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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第二十楽章 銀の雷・紫の破壊

アルベルトと小春が創世竜シルヴァーナと交戦状態に突入した頃、セーラとリリィも遺跡最深部へと戻っていた。


「やっと着いたわね。すぐにケーナの槍と短剣を……」


「回収出来ればいいんですが」


珍しく真剣な目でリリィが《アバリス》を構えながら呟く。現にケーナが元々立っていた女神像のある部屋は、未だに結界で覆われており入室不可能な有様だった。


「リリィ、私と貴女の同時攻撃でこの結界を破れると思う?」


「アルというか、サラマンダー並の火力を同時に出せるなら目がありますが」


無理な話である。ならばどうするかとセーラは頭を巡らせ、夏休みの間に新たに会得した魔法を思い出した。


「シャロン、聞こえる!?」


(はいセーラ様。よく聞こえますが、何かトラブルですか?)


思念を通じて遠くにいる仲間と会話する魔法だ。かなり古く、術式も煩雑な為現在使えるのは術式を丸暗記したシャロンとその彼女にスパルタでしごかれたセーラしかいない。


「そっちではまだ被害は出ていないのね?」


(被害ですか?そういえばさっきから都市の外で轟音と凄まじい魔力のうねりを感じますが)


「手短に説明するわね」


セーラが要点を掻い摘んで説明すると、当然ながらシャロンは飛び上がった。


(一大事じゃないですか!街のほうに避難勧告とかは)


「そうね、そっちは任せるわ。それと私の視覚をそっちに送るから結界の組成を調べて欲しいのだけど」


(分かりました。そっちのデータはアルト達に送ります)


一旦通信を切り、セーラは地上から響いてくる轟音に耳を澄ませた。


「余り時間がないわ。出来る限り速やかに結界を解く必要があるのだけど」


「ついでに女神像の解呪も急務です。一か八かですが、女神像の呪いを解けばケーナさんへの影響も解除出来るかもしれませんし」


セーラは頷き、背後から襲い掛かってきた魔物を両断して首を軽く回した。


(セーラ様!分かりました!)


「シャロン?丁度よかったわ、どうだったの?」


(その結界ですが、組成は闇なので光の魔法……コハルさんの得意な浄化の魔法で解除出来ます!六芒星結界でも十分消せる出力のようですが、そのフロアに結界を展開出来ますか?)


「六芒星って、地下四階には起点となるポイントの位置が拙くて六芒星を描けないのよ?」


念話の向こうでシャロンが絶句したのが伝わり、セーラは苦笑しながらも続いて襲ってきた1体を斬り伏せる。倒れた魔物の後ろから襲ってきた1体はリリィの砲撃で上半身を消し飛ばされた。


(セーラ様が端境玉を取りに戻られるまでに何とか方策を考えてみます!)


