第十八楽章 繋がる過去と今
一旦探索を中断し、アルベルトは小春達を連れて学園まで戻った。4人ともポーションで応急処置を施したとはいえ、全員重傷患者である事は確かなので即医務室行きであった。
「それで、何か申し開きはあるか?」
「ありません。あえて言うのであれば、これは俺の独断であり織江に責めを負わせないで頂きたいです」
学園長室に呼び出され、アルベルトは直立不動のまま学園長の前に立っていた。
「まあそこはコハルが離脱の為に起動させた魔法陣にお前が勝手に飛び込んだだけとしておく。結果論ではあるが、暴走は起こらず4人とも怪我を負ったものの無事で戻ってこれた。だが一応のけじめとして反省文を明日の朝までに提出しておけ。原稿用紙1枚分な」
「分かりまし……へ、1枚?」
「多かったか?」
「いや、そうじゃありませんが……」
「なら良いだろう。さっさと書き上げて持って来い」
アルベルトはようやく合点が行ったように頷き、「寛大な処分感謝します」と頭を下げてから部屋を出て行った。その姿を見送り、学園長は椅子に凭れ掛かりながら小さく笑う。
「これでアルベルトとセーラは反目するどころか、更に深い絆を結ぶ事になる。流石に腹が膨れたり子供を抱いて卒業式に出る事はないだろうが、案外一線は越えるかもな。お前の計画はいきなり頓挫したぞ?兄さん……」
その声に答える者は誰もいなかった。
その後アルベルトは自室に戻り、手早く反省文を書き上げて提出。とりあえず小春達の見舞いに行こうと町で果物を買ってから医務室へと向かった。
「皆大丈夫かー……ってセーラはいないのか?」
「あ、ありがとアル。セーラなら私達の中では軽傷なほうだったから、自室に戻ったわよ」
小春の情報に感謝しつつ、アルベルトは果物篭の中からリンゴを取り出した。
「全治二週間だって」
「短いんだか長いんだか微妙だな」
その間に学園の卒業者で構成される《暁の魔女騎士団》が掃討作戦を展開するらしく、一応盗賊関連の危険は全て排除されるらしい。だったら最初から動きやがれというのはアルベルトの勝手な感情だろうか?
「……ってアル!左手だけでどうやって皮をむくつもり!?」
「ん?こうやって」
皿の上にリンゴを置き、右の肘で押さえながら左手でナイフを当てる。後は皿をリンゴごと回しながら皮をむいていくだけだ。
「器用ね……」
「こういう事だけは無駄に上手くなったからな」
ベッドで安らかな寝息をたてるケーナと「すかー」と騒々しい寝息(鼾をかかないところはまだマシか)をたてるリリィに目をやり、アルベルトは安堵の息をついた。
「本当に、皆が無事でよかった」
「結構ボロボロだけどね」
包帯だらけの体を示して苦笑する小春の髪をそっと撫で、アルベルトは首を振った。
「生きていてくれた。それだけでも俺には十分だ」
「アル……」
どれ程に渇望しても戻る事のない過去を惜しんでいるのかは分からない。小春は優しく微笑んでアルベルトの頬に手を当てた。
「大丈夫。私達は皆アルの味方だから」
「ありがとな。だったら小春も1つ約束してくれ。俺に生きる事を望んだように、小春も生きると」
「ん、約束する」
小春はアルベルトが切り分けたリンゴを一切れ食べてから枕に頭を乗せ直した。
「セーラの所にも行って上げて。きっと待ってるから」
「分かった。じゃあまた明日来る」
軽く手を挙げて医務室を後にする背中を見送り、小春はシーツを被り直して目を閉じた。
「シャロン?」
ベッドに寝転がって本を読んでいたセーラは、ノックの音でそちらに意識を引き戻された。丁度主人公の少女がずっと好意を持っていた少年の腕に飛び込み思いの丈をぶちまけるシーンだったので少し不機嫌になりつつ返事を返した。
「アルベルトだけど、入っていいか?」
