第二十四楽章 それが求めたもの
燃え上がる《ガイスト》を《エクスカリバー》の主砲・超重粒子加速砲を使って跡形もなく消し飛ばし、戦った者達の休憩の為に《北国》の南方まで移動してから停泊する事となった《エクスカリバー》の艦内をアルベルトは歩いていた。
「マジでやったよセーラの奴……」
他のクラスメートとは違い、あくまで《中央》の戸籍を残し特命全権大使として《エクスカリバー》に乗艦しているセーラ。彼女は艦内の一室(奇しくもアルベルトの部屋の隣である)を大使館として借り受け、その旨を記した看板を扉の隣にかけていた。
「とりあえず艦内の地理はある程度でも把握しとかないと、やっぱ拙いよな」
ナオから地図は貰っているものの、武装区・各居住区・ブリッジ・甲板の区域を行き来するのにトロッコを使用する為中々に難しい。因みにアルベルトの現在位置は人間居住区(その他エルフ、ドワーフ、リザードマン等の居住区と種族の違い無関係に交流する為の共通区画が存在している)の自室前である。
(しかしさっきから気になってるんだが、何で通路の至るところに水路があるんだ?)
サラマンダーの疑問も尤もであるが、アルベルトはナオから話を聞いていた。
「この水路は人魚が合流した時に使って貰うんだとさ」
(へー)
人魚と言えば、アルベルトの左手に今は腕輪の形状で装着されている手甲をくれたマーリスを思い出す。あの地底湖で会って以来何処で何をしているのかも分からないが、元気にしていると良いと考えながら彼は移動用のトロッコに乗り込んだ。
途中で小春と合流してからブリッジに行くと、当直として周辺の警戒を行っているエルフの青年以外は誰もいなかった。
「これは勇者殿」
「勘弁してくれよ。俺の事は銅像か干物とでも思って気にせず仕事をしてくれ」
席を立って礼を取る青年に苦い顔をしつつ、アルベルトは改めて艦長席に座ってみた。
「……やっぱ俺には勿体無いか?」
「駄目よそんな事言っちゃ。折角ナオちゃんが作ってくれたんだから」
「分かってるがなぁ。小春も分かるだろ?この艦、使い方次第で世界を取れるぞ」
少なくとも科学の領域では最も優れていた《北国》の遠征艦隊をここまで手玉に取れたのだ。唯制圧する為に砲撃をドカドカ撃つだけで良いのであれば、全ての戦争に勝てるとすら思えてくる。
「とりあえず、明日帝都に殴り込みをかけてミスティの家族を救出する。それが終わったら一応《西国》の方にも挨拶してから学園に帰るか」
「そうね……ところで、アル」
「何だ?」
小春は艦長席の傍らに立ち、アルベルトの顔を覗き込んだ。
「これからどうするの?独立国家を建てたのも、《勇者》を名乗ったのも全部ミスティの為。じゃあその後は?」
「そうだな……全然何も考えてなかった」
ずるりと小春がズッコケた。
「ある意味じゃ《勇者》になるのが目的みたいなもんだったからな。《ウロボロス》の連中と戦わなくちゃならないのも確かだが、結局はそれだって人間の範疇を出ない奴等だ」
確かに《勇者》を用意して全ての種族を束ねる程の相手(というか七帝竜を出張らせる程の相手)とも思えないのは小春も同感だった。
「さっきね、セルヴィちゃんとも話してきたの。理由がどうあれ《勇者》を名乗る者が現れ、その力を振るったのであればそれは大きな試練の始まりなんだって言ってたわ」
「ぞっとしないな。自分で言っておいて何だが、《ウロボロス》が可愛く思える位のヤバい奴が出て来るって事か?」
動かない右手を目の高さまで持ち上げ、アルベルトはそこに眠る竜の中で未だに沈黙を保つアレキサンダーとバハムートの事を考える。ヒューベリオンがこの扱い難さなら彼等はどれ程のものかと思った矢先、小春の手がそっとアルベルトの右手を包み込んだ。少しひんやりとした柔らかな感触が心地良い。
「大丈夫よ。確かに地力ではアルどころかケーナちゃんにも勝てないけど、それでも一緒に戦うから」
「……小春は凄いな。不思議と大丈夫って気になるんだから」
握り返してやれない自分の右手を少し恨めしく思いつつ、アルベルトは艦長席の背凭れに体重を預けた。
「あの、勇者殿」