「そうね。どの道端境玉は必要になるし……」


そう呟いたセーラだったが、こちらを突破しようとした魔物の1体が結界を抜けかけたのを見て顔色を変える。


「ちょ、まさかこいつら……!」


「ええ、狙いは女神像。しかも結界を無効化しているみたいですね」


だとすると余計拙い事になった。一旦戻ってそれで戻ってくればいいと思っていたが、下手をするとどちらかが残って防衛戦を行わないといけないのかもしれない。


「だったら仕方ないですね。私が残ります」


「リリィ!?」


「元々私は足を止めての迎撃戦闘が畑なんです。寧ろセーラさんが残るよりも生存率は高いと思いますが」


言外に押し問答をしている時間はないと言われ、セーラは歯噛みしながらも鈴を取り出した。


「分かったわ。すぐに戻るから、十分稼いで」


「確かに受諾しました。ところで1つ確認ですが」


次々と集まってくるスケルトンやリビングアーマー、ネクロラグーン(巨大な爬虫類のゾンビ)を砲撃と掃射で蹴散らしながらリリィは何時も通りの飄々とした空気で言った。


「時間稼ぎは結構ですけど、別にこいつらを全部倒してしまっても構わないんですよね?」


「……ええ、お願いするわ」


苦笑とも違う笑みを浮かべて姿を消すセーラを見送り、リリィは懐から取り出した草臥れた鉢金を頭に巻きつけた。


「さーて、無事に帰って小春さんに『お帰りなさい』のチューをたっぷり頂く為にもお前等全員皆殺しです!!」


《アバリス》が全門火を噴き、群がる魔物達を次々と消し飛ばしていった。









同時刻。シルヴァーナと交戦していたアルベルトと小春だったが、予想以上の苦戦を強いられていた。


「行けえっ!サラマンダー!!」


サラマンダーを召喚して足止めを狙うも、シルヴァーナは地上でもかなりフットワークが軽いらしく簡単にかわされてしまう。


「ちっ!スピードじゃリンドヴルムが上回ってもパワー負け、パワーならサラマンダーが上回ってもスピード負けか。一長一短とはこの事だな」


とは言ったものの、アルベルト自身策がある訳ではない。


(思い出せ……あの時、サラマンダー達の力を欲した時俺はどうした?)


あの時自分にあったのは《エクスピアティオ》のみ。無意識の内に竜に頼ろうとしていた自分を戒めるべく、アルベルトは神剣を引き抜いた。


「行くぞケーナ!俺の声が聞こえるなら答えろ!!」


そう叫び、サラマンダーの頭に乗って突っ込んで行くアルベルトを見送り、小春も魔法陣に魔力を込めながら練り上げていく。


「待っててケーナちゃん、私とアルが必ず助け出すから!!」


雷撃に焼かれるアルベルトとサラマンダーの背中に回復魔法を唱え、小春も考えを巡らせていた。








学園に戻ったセーラはその足で練成室に駆け込み、新しい端境玉を受け取っていたところだった。


「それで、新しい結界の目処は立った?」


「ごめんなさい。何処をどう動かしても六芒星並の出力を持った結界は構築出来ません。やはりちゃんと完成させないと……」


自責で首を括りかねないトリアを宥めながら、セーラも地図を睨む。こうしている間のリリィやアルベルト達は孤軍奮闘しているのだから、一刻も早く自分も助けに行きたかった。


「あ、ミスティも見てくれない?どうやったら六芒星の結界に匹敵する形を作れるかをさ」


「んー?六芒星は2つあるけど、もう1ついるの?」


その瞬間空気が凍った。


「み、ミスティ?今何て言ったの?」


「六芒星は2つあるって言ったんだけど」


『何処!?』


思わずセーラ達全員の声がハモったが、ミスティは落ち着いていた。


「ほら、真ん中にあるよ」


「真ん中って、地下二階の奴?」


「違う違う、この階は使わないって」


ミスティは地図を指でなぞった。


「まず地上一階の中央、次に地下一階の北西と南東、地下二階を飛ばして三階の北西と南東、最後に地下四階の中央を結べば……ほら、縦に出来た」


『ああああああああああああああああああああああ!!!!!』


思い当たれば余りに簡単であったが、この時ばかりは全員がテンパっていたのもあり肝心な部分を見落としていた。


「これなら地下四階どころか遺跡全部をカバー出来る!」


「うあー……やっぱこの子私等とは頭の根本的な作りが違うわ」


セーラは思わずミスティに抱きつきそうになる自分を自制し、端境玉を持って部屋を飛び出す。織江が呟いた言葉は誰も聞いていなかった。








「うおおおおおおおおお!!」


《レーヴァテイン》の刀身から放たれる衝撃波でシルヴァーナを押さえ、サラマンダーの体当たりで動きを止める。セーラとリリィが戻るまでの時間稼ぎを兼ねているとはいえ、かなりのダメージと疲労がアルベルトに蓄積しつつあった。


「癒しの祈りを……!」


小春の唱える回復魔法は、セーラ達の得意としているヒールとは根本的に違う。ヒールは対象となる人間の自己治癒能力を高めるのに対し、小春の回復魔法は周囲の動植物から少しずつ生命力を分けて貰い回復するのだ。織江曰く「《東国》の巫女でもこれを使いこなすどころか使える者すら殆どいない」との事なので、この回復力は万物に愛された小春ならではという事なのだろう。


(どうするんだアルベルト!この調子で延々続けるのは俺もキツいぞ!?)