そして噴いた。何しろ今の自分ときたら生地の薄いネグリジェ姿で、少し見れば包帯塗れの体や実用性重視で色気も素気もない下着が割りとあっさり見えてしまう状態なのだ。慌てて椅子にかけてあった上着を掴んで着込み、シーツの皺を伸ばし、寝癖が付きかけていた髪に適当でも櫛を入れる(これは普段シャロンがやってくれるので、自分だと中々勝手が分からず苦労した)。これだけ見ていると自分が怪我人だという事を忘れそうになるものの、体の痛みがそれを思い出させる。何とか一応の格好はつく状態にしてから返事を返した。
「ど、どうぞ」
普段部屋に控えているシャロンとトリアは血だらけになったセーラや小春達の衣服を洗濯しに行っており、部屋には現状セーラしかいない。その事実が彼女の心拍数を増大させていた。
「お邪魔しますっと」
部屋に入ったアルベルトは、予想通りに整然と片付けられた部屋に思わず笑ってしまう。
「意外と大丈夫そうだな」
「これでも鍛えてるからよ。コハル達よりは打たれ強い自信があるわ……少なくとも体のほうは」
「そりゃ前衛の魔法剣士だもんな」
互いに笑い、アルベルトは手近な椅子を選んで座った。
「まずはこれ。見舞いの果物……まあ安物だけどさ」
「大丈夫よ。どっかの誰かさんと過ごしたお陰で、寧ろ高級品には馴染めないから」
屈託なく笑うセーラの顔は今まで見てきたのよりも数段幼く見える。
「後は……」
一応部屋で磨きはしたものの、やはり十年という歳月は長かったらしくかつての輝きはとっくにくすんでいた。
「待たせてごめんな。せーちゃん」
「いいのよ。二度と会う事もないと思っていた男の子にもう一度会えたんだから……ね、あーくん」
手渡されたペンダントを見つめ、セーラは目に涙が浮かぶのを感じた。遺跡で流した絶望の涙とも違う、喜びの涙を。
「このペンダントにはね、アスリーヌ家の家紋ともう1つ意味があるの」
「意味?」
「そう。かつて《戦乙女》と呼ばれたセシル王女の形見の品で、持ち主の魔法出力を増幅させる効力を持つアーティファクト。そして私が15の誕生日に預けられた鍵と組み合わせる事で真の力に目覚めると」
知らなかったとはいえ、とんでもない代物をとんでもない奴に奪われていたと、アルベルトは今更ながらに頭を抱えたくなる。
「アルが気にする事じゃないわ。悪いのはそんな大切な事も知らず、気軽に貸してしまった私だもの。知ってたら、もっと別なものを渡してたから」
「……ん?ちょっと待ってくれ。王女の形見がお前の家の家紋って事は」
「そうよ。アスリーヌ家は分家とはいえ、かつてのセントラル王家の末裔……《勇者》を追い立てた罪人一族って訳」
あの事件を機にセントラル王家は没落し、代わりに当時唯一《勇者》を擁護し守ろうとした貴族の家が国を治めて今に至るのだという。アスリーヌ家は本家と離反し、新たな王の為に精力的に働き続けた結果現在は宰相の地位を得るまでに至ったと。
「そういう意味では本家も見捨てた二重の裏切り者なのよ。私の家は」
「そりゃないだろ」
何故こうまで自分を貶めるのか理解出来ず、アルベルトは強引に遮った。
「セーラ、俺はどうだ?」
「え?」
「七帝竜の器になり、夏休みを利用してエルフとリザードマンとドワーフ相手の交流を個人レベルでも回復した」
セーラは何を言い出したのかと目を白黒させるが、ややあって頷いた。
「そうね。素晴らしい功績だわ」
「だが俺には誰の血が流れてるかも分かりはしない」
「どういう事?」
「先祖はあの連中みたいな盗賊だったかもしれないし、或いは血を見るのが何よりも楽しいイカレた殺人狂だったかもしれない。もしかしたらそこら中の女子供を精神的に嬲り者にしてその様を存分に楽しむ真正のゲス野郎だったかもな」
「そんな筈ないわ!いいえ、仮にそうだとしてもアルには関係ないでしょ!?」
「同じ事なんだよ。セーラのそれも、家の事情がどうあれセーラ自身には何も関係がない。世間的にはあれこれ付き纏うのかもしれないが、少なくとも俺や小春達にとっては一切無関係の話だ」
