第二十二楽章 出港の時が来た
ミスティが《北国》に戻ってから三ヶ月が経った。アルトの話では《北国》の船は全て砕氷機構が搭載されているので、海が凍って帰れないという事はないというからやはり何らかのトラブルが起こっていると考えるのが妥当だろう。
「こっちでも雪って降るんだな。位置的には南側だからどうかと思ったんだが」
「今年の冬は冷えるからね」
アルトと並んで街を歩き、アルベルトは何時もの日課で港へ来ていた。
「……」
「どうしたアルト?」
「いや、少し嫌な予感がするだけ」
アルトは北の方角を見据え、しばし無言のまま立っていた。
それから更に数日。元々気が長いほうではないアルベルトは元より、小春やケーナもそわそわする事が多くなってきていた頃だった。
「ミスティから手紙だと!?」
クラスの全員に宛てられた手紙を殆ど引っ手繰るように郵便屋から受け取り、アルベルトは封を切るのももどかしく手紙を引っ張り出した。
(検閲済……?)
手紙の内容を第三者が検めた事を示す印鑑に軽い不快感を覚えつつアルベルトは手紙を広げた。
【皆お元気ですか?一ヶ月で戻るという約束が果たせずにごめんなさい。実は姉の病気が思わしくなく、もう長くないと言われています。その為学園を中退して家を継ぐ事になりました。とても残念ではあるけど皆なら大丈夫だよね?とても楽しかったです。さようなら。 ミスティ・エルリック】
「……これは、何の冗談だ?」
それが唯別れを告げるだけの手紙ならアルベルトも納得したかもしれない。だが便箋の所々に落ちた染みが彼の違和感を増大させていた。まるで泣きながら書いたようにも思えたから。
「凡そミスティらしくない文面ね」
セーラも難しい顔で考え込む。普通に考えれば何かあったと考えるのが妥当であったが、では実際問題何があったのかを知る術は今のアルベルト達にはなかった。
「せ、セーラ様一大事です!!」
今日の朝刊を買いに行っていたシャロンが慌てて戻って来た。
「どうしたのシャロン?」
「《北国》が……《西国》に宣戦布告、進軍を開始したと!」
それが何を意味するのか、分からない者は誰もいない。《逆十字世界》において初めて『人間同士の戦争』が始まったのだ。
同時刻。《北国》の軍隊は多数の軍艦によって構成され、強襲揚陸艇を使用して《西国》の北海岸へ上陸を果たした。
「つくづく気の乗らん戦争だな」
旗艦である戦艦・《フレイヤ》のブリッジに据えられた艦長席に座り、トロイは重苦しい溜息をついた。
「我々は《ガイスト》が到着するまでの露払いですか」
索敵と火器管制を引き受けている部下の1人がこちらを振り返る。トロイは軽く頷いた。
「私達の新しい旗艦となる予定だから、到着次第そちらに移乗する事になるぞ」
「それはそれは。艦長としては義妹君の建造した艦ですから喜びも一入でしょう」
「……そうだな」
暢気な部下の言葉を責める事は出来ない。彼等は今ミスティがどういう立場に置かれて研究を強いられているかを知らないのだから。
(せめて、私がもっと早くミスティの家族を亡命させる事が出来ていたなら……!)
