第二十三楽章 軍人と男の責任
戦艦を領地とした独立国家の建国。有体に言って型破りも甚だしいこの案はアルベルトとセーラがほぼ同時に思いついた事だった。
(動く事で国に迷惑がかかるなら、別の国を作る。答えを見出してしまえば簡単だが、本気でやる馬鹿は初めて見たぞ)
呆れた声をあげるリンドヴルムに笑い、アルベルトは名乗りを上げた事で相手がどう出て来るかを楽しんだ。
「ふ、ふん!そもそも貴様等小童が独立国家などと、子供の遊びではないのだぞ!?」
(まあそう来るわなー。つか俺だって思うし)
ぼやくサラマンダーに「黙れ」と告げ、アルベルトはちらりと傍らに立つセーラに目配せした。
「そうだ、大体貴様等弱小国家を何処の国が承認するというのだ!?」
「それならば問題はありません」
セーラが一歩進み出た。
「この件に関しましては我が父アスリーヌ宰相と次期国王であるエミリオ殿下の承認を得ております。因みに私は特命全権大使として派遣されました、セーラ・アスリーヌと申します。この後数時間程お見知りおきを」
エミリオが王子だったというのは、此処に来る道中でセーラから聞かされた事だ。よくよく考えてみれば前王が崩御した時期とエミリオの猛勉強の時期はほぼ一致していたり、ミランダとガーベラという2人の少女(どちらも《中央》ではアスリーヌ家に一歩譲るものの大貴族である事に変わりない)と付き合っていながら誰にも文句を言われなかったりとヒントは幾らでもあったのだが。気付かなかったアルベルトが間抜けという事なのだろう。
「開戦前の舌戦はこれくらいでいいだろう。降伏なら何時でも受け付けるが……その場合はエルリック家全員の身柄と交換だ。それ以外は如何なる財宝も無価値と知れ」
「小僧の分際で……」
通信が切れる。通信士も兼任しているセルヴィが勝手に切ったのだ。
「これ以上アレを見ていたくないですから。それに……もう十分でしょう?」
「そうだな。それでナオ」
左側に立つセーラと対照的に右側に立ったナオにアルベルトは目を向けた。
「俺はまだこの《エクスカリバー》の全容を把握し切れていない。情けないが、初陣の指揮はナオに任せたい。大丈夫か?」
「良い判断よアル。無理をして初戦で沈められるよりもずっとね」
ナオは微笑んで頷き、一歩前に進み出た。
「これより本艦は対艦戦闘に移行する!敵艦隊の全容を述べよ!」
「大型航空魔導戦艦1、海上魔導戦艦12、通常型戦艦23!」
セルヴィの報告に頷き、ナオは砲手を務めるリリィを振り返った。戦闘指揮所となるブリッジは艦長席の一段下を囲むようにコンソールが並び、操舵や砲撃等の操作は此処で行う事になっている。
「魔導砲は」
「大型航空魔導戦艦に一門のみ。後の戦艦は全て通常砲のようです」
「ナオ。邪魔して悪いが、魔導砲ってのは高価なのか?」
《エクスカリバー》には副砲として左舷と右舷合わせて64門の魔導砲が搭載されている事を踏まえてアルベルトは尋ねた。
「砲身に使うアダマントメタルと魔力の導線となるミスリルが潤沢に採掘出来ればタダ同然よ」
「つまりそういう優秀な鉱脈を持てない連中からすると目の玉が飛び出るくらい高くつくと」
もしかしなくても自分は今、世界一高価なプレゼントを貰ったのではないかとアルベルトは今更ながらに戦慄した。
「なら教えてあげましょう。魔導砲の本当の使い方という物を……!」
ナオは手を広げ、年齢に似合わない艶やかな微笑みを浮かべた。
「敵艦の魔導砲、その属性を確認!」
「《火》のみ!」
ナオの声にセルヴィが淀みなく応える。
「ではこちらは《水》で応戦する!マオ、射線を取りつつ同航戦に入って!」
「何それ!?」
「敵と並んで飛ぶのよ!」
「おっけー任せて!」
