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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第十七楽章 決別と再会

小春達が出発してから数刻。アルベルトは普段余り寄り付く事のない練成室で図書室から借りてきた本を読んでいた。早い話が暇潰しである。


「それ、冒険小説?」


「ああ」


織江も退屈なのか、アルベルトが読み切った本を手に取って読み始める。オリーヴやアルトは万一に備えてポーションの練成に余念がなく、ミスティは相変わらずオリジナルのやり方を試しては爆発を起こしているものの基本的には平和な時間だった。


「小春達なら大丈夫……とは思うけど、やっぱり不安だね」


「織江とミスティは何時もこんな気分を味わってる訳だ」


ページを捲りながら言うと、織江は苦笑気味に肩を竦めた。普段は最前線で大暴れする事が主となるアルベルトには新しい感覚と言えた。


「ま、今回はセーラもいるしリリィも支援砲撃するし大丈夫とは思うんだけど」


アルベルトは落ち着かないのか、本を捲りながらも視線は緊急転送が行われた時に起動する魔法陣と本を行ったり来たりしている。


「待つしか出来ないってのは辛いよね。アル、やっぱり復讐……したい?」


「復讐はとりあえず置いておいて、取り戻したい物が1つだけある」


本に栞代わりのメモ用紙を1枚挟んで閉じ、アルベルトは遠くを見つめるように見据えた。


「まあそれが何なのかは覚えてないんだけどな。大切な預かり物をあいつらに取り上げられたのだけは覚えてる」


「そりゃまた難儀な……ん?ちょっと待って」


織江が何かに気付いたように顔を上げた。


「確か十年前、アルはサラマンダーの力を暴走させてサザン地方一帯を焼き払ったんだよね」


「そうだけど」


「じゃあ何であいつら生きてるの!?」


そこが疑問だった。


「それな、あいつら俺がサラマンダーを解き放つ直前で転移魔法使ってほぼ逃げやがった」


逃げ遅れた奴は消し炭だったがなー。と付け加え、アルベルトは皮肉な笑みを浮かべた。


「だからやっぱり俺は行かなくて正解だったかもしれない。取り戻す以前にあいつらを燃やしたくて仕方がないって衝動も確かにあるんだ。でも……一番はやっぱり守りたい、俺を仲間だと受け入れてくれたあいつらを」


「……そっか」


織江はメモ用紙を取り出し、さらさらと何かを書いていく。アルベルトがそちらに目をやると簡易転送陣は小春が鈴を鳴らすと起動するが、その時はこちらから飛び込む事で小春達の目の前まで行ける事が記されていた。


「いいのかよ」


「私はちょっと復習の為に自分の転送魔法の特質を改めて筆記しただけだからね」


片目を瞑ってみせる織江に少し笑い、アルベルトはさっきよりも軽くなった気分で本を開いた。








同じ頃。小春達はセーラを先頭に隊列を組んで遺跡内部を探索していた。


「豪雷!!」


小春の魔法が発動し、群がってきたスケルトン(骨になって尚も動き、戦い続ける戦士。大抵はネクロマンサーの術によって作り出される)を一掃する。アンデットに最も有効とされるのは聖なる力で魂を縛り付ける呪法を解くか、火で焼き払う事とされている。後者はまだ燃える肉の残っているゾンビのほうが楽に焼けるのだが。


「折角です、強化した魔砲の威力をお見せしましょう!」


ドワーフの国に滞在している間、リリィとて何もしていなかった訳ではない。彼女の魔砲・《アバリス》は背中に装着するバックパックに繋がれ、バックパックも左肩を覆うアーマーと一体化するように改造されていた。普段彼女が使う魔砲は威力が高すぎる為、味方を巻き込んだり余計な破壊を生み出す危険を孕んでいた。だが今回の改造によって左肩のガドリング砲と大口径魔導銃二門が追加された事で、ある程度ではあるがその問題を解消出来たのだ。


「掃射開始!!」


次々と撃ち出される魔力の篭った銃弾が、向かってくるヴァンパイアバット(生物の血を吸って生きるコウモリ。体が大きい分吸う量も多い為大抵の生物は死ぬ)を片っ端から撃ち落とす。


