第十三楽章 動き始める世界
バズバに案内されたのは彼の自宅だった。
「幸い今日は子供達も他の所へ泊まっているし、好きな所で寝てくれ」
「そりゃ助かるが……リザードマンに布団や寝具の文化はあるのか?」
「ん?そこにあるが」
「……」
石を積み上げ、囲いのようになった空間がリザードマン流の寝具らしい。アルベルトは納得して(寝れるかどうかは別にして)そこへ荷物を置いた。
「にしても、リザードマンにとってはこの里そのものが家みたいなもんなのか?」
「そうなるな。基本はその日の気分で決めている。実際私もこの家で寝る事は余りない」
強いリザードマンの男は出来るだけ沢山の女と交わり子を残すのが彼等の文化らしいので、アルベルトもその辺りは余り小うるさく言わない事にした。事実昼間の戦いでもバズバがリザードマン最強の戦士である事は間違いないのだし。
「夕食はどうする?といっても人間のように食物を煮たり焼いたりといった事はやらんので、その辺は自力で何とかして貰うが」
「じゃあ狩りに行くって事か?俺も付き合うよ」
「お前はまずその服を何とかしろ。里の奥に地底湖がある。温泉になっているからそこでなら小春が繕っている間に風邪をひく事もないだろう」
そういえばアルベルトの服はグラニとの戦いでボロボロになっていたのだった。
「そうだったな……」
「じゃあアル。私が繕っておくから、先にその温泉に行ってて」
小春に頷いて上着を渡し、アルベルトはサリとケーナとリリィの3人に目を向けた。
「織江。そこの3人が勝手に付いて来ないように見張っててくれ」
「へ?」
「頼んだぞ!」
そう言って外に出るアルベルトを見送り、織江は首を傾げてサリ達に振り向いた。
「あんた達何やったの?」
「エルフの里で背中流そうとしただけなんですが」
「ブッ!?」
裁縫道具を取り出していた小春の手元が狂い、針が1本彼女の手に刺さった。
「へー、まああのキョドりっぷりからしてアルも理性トバした訳じゃないだろうけどさ」
「ええ。私はともかくケーナさんやサリさん見てもあの有様ですからね……一体どういう神経をしてやがるのか」
「単に紳士なだけでしょ!男が皆ケダモノみたいに言わないでよ」
流石に腹を立てたのか、小春が自分の指を治療しながら言った。
「そんなもんかねぇ……?私が小春の水浴びを覗いてた村の男共を追い散らした事って二度や三度じゃないんだけど」
「なんと!?そんな素敵イベントが!?」
そんな会話で盛り上がる3人を、ケーナは相変わらずニコニコと笑顔で眺めていた。
一方アルベルトはリザードマン達も利用するという地底湖(というか最早地底温泉と呼ぶべきか)に来ていた。
「ここでは俺達が脱皮をする時、古い鱗をふやけさせるのにも利用している。まあ単純に湯を浴びると気持ちが良いんだがな」
「そこは分かる。人間は寧ろ後者を目的に温泉に浸かるからな」
案内してくれたのは、この里ではバズバ以外には誰にも負けた事がないという事実上の二番手であるシバだった。リザードマン屈指の大飯喰らいとあって、その体型は他のリザードマンと比べると中々に肥えていた。
「じゃあ俺はこれで」
「あれ、入らないのか?」
「バズバの話じゃ、人間は余り大勢で入る事はしないらしいからな」
別にそういう訳でもないが、アルベルト自身は余りリザードマン達の前で自分の体を曝け出したいとは思っていなかったので助かったのかもしれない。
「ふぅ……」
テュポーンの力で治っているとはいえ、痛めつけられた箇所に温泉の湯がよく沁みる。どっかの年寄りみたいな事を考えながらアルベルトがうとうととし始めた矢先の事だった。
「ん?」
パシャンと水の跳ねる音。広大な地底湖なので、もしかしたら深いところに巨大な生物でも潜んでいるのかもしれない。
(やっぱりシバにいて貰ったほうがよかったか!?)
咄嗟に《オケアノス》を呼び出し、何時でも地底湖を引っ掻き回せるように身構えてから水面に目を凝らした。
「さーて、鬼が出るか蛇が出るか……って蛇はこいつか」
(流石に誇り高き《蛇竜》を蛇と同一視されるのは心外なのですが?)