アルベルトはセーラの頭に手を置いて笑った。
「俺自身何故《勇者》アーサーが持っていた《エクスピアティオ》を親父が持っていたのかも知らないし、何の因果で七帝竜が右手に宿っているのかも分からないままだ。エルフの里で俺が《約束の子》という存在らしいという事は分かったが余計に謎が深まったしな。それでもセーラや皆は俺を仲間だと、クラスメートだと受け入れてくれただろ?過去なんて関係なしにさ」
「ええ……」
「俺も同じさ。セーラの先祖が何をしたかはどうでもいい。今俺の目の前にいる、自他に厳しい割に面倒見が良くて寂しがりやのせーちゃんを信じてるからな」
セーラは顔を隠すようにシーツを持ち上げ、目を隠したまま小さく頷いた。
「ねえ、アル」
どれ位顔を隠していたのか、セーラは横になったまま口元を隠して顔を出した。
「何だ?」
「私が眠るまで、手を握っててくれない?」
「そんな事でいいのか?いいぜ」
おずおずと差し出された、剣を握るとは思えない小さな手をそっと握り締める。セーラは安心したように微笑み、静かに目を閉じた。
「今度さ、約束した通りどっか遊びに行くか」
「そう、ね……何時か……」
やはり疲れが溜まっていたのか、穏やかに寝息を立て始めたセーラの寝顔をしばらく眺めているとドアが開かれた。
「セーラ様?サンドイッチでも……あら」
「ようシャロン。悪いけどたった今寝ちまった。起こすか?」
アルベルトの提案にシャロンは首を振り、傍まで歩いてからサイドボードにサンドイッチと紅茶を乗せた盆を置いた。
「こんなに幸せそうに眠るセーラ様を見るのは久しぶりです。アルのお陰ですね」
「余り実感はないんだけどな。約束した事も、何もかも全部忘れてた俺だから」
あの旅行と一日だけの邂逅。それは直後に起こった母の死と《サザンの悲劇》に上塗りされて記憶の底にまで沈められていたのだ。
「下で話します?」
「そうだな……っておい」
そっと手を抜き取ると、セーラは急に不安げな顔になって何かを探すように手を動かし始める。流石に居た堪れなくなってアルベルトが再び手を触れさせると、今度は放すまいとするように両手で掴んできた。
「……アルの毛布を取ってきますね」
「済まん」
シャロンは「サンドイッチでよかったら食べちゃって下さい」と言い置いて部屋を出て行った。
「やれやれ……そういえば別れ際もずっと泣きながら笑ってたっけか」
何処までも寂しがりで泣き虫の女の子。左手をセーラに握られているうえ、右手が動かせず頬杖をつけないアルベルトは悪いと思いつつもベッドに右腕と顎を乗せて彼女の顔をしばらく見つめていた。
「全く、何時の間にそんなに美人になったんだよ?今から思い返せば11年前も可愛かったけどな」
この学校で出会った時は、純粋に綺麗な子だと思った。最初の課題で肩を並べて戦い、その後友達になり意外と抜けたところもあるんだと気付いた。その生まれ故にアルベルトや小春とは違うものを見続けている彼女が時折酷く苦しそうに見えた事もあり、目が離せなくなった。その割には夏休みに誘われた事をあっさり断ったりと我ながら薄情であったが。
「小春やケーナだけじゃない、皆守ってみせるさ。勿論セーラもな」
それは己に課した静かな決意。一度は全てを失い、新たに手に入れた少年なりの意地でもあった。
朝日が窓から差し込み、小鳥達の囀りが耳を擽る。何時もの目覚めだとセーラは目を開き、固まった。
(え、あれ……?状況が分からないわ)
目を開けた先にはベッドに顔を押し付けた状態で寝ているアルベルトがおり、彼の左手(というか左腕)は誰あろうセーラ自身が死んでも放さないと言わんばかりに抱き締めていた。しかもそれなりに自信のある(大きさではミスティやケーナに敵わずとも、形でなら相手が小春でも十分勝負出来ると自負するくらいの)胸に挟む形で。