嘆いても仕方がない。今のトロイに出来る事は一刻も早く王の望みであるこの戦争に勝利し、エルリック家を自由にするという約束を果たさせる事だけだった。
《北国》の一方的な宣戦布告に端を発した戦争だったが、《西国》は国としての対応は何一つ間に合っていなかった。良く言えば平和主義、悪く言えば平和ボケのユリアにいきなり戦争の指揮を執れというのも無茶な話ではあるのだが。
「艦長!南西より1個師団を確認。これは……っ!右肩に赤の塗装をした鎧、《魔装騎兵団》です!!」
「ついに出て来たか」
《魔装騎兵団》とは《西国》の第12位王女ルクレツィア・テスタロッサが結成し率いる騎士団の名だった。まだ15歳という年齢にも関わらず、《北国》から亡命した科学者を自分の領地で重用し自分用の機械兵器を開発するだけでは飽き足らないらしいとトロイは小さく笑った。
「という事は、あれがルクレツィア王女自慢の機動兵器・《マグナストライカー》か」
「そのようです。現在我が軍の上陸部隊は1番隊から13番隊までが《魔装騎兵団》により壊滅。戦線が押し戻されている模様」
トロイは艦長席から立ち上がり、双眼鏡を手に戦場を見据えた。そこにはまるで《豪竜》を思わせる赤い装甲の機械竜が、金髪で鎧を纏った少女を背中に乗せて暴れ回っていた。無論彼女だけではなく、追従する騎士達も相当の使い手が揃っている事が窺える。あの目立つ赤く塗られた右肩はその証だろう。
「こちらの損耗率は?」
「そろそろ2割を越す頃かと」
一般に攻め込む側の怪我人が3割を越したら敗北とされている。救出等に人員を割くと、その3割の為に残りの6割を割く算段になる為だ。仮に1人の人間を救助しようと思うと、運ぶだけでも最低2人は必要になる。結果として5人を救出するなら10人が必要となり、合計で15人の人間が戦闘に参加出来なくなるという計算であった。
「分かった。今回は一時撤退すると全軍に通達しろ」
流石にトロイ直属の部下達と比べると遅々としているが、それでも波が引くように撤退を始める兵士達と追撃を仕掛けるつもりはないらしいルクレツィア王女に安堵してトロイは艦長席に座った。
「出来るだけ早くケリをつけたいがな……陛下が痺れを切らし、《ガイスト》の主砲を使いたがるような事になる前に」
「ですな。あの威力は決戦兵器というより最早虐殺兵器だ」
部下達と溜息をつくと、背後の扉が開いた。
「余り滅多な事は言わないほうが身の為と思いますよ?ゼーヴァルト将軍」
入ってきたのは痩せぎすの小男だった。表向きは政治士官となっているが、実際のところは自分への監視目的だろうとトロイは当たりをつけていた。
「そもそも陛下は覇道を求めておいでです。軍とは即ちその為の駒なのですよ」
「では休む間を与えず攻め続けろと?」
「然り」
トロイは不快気に男を睨む。戦闘が始まったらとっとと自分の部屋に閉じ篭り、終わったと思ったらしたり顔で出て来る男の何をどう聞けと言うのやらである。
「生憎と陛下から現場の指揮を一任されているのは私だ。後で査問なり軍法会議なり好きにすればいいが、今は従って貰う」
「……後悔せぬよう」
嫌な笑みを浮かべて退出する士官を見送り、トロイは小さく溜息をついた。
「……そう、分かったわ。エミリオには『情報を感謝する』と伝えて」
「御意」
その日の夜。セーラの自室で1人の少女が跪いていた。表向きは《セントラル騎士養成学校》の忍術科に所属する生徒だが、裏では既にセーラとエミリオのパイプ役と密偵を請け負う一人前のスパイである。彼女はセーラの言葉に頷いて姿を消した。
「アルはまだ起きてるかしら?」
寝ている筈がない。ただ、急がないと何時キレて《北国》に乗り込むか分からないのが不安だった。
「全く、優しすぎるのか潔癖にすぎるのか」
そういう所も悪くないと思える辺り、惚れた弱みというのは相当強いと苦笑しながらセーラは部屋を出た。
「アル、起きてる?」
「セーラか?入ってくれ」
ドアを開き、セーラは案の定の有様に思わず笑ってしまう。アルベルトはサリを手伝わせ、着々と旅支度を進めているところだったからだ。普段自分の私事にサリを従事させる事をよしとしない彼にしては実に珍しい光景である。
「随分と慌ててるわね」
「そりゃな。さっきミスティから声が届いた」
アルベルトが一瞥したのは机の上に置かれたイヤーフック。確かミスティにプレゼントした物の片割れだったとセーラは思い出した。
