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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第十五楽章 過去がくれた希望と絶望

退屈かつ実りのない会議から数日。セーラは宿題も全て終わってしまい、自主錬のメニューも消化して暇な時間を自室で過ごしていた。


「ねえシャロン」


「何ですか?」


「ビスケット知らない?もう、あの子目を離すとすぐに……」


シャロンは苦笑しながら部屋を探し回るセーラに、ビスケットを抱えたネズミのぬいぐるみを差し出した。


「はい。紅茶の染みが出来てたので、洗濯しておきました」


「あ、そうなの?ありがと」


セーラは笑ってビスケット(ぬいぐるみだが)を受け取り椅子に座った。


「セーラ様、一番そのぬいぐるみがお気に入りですものね」


テーブルにケーキと紅茶を置きながらトリアが微笑んだ。


「ええ。2人には話したかしら?この子と私が出会った時の事」


「勿論です。一週間に一回は話して下さいますから」


「あ、あらそうだった?」


因みに《中央》ではビスケットは庶民の菓子とされており、本来ならセーラはビスケットという菓子の存在すら知らない筈である。


「でもま、折角なんで話して下さい。今回ので通算100回目ですし」


シャロンに苦笑し、セーラはビスケットを抱き直して微笑んだ。









今から11年前、私が5歳の頃ね。まだトリアともシャロンとも知り合ってなかったから所謂友達もいなくて……お父様もお母様も忙しいし、姉様達もそうそう私に構っていられる訳もなくて、有体に言えば寂しかったのよ。当時の私は。


