりと間合いを詰める。


「アルはハルピュア達を救出する陣頭指揮を執って。私達なら大丈夫だから」


「……死ぬなよ」


どんどん燃え広がる森の火を何とかすべく、アルベルトはそれだけ言い置いて走り出した。


「図らずも2人で戦う事になったわね、コハル。やるわよ」


「分かってるわセーラ。行きましょう!」


少年は嘲笑うように顔を歪め、刀を構えた。


「泣かせるねえ、小奇麗だねえ……そういうおのれ等みたいな女を泣かすのって楽しいんだよね。何せ僕ってドSだし」


「知った事じゃないわ。アルが進む道にお前のような俗物は不要よ、消えなさい!!」


セーラは剣を構えて走り出し、小春もその後に続く。少年は笑みを浮かべたまま、刀を構えて迎え撃った。










アルベルトは氷結魔法を得意とするエルフやドワーフ達に指示を出し、消火活動に従事していた。サリにはひとっ走りセントラルまで応援を要請に向かって貰い(万一に備えてコルトンが用意するよう進言した手紙も持たせてある)、バレリア達リザードマンには怪我をして飛べないハルピュアを《エクスカリバー》まで運ぶ役目を任せていた。


「くそっ!あのゲスチビ、どんだけ広範囲を焼きやがったんだ!?」


空から延焼具合を確認したヴィーヴィの報告(セルヴィが通訳した)によれば火はかなりの勢いで燃え広がっており、いっその事燃え尽きるのを待ったほうが早いんじゃないかというレベルらしい。


「消火……確か水をかける、泥を被せる、燃え尽きるのを待つ、爆薬を投げ込んで爆風で消す……」


(おいアルベルト)


声をかけてきたのはテュポーンだった。


「テュポーン?何か名案か?」


(うむ。我輩のくれてやった《コアトリクエ》を使い大地を隆起させよ。土の壁を作り森を囲めば、これ以上の延焼はあるまい)


「それは俺も考えたさ。でもその為には延焼の状態がどの様なものかを正確に把握し、かつ迅速に大地を動かす必要が出て来るだろ?リンドヴルムを召喚しながら《コアトリクエ》を装備する事が出来ない時点で、話がかなり頓挫してるんだが」


これからずっとハルピュアを《エクスカリバー》で保護する訳に行かない時点で、この森の保全はかなり高いレベルで優先される。それが分かっているからこそ、アルベルトはセーラと小春の事を一旦置いといてでも考えなくてはならなかった。


(この様な形で機会を得るとは甚だ不本意ではあるが……やむをえん。我輩も召喚に応じよう)


「テュポーンがか?」


(然り。我輩を召喚し、《コアトリクエ》と同調すれば目で見ずとも大地のあらゆる情報を同時に理解し制御出来る。リンドヴルムに乗って地道に確認するより余程手っ取り早いだろうな)


そう聞いてアルベルトに躊躇する理由など無い。ヒューベリオンをも友に加えた状況は、アルベルトという少年を底抜けの怖いもの知らずへと変えていたのかもしれない。


「我が意に従い、我が声に応えるべし!」


《コアトリクエ》を呼び出し、アルベルトは燃え盛る大地に己の全てを叩き込む。


「それは雄大にして崇高なる大地の記憶。この日この時、解放を望むならば応えよ!」


地面が揺らぎ、まるで大陸そのものが揺れているような錯覚すら覚える。その中でアルベルトは声を張り上げた。


「その名は鳴動竜テュポーン!我は汝の鎖を手繰り、大地の抱擁を希望へと変える者……アルベルト・クラウゼン!!」


咆哮が轟き、四足の竜が召喚された。頭の両側から前に捻れた角と、下顎から伸びる角を持ち全身を鱗で覆われた重戦車のような竜であった。


(我が鳴動をもって汝の契約に応えん!)


アルベルトはテュポーンの頭に騎乗し、《コアトリクエ》を構えて意識を集中させる。頭の中に閃いたヴィジョンに従い力を解き放つと、まるで城砦のように壁が持ち上がり火を遮断した。


「概ね成功といったところか」


(そうだな。後は少しでも多くハルピュアを救出する事だ)


アルベルトは感謝を込めてテュポーンの頭を撫で、背後を振り返った。


「さっきのヴィジョンで小春達の戦いも見えた。助けに行くぞ」


(やれやれ。あの娘達も大口を叩いてこれか)


「小春達が弱いんじゃない。あのチビが下衆過ぎるんだ」


(……まあいい。我輩とてあの小童は気に食わん、踏み潰すのも一興だろうて)