「ん……」
「!!」
アルベルトが微かに息を漏らし、寝返りを打つように頭を動かす。険の取れた思いのほか幼い寝顔を向けられ、セーラの鼓動は一気に跳ね上がった。
「あ、アル……?」
「……」
完全に寝ているらしい。セーラはほっとする反面、起きたらどんな顔をするのか見れなかった事を残念に思いながら抱き締めていた左腕を放した。
「……」
もしかしたらチャンスかもしれない。そんな感情に動かされるまま、そっと顔を近づける。後少しで届くというところでドアをノックされた。
「きゃっ!?」
「どわあっ!?」
思わずアルベルトを突き飛ばしてしまい、彼は絨毯を敷いてあるとはいえ床に後頭部を強打した。
「セーラ様大丈夫……です、か……?」
トリアとシャロンが首を傾げるなか、セーラは羞恥と後悔からシーツを頭まで被りアルベルトは床に転がって悶絶していた。
その後、何とかアルベルトもセーラも復活しそれぞれ服を着替えてから再びセーラの部屋へ集合していた。アルベルトとしては平謝りするセーラを宥めるのが一番疲れたが。
「そういえばセーラ、このぬいぐるみもずっと大事にしてくれてたんだな」
「当たり前じゃない。貴方からのプレゼントだもの」
少し気恥ずかしくなり、アルベルトは米神を軽く指でかいた。
「セーラ様とビスケット、物凄いエピソードがあるんですよ?」
「マジか……ビスケット?」
ネズミと凡そ結びつかないネーミングにアルベルトは首を傾げた。
「セーラ様は自分の大切な物には大抵お菓子の名前をつける習慣があるんです」
「しゃ、シャロン!」
「いいじゃないか。可愛いセンスだと思うぞ」
「かわっ!?」
二重の羞恥で真っ赤になり固まるセーラをしばし鑑賞し、アルベルトはシャロンに向き直った。
「で、その物凄いエピソードってのは?」
「ビスケットがセーラ様が持つに相応しくないと現当主、つまりセーラ様のお父様がそんな事を言い出しまして。当時幼かったセーラ様はビスケットを抱いたまま屋敷中を逃げ回り、しまいには屋根によじ登って『ビスケットを捨てるくらいならここから飛び降りる!』と大声で泣いたんです」
「……」
呆然としたアルベルトは信じられないものを見る目で固まるセーラに目をやった。
「丁度そこにセーラ様のお母様がお帰りになられて、旦那様をかなり過激に折檻した後セーラ様の要望を受け入れたんですけどね」
「そらまた、そんなにか」
何を言っていいか分からず、アルベルトとしては苦笑するしかない。とはいえ自分との思い出をそこまで大事にしてくれていた事にはつくづく嬉しさと申し訳なさが半々だ。自分はその思い出を完膚なきまでにすっ飛ばしていたのだから。
「も、もう……私の昔事はどうでもいいじゃない」
「そうですね。では今の話をしましょうか」
珍しくトリアは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「セーラ様、あーくんが現れたら『11年待たせた責任を取って貰う』と言ってませんでしたか?」
「ぶっ!」
「責任?」
咽るセーラと、アルベルトは何気に物騒な単語で眉を上げた。
「ああああああの、気にしなくていいのよアル?」
「そういう訳にも行かないだろ。実際俺が忘れてたのは事実なんだし、俺に出来る事なら何でもするぞ」
シャロンとトリアが拍手し、セーラは真っ赤になって「貴女達楽しんでるでしょ!?」と叫んだ。
「では私は洗濯物を片付けてきますね」
「私はコハルさん達のお見舞いに行って来ます」
そう言って止める間もないくらい素早く部屋を出て行く2人を見送り、アルベルトは自分が今何を言ったのかを吟味していた。
「……」
さて、大変な状態なのはセーラである。目の前には千載一遇のチャンスが転がっており、恐らくセーラが手を伸ばせば簡単に手に入るだろう。
(でもそれでいいの?)