「……」


それで家を抜け出してその時行われていたセントラルのお祭に行って見たんだけど、人は多いわでも知ってる人はいないわで結局帰ろうとして……私は声をかけられたの。


「わわ、ちょ、ちょっと待てって!」


「?」


振り返ると、私と同い年くらいの男の子が何故か息を切らせて私の腕を掴んでたわ。


「ぜぇ……ぜぇ……そっち、行くと……父ちゃんがめっちゃ叱られて、首が飛んじまうって……」


「え、ええ!?」


今から思い返すと、その子は平民だったから貴族の暮らす区域に勝手に入ったらいけないって言われたんでしょうね。


「でも、私……」


「ああもう!とにかく誰かに見つかる前にここを出るぞ」


そう言って男の子は私の手を引こうとしたけど、私はその手を振り払っていたわ。


「どうしたんだよ?」


「だって……行っても私1人だし、友達もいないし……」


……シャロン、お願いだからそんな可哀相なものを見る目で見ないで頂戴。ともかくそれを聞いた男の子は「何だ」と笑ってもう一度手を握ってくれたの。


「だったら俺がなってやるよ。お前の友達に」


「ほんと?」


「ああ、だから行こうぜ。折角のお祭なんだ」


「うん、うん!一緒に行く!」


そう頷いて、私は彼と一緒に祭りの広場へと飛び出したのよ。








セーラはここまで語って一口紅茶を飲んだ。気を利かせてくれたのか、紅茶には既に蜂蜜が入れてありセーラ好みの甘い味が広がった。


「それで、その男の子の名前って聞いたんですか?」


「その辺ちょっと記憶が曖昧で、お互い似た名前って事であーくんって呼んでたわ。向こうは私をせーちゃんって呼んでたけど」


我ながらセンスのない呼び名だと内心で笑いつつ、セーラはその後の事を思い出した。








2人で屋台を冷やかし、大道芸人の芸に拍手して、吟遊詩人の歌に聞き惚れて、お昼ごろだったかしら。


「お腹減ったな……これ食べる?」


あーくんはそう言って私に渡してくれたのは1枚のビスケットだったわ。


「コレ何?」


「ビスケット知らないのか!?ま、まさかそこまで貧乏な……!」


「……ビンボーってなぁに?」


「貧乏って言葉すらタブー!?」


今から思うと思いっきり会話が噛み合ってなかったんだけどね。あーくんから貰ったビスケットを食べながら露店を見て回ってると、この子が目に入ったの。


「わぁ、可愛い!」


「ネズ公のぬいぐるみかー。せーちゃんってこんなのが好きなんだ?」


ビスケットを抱いたネズミの縫い包みはとても可愛くて、私はその場で釘付けになっていた。


「それが気に入ったの?50Stよ」


「よーし分かった。お姉さん、それ下さい」


あーくんがポケットからコインを取り出して露天のお姉さんに渡し、この子を私に手渡してくれたわ。もう私は頭真っ白になっちゃったんだけどね。


「これやるよ。えーっと何て言うんだっけ……今日の記念って奴?」


「いいの?」


「いいんだって。俺は明日には帰らないとだけど、こいつがいたらせーちゃんも寂しくないだろ?」


照れ臭いのか、そっぽを向いたまま言うあーくんの事がとても格好良く見えたわね。私はその時そんなに大事な物と思ってなかった家紋の刻まれたペンダントを代わりにあーくんの首にかけたわ。


「これは?」


「この子のお返し。それならあーくんも寂しくないでしょ?」


「ん、ありがと」


あーくんはペンダントに付けられた宝石を手に取り、首を捻った。


「これすっごい良い物なんじゃないか?だったら……よし、これは借りておく」


「え?」


「借り物だから、何時か必ず返しに来る。そしたらさ、また一緒に遊ぼうよ」


そう約束してあーくんは行ってしまって、私は家宝のペンダントを他人に渡した事を物凄く叱られたっけ。でもそんな事は全く気にならないくらい私は嬉しかった……でも。









「結局あーくんは11年経った今でも来てないんだけどね」


セーラは苦笑で締め、残った紅茶を飲んだ。


「何処の出身とかは分からなかった……んですよね」


「ええ。辛うじて《西国》出身らしいという事は当時の記憶と摺り合わせて何とか予測がついたけど、それだと多分絶望的よ」


《サザンの悲劇》はそれだけ《西国》の広範囲を焼き払っている。しかも人間が多く住んでいた地域でもある為、アルベルト以外の生存者は絶望的であった。


「でもだからってアルを憎んでる訳じゃないわ。あれはアルの村を襲った盗賊が引き起こした事、私はそう納得してる」


「……案外、そのあーくんってアルの事だったりしませんか?」


トリアの冷静な一言にセーラは派手に咽た。


「ちょ、何を言ってるのよ!?そんな事が本当に起こったらそれはとても素敵だけど、《西国》に何億人人が暮らしてると思ってるの?その中の1人よ」


「確かに確率論で言えばありえない数字ですね」


トリアの言葉を否定しつつも、セーラ自身「そうあってくれたら」という願望はあった。それは単純に11年前の初恋に白黒つけないまま新たな相手を好きになりかけている自分を誤魔化す為のものであるのかもしれないが。


「それでセーラ様、もしそのあーくんが訪ねて来てペンダントを返されたらどうするんですか?」


「そうね……散々待たせてくれた分、責任取って貰おうかしら」


言葉は刺々しいが、セーラの目は優しく笑っていた。









同じ頃。アルベルトは夢見の悪さに飛び起きていた。《中央》と《西国》はかなりの時差がある為、こちらはまだ夜中だ。


「くそ……っ!」


《サザンの悲劇》の瞬間ではない。その一年前の記憶だ。


「アル、どうしたの?魘されてたみたいだけど」


「小春か……」


なんでもないと手を振り、家の外に出る。ドワーフの国は夜など知らぬとばかりにまだ活気に満ち溢れ、其処此処で酒盛りに興じる歓声や新しく完成させた武具に快哉を叫ぶ声が聞こえていた。


「話したら楽になるかもしれないわよ」


確信を持つように小春はアルベルトの隣に立った。


「お節介だな」


「性分だもの」


アルベルトは微苦笑するが、小春ならそこら中に告げ口して回るような真似はしないだろうと信頼して口を開いた。


「11年前、俺が5歳の時だ。俺と親父とお袋と、3人家族だったんだが……親父が何かの仕事でついでに俺とお袋も連れて旅行に出てな。何処行ったかは覚えてないんだが、その帰り道。村の近くで魔物に襲われた」