ハルピュア達を抱えて壁を駆け上るバレリアを見送り、アルベルトは後の指揮をセルヴィに任せてテュポーンを走らせた。









一方小春達。ヤズミと名乗った少年との戦いはかなりの苦戦を強いられるものであった。何しろ魔法の詠唱を必要とせず、卓越した剣術と組み合わさる事で恐ろしい強さを発揮するようになっているのだ。


「炎の矢!!」


「てああああああ!!」


セーラが斬りかかり、小春が後ろから援護する。普段はアルベルトとやっている連携だが、セーラはアルベルトと戦闘スタイルが被っている為同じように応用出来るのだ。


「ふ……っ!」


ヤズミが地面に手を当てると、土が杭のように突き出し足元からセーラ達を強襲する。セーラは余裕で回避するが、その次にヤズミが短距離転送で懐まで飛び込んできたのは完全に予想外であった。


「えっ!?」


腕を掴まれそうになり、セーラは直感的に襲い来る悪寒に突き動かされるままに飛び退いた。


「へえ、これが分かるんだ?」


ヤズミは石を拾い上げ、手の中で分解してみせた。


「……錬金術?」


「さあね。手札をいちいち説明してやる程馬鹿じゃないし」


なるほど、とセーラは内心でヤズミに対する評価を修正した。人格的には如何に劣悪かつ外道であれど、戦闘スキルとそれを使いこなす技量は紛れもなく天才の域であると。


「貴様に対する評価を改めるわ。此処で確実に仕留めないと、後々面倒な事になる相手としてね」


「そりゃどうも!」


再び転送。今度は何処かと気配を探った瞬間、小春の背後に殺気が渦巻いた。


「コハル後ろ!」


「っ!」


咄嗟に小春は前に跳ぶが、その瞬間ヤズミは前に転移して回りこむ。彼の手が小春の首を捉えた瞬間、閃光が走りその手が炭化して崩れ落ちた。


「え……」


「ぐああああ!?」


小春の首には炭化した手の灰がこびり付いているものの、一切の外傷はない。ヤズミは初めて苦痛と驚愕に顔を歪め、肘まで無くなった右腕を押さえて下がった。


「コハル、今何をしたの?」


「何も……私、何もしてないよ……」


「く、くくくく……」


ヤズミは狂ったように笑い、右腕を押さえたまま小春を見た。


「そうか、おのれがそうだったんだ……気が変わったよ。僕がおのれを手に入れる、必ず!」


そう言い捨ててヤズミは消えた。アルベルトがテュポーンに騎乗して飛び込んで来たのは丁度その時であった。









その後。カルロスが派遣してくれた魔法部隊との連携で火は何とか消し止められ、ハルピュア達もかなりの被害を出したものの何とか全滅する前に救出する事には成功した。エルフ達も火傷を負って医務室に担ぎ込まれた者は多数であるが、こちらに死者は出なかった。