これはマオも補習だろうと思いつつ、アルベルトはそんな彼女が意外にも器用に艦を操るのを見つめた。彼女の周囲には四つの車輪が設置されており、マオはそれを両手と両足で回す事でこの超弩級魔導戦空母を思うがままに操っていた。
「敵艦の魔導砲を破壊後、艦をぶつけて白兵戦に入るわ。その時は」
「俺達の出番だろ?分かってる」
寧ろ最後まで出番無しと言われたらアルベルトは絶対に拗ねていた自信がある。
「敵艦砲撃!」
「迎え撃て!」
リリィがトリガーを引くと、左舷の魔導砲の1つが火を噴き水のエネルギーを込められた砲弾が飛んで行った。《水》の魔導砲といえど水鉄砲を撃つ訳ではないのだ。
「砲弾激突!」
セルヴィの報告通り、《火》と《水》の砲弾は両艦の中央で激突する。そして《水》の砲弾は《火》を飲み込み、更に威力を増して敵艦の艦首に取り付けられた魔導砲に襲い掛かった。
轟音と激しい振動。それは大海原を駆け回り時として大時化に振り回されて幾度となく死ぬ思いをしてきたトロイですらも経験した事がない程凄まじいものだった。
「各部被害状況を報告しろ!」
「か、艦首魔導砲全損!修復は不可能です!」
「魔導砲周辺に火災発生!消火班を向かわせ対応に当たらせます!」
トロイは歯噛みした。流石に科学技術でドワーフに勝てるなどと自惚れた覚えはないが、仮にも未来の義妹が作った作品をこうまで上回られると無性に悔しくなる。
「姿勢安定と飛行の維持を優先!海と違い、落ちたら助からんぞ!」
海ならば泳げば助かる可能性もある。時には通りすがりの人魚や鯨が気紛れに助けてくれる事もある。だが此処は空であり、空を飛び回る《飛竜》やハルピュアに怪鳥の類が偶然通りかかってしかも助けてくれる確率よりも地面や海面に叩きつけられて死ぬ確率のほうが遥かに高い。
「ええい何をしておる!早くわしを助けんか!!」
衝撃で転がった皇帝は腹心の大臣を数人下敷きにしたままもがいている。とはいえ今はそんな些事に関わっている場合ではないと現場の兵士達全員が無視していた。
「トロイ様!敵艦が突っ込んできます!!」
「何!?」
このまま砲撃を浴びせればこちら等一溜まりもなく轟沈する。にも関わらず艦を近づけるという事は、トロイの経験上1つしか思い当たらない。
「各部に通達!武器を取れ、敵兵が乗り込んでくるぞ!!」
そう、白兵戦である。
戦艦同士を接舷し、白兵戦要員であるリザードマン達が一斉に雄叫びをあげて飛び込んで行く。一歩間違えれば地面に真っ逆さまだというのに大した度胸だと呆れつつ、アルベルトは自分もマオ達から貰った装備を身に付けて飛び移った。セーラ達もそれに続き、仲間が全員飛び込んだのを確認してその出入り口をドワーフ達が盾を持って固めた。
「そらそらそらそらそらあああああああああ!!!!」
既に狂戦士と化したバレリアは細い体躯に似合わない怪力とスピードを生かして走り、鍵爪で肉を裂き足と尾で骨を砕く。時には喉元に噛み付き一撃で敵を屠っていった。
「我が名はリザードマン族の戦士バズバ!我が豪槍の一閃、臆さぬならばかかって来い!アドゥンよ力を!!」
『アドゥンよ力を!!』
口々に唱え、リザードマン達は己の肉体と鍛えられたハルバードを振るって所狭しと暴れ回る。バレリア程機敏には動けないが、リザードマンは全身が武器になると言っていい。跳躍して回転すれば背鰭が刃物となり、尾はそのまま鞭としても鈍器としても使える。獲物の肉も骨ごと噛み砕く牙と顎に襲われては脆弱な人間の体等一溜まりもない。そしてその鱗は物理にも魔法にも高い防御力を発揮する鎧足り得るのだ。
「弓兵隊、援護射撃を!」
《エクスカリバー》の左舷に並んだエルフ達がセルヴィの号令で次々と矢を放つ。魔導砲の援護射撃だと味方まで吹っ飛ばしかねない為、こういった小技も必要になってくる。