「行くよー!ライトニング・ブラスト!!」


ケーナが呪文を詠唱し、稲妻を呼び出して他の魔物を打ち据える。本来なら下級の初心者用魔法だが、ケーナ程の魔力を持ってすれば上位種の魔物であろうとも一撃で致命傷を負う。銀の髪を持って生まれた者の宿命なのかもしれない。


「はああああああっ!!」


セーラの魔力で作られた剣は激しくも滑らかな動きで魔物の間を踊りまわる。もっとも、その踊りが齎す物は豊饒の祈りでも愛の調べでもなく絶対的な死であった。


「とりあえず地下一階の魔物は掃討しましたね。休憩にしましょうか」


戦闘のポジション上、余り動く事のないリリィがポーションや応急処置用の裁縫道具以外のアイテム(携行食料や飲料水)を持ち歩く事になっている。必然的に休憩の判断も彼女の仕事になっていた。


「お弁当はコハルさんの特製お握りですか。これさえあれば私は後十年は戦えそうです」


出発の前に小春が急いで用意してくれたお握りを全員で食べつつ、セーラは入学して間もなかった頃の事を思い出した。


「ねえコハル」


「はい?」


「アルも貴女の作ったこのオニギリというのを食べたのかしら」


小春は記憶を手繰るように宙を睨み、「ああ」と手を打った。


「ええ、作ったわ。アルが七帝竜を解き放った夜の事だけど」


「そんな事もあったっけ。随分と昔の事のように思えるのはどうしてかしらね」


偉そうな口を叩いた割に、政府内部の調査は遅々として進んでない事の苛立ちを内心に押し隠してセーラは笑った。


「《東国》の神秘なんでしょうかね?唯米を炊いて握っただけなのにこんなに美味しいとは……は!つまりこれには小春さんの愛がぎっしりといだだだだだギブギブギブ!!」


何となくリリィの後頭部にアイアンクローを入れながら、セーラは2つ目のお握りを頬張った。


(思えば、普段なら此処でアルがリリィを叩くなり足蹴にしたりしている筈なのよね)


意外と容赦のないところは相手がリリィだからなのか、元々の素質なのかは置いておく。


(そういうところはあーくんと違うし、やっぱり別人……よね)


「セーラ?」


小春に顔を覗き込まれ、セーラはそこでようやく自分が考え事に没頭していた事に気付いた。


「何でもないわ。行きましょうか」


ぱぱっと尻についた砂埃を払い、セーラは務めて明るい声を出しながら立ち上がった。









「止まって」


地下二階。地図を確認しながら端境玉を設置し、階層を半周もした辺りでセーラは後続を止めた。


「数は」


「見えてるだけで8人。魔導師崩れも1人いるみたいね」


唯武器を持っただけの荒くれ相手ならセーラ1人でも十把一絡げだが、魔導師が未知数だ。セオリー通りに行くのであれば魔導師から先に速攻で仕留め、残りを各個撃破という形になる。


(とはいうものの、場所が悪いわね)


岩をバリケードのように固め、入れる場所は丁度成人男性1人分の隙間のみ。魔導師をそこから離れた場所に配置し、入ってきた相手を狙い撃ちする腹積もりなのだろう。もしそこで撃ち漏らしても控えている盗賊がとどめを刺していく。上手い布陣だとセーラは他人事のように感心してしまった。


「力押しになるけど、リリィ」


「バリケードを吹っ飛ばせば良いんですね?お任せです」


作戦とも言えないお粗末なやり方だが、リリィの砲撃でバリケードを吹き飛ばしてからセーラが突入。小春とケーナの支援を受けつつ全て撃破するというのが今出来る最善策だった。


「小春、ケーナ。覚悟と準備はいい?」


「何時でも」


「いいよ」


セーラも配置につき、剣を抜いて呼吸を整える。


「っ!」


腕を振って合図すると同時に、リリィの《アバリス》が火を噴いた。









リリィの砲撃はバリケードだけでなく、周囲に構えていた盗賊も数人纏めて屠る。消し飛び損ねた残骸を踏み潰しながらセーラは走り、突然の事に動揺する盗賊達を手当たり次第に斬り捨てながら奥へと向かった。