「だからそれやめろっつのに。何だ?」
ヘッドホンを使い周囲の警戒に従事していたエルフがこちらを振り返った。
「真下の海で何か騒ぎが起こっているようです。モニターに出します」
映し出されたのは夜の海。そこに一艘の漁船が浮かび、甲板で船員が何やらもめていた。
「あれは!?」
もめている内容は定かでないが、彼等の前に横たわっているのは網にかかった人魚だった。
「こうしちゃいられない!すぐに降りるぞ!」
「え、あ、ちょ、アル!?」
《エクスカリバー》はその巨体故、下手に離着水すると周囲に甚大な被害を及ぼしかねない。その為外に出る時は小型飛行艇を出して出入りするのだと教えられていた。
「あ、アル何処行くん?」
「オリーヴ?下のほうで人魚を捕まえた漁船がいたんで、何とか出来ないかと」
「せやったらうちも行くで。多分アル1人で行くよりええやろ」
確かにアルベルトが得意なのは交渉よりも戦闘だ。漁師を皆殺しにして人魚を救うならまだしも、穏便に解決するならオリーヴにいて貰ったほうが良いだろう。
「分かった。一緒に来てくれ!」
ドワーフの青年(と言っても身長はアルベルトの腰辺りに頭が来るが)の操縦する小型飛行艇に乗り、アルベルトとオリーヴは漁師達の乗る漁船へと向かった。
「だからお城に献上すれば大金になるって言ってるだろ!」
「いや、それよりも捌いて俺達で食うべきだ。人魚の肉で不老不死になれば……」
「そんな眉唾ものの話に縋って腹壊したらどうする!……おい、ありゃ何だ?」
結論が出る前にこちらに気付いてくれたらしい。アルベルトは風防ガラスを開き、敵対の意思が無い事を示す為にハンカチを振ってから船に飛行艇を横付けさせた。
「あんた達何者だ?こんなけったいな乗り物に乗って」
「まあうち等の素性はどうでもええやん。単刀直入に言うんやけど、その人魚を売って貰えんかなーって」
人好きのする笑みを浮かべながらオリーヴが言うと、漁師達は相談するように視線を交わした。
「……幾ら出す?」
「話が早いな。とりあえず3万Stでどないや?」
「3万!?」
因みにアルベルトが一括で自腹を切れる額は5万までである。最初にオリーヴと相談し、交渉は全て彼女に一任しているので彼は何も言わずに状況を見守った。
「足りん?ほな4万出そか」
漁師の1人が目をギラつかせる。
「そんなにこの人魚が欲しいのか?」
「うちの雇い主がご執心でなぁ。とはいえ、うちが何処のどいつかも分からんのは怖いかもしれんし……うちは《南国》のカーティス商会を一部任されとるオリーヴってもんや。以後末永くよろしゅうな」
家の印を刺繍した帽子を見せられ、ようやく漁師達は納得したらしい。オリーヴはついでに彼等が捕まえていた他の魚も全部買い取って商談を締め括った。
「さ、もう大丈夫やで」
人間の耳に当たる部分についた鰓が乾き、空気に溺れかけていた人魚は一旦海に潜って元気を取り戻してから再び顔を出した。
「あの、ありがとうございます」
「礼ならオリーヴに言ってくれ。と言いつつ1つ訊きたいんだが、マーリスという名前の人魚に心当たりないか?」
そう尋ねると、人魚は驚きに目を見開いた。
「姉を知っている人間!?じゃあまさか、貴方が姉さんの言っていた勇者様!?」
「勇者『様』ぁ!?」
謙られる事に不慣れなのもあり、アルベルトは素っ頓狂な声をあげる。背後でオリーヴが笑いを堪えているのは一応無視である。
「あー、知ってるのなら話は早い。積もる話もあるし、仲間を集められるだけ集めて俺達の艦に乗らないか?」
その人魚(マーレスという名らしい)は大きく頷いた。どうも人魚は水を通じてお互いに離れていても交信出来るらしく(頭のアホ毛はアンテナにならないようだ)、ものの数分とかからずに現在生存している人魚108名を集合させた。
「……この場合、これだけしか生き残ってない事に驚けばいいのか?」
「元々人魚って繁殖力が低いのよ。数年に1人生まれれば良い方……久しぶりね、アル」
真っ先に到着したマーリスはあの夜と同じ、柔らかな笑顔を浮かべてアルベルトに挨拶した。