元々親父は凄腕の剣士だったのもあって、一対一の勝負ならその魔物に勝ち目なんざなかった。


終始戦いは一方的に進んだ。とうとう親父がとどめを刺そうとした矢先、魔物は少し離れた場所にいた俺とお袋を両方捕まえた。


正直なところ、奴に人質を取るなんて頭があったのかどうかは分からん。だがそれでも奴の行動は親父の動きを止めるのに十分過ぎた。


悪夢は此処からだ。親父がお袋と目だけで何を語り合ったか知らないが、はっきりしてるのは俺から先に助けようとしたって事だな。


親父の剣は俺を戒めていた魔物の触手を斬り裂き、俺は親父の腕に受け止められた。そして俺の目の前でお袋は魔物の触手に締め上げられ、胴体と首を圧し折られて無残に殺された。






小春は青褪めてこそいたが、涙を見せる事なく気丈に話を聞き続けていた。


「親父は俺を抱えたまま剣を振るい、魔物を一片の躊躇もなく斬り捨てた。その後お袋の亡骸を抱えて俺を背中に背負い、静かに村まで戻った」


アルベルトは一旦言葉を切り、天井を見上げる。小春には周囲の喧騒が一瞬にして遠くなったような感覚すら覚えてしまう程の衝撃が来ている事に気付いた様子はない。


「魔物は親父が旅行に出ている間に何人も食い殺していたらしく、村の人達は皆親父を称えたよ……『英雄だ』ってな」


「……!」


もしかしてアルベルトの英雄を嫌う気持ちは此処から来ているのかもしれない。そう感じた小春は姿勢を正した。


「でも俺はガキだったのもあってそんな親父に噛み付いた。何で母さんから先に助けてくれなかったのか、本気で辛かったのは誰なのかを考えもせずにな」


「お父さんは何て?」


「……何も言わずに俺を抱き締めて声を出さずに号泣してた。その後も何度も謝られたよ。その一年後に親父も灰になっちまったがな」


自嘲するように笑い、アルベルトは自分の右手を見つめた。


「アル……!」


「のわっ!?」


前触れもなく小春に抱き寄せられ、アルベルトは彼女の胸に額を押し付ける事になる。流石にミスティやケーナと比べる事は出来ないが、それでも年齢に似合わない立派な膨らみには青少年の理性を焼き斬りかける程の威力が秘められていた。


「貴方は今泣いていいの!」


本当に泣きたいのはどちらなのか、小春は涙声で叫んだ。


「人はね、アル。辛い気持ちを涙に込めて流すから生きていけるのよ。だから……」


優しく背中を叩かれ、アルベルトは懐かしい感覚を覚えて目を閉じる。


「全部ぜーんぶ、吐き出しちゃおう。ね?」


その言葉は優しく彼の心に響き、アルベルトは軋むような声をあげて小春の腕を掴んだ。










「……マジで忘れて欲しいんだが」


数分か、或いは数十分なのか定かではない。どちらにせよ、それだけの時間を小春に縋って泣いていたのだと思うとアルベルトは死にたくなった。


「うん、大丈夫。私は誰にも言わないから」


「本当に頼むぜ……」


言わないとは言ったが、忘れるとは言わない小春に苦笑しつつアルベルトは立ち上がった。小春の胸元には大きな染みが出来ており、それだけの量が流れたと自覚するのは気恥ずかしいものがある。