「それな、身につけた相手と心の声で交信出来るようになるアーティファクトらしいんだ。まあ俺もついさっきまでその効果をコロっと忘れてたんだが」
「まあアルらしいのかもしれないわね。それで、ミスティは何て?」
冗談めかして言いつつ、さり気無くアルベルトを旅に使う荷物から遠ざけながらセーラは尋ねた。
「俺もミスティに使い方を教えた訳じゃない……つーか俺も知らなかったし。ともかく、俺が聞こえたのは『助けて』と『こんなの嫌』という2つの声。多分だけどその感情が余りに強くて思念になったんだろうな」
「……それは確かに貴方でなくても焦るわね」
ミスティがどういう状況下に置かれているかは分からない。思念が届いたという事は少なくとも命は無事な筈だが、だからといって体のほうが無事とも限らないのだ。
「話はよく分かったわ」
セーラはアルベルトがサリに手伝わせる程に焦っている理由も、今すぐにでもリンドヴルムを駆り《北国》に乗り込もうとしている理由も全て理解した。
「でも今貴方を行かせる訳にはいかない」
理解したからこそ止める。アルベルトという1人の少年を愛した女としても、学友としても、宰相の娘としても。
「セーラさん、アル様の気持ちを分かって……!」
「サリ、いいんだ。セーラが唯の意地悪や打算で俺を止めるとは思えない。何かあるんだな?」
アルベルトから寄せられる信頼を嬉しく思いながらセーラは頷いた。
「今の貴方は《中央》の公爵よ。例えお飾りであってもね。だから今の貴方が《北国》に乗り込んで暴れれば、それは《中央》が《北国》と《西国》の戦争に介入すると意思表示したも同然になるの」
「こっそり忍び込んでミスティだけ攫って帰って来る……としてもそもそも俺の力は派手過ぎて隠密行動には向かないしな」
風を1つ起こすだけでも瓦礫の山が出来上がるのだ。隠密どころか、どこぞのチンドン屋よりも騒々しい戦いになるのは間違いない。
「その通りよ。勿論私だってミスティは助け出したい。だから《中央》……ひいてはこの学校にダメージが行かない方法を考えたいの。だからお願い……二日でいいから待って」
アルベルトを抱き締め、硬い胸板に額を擦りつけながら懇願する。打算がある訳ではなく、セーラにとっては嘘偽りのない心だ。アルベルトの事もミスティの事も大事だが、もしどちらかを選べと言われればセーラは最終的にアルベルトを選ぶだろう。
(でも、アルならきっと両方助けてしまうんでしょうけど……)
常日頃から目的を果たす為の犠牲を出す行為を毛嫌いする彼の事だ。例えそれが自分をすり減らす事に繋がるとしても躊躇いなく全てを守り抜くとセーラは確信していた。
(なら……アルが自分をすり減らし切る前に私達がアルを守り支えればいい)
それはセーラの新たな誓い。アルベルト・クラウゼンの剣となる事を彼女は心の中ではっきりと誓いを立てた。
「……分かった、セーラを信じる。でももしミスティからまた助けを求める思念が届いたら、その時は俺は動くぞ」
「分かったわ。既にこっちが相当無理を言ってるんだし、後の事は私がフォローする」
お互いにとって最大限の譲歩だ。セーラは「お休みなさい」と挨拶と一緒に頬に口付けて自室へと戻って行った。
一方その頃。トロイ達遠征軍は戦艦を揺り篭代わりに眠りについていたところだった。
「艦長!」
「何だ?」
荒々しく扉を叩かれ、トロイは椅子にかけてあった軍服の上着を着ながら外に出た。
「陛下が参られました。《ガイスト》で」
「……そうか」
つまり自分は間に合わなかった事を意味している。政治士官の嫌な笑みを思い出し、トロイは憂鬱になりながらも部下を見た。
「陛下はすぐに来いと?」
「はい……」
トロイは軽く頷き、眠気と陰気な気分を吹き飛ばす為にサイドボードに備えてある水で薄めた酒をマグカップで一気に飲んでから部屋を出た。
「陛下。トロイ・ゼーヴァルト、只今御前に」
「うむ」
どうやってこの艦まで運んだのかと呆れるくらいにでっぷりとした体型のまま、アドルフ皇帝は鷹揚に頷いた。
「しかしよろしかったのですか?大した軍事力もない《西国》如き、私の艦隊では不足だったと」
「まあ有体に言えばな。貴様、たかだか辺境の小娘のままごと騎士団に押し返されたそうではないか」
周囲に控えている高齢の将校や付き人が嘲るような含み笑いを見せる。元々若輩のトロイは立場が上の者に程嫌われているが、今までは後ろ盾とする功績があった。それも今回の敗戦で吹き飛んだというところだろう。