「分かってる!」


事態は好転していない。《コアトリクエ》を使って戦う事も考えたが、テュポーンの力はあくまでアルベルトの肉体を『大地と同じ強度まで高める』ものである。要するに大地を割る程の力で殴られれば普通に怪我もするし、下手をすれば死ぬのだから現状でそれを使うのは明らかに無謀であった。土の属性は雷に強いので、属性自体の相性は悪くないのだがままならないものである。


「ええい、何か手は……」


歯噛みするアルベルトの耳に、微かに潮騒が聞こえて来た。気付かないうちに海のほうへ近づいていたらしい。


「待てよ?海……」


本来雷属性の相手に水で挑むのは愚策だ。だが今のアルベルトには水に関連した切り札があった事を思い出した。


「一か八か、試してみるか……サラマンダー!」


(おう!)


「シルヴァーナを全力で海に叩き込め!!」


(任せろ!!)


サラマンダーが体当たりを仕掛けるのと同時にアルベルトは飛び降りる。砂浜を走り、シルヴァーナが海に叩き込まれるのと同時に左手の手甲を海水に当てた。


「水よ、俺の声に応えろ!!」


手甲が蒼く輝き、大量の水がロープのようにシルヴァーナに絡みついた。


「キュアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


シルヴァーナは全身から放電し反撃する。水を通じてアルベルトにも凄まじい衝撃が来るが、小春が背後から回復に専念してくれるお陰で何とか生き長らえていた。


「これなら俺でも少しは押さえられる……!!」


「無理しないでアル!あくまでセーラ達が戻ってくるまでの時間稼ぎ……え?」


もがくシルヴァーナを見つめていた小春がふと当惑したように声をこぼした。


「どうした?」


「泣いてるの……?」


釣られてアルベルトもシルヴァーナの顔に注意を向ける。確かにその濁った赤い目からは、海水ではない水が流れ落ちていた。


「まさか、ケーナの心が残っている!?」


だとしたらケーナは自分がアルベルトや小春と戦っている姿を見せつけられている事になる。


「誰だか知らないが、悪趣味な呪いを組みやがって……!!」


気が一瞬逸れ、隙が出来たアルベルトをシルヴァーナの口から放たれた雷撃が襲う。


「アル!!」


小春が割って入り、あのブローチを掲げた。


「小春……っ!」


「大丈夫!この結界、本当に頑丈だわ」


魔女クリスタのアーティファクトはどうやら本物だったらしい。少なくとも竜の攻撃を容易く受け切る程度の強度は出せるのだから。









同じ頃。再び遺跡に飛び込んだセーラは地図に書き加えた印に従い、次々と端境玉を設置していった。


「退けえええええええ!!!」


手に持った剣は実家から持って来て、以前は出番がなかった炎の魔剣・《アスカロン》。以前アルベルトがエミリオと戦った時、ミランダが彼に託した氷の魔剣・《フルンティング》とは対になる剣である。


「ここで、最後……!」


息も絶え絶えになりながら、何とか最後のポイントに玉を設置し魔力を解き放つ。縦と横、2つの六芒星結界が力を発揮し、蠢いていた魔物は一瞬の抵抗の後に全て消え失せていた。


「リリィ!無事!?」


「あ、あはは……どーにかこーにか生き延びました……弾も魔力もほぼ空ですけどねー……」


何処か虚ろな目で笑うリリィは、かなりの極限状態だったらしく妙にハイになっていた。そこらじゅうの破壊された壁や地面についた無数の焦げ跡等、リリィがどれ程の激戦を繰り広げたかは想像に難くない。