「しかしまあ、お前も考えたな」
「考えたのはナオだけどよ」
兵士数人を《エクスピアティオ》で纏めて吹き飛ばしながら、アルベルトは声をかけてきたシバに答えた。シバはというと本来両手で扱うハルバードを左右に1本ずつ持ち、縦横無尽という言葉を体現するかの如く大暴れしている。
「実に効果的だ。我々リザードマンは正面からの戦いに長け、エルフは追撃と奇襲を得手とする。そして防衛ならばドワーフの右に出る者はない」
「面倒な政治は俺達人間が引き受ける。そして最強にして必殺の切り札……!」
《ヴァジュラ》を呼び出し、アルベルトはそれを高く掲げる。リンドヴルムの呼び声に応え、次々と《飛竜》が飛来し眼下の海に展開する艦隊を攻撃し始めた。
「竜族の爆撃って訳だ。まあ俺なんかが政治って柄かって言われたら自分でも疑問符だけどな」
「だから私がいるんでしょ?」
アルベルトの背中を守るように立ち、セーラは美しく笑う。
「私が特命全権大使として派遣されたのは、貴方に政治のノウハウを教え《中央》との円滑な関係を築く礎とする為。お父様もその条件でなら飲んでくれたわ」
「挨拶行った途端に殺されたりしないだろうな?」
何しろ小春の家で熱烈な洗礼を受けたばかりなのだ。好意を寄せてくれる女の子の父親という存在がどれ程恐ろしいかを身を持って知っているだけに、アルベルトとしては戦々恐々とせざるを得ない。
「大丈夫よ。それに政治と言ったって全部1人でやる事はないんだから安心して」
「そうなのか?」
緊張感のない会話をしつつも2人の戦場は既に甲板から艦内の通路に移っている。向かってくる兵士を次々と打ち倒し、気絶させてから奥へと進みながらセーラは頷いた。
「為政者のやる事は、仕事を振り分けて後の責任を取る事。後はそうね……『この人の背中について行けば大丈夫』と思わせるくらい堂々としている事かしら」
「王様って意外と暇なのな」
「まあね。全部自分で守ろうとしてあれもこれもと抱え込んだ挙句、1番傍にいた臣下の気持ちも分からずに反乱を起こされて死んだ王もいるし。まあ小説の話だけど」
それなりに適当にやれ、という事なのだろうか。アルベルトは一応結論づけ、左腕に結び付けていたイヤーフックが呼ぶドアに手をかけた。
「ミスティいるか!?いるなら今からドアをぶった切るから離れてくれ!」
「アル!?来てくれるって信じてたよ。こっちは大丈夫だからやって!」
その言葉に安堵しながらも《エクスピアティオ》を振り下ろし、扉を両断する。飛び込んだアルベルトとセーラはミスティの有様に絶句した。
「ミスティ……?」
「ああこの足?もう一生動かないみたい」
楽しげに笑うが、アルベルト達からしたら全く笑い事ではない。
「ミスティの家族は」
「そっちは帝都かな。行くの?」
「当たり前だろうが!」
セーラが齎した情報(エミリオの密偵が調べてきたらしい)によれば、ミスティを縛る足枷は歩く事の出来なくなった足だけではない。彼女の家族もまた枷となっているのだ。
「ミスティを助け出すのは最大条件だけどな。その結果ミスティの家族を犠牲にしたらそれは俺にとって大負けもいいところだ」
「ありがと。やっぱりアルは優しいね」
アルベルトは小さく「我儘なだけだ」とぼやき、熱くなった頬を隠すように外に出た。
「俺はこれからセーラと小春を連れてブリッジを制圧してくる。悪いんだが、織江に転送して貰ってくれ」
「残念。お姫様抱っこで凱旋っての期待してたんだけどね」
力なく笑うミスティを見て、追いついてきた小春はアルベルトとセーラに先に行くよう伝えてから向き直った。
「頑張ったわね」
そう言って抱き締めると、ミスティは小さく啜り泣きながらこくりと頷いた。