「お言葉ですが陛下。かの《魔装騎兵団》の錬度は紛れもなく本物です。不意打ちを受けた事を加味しても決して侮って良い相手では……」
「もう良い。これ以降の指揮はわしが執る。貴様はとっとと小娘の機嫌でも取って来るがいい」
なるほど、とトロイは内心で得心した。恐らく皇帝はミスティを扱いきれていない。彼女の頭脳を存分に発揮させる為には拷問や薬物の類を絶対に使ってはならないと口を酸っぱくした甲斐もあったというものだ。だからこそ皇帝はミスティと親しいトロイに『機嫌取り』を命じたのだろう。
「心得ました」
「うむ。明日には総攻撃をかけるので貴様も英気を養っておけ」
形式通り臣下の礼を取り、トロイは足早に(とはいえ部下や周囲には格好がつく程度には落ち着きを装い)ミスティの部屋へと向かった。
「ミスティ、入るぞ?」
もし寝ていたり着替えていたら大事(如何に気心の知れた幼馴染の妹とはいえ、寝顔を見物して良い道理はない)だと一応ノックする。「入って」という返事でドアを開き、トロイは絶句した。
「ミスティ!その足はどうしたんだ!?」
白い包帯で巻かれた両足は一見すると唯の骨折のようにも見える。だが軍人として幾つもの怪我や壊れた人間を見てきたトロイには分かってしまった。ミスティの足は、もう二度と動く見込みがないと。
「帰って来て、父さんと母さんとお姉ちゃんが連れて行かれてから医者だって人に注射を打たれたの。そしたら足の中がぐちゃぐちゃになって、動かなくなっちゃった」
元々は死刑囚を逃がさない為に手足を破壊する薬品だ。何でも死体を保存する為の薬を作っていく過程で偶然生み出された代物らしいが、そんな事はトロイにとってどうでもよかった。
「ミスティ……!」
トロイはその場に跪き目線の高さに合った彼女を抱き締める。己の懺悔と怒りを悟らせないように優しく、しかし自分は味方だと教えるように力を込めて。
「大丈夫だ。きっと、お前の英雄が来てくれる」
「……英雄は来ないよ。アルは、違うから」
その言葉の意味をトロイはまだ知らなかった。
翌朝。結局眠る事は出来ず、サリが添い寝してくれた事で何とか数時間まどろむ程度に終わったがアルベルトの気分は不思議と高揚していた。単純に寝不足でハイになっているだけかもしれないが。
「アル?今いいかしら」
扉を開けると小春が立っていた。優しい彼女だが、こういう時には無理に干渉しようとしない。そういう何処かさばさばした所もアルベルトは結構好きだったりする。
「おはよう小春。何か動いたか?」
「良い報せと悪い報せが1つずつあるわ」
「……悪い報せから頼む」
アルベルトは食事でも好きな食べ物と嫌いな食べ物が並んだら、嫌いなほうを先に食べるタイプだ。この場では余り意味のない情報である。
「悪い報せね。今日の明け方、《北国》が巨大な航空戦艦を持ち出したそうよ。その主砲で《西国》の北方沿岸部は広範囲に渡って焼かれたと」
「っ!」
十年前は自分が焼いた故郷の大地。それを今回は野心に燃えた他国の皇帝が焼いたというのだから、アルベルトの胸の内も穏やかではなかった。
「後これは良い報せだけど、ナオが訪ねてきたわ。貴方に渡したい物があるらしいわよ」
「ナオが?」
数ヶ月前に出会ったドワーフの少女を思い出し、アルベルトは少し懐かしくなる。小春は何か楽しそうで、アルベルトが早く彼女と会うのを楽しみにしている様子だった。
服を着替えて寮を飛び出したアルベルトを迎えたのは、空に浮かぶ巨大な飛行物体だった。全長は凡そ数kmに及ぶだろうか?その常識はずれの大きさにさえ目を瞑れば航空戦艦と見えなくもないように思えた。
「久しぶりねアル」
前に会った時と同じ白衣を纏い、しかしその表情は嬉しさと熱に浮かされたように上気していた。
「久しぶり。それでナオ、これは何なんだ?」
「貴方の為に作った戦艦よ。超弩級魔導戦空母・《エクスカリバー》、アルが《勇者》として立つつもりなら足と拠点になる物が必要だと思ったから建造したの」
アルベルトは思わず絶句して空に浮かぶ戦艦を見上げた。生来ドワーフが科学技術に長けた種族である事は分かっているが、これをアルベルトだけで扱えるのだろうかと不安になる。
「心配しなくても信頼出来るクルーは集めてあるわ。ほら」
ナオが合図すると、見知った顔が次々と降りてきた。