「大氷塊!!」


「ボルテックスコール!!」


小春の召喚した巨大な氷がセーラの死角に回り込んだ盗賊を押し潰し、ケーナの放つ雷の雨が次々と盗賊を打ち据え消し炭にしていく。一気に魔導師へと肉薄したセーラは一息に剣を振り下ろした。


「なっ!?」


展開された防御魔法でセーラの剣が止められる。だが彼女を動揺させたのはそんな物ではなかった。


「その、ペンダントは……!」


「あん?」


魔導師が手に握っていた物。それはかつてセーラが思い出の少年に貸したアスリーヌ家の家紋が刻まれたペンダントだった。


「何故お前がそれを持っている!!」


驚愕と戸惑い、そして次に彼女を支配したのは凄まじいまでの憤怒だった。魔導師は蠍の刺青が掘られた頬をかきながら首を捻る。


「……ああ、昔俺達が襲った村で歯向かってきたガキが持ってた奴だ」


律儀に応える魔導師に感謝する間もなく、セーラは新たな事実に食いついた。


「その子はどうした!?」


「決まってるだろ」


左手で首をかき切る動作。それはセーラの心を激しい激情が満たし、一瞬の間もなく溢れ出す。


「貴様あああああああああああああああああああああ!!!!」


剣士としての型も全て忘れた力任せの一撃。その瞬間魔導師の口元が歪んだ。


「今だ!!」


まだ控えていたらしい盗賊達がセーラや小春達に何か袋を投げつける。反射的にその袋を斬り捨てると、中身は灰だった。


「こんな目晦ましに……!」


異変は直後に起こった。










同時刻。気を紛らわせようと織江と雑談していたアルベルトだったが、唐突に襲った悪寒と物音に飛び上がった。


「これ……!」


織江が青褪め、机の上に置いてあった砕けた青い石(後で教わったが、お弾きという玩具だったらしい)を手に取る。


「小春が大事にしてるお弾きなのに、どうして!?」


言い様のない焦燥感。アルベルトは殆ど反射的に《エクスピアティオ》を背中に背負い部屋を飛び出そうとドアに手をかけた。


「待って!」


織江が指を組んで印を結び、自分の足元に1つ魔法陣を設置した。


「小春が鈴を鳴らしたら此処に飛び込んで。その方が走っていくよりずっと速いよ。リンドヴルムに乗って行くよりもね」


「……分かった」


確かに遺跡までは殆ど一瞬だろうが、内部に突入して捜索していては間に合わない可能性もある。一応そこに思い当たる程度には冷静な自分に安心しつつ、アルベルトは手袋を装着しながら腰を下ろした。


(皆、無事でいてくれ……!!)








(魔力が消えた!?)


灰をまともに浴びた途端、セーラの剣は光を失い唯の柄に戻ってしまう。同時に軽めの強化魔法をかけていた体も虚脱感を感じて一瞬足元がふらつくのを感じた。


「何、これ……」


背後の小春達も似たり寄ったりだ。特に攻撃と防御の全てを魔力に頼っている彼女達には辛いだろう。


「どうだ?かつて魔女を恐れた者達が作り出したアーティファクト、《夜花の眠り》の力は」


「《夜花の眠り》ですって……!?」


既に愛用の剣も盾も消失し、セーラの武器は実家から持って来た新しい剣しかない。だがそれを扱うにも微量とはいえ魔力を消費する以上、今のセーラは丸腰同然であった。


「ああそうさ。お前達みたいな高慢ちきな連中を痛めつける為に作られた魔力を消失させる灰……こいつを使われたらお前等は唯の小娘って訳だ。こんな風になぁ!!」


「あぐっ!?」


強化魔法の反動で思うように動けないなか、セーラは盗賊の拳を腹にまともに受けてしまう。鎧は着込んでいるものの、彼女の鎧は比較的軽く鎧自体の防御力は然程大きくない。自らの魔力量を考えてかなり魔法頼みの装備になっていた事を今更ながらに悔やんだ。