「本当は死にたかったよ……あたしが造った兵器で沢山の人が殺されて、義兄様も凄く辛そうで、でもあたしにはアル達が助けに来てくれて……!」
「いいの。もういいのよ……」
アルベルトの名前を出して安心させるのはきっと正しくない。そう考えて小春は唯ミスティが泣き止むまでずっと彼女を抱き締めていた。
「第四区画制圧されました!敵はまっすぐ此処を目指しています!」
「まあそうなるだろうな」
艦の制御に最低限必要な人員以外は全員白兵戦の為に出払っている。この艦に乗っているのは皆が皆皇帝を守る為に選ばれた選りすぐりの精鋭達の筈であるが、こうまで容易く蹴散らされると「こいつら全員コネと賄賂で地位を得たのでは」と勘繰ってしまうのも致し方のない事だろう。
(いや、実際には我が軍よりも向こうのほうが遥かに強いだけか)
さて、自分と信頼のおける部下5人。これで後ろのほうで未だにジタバタやっている皇帝とその下敷きになった重臣達を守りながら勝てるか否かをトロイは考える。モニターに映っているのは先程名乗りをあげた《勇者》アルベルトと《中央》にその人ありと謳われた宰相カルロスの第三女セーラ。彼女もまた侮る事の許されない使い手である事は後ろに続く、薙ぎ倒された兵士の道が物語っている。
「流石に無理、か」
自分とて血反吐を吐くような鍛錬を積み魔物との戦いも幾度となく経験してきた自負がある。捨て身で戦えば《勇者》はともかくセーラのほうは殺せる自信があるが、2人同時にかかって来られると這い蹲るのは自分の方だと確信していた。その上今回は足手纏いが背後に複数である。負ける要素の方が遥かに多い。
「已むを得んな」
「トロイ様?」
怪訝そうな顔になる部下に笑い、トロイは艦内放送を繋いだ。
「海軍提督、トロイ・ゼーヴァルトの名において命ずる。全ての将兵は速やかに降伏もしくは退艦し撤退せよ」
「トロイ様何を!?」
「何を馬鹿な事を言っておる!戦え、最後の一兵まで戦わんかぁ!!」
もがきながら喚き散らす皇帝を無視し、トロイは唖然とする部下の肩を叩いた。
「確か、妻が身重だと言っていたな。予定日は何時だ?」
「は?……確か、来月の筈です」
「そうか。なら尚の事すぐに戻ってやれ。今ならまだ間に合う」
意図が読めないのか、はたまた背後の皇帝に遠慮しているのかは分からない。トロイは逡巡する部下達に声を張った。
「責任は全て私が取る!お前達は勇敢に戦った、誰にも責めさせはしない!!」
「トロイ様……」
「生きろ!これは全てに優先される命令である!」
何を堪えているのか、歯を食い縛ってブリッジから飛び出して行く部下達を見送りトロイは小さく微笑んだ。
「何をしている!?わしを、わしを救わんかああああああああ!!」
あくまでも我先にではなく、整然と。だが目の前に転がる自分と重臣には一切構わずに走って行く兵士達に、皇帝は唾を散らしながら喚いた。
「皇帝陛下」
トロイはその前に跪いた。
「敗戦の責任は全て私が取ります。ですので陛下には、戦争を始めた責任を取って頂きたい」
「何を言いたいのだ貴様は!?」
「裁定は《勇者》が下すでしょう。それまでは私がお守り致します」
ブリッジに飛び込んで来たアルベルトとセーラに目を向け、トロイは穏やかに笑った。
「セーラ、一応訊いとく。今俺達を見て笑ってる兄ちゃんとそこに転がってる腐ってそうな肉、どっちが皇帝だ?」
「……一応答えると、肉のほうが皇帝よ」
斬りたくねえ。それがアルベルトの正直な感想だった。ミスティの足を滅茶苦茶にした(歩く機能が完全に失われているだけで、切断された訳ではないのだが)借りをサラマンダーから受け取った《レーヴァテイン》で一気に斬り燃やして返すつもりでいたのだが、流石にこれを斬るのは気が咎める。主に気持ち悪いとかそっち方向で。