「でも、まあ……ありがとな」


「どういたしまして。泣きたくなったら何時でも言って?全部受け止めるから」


「そりゃどうも」


優しく笑う小春にアルベルトは一瞬記憶の彼方にいる母の面影が重なったような気がし、慌てて首を振ってそれを振り払った。


「つかもう寝ようぜ。明日はまた派手に動く事になるんだし」


「そうね。お休みなさい」


微笑んで部屋へ戻っていく小春を見送り、アルベルトも欠伸を1つして部屋へと戻った。








翌朝の事。ナオは約束通りアルベルト達を奥へと誘い、オリハルコン・ゴーレムの元へと連れて来た。


「こいつが……」


「そう。戦士ガーランドの最高傑作にしてドワーフ族最強の戦力、そして歴史の生き証人よ」


オリハルコン・ゴーレムは静かな音を響かせながら動いた。


「昨日の貴方の戦いを見ていたそうよ。この国を守ってくれたお礼に1つ願いを聞くって」


「願いね……ならオリハルコン・ゴーレム、教えてくれ!」


アルベルトは美しく輝く金属の巨人を前に臆する事無く叫んだ。


「俺はエルフ、リザードマンの里を巡り《空白の歴史》に刻まれた人間の罪と《勇者》の末路を知った!だが知ると同時に疑問が出来た」


呼吸を整え、アルベルトは声を張った。


「何故お前達は口を噤んだ!?真実を明かす事なく自分達の領域へ閉じ篭り、全て人間の罪だと断じてそれでお終いにしたつもりだとでも言うのか!?」


ゴーレムはしばらく沈黙していたが、ややあって再び音を響かせた。


「……通訳するわ。我々は臆病だった、同胞ですらも異物であるかのように排除する人間が怖かった。それが結果として命と背中を預けあった友の心身を引き裂いた事はどれ程悔いても詫びても足らない。だそうよ」


ナオは一旦言葉を切り、複雑そうな目でゴーレムを見上げた。


「アルベルト、貴方が望むのであれば私達ドワーフ族も『アルベルト・クラウゼン個人に対して』の支援を惜しまないと約束するわ」


「人間という種族相手の交流が回復するかどうかは俺次第か。まあ人間の責も確かにあるからな……てーかそっちのがデカいか」


アルベルトは左手を差し出した。


「なら俺は望もう。ナオとマオの、ドワーフ族が力になってくれる事を」


「次期一番斧として、ドワーフ族の力全てを使いアルベルトの力となる事を約束しましょう」


固く握手を交わす。ナオの手は研究畑の所為か、とても柔らかで小さな手だった。


「それと、俺の事はアルでいい。皆そう呼ぶからな」


「分かったわアル。これからよろしく」


「僕も忘れないでよ!」


マオとナオの2人と握手を交わし、アルベルトはオリハルコン・ゴーレムを見上げた。


「見ててくれよ。人間は変われるんだって事を」










それから数日程アルベルト達はドワーフの国に滞在し、ぼちぼち夏休みも終わるとかで去って行った。


「行っちゃったねー」


「ええ」


広々としてしまった家のベッドに転がり、マオは足をばたつかせながら笑う。


「ねえナオ」


「何?」


「僕もアルが好きになったかも」


ナオは思いっきり椅子から転げ落ちた。


「な、ななあっ!?」


「だって僕達双子だろ?昔から僕が怪我したらナオも同じところに蚯蚓腫れが出来るし、ナオが熱を出せば僕も寝込んでたじゃないか」


つまりナオが先にアルベルトに一目惚れした結果、マオもそれに引き摺られて彼に惹かれた。それだけならまだしも、マオが感情を制御出来ずにアルベルトに甘え倒した結果今度はナオの方にその感覚が流れ込んだ為に恋心は更に増大。結果マオは更に甘えていく……と相互に影響しあった結果こうなってしまったらしい。


「確かガーランドも《勇者》に自作した防具や戦艦をプレゼントしたんだよね。まあガーランドは男だけどさ」


「そうよ。マオも何か作る?」


マオは頷いて机から画用紙とクレヨンを取り出した。


「何を作るかは僕が……えーっと……コッケーじゃないセットーでもない……」


「……設計?」


「そうそう、それそれ!設計はやるから作るのはナオがお願い」


可愛く手を合わせて頼んでくる双子の片割れに、ナオは苦笑しながらも承諾した。











              続く

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