「こっちも散々痛めつけられたんだ。少しくらいは楽しませて貰わんとな」


下卑た笑いを浮かべながら近寄る魔導師の手にはあのペンダントが光る。魔法が使えなくなった絶望が呼び水になり、セーラの心から溢れたのは深い悲しみだった。


「あーくん……」


ぽろりと目から涙が零れ落ちた。彼が此処にいたらどうしただろうか?盗賊の前に立ちはだかり、自分を逃がそうとしてくれたか。それとも一緒に戦おうと手を伸ばすのか。そんな仮定に意味はない。彼はもう死んだのだから。


「分かったわ……もう抵抗はしない。でもあの子達は見逃してあげて」


「セーラ!?」


何とか立ち上がり、鎧に手をかけてセーラは言った。


「お前1人で俺達全員相手にするってか?面白い冗談だ」


「別に冗談でもないわよ。自分を守る必要ももう消えたってだけだから」


それは小春達を守りたいという自己犠牲でもなんでもない、完全な自暴自棄。自分の命も体もどうでもよくなり、セーラは「好きにしろ」と言うように手を広げて見せた。


「駄目……逃げてセーラ!!」


魔法を失い唯の16歳の少女と変わらない、少なくとも明らかにセーラよりは戦闘慣れしていない筈の小春がセーラに手を伸ばそうとした盗賊に体当たりを仕掛ける。


「コハル!?何をしてるの、早く逃げて!!」


「嫌!セーラが犠牲になって私達が助かっても、そんなの嬉しくない!それに……アルだって絶対怒るわよ!!」


アル。その名がセーラの心を覆う絶望に少しだけ罅を入れた。


「このアマ、魔法も使えない分際で!!」


小春は容易く引き剥がされ、地面に叩きつけられると同時に蹴り上げられて転がる。その小春を助けようと槍を持って突きかかったケーナは頬を殴られて倒れた。


「このおおおおおおお!!」


《アバリス》を鈍器代わりに殴ろうとしたリリィも逆に殴られ、頭から血を流しながら首を掴み上げられる。それでも彼女達の目は「生きる」という意思で輝いていた。


「私、私は……!」


髪を掴み上げられ、幾度となく脇腹を蹴られて咳き込む。それでも小春は血を吐きながら叫んだ。


「例えこの身が穢されたとしても、魔女になって……皆を守るって決めたんだから!!」


(!)


何を忘れていたのか。叫びと共に盗賊の手に噛み付く小春の姿を見てセーラの胸の奥に炎が灯る。さっき殺した盗賊が持っていたサーベルを手に取り、リリィを掴みあげていた盗賊の腕を斬り落とした。


「ナマクラね。こんなに醜い切れ方しか出来ないなんて」


口元の血を拭い、セーラは不敵に……そして自嘲するように笑う。


「コハル、ケーナ、リリィ……本当にごめんなさい。前衛の私が折れてちゃ話にならないわよね」


「分かってましたよ。セーラさんが意外と脆い女の子だって事くらい」


口に溜まった血を吐き捨てながらリリィも笑う。ケーナと小春も満身創痍であったが、笑って頷いた。


「ちっ……胸糞悪いんだよてめえら!!」


魔導師が両手に巨大な火球を作り出し、一気に投げつける。


「魔法防御も働かない脆弱な体で、俺の炎を食らって死ねやあああああああああああ!!!」


その時、小春の手が懐から何かを取り出し……鳴らされた。


「うおおおおおおおおお!!!!」


此処では聞こえない筈の声。そして恐らく小春達にとって一番聞きたかった声が割って入った。


「な、なに……!?」


蒼く輝く手甲を右手に装着し、アルベルトは放たれた火球を手で受け止めていた。


「甘い」


手を握り締める事で火球は容易く消滅する。


「な、何だよお前……何処から出て来た!?どうやって俺の炎を……」


「質問に答えてやる代わりに俺からも2つ質問させろ」


《エクスピアティオ》を抜かず、アルベルトは恐ろしさすら感じるくらいに静かな声で言った。


「1つ、十年前にサザン地方の村を襲いそのペンダントを奪ったのはお前達か?2つ、小春を……ケーナを……リリィを……『せーちゃん』を此処まで痛めつけたのもお前達か?」