「セルヴィ!?マオはまだ分かるが、バレリアにバズバ……シバもか!」
「アドゥンの加護を!我々だけではないぞ?リザードマン、エルフ、ドワーフ……それぞれの種族から選りすぐりの猛者をかき集めて訓練し、《エクスカリバー》の乗組員として鍛え上げたのだからな」
誇らしげにバズバが笑う。バレリアはというと、何やら包みを抱えて所在無さげに立っていた。
「ほれバレリア、お前も散々苦労して作ったんだからとっとと渡せ」
シバに背中を叩かれ、バレリアはたたらを踏みながらアルベルトに近づく。後ろでジークも応援するように吼えた。
「……ええい!アル、これを受け取れ!」
押し付けられた包みを開いてみると、中には一足のブーツが入っていた。
「これ、鱗で出来てるのか?」
「リザードマンの風習で、女は惚れた男に自分の鱗を接いで鎧を作るのだ。リザードマンの腹は鱗がなくて脆いからな」
確かにバズバの言葉通り、リザードマンは顔から手足、背中に尻尾に至るまで堅牢な鱗に覆われている。しかしその腹だけは無防備だった。
「死なせたくない男を守る為、か」
「その通り。まあバレリアの場合は元々の鱗が少ないからこうしてブーツになった訳だが」
「言うなぁ!」
真っ赤になって両手を振り回すバレリアを見ていると、アルベルトも思わず笑ってしまった。早速靴を履き替えてみると、意外にもサイズはぴったり合っていた。
「ありがとうバレリア。大事に使わせて貰う」
「お、おう」
思わずバレリアの頭を撫でていると、今度はマオがやって来た。
「おひさー!僕からはこれ!」
マオが抱えていた鎧をアルベルトに手渡しながら笑う。兜もセットになっているらしい。
「……ってちょっと待て!持って来てくれた事は素直に嬉しいが、一体何がどうなってるんだ?」
突然の来訪に加えてプレゼントの連続に流石のアルベルトも目を白黒させてしまう。
「元々は貴方が《勇者》として立ち上がる時に渡す予定だった物ですよ。でも《ユグドラシル》が危険を告げた事で、私達は全員予定を早める事を決定しました」
セルヴィがアルベルトの背中に負われた《エクスピアティオ》に手を当てながら微笑んだ。
「追憶の迷宮よ、今こそ解き放たれその力を示されたし」
「おわっ!?」
《エクスピアティオ》が光り輝き、封じられていた力が溢れ出す。セルヴィが封印を解いたのだろうか。
「私にはこれが精一杯だから、ごめんなさい」
「これだけの力があってもまだ一部なのか……」
唖然とするアルベルトに、マオが改めて鎧を差し出した。
「作ったのはナオだけど……えーっと……コカインじゃない、ヘロインでもない……」
「……デザインか?」
「そうそう、それそれ!デザインは僕がやったんだ」
色々と拙過ぎる言い間違いをするマオの頭を条件反射でくしゃりとやり、アルベルトは見た目程重くない鎧を手に取った。
「素材はオリハルコンとアダマントメタルの複合よ。因みに《エクスカリバー》の装甲と同じ素材と技術を流用してるから」
「人間サイズの戦艦かよこの強度は!?」
少なくとも堅牢さで言えばそのレベルである。
「アル、これは一体何事かしら?」
振り返ると、微妙に引き攣った顔でセーラが《エクスカリバー》を見上げていた。
「……なあ、セーラ。ちょっと思いついた事があるんだが」
事情を説明し、アルベルトはセーラに言った。
「そうね。私も1つ思いついたわ」
その後、アルベルトは教室に集まったクラスメート達の前でミスティ救出の為の作戦を説明した。
「アル、正気!?」
「俺はマジだ。この方法ならミスティの救出に際してうるさい事をとやかく言われなくて済む」
織江の疑問にも淀みなく答える。というか現状これしか手がないのも事実なのだ。
「だがはっきり言って命懸けだ。それでも付いて来てくれるのなら、一時間後に港へ集合してくれ。仲間に紹介する」
そう言ってアルベルトは自分の準備の為に退出する。残った小春達は顔を見合わせた。
「ケーナは行くよ。アルの事もミスティちゃんの事も大好きだから」
「そうね……行きましょう!」
小春も立ち上がり、オリーヴやアルトも追従する。
「コハルさんのある所にリリィあり。無論私も行きます!」
皆が走り出すなか、セーラはシャロンに二通の手紙を渡した。
「お父様に届けておいてくれる?こっちはエミリオに」
「分かりました。私はその後でアルに合流します」
セーラは微笑んで頷き、自分も教室を飛び出した。