「久しぶりだな。でも余り久々に聞いた感じがしないぞ?マーリスの声は」
「それはそうよ。その手甲を通じて私の歌を届けてたんだから」
「そっか、やっぱマーリスの歌だったかあれは」
盗賊と戦った時、そして今日の昼間にトロイと戦った時。アルベルトの感情が大きく昂ぶる時に必ず響き、その心を鎮めていた歌は全てマーリスが歌っていたものらしい。
「お陰で助かった。ありがとうな」
「いいのよ。歌は人魚の本分、それで《勇者》の手助けが出来るなら本望だわ」
アルベルトは一旦ナオに連絡を取り、全ての人魚を《エクスカリバー》に収容する事を決定した。
その後。人魚全員を《エクスカリバー》に収容し、彼女達の居住区であるプールと水路がまともに機能する事を確認したアルベルトは共通区画の食堂で遅めの夕食を取っていた。
「アル、ここええかな?」
「ああ、いいぞ。オリーヴには今日は随分と助けられたな」
今日の料理はトロイが作っている。是非と本人が言うのと、ミスティからの推薦もあり任せてみたのだがこれが中々どうして大当たりだった。因みにメニューはクリームシチューとバターロールである。
「ええよええよ。あれも売り込みの一環やから」
「売り込み?」
「せや」
オリーヴはバターロールを千切って口に入れ、飲み込んでから言葉を続けた。
「うちはセーラ様やコハルと違って、別にアルに惚れとる訳やあらへん。まあ好きか嫌いかで言うたら好きやけど、アルの為なら命でも何でも賭けたる言う程やない」
「光栄だな」
「せやから、この艦に乗ってるんも無償の善意とちゃうんよ。この艦が独立国になる以上、遅かれ早かれ補給のアテもいるし逆に此処の売り物を他の国に売る必要も出て来る。そこでこの《逆十字聖騎士団》の貿易を担当する商人を1人雇うつもりはないんかーと思ってな」
アルベルトはシチューに入った鶏の腿肉を咀嚼しながら考える。誰しも霞を食って生きている訳ではない以上、確かに補給は必要になる。ナオは自給自足が可能な農業プラントも《エクスカリバー》に設置しているが、野菜や果物はともかく肉類や魚等はどうしても外とのやり取りに頼らざるを得ないのだから。
「ならオリーヴがやるか?」
「やってもええけど、条件があるよ。今後《逆十字聖騎士団》の公的な買い物は全部うちの商会を通して欲しい。それさえ飲んでくれるなら、うちが責任持って武器でも食料でも人材でも何だって揃えたるわ」
アルベルトは軽く笑って頷いた。
「まあ細かいところはセーラや他のメンバーとも相談する必要はあると思うが、もう決まったようなもんだしな。よろしく頼む」
「おおきに。全部任しとき」
オリーヴと別れ、アルベルトは食べ終わった食器を手早く洗って片付けてから部屋へ戻る。艦長であるアルベルトの為とナオがかなり拘って設計したらしく、1人で使うには余りに広過ぎるベッドや専用の浴室等下手な王族よりも豪華じゃなかろうかと彼は戸惑ってしまう(実際に王族の部屋を見た事はないのだが)。
「ん?」
ノックの音がし、アルベルトは振り返って「鍵なら開いてる」と答える。入ってきたのは車輪つきの椅子(ナオが五分で作ってくれた)に座ったミスティだった。
「ごめんね。夜遅くに」
「別にいいさ。寝てた訳じゃなし」
来客用のテーブルまでミスティの椅子を押してやり、アルベルトは対面に座った。
「明日帝都に乗り込む。まあこちとら戦争が目的じゃないし、穏便に解決できればそれに越した事はないが」
セーラから教わった国同士の相談事には大雑把に分けて三つ程やり取りがある。これにはアルベルトとセーラのように元々交友関係がある者同士の会談は含まれない。唯国益の為だけにやり取りをするのであれば、金銭か色か……戦争か。戦争については軍事力をチラつかせて恫喝するやり方も含まれる。
「まあご自慢の艦隊をぶっ潰したし、その辺を主体に脅せばどうにでもなるだろ」
「……アルは、怒ってないの?」
「へ?」
唐突に言われ、アルベルトは思わず目が点になった。だがミスティの表情を見る限り、冗談と流して良い空気ではない。