セーラの目が驚愕に見開かれた。その呼び名で自分を呼ぶのは後にも先にも彼だけだった筈なのだから。


「どっちも俺達だな。するとお前は……はははっ!こいつぁ傑作だ!!あの時のガキが生きてやがったとはなぁ」


魔導師が腹を抱えて嗤い、盗賊達もげらげらと笑い始める。


「あの時は驚いたが、面白くもあった。村を守ろうとしたガキが自分で村を滅ぼしてるんだからよ。俺達だってそれなりに暴れてきたし人だって殺してきた。でもなぁ、お前程殺しちゃいねえよ」


「質問に答えてやる」


アルベルトは魔導師の戯言を無視して言った。


「一つ目は小春が鳴らした鈴で転移先を突き止めた織江が送ってくれた。2つ目、俺が防いだんじゃなくてお前の炎が温すぎただけだ」


嘘つくなと内心でセーラは思う。アルベルトの右手の手甲がリヴァイアサンの授けた武具・《オケアノス》である事は彼女達にとっては周知の事実なのだし。いや、本当に見かけ倒しの魔導師崩れなのかもしれないが。


「意外なもんだな」


しみじみとアルベルトが呟く。


「お前等を見たらもっと激昂して何も考えられなくなるくらいにブチキレると思ってたんだが、意外と冷静だわ俺」


それはセーラも同感だった。学園長はそれを危惧してアルベルトの参加を許さなかったのだから。


「でも……これだけ冷静なら俺も戦える。皆を守る為に、戦える」


言い聞かせるように言い、アルベルトは右手を構えた。


「返して貰う。失った家も家族も友達も時間も取り戻せはしないが、唯1つ……『それ』だけは必ず!!」


《オケアノス》から水の鞭が伸び、それは魔導師の腕を斬り裂いて彼の持っていたペンダントをアルベルトまで腕ごと持って来た。


「ぐああああああああ!?」


「悪い、この腕はいらんから返す」


ペンダントを手早く外して腕を投げ渡してアルベルトは取り戻したそれを懐にしまった。


「後で改めて返しに行く」


「え、ええ。分かったわ」


突然の事で頭が混乱しつつも、セーラはアルベルトが渡したポーションの袋と一緒に小春達を連れて邪魔にならない距離まで移動した。








目の前に自分の人生を滅茶苦茶にしてくれた元凶がうじゃうじゃといる。当然ながら目にすれば冷静でいられないと思っていたし、事実学園長から話を聞いた時には激昂しかかっていたのだ。にも関わらず今のアルベルトは自分でも恐ろしい位に心が静かだった。


(これは、歌声か……?)


何処からともなく聞こえる潮騒と優しい歌声。それがアルベルトの心を包み込み、鎮めていくのを感じていた。


「こ、このガキ……てめえも《夜花の眠り》を食らいやがれ!!」


特に何も意識していなかった所為か、アルベルトも撒かれた灰をまともに浴びる。思わず咳が出たが、特に体に違和感はなかった。


「それもそうか」


(当たり前だ。このようなちゃちな代物で我等の力を削げると思ったのなら、こいつらには高い代償を支払って貰わねばな)


リンドヴルムの声にアルベルトは口元を笑うように歪めて頷いた。


「死ねえええええええええ!!」


向かってきた盗賊達のうち数人を選び、《オケアノス》の鞭で刺し貫く。釣りのように持ち上げ、左手で軽く右手の甲を擦ると一瞬で破裂した。


「な……っ!?」


「言い忘れてたけどな。俺の力って魔法とは似てるけど根本的に違うんだ。次はお前だリンドヴルム!」


《オケアノス》を解除し《ヴァジュラ》を呼び出す。投擲すると身動きが取れないので、増援として飛び出してきた盗賊相手は風の刃を連続で叩きつけて斬り刻むだけにしておいた。