「この様な有様で申し訳ない。海軍提督、トロイ・ゼーヴァルトだ」
「これはどうもご丁寧に」
トロイは剣を抜かずに一礼した。釣られてアルベルトの方も素直に頭を下げてしまう。
「ミスティは既にそちらが救出したようだな。本来なら私が案内すべきところを、手を煩わせて申し訳ない」
「いや、俺達の目で無事を確かめられたから良い。とはいえあの有様を無事と称して良いかについては議論を要するが」
「全くだな。それについては私の力不足を心から詫びるしかない。済まなかった」
トロイは深々と頭を下げ、言葉を続けた。
「貴殿等の目的はミスティだけでなく、彼女の両親と姉の救出も含まれていると聞いている」
「ああ、それが?」
「今回の戦いで取り戻せているのはミスティだけな以上、このまま帝都にも乗り込むのだろう?ならばこの戦いは私の首で事を収め、生き残っている全ての兵の命を保障して貰えないだろうか」
床に膝をつき、トロイは両手をついて頭を下げる。生まれてこのかた土下座などした事もされた事もないアルベルトは内心盛大に狼狽する事となった。
「馬鹿を抜かすな!戦えトロイ!これはわしの勅命であるぞ!!」
アルベルトは軽く舌打ちして《レーヴァテイン》を振り上げる。だがそれを他ならぬトロイの剣が止めた。
「軍人たる者、命令には従わなければならない。部下の命乞いすらままならぬとは、地位とは因果なものだ」
「確かにな。だが安心してくれ。こっちも投降は受け入れるし、逃げる者を追うつもりもない」
そう告げるとトロイは安堵したように笑った。
「そうか……ならばこの一戦に迷い無し!」
「アル!」
咄嗟にセーラが剣を構えるが、アルベルトはそれを止めて《エクスピアティオ》でトロイの攻撃を受け止める。
「重っ!?」
「地力で劣っていても、戦いようはあるという事だ!」
トロイの得物は幅広の両手剣だが、その扱いは軽くスピードでもアルベルトを上回るだろう。
(我輩には頼れんぞ?《コアトリクエ》を使うには高過ぎる)
「分かってる。空の上で大地の加護は得られない、真っ向勝負だ……!」
(何でそうなる!?ちょ、おいアルベルト!お前1人でタイマン張る気かよ!)
サラマンダーの声を無視し、アルベルトは《レーヴァテイン》と《エクスピアティオ》を構える。心を支配する『強者と戦いたい』という抗えない欲求にアルベルトの戦意は最高潮に高まっていた。
「セーラ」
「分かってるわ。こっちはそちらの戦いの決着が付き次第処断するわよ」
今や皇帝を見捨てて這い出そうとしている重臣に剣を突き付けながらセーラは苦笑して答えた。
「でも」
「うん?」
「必ず生きて勝って」
「ああ。約束する」
《レーヴァテイン》の刀身が蒼く染まり、背後のコンソールが赤く焼ける程の熱量が迸る。その様にトロイは冷や汗を流しながらも獰猛な笑みを浮かべた。
「では、尋常に勝負と行こう。私の鍛錬の果て……この瞬間の為にあったと気付かせてくれた事も感謝するぞ!!」
2人は同時に床を蹴り、激しく切り結んで一旦離れる。しかしどちらも止まる事なく再び走り激突した。
同時刻。転送魔法でミスティを救出し、織江は医務室で出来る限りの手当て(足は今の彼女では手の施しようがなかったが)をしてから小春の視界を借りてアルベルトとトロイの戦いを観戦していた。
「おお?行け行けアル!そこだ、もっと攻めろ!!」
今までは唯待つばかりだったのだが、今回は自分も最前線にいるかのような高揚に織江は思わず拳を振り上げながら応援していた。
「織江、もしかしてアルの戦ってるのが見えるの?」
「うん。ミスティも見る?」
ミスティが頷いたので、織江は特に悪意なく彼女の視界にも術を施した。その途端ミスティは悲鳴を上げた。
「駄目えええええええ!!」