「あの艦隊……アルが直接攻撃をした《ガイスト》はあたしが作った艦。それで、何人が死んだと思う?人を守る為の力を得ようとムーンライト学園に入って、その知識であたしは何人殺したの!?」
「落ち着けって!まず俺の旗色を示すが、俺はミスティを怒ってもいないし恨んでもいない。大体守る為って言っても結局のところ、力は力なんだ」
アルベルトは《エクスピアティオ》をテーブルに置き、自分の右手も示す。
「殺した数で言えば俺なんかは直接自分でやっただけ、誰よりも罪が重いぞ?相手が盗賊だったとか、敵の兵士だったとか言い訳をするつもりもない」
自嘲する訳ではなく、淡々と事実だけを受け止める。ミスティはそれをやるには優し過ぎるのかもしれない。
「じゃあ1つ聞かせてくれ」
「何を?」
「ミスティは許しが欲しいのか?それとも、罰が欲しいのか?」
罪の意識に苛まれる者は得てしてそのどちらかを求める。自己満足の償いすら許されずに漫然と罪と向かい合いながら生きる事が出来る程、人の心は強く出来ていないのだ。
「……罰が欲しい」
「分かった」
とはいえアルベルトにはミスティを痛めつけるつもりも、ましてや殺すつもりもなかった。だからと言って欲望をぶつけるつもりもない(内心の衝動は凄まじいが、そこを抑え込む術は会得済である)。
「ならミスティ。命尽きるその瞬間まで、俺の片腕になれ」
「え?」
今度はミスティの目が点になる番だった。アルベルトが何を言ったのか分からない、そんな態度だ。
「文字通りの意味じゃないぞ?俺の右手が戦闘以外じゃ使い物にならんから右手になれ、って訳じゃない」
「じゃあどういう意味?」
アルベルトは椅子を立ち、ミスティの前まで回って目の高さまでしゃがんだ。
「俺があの皇帝とは違う世界を見せてやる。その為の手伝いを頼みたい。もう一生かけて扱き使ってやるから覚悟しとけよ?」
冗談めかした言い方にミスティは思わず笑い出す。そう、これは罰。だがミスティにとって本心からの望みでもある以上、結局は許しなのだろうと彼女は思う。
「どうだ?」
「……死するその瞬間まで、永劫に貴方の片腕となる事を誓います。アルベルト団長閣下」
動かない足で跪く事は出来ない為、ミスティは車椅子のまま深く頭を下げた。
「とまあこんな調子で言っては見たものの、何も公然と俺に謙る必要はない……つーかしてくれるな。今まで通り、学園の悪友アルとして接してくれると俺は嬉しい」
「うん、分かったよアル。これからも頑張って色々作るからね」
改めて握手を交わす2人。取り戻せた、アルベルトははっきりとその結果を感じ取っていた。
翌朝。一足早く先行したオリーヴ(彼女は商業だけでなく外交も受け持つ事になった)が会談の席を設け、アルベルトとセーラはサリを伴いトロイの案内で帝都の宮殿を訪れた。
「ハリネズミか?」
「……言いたい事は分かるけどね」
五重に建設された城壁とそこをぐるりと囲む砲台。まるで臆病な自分を強く見せて精一杯威嚇するハリネズミにも見えたのはセーラも同じだった。
「皇帝の一人娘であるモニカ王女ってどんな人なんだ?周りの声を聞く限り、悪人じゃなさそうだが」
「そうね。少々世間知らずで物を知らない部分はあるけど、基本的には良い子よ」
そう言いつつセーラは悪い感情は抱いていないらしい。くすりと笑みを零してアルベルトを見上げた。
「きっと会ったらアルは驚くわね」
「……覚悟しておく」
トロイに敬礼し、衛兵が城門を開ける(五重の城門を1つ1つ開けながら進む為、全部通るのに二時間半かかった)のを見ながらアルベルトは溜息をついた。
「《北国》帝都ボレアスへようこそ。第一王女のモニカ・シュヴァイツァーと申します」
アルベルトは固まっていた。黒真珠を思わせる艶やかな黒髪は腰にまで届き、陶磁器のような肌は滑らか。黒いドレスの腰元はコルセットで締め付けて作ったのか、抱けば折れそうな程に細い。そして顔立ちは優しく整い……端的に言えば美人だった。
(えらく気合の入った、っつーか見栄っ張りな影武者だなヲイ)
(残念ながら本人よ。言ったでしょ?驚くって)
(いやいやいや、遺伝子的にありなのか!?アレからコレはありなのか!?)