「よく頑張ってくれたわ。後は私に任せて!」


女神像を覆う結界は解除されているものの、まだ女神像本体の呪いは解かれていないらしい。ならセーラのやる事は1つだ。


「我は風……より速く、より鋭く……ブースト!!」


スピードを重視した肉体強化魔法を唱え、セーラは走る。途中で落ちていたケーナの短剣を拾い、一直線に。


「はああああああああああ!!」


女神像は迎撃なのか、次々とレーザーのような光線を放って攻撃してくる。だが相手の位置が動かないのであれば、射線を読むのは余りにも簡単だ。


「私の友達に……!」


展開された女神像のシールドはリリィが最後の砲撃を撃って打ち破る。


「何してくれてんのよ!!」


女神像の胸に短剣が突き立てられ、内包された魔力が解き放たれる。それは女神像にかけられた呪いを一瞬にして全て消し去っていた。









「馬鹿な!?」


学園長の銃撃で左肩を撃ち抜かれ、男は自分の呪いが解かれた事に驚愕しながら後ずさった。


「私の生徒達を舐めない事だ。お前はアルベルトだけを警戒していたが、他の生徒達も皆一騎当千の卵達だぞ?」


ある意味では助かったのかもしれない。前情報だけならどうしても七帝竜を宿すアルベルトの事だけが注目されがちだが、それ故に強大な浄化能力と自然の力を借り受ける能力を持つ小春や《戦乙女》の末裔とされているセーラといった面々がノーマークとなる。無論リリィやミスティ等も侮れない人材である事は間違いないが。


「……やはりこの程度か。所詮なり損ないはなり損ないという事だな」


蓮華と激しく斬り結んでいた女が失望したように呟く。


「ま、待てミズチ!私はまだ……!」


「もう用済みだ。消えろ」


蓮華を蹴り飛ばして距離を取り、ミズチと呼ばれた女は男の米神に短剣を突き刺す。そこから黒い葉脈のような蚯蚓腫れが広がり、男は断末魔の絶叫と共に白骨へと変わっていた。


「いいだろう。組織はこの件から手を引く……だが、あの少年は厄介だ。確実に仕留めさせて貰う」


「何!?」


そう言い残してミズチは姿を消す。咄嗟に学園長は空へ赤と緑の信号弾を撃ち上げた。


(頼むぞ、気付いてくれ……!)








時間を少し巻き戻す。セーラが呪いを解くのとほぼ同時にシルヴァーナは動きを止めた。


「ケーナ!!」


マーリスがくれた手甲のお陰で水の上でも苦もなく走れる事に感謝しつつ、アルベルトは海を走ってシルヴァーナに近づいた。


「キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」


咆哮をあげ、シルヴァーナは光と共にケーナの姿へと戻った。衣服を纏っていない事に慌てつつも、アルベルトは自分のマントを巻きつけて何とか隠した。


「アル!ケーナちゃんは!?」


「一応、眠ってるみたいだ」


目元に光る涙の跡が痛々しいが、アルベルトは小春に手伝って貰いながらケーナを近くの木陰に寝かせてようやく安堵の息をついた。


「アル!コハル!」


ぐったりしたリリィを背負いながらセーラが走って来た。


「お互い無事だったみたいね」


「1人死に掛けてるみたいだが」


「ご心配なく……魔力切れと弾切れが祟って川が見えてるだけですから」


「それ末期だと思うわ!?」


ケーナの目元を拭ってやりながらも突っ込む事を忘れない小春に笑っていると、唐突にアルベルトを衝撃が貫いた。


「が……っ!?」


「アル!!」


立て続けに3発。血を吐きながら転がると、背後には会った事もない女が立っていた。その背後に緑と赤の信号弾が打ち上がっているのも見える。


「最大限の警戒をなせ……少し遅かったですよ、学園長」


歯噛みしながらもセーラは剣を抜く。しかしその息はかなり上がっており、とてもではないがまともな戦闘は行えそうになかった。


「お前、何が望みだ?」


「アルベルト・クラウゼン、お前を消す」


淡々と話し、女は短剣を構えて近づく。


「だ、駄目……!」


小春が何とか立ち塞がろうとするが、彼女も魔力が残っておらず倒れてしまう。


「お前が消すのは俺だけか?それとも、小春達も消すつもりか?」


「邪魔をするなら排除するが、今のところ用があるのは貴様だけだ」


全身の痛みが酷く、朦朧とする意識の中でアルベルトは小さく安堵の笑みを浮かべた。


「分かった。なら約束しろ……小春達には手出しをしないと」


「なっ!?アル駄目よ!」


セーラが叫ぶのを無視し、女は短剣を振り下ろした。









一瞬の出来事だった。女の振り下ろした短剣がアルベルトの胸に食い込んだと思った瞬間、血飛沫ではなく空間の歪みが噴き出す。女はたまらず吹き飛ばされて背後の木の枝に肩を貫かれて磔となった。