「うえ!?ミスティどうしたの?」
「駄目、アルが……アルが義兄様を殺しちゃう!!」
とんでもない事を言われ、織江は慌てて視界を見直す。
「とにかく、今アルが戦ってるこの人を死なせちゃいけないんだね?」
ミスティが頷くので、織江は一か八かで転送陣を起動させた。小春に伝えてもいいが、タイムラグが発生する恐れもある為急がないとならない。直接行ったほうが速いと判断したのだ。
「お願いアル……殺さないで……!」
ミスティが持っていたコップに注がれた水に、涙が1つ零れ落ちた。
「……?」
アルベルトの脳裏にまた歌が響く。それは以前遺跡で盗賊と戦った時よりも強く優しい旋律で彼の心を鎮めていった。
「これは、歌声か?」
トロイにも聞こえているのか、一旦距離を取って当惑したように呟く。
「その勝負待ったあああああああ!!」
2人の間に割って入るように転送陣が描かれ、織江が慌てて飛び出してきた。
「あ、よかった間に合った!アル、その人殺しちゃ駄目だからね」
「いきなり出て来て何だ!?」
「いや、その人ミスティのお兄さんらしいんだわ」
「はあっ!?」
唖然として問う目を向けると、ばつの悪そうな顔で目を逸らし「彼女の姉と婚約している」と小さい声で答えた。
「危ねー……だったら早く言ってくれよ。危うく俺自身の手で誓いを破るところだったじゃないか」
「……今の私にはエミリアの婚約者を名乗る資格も、ミスティに義兄と呼ばれる資格もない。家族になる人間を1人も守れなかった能無しだ」
自嘲の笑みを浮かべ、トロイは寂しげにこちらを見た。
「この国を守り、引いては家族を守れる力を求めて鍛え学んできたのだがな……その結果がこれだ。軍人の責務にかまけた愚か者を断罪してはくれないか、《勇者》よ」
「……まあ気持ちは分からんでもないし、俺にだって悔やんでる事は腐る程ある」
アルベルトは苛立っていた。殺意も何も関係のない、純粋な苛立ち。
「その結論、ミスティは承諾したのか?あんたの言う婚約者は承知しているのか?」
「何?」
「1人で結論出して俺が『はいそうですか』ってあんたを斬ってみろ?残された人間がどうなるか考えたのかよ!?」
父親に妻と二者択一で選ばれ生き残った自分。それでも良くしてくれた村人や他ならぬ父親を犠牲に生き残った自分。それらが全てがごちゃ混ぜになり、アルベルトは自分に怒っているのかトロイに怒っているのか分からなくなる程に感情が昂ぶるのを感じた。
「ぐっ!?」
「アル!?」
セーラが駆け寄り、突然右腕を押さえたアルベルトに取り縋る。
「どうしたの?大丈夫!?」
「大丈夫だ……!ヒューベリオン、俺の怒りをお前が受け取る必要はない。大人しくしていろ!!」
まだ疼くものの、右腕はそれで鎮まった。アルベルトは荒い息をつきながらトロイに近づき、《エクスピアティオ》を一閃させて彼の剣を叩き落した。
「俺の勝ちだ。あんたの首は俺が貰う」
「アル、駄目!」
「ああ、構わない」
小春の叫び声に構わずトロイは笑った。
「で、その首を何処に置こうが俺の自由だろ?当分あんたの体にくっつけとくぞ」
「何?」
《エクスピアティオ》を担ぎ、アルベルトはさっきよりも晴れ晴れとした顔で笑った。
「《北国》海軍提督、トロイ・ゼーヴァルトは今此処で死んだ。今俺達の目の前にいるのは唯のトロイ・ゼーヴァルトだ」
「そう来たか……」
トロイは苦笑し、「お手上げ」というように両手を挙げた。
「いいだろう。この命、如何様にも好きに使うがいい」
「そうさせて貰おう。とりあえずは《エクスカリバー》に乗ってくれ。織江、案内頼む」
「あいよ任せて」
転移で織江とトロイ、監視役で小春とセーラが消えるのを見送ったアルベルトはまだもがいていた皇帝に近寄った。