以上、全てアルベルトとセーラの目線だけで交わされた会話である。
「あの、私が何か?」
「いやいや、何分政治も礼儀も知らない田舎者が成り上がったものでして。《北国》の技術の集大成とも言える宮殿に感動していたのです」
「あら。その技術の集大成を薄紙のように打ち破ってみせたのはどなたでしたかしら」
我ながらよくもここまで心にもない台詞を並べられると内心呆れていたが、モニカからすると見破れて当然のものだったらしい。あっさりと看破されてしまった。
「これは失敬。とはいえこちらも盟友である竜族やリザードマン、エルフにドワーフの力も借りているので純粋に俺の力かと言われると困るが」
「《勇者》を名乗り、かつての仲間であった種族を全て集めて戦ったのです。十二分に貴方の力と言えるでしょうね」
まさにああ言えばこう言うの典型だ。アルベルトは苦笑し、本題に入る事にした。
「まず《逆十字聖騎士団》は《西国》との同盟関係はない。にも関わらず《北国》と《西国》の戦争に武力介入を行い、《西国》を援護する形で戦った理由は唯1つ」
控えていた侍女が淹れた紅茶をサリが毒見してからアルベルトに渡す。一応の儀式的な意味合いもあるので、特に咎める空気がないのを面白く思いながらそれを一口飲んで彼は続けた。
「ミスティを初めとしたエルリック家の人間全員の戸籍を《逆十字聖騎士団》に移して貰いたい。それさえ飲んで貰えるのなら、賠償金とかの話は《西国》とだけやってくれ」
「寛大ですわね。そちらの人員にも被害は出たでしょうに」
「いやそれが全然。主に戦ったのがリザードマンと俺の学友だったのもあって、負傷者は数人出たが死者はゼロだ」
まあ。とモニカは頬に手を当てて驚いた。実際アルベルトも正面激突した場合のリザードマン達がどれ程の力を発揮するかを読み誤っていた部分があり、まさかあそこまで一方的な蹂躙と呼んで差し支えない戦いになるとは思っていなかったのだ。
「分かりました。では早急に3人を連れて来るように」
背後の侍女に指示を出し、モニカは改めてアルベルト達に向き直った。
「手続きは早急に行いましょう。それで、他に何か用件があるのでは?」
「敵わないな。もう1つ、《ウロボロス》という結社に心当たりは?」
オリーヴが右手で自分の左目を隠したのを確認してアルベルトは問いかけた。
「私は何も。大臣、貴方は?」
「私も存じ上げませんな。知っているのは神話に登場する己の尾を食らう蛇くらいです」
今まで黙っていた大臣が答えると、オリーヴが頷いた。
「この大臣、嘘ついとるで」
オリーヴの生まれた家、カーティス家は代々特殊な目を持つ者が多く生まれてきた。例えば《目を見て命じればどんな相手でも服従させる目》、例えば《如何に速い攻撃だろうと完全に見切る目》、例えば《異性であればどんな相手でも魅了する目》、例えば《一度見た物を完全に記憶する目》などだ。そんな中、オリーヴが持って生まれた目は《嘘を見抜く目》であった。
「何を根拠に」
「と言われてもなぁ。うちがカーティス家の人間で、ちょお変わった目を持っているって噂は知っとるやろ?」
額面通りに受け取れば便利に聞こえるかもしれないが、カーティス家の人間が持つ目は様々な制約があり実に扱い難いとされていた。オリーヴの目にしても、「相手に問いかけないとならない」「黙秘は嘘に含まれない」などのルールがあるのだ。例えばセーラに「恋をしているか?」と問いかけ、彼女が「していない」と回答した場合「恋をしていないと嘘をついた」事は分かっても「誰に恋をしているか」までは分からない。或いは「前は恋してた」と答えればそれは嘘は言っていない為(完全に事実でもないが)、オリーヴの目は反応しないなど意外と抜け道は多い。