頭に過るのは小春やケーナの顔。そういえばアルベルトは夏休みに世界を飛び回ったというし、恐らくその時に出会った少女達も彼を好いているに違いない(根拠の全くない乙女の勘である)。今からセーラがしようとしている事は、端的に言って『抜け駆け』と言えるものだけに罪悪感も半端ではなかった。
(そうよ、栄えあるアスリーヌ家の次期当主が宣戦布告もなしに奇襲攻撃を仕掛けるなんて真似は……)
因みに2人いる姉のうち長女は将軍職を希望しており、次女は根っからの学者である為どちらも継承権の放棄を宣言していた。よって三女であるセーラに継承権があるのである。
「セーラ?」
(ああでもコハルは薬によるものとはいえアルにキスしたのよね?それにケーナは泊まりでアルとずっと旅してて、この行動でイーブン……な訳あるか!)
「セーラ!大丈夫か!?」
「わひゃっ!?」
額に手を当てられ、セーラは思わず飛び上がった。
「傷が熱持ってるんじゃないだろうな?」
「お約束のボケはいいのよ!」
こんな所でテンプレ通りの会話に終わっては色んな意味で残念過ぎる。セーラは気持ちを落ち着かせるべく深呼吸を3回してからアルベルトを見据えた。
「あ、アル!」
「はい!」
別にそこまで畏まる必要はないのだが、気をつけの姿勢を取るアルベルトに笑いつつセーラはペンダントを渡した。
「着けてくれる?」
「ああ。お安い御用だけどそれでいいのか?」
「いいのよ」
髪をかき上げて首を見せると、アルベルトは後ろに回ろうとしたのでそれは止めた。
「正面から着けろと?」
「じゃないと意味ないでしょ」
「やり難いんだがなぁ……」
そう言いながらも律儀な彼らしく首の後ろに腕を回して手探りで留めてくれた。
「アル……」
「どうしたセーラっ!?」
チャンスは今しかない。セーラはアルベルトの背中に腕を回し、抗う間を与えずに唇を重ねた。
「おまっ……どういう事だよ」
流石に二度目ともなると多少は冷静になるのか、アルベルトは頬を染めつつも正面からセーラを見た。
「その……まあ、宣戦布告?私だってコハルやケーナには負けたくないから」
「えーっと、それってつまり」
「そういう事よ。でも今無理に返事をする必要はないから安心して」
11年待ったのだ。ならこれくらいのフライングは許されると思いたい。
「でもこれだけは覚えておいて。私、セーラ・アスリーヌが貴方という1人の男を愛しているという事実を」
「ああ、よく覚えておく」
まだ現実感がないのか、何処かぼんやりした様子で答えるアルベルトに苦笑しつつセーラはもう一回今度は頬に口付けた。
アルベルトの右手に構築された精神世界。そこで四体の帝竜が集っていた。
「サラマンダーとリンドヴルムは来ないか。ヒューベリオンが来ないのは当然としてだが」
「彼等は既にアルベルト・クラウゼンの配下ですからね。ヒューベリオンは暴れられさえすればどうでもいいのでしょうが」
何処か失望したような空気のバハムートに対し、リヴァイアサンが苦笑を含んだ様子で告げた。
「それで?貴様とテュポーンも小僧に武器を渡しているようだが、配下にはならんのか」
「時が来れば、それもやぶさかでないですがね。雷の席が空いている今五行の竜が次々と席を空ける訳にも行かないでしょう」
「全くだ。若輩のリンドヴルムはともかく、サラマンダーがそれを把握していないのは如何なものかと我輩は思うぞ」
テュポーンの言葉にリヴァイアサンは小さく溜息をつく。
「サラマンダーは馬鹿ですから」
「……」
アレキサンダーが音を響かせて割り込んだ。元々無口なアレキサンダーは、こうして思念を音に変換して意思の疎通を取る事を可能としている。