「うぐあああああああ!?」


「あ、あれは……!?」


アルベルトの背後で彼を守るように立つ巨躯。それは紫の毛並に覆われた蜘蛛にも似た異形の怪物だった。しかしその左前足は肘から先が失われており、実質七本足である。


「キュガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


痛みで霞む視界の中、その怪物の姿だけははっきりと認識出来る。そう思った矢先リンドヴルムの声が聞こえた。


(アルベルト、聞こえるか!?)


「リンドヴルムか?どうした……」


(危険が迫っている)


リンドヴルムは何時になく焦った様子で言った。


(あの竜の名はヒューベリオン、我等の中で最も残忍で気性の荒い竜だ)


「あれ竜なのかよ!?」


リンドヴルムとは違い鱗ではなく毛に覆われた全身といい、蜘蛛か何かの化物と言われたほうが納得出来る姿といい凡そドラゴンの要素は見当たらない。


(今はそんな事を言っている場合ではない!あの女は今文字通り逆鱗に触れたのだ)


「どういう事だよ」


(あの女は短剣を振り下ろした時、寄りにも寄ってヒューベリオンの鱗を突いてしまった。我やリヴァイアサンならまだしも……運のない)


リンドヴルムは溜息をつき、説明を続けた。


(ヒューベリオンの能力は闇と重力だ。しかも奴に周囲への配慮など欠片もない、つまり……!)


「射線から外れろおおおおおおおおお!!!」


アルベルトの声に小春達が何とか移動し、それとほぼ同時にヒューベリオンは女目掛けて口を開いた。


「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


口から放たれる重力砲。それは女を捻り潰しながら飛び、かつてアルベルトが小春と一緒に上った山の中腹を貫通してようやく消えた。


「うわ、山がぽっかり穴開いてやんの」


瓶が無事だったポーションを幾つか飲みながらアルベルトはぼやく。自分の許容量を越えた破壊の力にすっかり感覚が麻痺してしまったらしい。


「……」


破壊の限りを尽くして気持ちが落ち着いたのか、ヒューベリオンは満足気に小さく唸り声をあげてから姿を消した。それと同時に何とか立ち上がったアルベルトの背中に力が集まる。


「な、何だ?」


装着されたのはリリィの物と酷似したバックパック、そしてその両側からアルベルトの両手に装備された大砲だった。どうやら右は集束砲で、左は広域を薙ぎ払う為の砲らしい。頭に注ぎ込まれた使い方から、この2つの砲は接続して更に威力を高める事が可能だという事も分かった。その名は《アポカリプス》と教えられた。


(ふむ……元々攻撃的で血と闘争に飢えた戦闘狂だ。アルベルトに力を貸すほうが暴れられると判断したのだろう)


「いやいらねえよこんな危ないドラゴン!」


殆ど半泣きになりながら叫ぶが、今更貰った武器を突っ返せる訳もない。結局受け入れるしかなかった。








そんな騒ぎがあった数時間後。医務室のベッドでケーナはようやく目を覚ました。


「ケーナ、俺達が分かるか?」


「……ええ、よく分かるわ」


その口調に違和感を覚え、アルベルト達は思わず身構えた。


「そんなに身構えないで。貴方達がケーナと呼んでいるあの子は今眠っているから」


ケーナの顔をした誰かはゆっくりと起き上がり微笑んだ。


「私は創世竜シルヴァーナ。まさかサラマンダーとリンドヴルムの力、人魚の魔法を使って私を押さえ込める人間がいたとはね……気に入ったわよ」


「そんな事はどうでもいい。シルヴァーナ、お前とケーナにはどんな関係があるんだ?」


シルヴァーナは「仕方ないわね」と苦笑してベッドに座り直した。


「かつて私はセシルが死んでアーサーが自決した後、マリエラと共に表の社会から消えたの。さっきヒューベリオンがぶち抜いた山で彼女と2人で静かに暮らしていたけど、人と竜の寿命差は如何ともしがたくてね。マリエラの墓を守る為に自分の魂をあの家に封じたんだけど」