「ほな次はうちから質問しようか。あんたは《ウロボロス》の構成員やろ?」
「出鱈目だ!私はそんな結社とは無関係だ!!」
「ほい嘘。少なくとも関係はあるな」
因みに関係はある、という答えはオリーヴのカマかけだが大臣はそこに思い至らないのだろう。
「話がよく見えないのですが、《ウロボロス》とは一体?」
アルベルトが手短に説明すると、モニカは顔色を変えて大臣を睨んだ。
「衛兵!速やかに彼を拘束なさい!!」
『はっ!』
「姫様、何故長年王家に仕えてきた私よりも何処から沸いて出たとも知れぬ下賎の小僧達の言葉を信じられるのですか!」
モニカは毅然と大臣を見据えた。
「思えばずっと妙でした。城の中から魔女の素質を持つ者を選び手元に置き、そして何故か彼女達は行方が知れなくなる……もっと早く気付くべきでした……!」
「ほな大臣、うちからもう1つ質問や。この城で魔力を食う何かを飼ってるな?」
「そのような物はない!」
「嘘や。せめてもうちょい捻って嘘つかんかい政治家」
呆れ声のオリーヴに、大臣は衛兵達から目を逸らさずに後退りした。
「ッ!?」
突然アルベルトの右手が妙な疼き方をした。まるで喜んでいるかのように、もしくは怒りか。相反する感情が鬩ぎ合い、彼の制御を超えて暴走しようとしていた。
「ふん……ならばその身をもってとくと味わうがいい!我等結社が創り上げた人造魔兵器・《レベリオン》の力を!!」
その瞬間、轟音と共に床が割れて下から無数の触手が現れる。近くにいた衛兵や侍女を次々と捕らえて飲み込もうとするのを、アルベルトは咄嗟に《ヴァジュラ》を投擲する事で防いだがそれによって触手は更に暴れ始めた。
「王女殿下!すぐさま城内の人間を全て避難させねば!」
「ええ、分かっています。衛兵!すぐにこの事実を城内へ通達、私の名において『撤退』を命じます!!」
衛兵が走り出し、アルベルトとセーラは武器を手に前に出た。
「サリ!」
「了解ですアル様!」
忠実な従者は大臣に飛び掛るが、それよりも早く彼は歯に仕込んだ毒で自殺していた。
「ちっ……徹底してやがるな」
次々と襲い掛かる触手を片っ端から斬り捨てながらアルベルトは舌打ちする。セーラも魔法で纏めて焼き払いながら後退した。
「とにかく一旦外に出るぞ!頼むリンドヴルム!」
相棒を召喚し、全員を乗せてその場から離脱する。避難は進んでいたが、城は徐々に肉に覆われ巨大な怪物となりつつあった。
(どうしたアルベルト?さっきから右手が疼いているようだが)
「ああ、結構キツいぞこれ……」
お陰で《ヴァジュラ》の維持も出来ずにリンドヴルムにしがみついている状態だ。とても戦える状態ではない。
(……ッ!)
「何だ?」
リンドヴルムのものではない怒りに満ちた声が上がる。それはアルベルトの奥底から上がっていた。
「ヒューベリオン、お前なのか?」
その瞬間右手が何かに引っ張られるように動き、アルベルトはリンドヴルムの背中から放り出された。
「なああああっ!?」
「アル掴まって!」
セーラが伸ばした手は虚しく空を切り、アルベルトは城を覆う肉塊の中へと落ちて行った。
続く