「ええ、分かっています。《約束の子》は竜を惹き付ける……恐らくは『彼女』も既に彼の傍にいるのでしょう。自覚はまだないようですが、もし目覚めてアルベルトに従うようであればその時は私とテュポーンも配下として馳せ参じる事になるかと」
「あのような半人前の小僧に従わねばならんとは……」
不満気なテュポーンにバハムートは軽く咎める目を向けた。
「だがあの小僧の素質を最初に認めたのは貴様だろう。何時ものように物の言い方を把握していなかった結果、リンドヴルムに先を越された訳だが」
「ぐ……」
「土は育み、風は共に遊び、火は勇気を示し、水は慈しむ。そして雷は……」
「宿命に抗う、だったな」
歌うように呟くリヴァイアサンの言葉にバハムートが追従した。
「であるなら、例え作られた器であったとしても『彼女』がそれに転生したのは運命だったのでしょう。創世竜の目覚める刻は確かに迫っています」
バハムートは何かを悔やむように目を閉じた。
「人の《勇者》と竜の《勇者》が再び並び立つ、か……」
「既にエルフ、リザードマン、ドワーフも動いております。人間も時間の問題でしょう。種族として動く事がなくとも、あの時シルヴァーナと共に戦った者達の血脈は《約束の子》へと集っていますから」
バハムートの迷った様子にリヴァイアサンは更に言い募る。
「召喚に応じよとまでは言いません。せめて貴殿が保有する鎧、《アイアス》を与えても良いのでは」
「くどい」
バハムートは翼を拡げ、議論は終わりだとばかりに羽ばたかせた。
「素質があるのは認める。種族の壁を飛び越えて絆を結ぶだけの器がある事もな。だが我々七帝竜の力を全て束ね、竜の王となるにはまだ『浅い』」
無限竜が何を望むのかを誰も理解出来ないうちにバハムートは姿を消す。今日のところはこれ以上食い下がっても無意味だと感じ、リヴァイアサンも溜息をつきつつ身を翻した。
「そろそろ、私も動く時ですか」
「ならば行け。我輩はしばし様子を見る」
「……」
テュポーンとアレキサンダーをその場に残し、リヴァイアサンは再び外の様子を見るべく意識を研ぎ澄ませた。
その日の夕方。セーラは1人小春達の病室を訪れていた。
「あらセーラ。いらっしゃい」
「皆無事でよかったわ」
3人で雑談していた小春達はセーラに椅子を勧めてベッドに腰掛けた。ケーナだけは両手で頬杖をつき、ベッドにうつ伏せに転がったが。
「今更だけど、宣戦布告しに来たの」
「……アルの事?」
「ええ。アルが1人しかいない以上、独り占め出来るのも1人だけでしょう?」
貴族階級の上辺だけの友達ではない、心の底から断言出来る大切な友人達と争いたくはないが、それでも押さえ切れない位にセーラの心は昂ぶっていた。
「んー、ケーナは独り占めするよりされたいなー♪」
『……今、何て言ったの?』
思わず小春とセーラの声がハモった。リリィも興味深げにケーナを見る。
「ん?アルがケーナ達を独り占めしたらみんな仲良しのままだって事」
「なるほど……」
「アルがそれを受け入れるかによるけど、確かにそうすれば万事が解決するわね」
一番根本的な大前提が解決していないとリリィは突っ込みそうになったが、小春の表情を見るに野暮だと感じて黙っていた。
「ただまあ、余り急ぎ過ぎないほうがいいわね。リザードマンの里でも女ったらし的な事を言われて死にそうになってたから」
「気の長い話になりそうだけど、悪くはないと思うわ。ケーナお手柄よ」
恋する乙女達は盛り上がっているが、リリィは思う。正直な所……10人は確実に越すのではないかと。
続く