アルベルトは思わず小春と顔を見合わせた。ガルーダを倒しに行った時、2人で夜を明かした小屋の事なのだろうか。


「でもそこを最近……といっても七竜戦争の終わった後くらいね。どっかの科学者達があの家に踏み込み、私を封じていた石を持ち出したのよ」


シルヴァーナは溜息をつき、水差しから水を一杯取って飲んだ。


「一応意識ははっきりしてたから、何があったのかは大体分かるわ。彼等は私の力を軍事利用する為の器を作り、それを使って復活させようとしたのね」


「まさか、その器が……」


「ええ。生体魔法器、オーガニック・マテリアル。この子はその唯一の成功体……私の影響か分からないけど、銀髪を持って生まれた事が余計に彼等を増長させる事になったわ」


アルベルト達は無言で続きを促した。


「銀髪を持って生まれた子を受け入れる者は少ない。だからこの子はいつか自分が消える事を望み、その時私はこの子の肉体を使って復活する筈だった」


「だった?」


「そうよ。この子は消える事を望まなくなり、寧ろ希薄だった自我が確固たるものとして定着したの。貴方達のお陰でね」


自分の復活を阻まれたにも関わらず、シルヴァーナは嬉しそうに笑った。


「ありのままの自分の手を取られた事で、この子は友達を得て恋をした。結果、肉体の主導権を完全に掌握し、私はあくまで『ただそこにいるだけの存在』になったのよ」


「なら今のお前は何なんだ」


「あの呪いで私が無理矢理引っ張り出された影響よ。といっても一時的なものだから、貴方達の事を大切に想っている限り必ず目覚めるわ」


一様に全員が安堵の息を零す。その姿を見てシルヴァーナは頷いた。


「それでなんだけど、アルベルトにはしばらく私を召喚するのは待って欲しいの」


「召喚を?別に構わないが、応じるつもりでいたのか」


「当然よ。とはいえ今召喚に応じて竜の姿を取り戻すと、ケーナの心を潰しかねないから。今日から少しずつ力を渡して、最終的にはケーナをメインに私の人格を統合していくわ。そうすればケーナ自身の意思で竜の姿に変身する事が可能になるからそれまで待って」


「……話は分かった。人格どうこうはケーナと相談して決めてくれ」


アルベルトが告げると、シルヴァーナは「分かっている」というように笑った。


「アルベルトに力を貸す事の証として、私の槍を献上させて貰うわ。雷鳴を司る槍、《ゲイボルグ》を」


シルヴァーナの手に雷光が光り、一振りの槍として顕現した。彼女はそれを躊躇いなくアルベルトの手に渡す。


「ありがとう。大事に使わせて貰う」


「少なくともヒューベリオンの武器よりは扱い易い筈よ」


冗談なのか本気なのか判断が付きかねたが、アルベルト達は思わず笑ってしまった。








学園長室。学園長は今日一日で起こった出来事に頭を抱えていた。


「やはりお兄さんを喪ったのは……」


「いや、アレは別にどうでもいい」


ばっさりと斬り捨てられ、蓮華は思わずズッコケた。


「問題は曲がりなりにも竜の力を制御する術を持った連中が裏で暗躍しているという事実だ。唯でさえ北がキナ臭く、各国の足並みも揃わんこの時期に……!」


「少しカリキュラムを前倒ししましょうか」


蓮華の提案に学園長は頷いた。


「本来は三学期に行う筈だった最終練成、今の課題が終わり次第取り掛かるぞ」


決然とした表情で宣言し、学園長は窓から覗く月を見上げた。


「《姫巫女》よ、願わくば守り給え……」











               続く

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