「しかし肝心の下手人は逃がした。これが後にどう響くか、ですな」


「ああ。とはいえセーラの話通りなら奴は小春に狙いを定めた。黙っていてもそのうち向こうから来るだろうな」


私室の椅子に座り、アルベルトは頭痛を堪えるように米神をぐりぐりとやりながら言った。コルトンは直立不動のままで報告を続ける。


「それと、今回の件で傭兵団の団長から謝罪会談の申し入れが来ております」


「明日にしてくれ。今日はもう他所の誰とも会いたくない」


「了解しました」


残った書類を手早く決裁し、提出用の箱に全て放り込むとコルトンは満足気に頷いた。


「では今日の執務はここまでとしておきましょう。夕食なり入浴なり済ませてきて結構です」


「助かる。コルトンもお疲れさん」


退出するコルトンを見送った後、アルベルトも軽く伸びをしてから部屋を出た。


「……先に小春の様子を見ておくか」


小腹は空いたし、自分の体も衣服も何処か焦げ臭いが今は後回しだろう。女性の部屋を訪ねるのに灰臭くて良いのかという気はするが。








「小春、今良いか?」


部屋をノックすると、小さく「いいよ」と聞こえたのでドアを開けて中に入った。


「すっかり和室になったんだな」


部屋の改装は各人に一任されているので、小春の部屋は《東国》風の畳と座布団に卓袱台といった構成になっていた。寝具は隅のほうに畳まれた布団だろう。


「あのさ……」


「何も分からないの」


小春はアルベルトの言葉を遮るように言った。その瞳は恐怖と当惑に揺れ、普段の優しくも凛とした強さは見当たらない。


「どうして私にあんな事が出来たのかも、どうして今になって発動したのかも」


「どれ」


アルベルトは特に大した危機感も抱かずに小春の頬をつついた。不思議と大丈夫だという確信があったのもあるが、それ以上に今の小春を放置したくなかった。


「あ、アル駄目……!」


「何ともないぞ?」


炭化するどころか、普通に小春のすべすべした柔らかな肌を堪能している自分の左手を見つつアルベルトは言った。


「仮説だが、あれって防衛本能の暴発じゃないか?小春はあのチビに触れられたいとは思わなかったんだろ?」


「う、うん」


こくりと頷き、小春は肯定した。


「だったらきっとその感情が理由だ。もう起こらないさ」


「どうしてそう言い切れるの?」


「前に言っただろ?俺が守る、それだけだ」


小春が触れられる事を拒むのであれば、彼女が拒む全てから守り抜く。増長と言われようとも、今のアルベルトにはその力があるのだから。


「俺は皆の助けで此処まで来れたんだ。なら皆を守るのは当然俺の役目だろ?俺が《勇者》を名乗ったのは全てを守り抜く為、だから小春の事を守ったって良いと思う」


「アル……」


「挫けるなとは言わない。でも1人で抱え込むなよ?俺を小春が受け止めてくれたみたいに、此処には小春を受け止めてくれる仲間は大勢いるんだ」


小春は泣き笑いの顔になりながらも目元を拭い、微笑んでアルベルトを見上げた。


「アルも受け止めてくれる?」


「小春がそれを望むのであれば、な」


小春の髪に触れ、アルベルトははっきりと頷いた。










その後、疲れが出たのか眠ってしまった小春を布団に寝かせたアルベルトは自分の用事を済ませるべく食堂へ来ていた。


「あ、おーいアル!」


「織江も夕食か?」


鶏肉の唐揚げをぱくつきながら手を振る織江に気付き、アルベルトは自分の分を受け取ってその向かい側に座った。


「小春は?」


「寝てる。今回の件、かなり参ってるみたいでな」


だろーねー。と返しつつ、織江はスープを飲んだ。


「小春との付き合いは長いんだろ?今回みたいな事の兆候はなかったのか?」


「それが全然。小春はあの性格だし、村でも皆に好かれてた上に誰かを拒絶するって事をした事ないのよ」


それはまた凄い事だと思いながらアルベルトは切り分けられたパンを手に取った。


「実際近所の子供達の間じゃ、小春を取り合って男と女に分かれて戦争みたいになった事もあるしね」


「世紀末だなおい」


子供達が姉を取り合って戦争など目も当てられない。


「それと関係あるかは分からないけど、小春が生まれた年に村を訪れた詩人が謡った歌があるの」


「何だそれ?」


織江は残った唐揚げを口に入れ、咀嚼して飲み込んでから口を開いた。


「光満つる場所で生まれし娘 白き肌に太陽を宿し 澄んだ瞳に星を宿し 総身に満ちたる力は尽きる事を知らず 心を捧げし者へ愛と共に無限の力を与えん」


「……」


随分と大仰な歌もあったものだとアルベルトは半分くらい呆れていた。


「何の事かさっぱりでしょ?村の大人に訊いても皆教えてくれなかったしね」


「そうか……」


アルベルトは考え込む。もし何かを探るのであれば、今から《東国》へ進路を取るべきだろうかと。


「……いや、一旦学園に戻ろう」


「あれまどして?何時ものアルなら間違いなく《東国》へ乗り込んでると思ったんだけど」


織江の言も尤もであるが、アルベルトは首を振った。


「幾ら課題を全部こなしてて留年の心配が無いとは言え、俺達の本分は学生だからな。それにその歌と合わせて先生達に訊きたい事もあるし」


「あ、そっか」


納得した様子の織江に笑い、アルベルトはパンにバターを塗って頬張った。












同じ頃。焼け落ちたハルピュアの森に1人の女が降り立った。先端に行く程赤へ変わっていく群青色の髪を長く伸ばし、頭には山羊を思わせる角。男を惑わせずにいないであろう豊満な肢体を水着のような衣服で惜しげもなく晒し、背中からは蝙蝠を髣髴とさせる巨大な羽を広げた女である。


「ふふ……まさか此処までこの地を無垢な血で染めてくれるとは。やはり人間とは愚かなものね」


木々が燃えてぽっかりと広場になった場の中央に向かい、そこで彼女は己の左腕に右手の爪を食い込ませた。手首から滴り落ちる血が地面に滲み込みおどろおどろしい空気が溢れ出るのを女は恍惚とした表情でうっとりと見つめた。


「ああ……っ!喜んで下さるのですね?無垢なる血と共に私の魔力を召し上がり、どうか今こそ目覚め下さい!我が母の命を喰らいし魔王、アムドゥシアス様!!」


広場全体に魔力が満ち溢れ、爆発的な勢いで噴き出した。













               続く

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