一時間後。準備を整え、アルベルト達は《エクスカリバー》に乗艦した。
「1番外側は武装区画。魔導砲や対空防御機銃、誘導弾頭が主な武装になるわね。後は切り札の主砲」
案内と説明を兼任しながらナオが歩くのをアルベルト達は付いて行く。
「ここがある意味で最も苦労したんだけど、人間以外の各種族でも快適に暮らせる居住区ね。エルフの為の植物園やドワーフの洞窟、リザードマンの地底湖付き鍾乳洞とか。後はまだ合流出来てないけど人魚の為のプールも作ってあるわよ」
「まるで方舟だな」
神話に出て来る神の起こした洪水から選ばれた民を守る為に作られたという方舟を思い出し、アルベルトは内心で苦虫を噛み潰した。
「だから私は貴方の理想である『全てを救う』船を作ったの。気に入らない?」
「いや、最高だ」
ブリッジに入りながらアルベルトは頷いた。
「操舵はマオ、索敵及び属性確認はセルヴィ、砲手はまだ決まってないんだけど」
「じゃあ私がやります」
リリィが素早くシートに座り、コンソールに置かれていたマニュアルを手に取って読み始めた。
「安心していい。的に当てる能力に関しちゃあいつは学園最強だ。多少変態ではあるが」
「アル、私をナメてんですか」
「悪い。物凄い変態だったな」
「です」
それでいいのかと思わなくもないが、リリィに対してはこれでいい。
「ではアル、私達は既に準備を完了しているわ。何時でも出港可能、後は貴方の命令1つよ」
ナオに頷き、アルベルトは艦長席の前で腕を振り上げた。
「これより俺達は人間同士の戦争に介入し、この下らない殺し合いを終結させる!そして同時に掛け替えのない友であるミスティ・エルリックを牢獄より救い出すぞ!!」
『おおーっ!!』
ブリッジに集うメンバーが全員拳を突き上げて応えてくれる。それに意を強くし、アルベルトは更に声を張り上げた。
「《エクスカリバー》、発進せよ!」
数刻後。トロイは攻撃を続ける《ガイスト》のブリッジに立ち、一方的に蹂躙される《西国》を見ていた。
「皇帝陛下!」
「む?」
その様子を含み笑いを浮かべながら見物していたアドルフ皇帝は突如入った報告に眉を上げた。
「所属不明の……これは戦艦?いや、デカ過ぎる……」
「明確に報告しろ!」
思わずトロイが叱責してしまう。通信士は飛び上がりながらも何とか言葉を繋げた。
「しょ、所属不明の戦艦と思しき物体がこちらに突っ込んできます!」
トロイは咄嗟に双眼鏡を手に窓へと走る。確かに南東の方角から高速で向かってくる巨大な戦艦らしき影が見えた。
「これは!?陛下、あの戦艦からの通信です」
「繋げ」
モニターに映し出された顔を見てトロイは驚いた。まさかミスティと殆ど歳の変わらない少年が出て来るなど思ってもみなかったのだ。しかもよく見れば他のブリッジにいるメンバーも殆ど似たり寄ったりの年齢ばかりだった。
「俺はアルベルト・クラウゼン。《北国》の暴虐に対する義憤と義挙の為、この戦争への介入とミスティ・エルリックの救出に来た」
若いが随分と落ち着いた口調だ。前以て原稿を暗記したのかもしれないが、それでもこの度胸は大した物だとトロイは内心で感心していた。
「ふん、貴様の顔と名前には覚えがある。確か《中央》に飼われた成り上がりの小僧だな?その貴様が此処へ来たという事は、《中央》もこの戦争に参加するという事か」
皇帝の嫌味の混ざった言葉にもアルベルトは唯笑っただけだった。
「違うな。間違っているぞ皇帝」
「何?」
「俺達は既に《中央》の所属ではない」
アルベルトは立ち上がり、左腕を振るった。
「国旗掲揚!」
戦艦の甲板部分が慌しくなり、赤く染め抜かれた旗が揚がる。それは五カ国のどれとも違う、盾をバックに剣と槍の逆十字が描かれた旗だった。
「俺達の所属は《逆十字聖騎士団》!この超弩級魔導戦空母・《エクスカリバー》を領地とした独立国である!!」
「何ぃ!?」
初めて皇帝の顔が驚愕に歪んだ。トロイも内心ではかなり驚いていたが、寧ろ面白いという感情のほうが強い。
「馬鹿な!たかが小娘1人の為に独立国を旗揚げするなど、正気か貴様!?」
「正気さ。あえて言うのであれば、貴様の卑劣かつ下衆な行いこそが俺達を怒らせこの行動に及ばせたのだと知れ!」
怒りで顔を赤黒く染める皇帝に対し、アルベルトは一旦瞑目してから再び開き叫んだ。
「改めて自己紹介しよう。俺は《逆十字聖騎士団》団長にして……《勇者》アルベルト・クラウゼンだ!!」
続く