「ま、待て!貴様が国家を運営すると言うなら、わしと同盟を結ぼうではないか。エルリック家の人間は全て引き渡すし、望むなら賠償金も支払おう。小規模とはいえ国家を運営するには金が幾らあっても足らんのだからな」
アルベルトは足を止め、値踏みするように皇帝と呼ばれている男を見やった。
「どうだ?決して悪いようにはせん」
「……セーラから最初に教わった事がある」
静かな声でアルベルトは答えた。
「同盟を結ぶのは一国と一国のみ。一対一だからこそ同盟は意味を為す。そして俺は《中央》と同盟を結ぶと決めている」
「いや待て!それなら尚の事わしと組んだほうが」
「俺達に何のメリットがある」
《レーヴァテイン》の炎が燃え上がり、皇帝と重臣達を囲んだ。
「皇帝の首以外全部燃えろ」
《レーヴァテイン》が振り下ろされ、皇帝は言葉通り首以外が燃え上がった。
その後。予想以上に溜まっていたらしい腹の脂に引火したのか大火事に発展した《ガイスト》を何とか織江の手引きで脱出したアルベルトは、皇帝の首を布で包んで(傷口が焼かれたお陰で止血や血抜きは必要ない)ナオが作ってくれていた保管庫に放り込んだ。
「随分と派手にやられたみたいだな」
「ほっとけ」
頬に大輪の紅葉を咲かせたトロイは憮然とした顔でそっぽを向いた。
「これからどうするつもりだ?」
「このまま《北国》の帝都ボレアスまで乗り込み、ミスティの家族も助け出す。あんたが勝手に命を投げ出そうとした事をきっちり報告して、ミスティの姉さんの裁定を仰いだら後は好きにしていいぞ。それまではこの艦にいて貰う」
「私は敗者だ。好きにすればいい」
トロイがそう言って通路につけられた窓から海を眺めていた時だった。
「艦長ーーーーーー!」
「トロイ様ああああああ!!」
一応捕虜という形で収容されていた《北国》の兵士達が駆け寄って来たのだ。あくまで一応という扱いなのは全員がトロイの顔を立てて武器を海に投げ捨てたからである。
「お前達も無事だったのか。よかった」
「はい!トロイ様もご無事で何よりです」
部下達に囲まれ、トロイは表情を緩める。彼の頬についた紅葉に触れないのは部下達の優しさなのだろうか。
「一応報告しておくと、あんたの助命の為に此処にいる全員が命を差し出そうとした」
「何!?」
「トロイ様は《北国》……いえ、この《逆十字世界》に必要な御方です。どうかご自愛下さい」
部下の代表に頭を下げられ、トロイは泣き笑いのような表情になって頭をかいた。
「全くお前達は……おちおち責任も取れんではないか」
「生きろと命じたんだろ?何も死ぬばかりが責任の取り方じゃないと思うぜ」
トロイは毒気を抜かれたように笑い、改めて外を見た。
「それで、あんたの事は何と呼べばいい?」
「それは嫌味か?敗軍の将に敬称などいらんさ。それに本来なら貴殿は国家元首なのですから、敬語を使うのは私のほうになるのですが」
途端にアルベルトの顔が引き攣った。
「勘弁してくれ!つーか生まれは《西国》のド田舎な平民だったのが、気付いてみれば独立国家ってよくよく考えたら無茶過ぎね!?」
「今更何言ってるのよ……本当にミスティを助ける事しか頭になかったのね」
呆れ顔のセーラが近づき、アルベルトの頭を軽く小突く。まるで数年来の親友であるかのような気安い付き合いにトロイは思わず目を細めた。
「まあ見ての通り、アルは決して政治的な駆け引きや人に敬われるのが得意なタイプじゃないの。ですからゼーヴァルト将軍に置かれましても、ミスティに対するように気安く接して頂けると幸いです」
「承知した。ではそのように、私のほうも気軽にトロイと呼んでくれて構わんよ」
戦いは終わり、一時ではあるが笑いが満ちる。アルベルトは自分が1つ大きな山を越えたのだと何となく思った。
続く