「何なんだよお前、何なんだその強さはあ!?」


「テュポーン!お前に決めた!!」


言葉に応えてやるつもりはない。呼び出した《コアトリクエ》を引き摺りながら徐々に距離を詰めると、残った盗賊達は後退りし始めた。


「そ、そうだお前等!あの小娘共を人質に……!」


言われて走り出した盗賊達がアルベルトの脇を駆け抜けるよりも早く戦斧が振るわれ、その盗賊達は一瞬にして真っ二つに割られて絶命した。


「来るな……来るな来るなクルナァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!!!!」


心が壊れたのか、狂ったように「来るな」と叫びながら魔導師は術を連発し盗賊達もボウガンや石を使ってアルベルトの足を止めようとする。だがアルベルトはその一切に構わず悠然と歩き続け、その距離を徐々に詰めて行く。


「小春達が、せーちゃんが味わった痛みはこんなもんじゃない。いや……こんなもんじゃ、済まさない」


《コアトリクエ》を地面に叩き付けると、周囲の壁から次々と石の槍が突き出して盗賊達を空中で磔にした。あっという間もなく自分以外が全滅したと悟り、魔導師は必死で魔法を放つがそれもすぐに止まった。魔力切れである。


「ひっ!」


床に落ちていた灰を一掴み拾い、アルベルトは無造作にそれを魔導師にぶちまけた。


「一応な」


本当に魔力がもうないのか、魔導師は腰が抜けたまま必死で後退りする。その足元には液体の筋が出来ているところを見ると、無様にも失禁したらしい。


「サラマンダー、あの時の続きと行こうぜ」


(おうよ!)


「ま、待て頼む!許してくれ!あの時の事は謝る、何なら溜め込んだ金も財宝も全部お前にやる、売り飛ばす予定だった女も……!」


アルベルトは溜息をつく。どうしてこの男はいちいち自分の神経を逆撫でしてくれるのかと呆れつつ。


「もう黙れよ。寿命がどんどん縮んでるぞ」


「!?」


もう生かしておく義理もない事に思い当たり、アルベルトはさしたる感慨もないまま《レーヴァテイン》を振り上げた。


「やめてくれ!死にたくない、死にたくないんだよお!!」


「……十年前」


《レーヴァテイン》を振り上げたままアルベルトは静かに口を開いた。


「お前の言うガキを庇って必死でお前達盗賊団に取り縋った女性がいた筈だ。殴られ、衣服を破かれ、それでも子供1人逃がす為に身を張り続けた人が」


それはアルベルトの暮らしていた村によく行商に来ていた商人の娘だった。母を喪ったその境遇に同情したのかは知る由もないが、何くれとなく世話を焼いてくれた彼女はアルベルトにとって母であり姉であった。


「確かお前達はその姿を嘲笑い、わざと死に難い場所を刺してからその子供を散々に叩きのめしていたな……?」


「だ、だからそれは謝ると……」


「お前に謝って貰ったら村が直るのか?憎まれながらも息子を守る為に戦い死んだ男が生き返るのか?最期には心が壊れ、涙を流しながら炎を纏った子供に『殺して』と懇願したあの人が帰って来てくれるのか?」


《レーヴァテイン》が震え、アルベルトの頬を一筋だけ涙がつたった。


「どれも起こり得ない。これは俺の我儘で、私闘で、自己満足だ」


「助け……!」


アルベルトが《レーヴァテイン》を振り下ろす。蒼い炎が魔導師を包み込み、断末魔すら許さずに灰燼へと返した。


「あ……」


ポーションで出来る限りの応急処置は済ませたのだろう。小春が少しふらつく足取りで近寄り、背後からアルベルトを抱き締めた。小春だけではない、ケーナとリリィ、セーラまでもが彼に寄り添っていた。


「アル……いいよ」


その言葉の意味が染み渡るのと同時にアルベルトの目から涙が次々と溢れて落ちる。十年間胸の奥に燻り続けた復讐の炎、自分1人が生き残った事への罪悪感、自分自身が悲劇にとどめを刺した事の後悔が涙と共に押し流されていくのを、アルベルトは確かに感じていた。












              続く

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