拗ねたようにつぶやくリヴァイアサンに詫び、アルベルトは水に意識を集中させた。
(来ます)
淡々と告げるリヴァイアサンの声とほぼ同時に水面が揺れ、洞穴の壁に生えたヒカリゴケ(発光する苔の事。どういう原理かは不明)の光で蒼い髪が美しく輝いた。
「……」
「……」
『彼女』とアルベルトはしばし見詰め合っていた。
「誰?」
「アルベルト」
「私はマーリス」
そう言ってマーリスと名乗った少女はザバリと温泉から立ち上がる。貝殻で隠された形の良い胸が露になり、アルベルトは咄嗟に目を逸らそうとして固まった。へそがないという点ではバレリアと同じだが、彼女はそれだけでなく下半身が魚であった。
「人魚?」
「そう。会うのは初めて?」
アルベルトは頷いた。そもそも人魚どころかリザードマンを見たのも今回が初めてなのだ。ここ最近エルフにリザードマンと立て続けに異種族と関わってる所為か、余り動じなくなっている自分に泣きたくなったが。
「それで、その人魚が俺に何の用なんだ?」
「お礼をしたかったの。同じ水の民であるリザードマンの危機を救った英雄に」
「……その英雄ってのはやめてくれ。好きな言葉じゃない」
「そう?ごめんなさい」
マーリスは少し済まなそうに俯いてからアルベルトの手を取った。水に暮らす者らしいひんやりとした体温と滑らかな肌触りが心地よい手だ。
「水よ、この者にウンディーネの護りを与えたまえ」
そうマーリスが唱えると、温泉の湯がアルベルトの右手に纏わり付き、淡い水色のガントレットに変わった。
「これは?」
「水の加護を受ける為の物よ。これがある限り、この世の全ての水が貴方を守り共に戦うわ」
そう告げるマーリスの表情は何処か寂しげで悲しそうでもあった。
「貴方の行く末に無限の幸福があらん事を」
ガントレットを着けた右手に口付け、マーリスは手を振って水中に身を躍らせた。
(随分と派手にやっていますね)
「どういう意味だ?」
リヴァイアサンの笑いを含んだ声にアルベルトは少し不機嫌に返した。
(何、警戒心の強い人魚がここまで出て来るというだけでも相当に珍しいですから)
「そういうもんか」
(かつての《勇者》アーサーも存在するだけで女性を惹き付けずにいられない男でしたが、アルベルトのそれは規格外ですね。エルフにリザードマン、人魚に至るまでが貴殿を想うのですから)
「やめてくれ!それだけ聞いてると俺がとんでもないクソ野郎みたいじゃねえか!」
(この調子でドワーフや天使等も篭絡してみますか?)
アルベルトは無言で《エクスピアティオ》に手をかけた。
「死のう」
(ちょっと待てえええええええええええ!!)
泡を食った様子でサラマンダーの声が割り込んだ。
(リヴァイアサン!てめえ何をいたぶる方向で物を言ってやがんだ!?)
(いえ、これが中々に面白いので)
(今すぐその首噛み千切るぞ駄蛇!)
(なっ!?私は蛇ではなく《蛇竜》だと何度言えば……!)
余りにもグダグダな竜の会話にアルベルトは死ぬ気も失せて温泉に沈みかけた。
結局唯疲れただけに終わったが、アルベルトが温泉から戻ると小春は既に上着を綺麗に直してくれていた。
「助かった。ありがとな」
「どういたしまして……あら?そんなガントレット、さっきは着けてなかったわよね」
そういえば余りに手に馴染むので、外していなかった事を思い出す。
「温泉に入ってたら人魚に会ってさ。リザードマンを助けたお礼にってくれた」
「……ふぅん」
微妙に不機嫌そうに小春は返し、何を思ったかアルベルトの背中にもたれかかった。
「どうした?」
「いいの。上着を直した分こうさせて」
アルベルトは溜息を堪えながら小春の好きにさせる。
「俺は明日ドワーフの里を目指す。小春はどうするんだ?」
「付いて行きたいのは山々だけど、夏休みの宿題終わってないし……どうしようかしら」
「しまったあああああああああああああああ!!」
思わずアルベルトは叫んだ。自分の宿題をすっかり忘れていたのだ。
「やべ、こうなったら明日一気に纏めてやるしかない!」
「だ、大丈夫なの?」
「レポートに関しちゃ今回エルフやリザードマンと関わって分かった事を日記風に纏めるだけでも十分だ。問題は座学の問題集な訳で……」
慌てるアルベルトに、小春は何か思いついた顔で微笑んだ。
「じゃあ私が教えるわ。丁度復習にもなるし、まだ一月半も夏休みはあるんだから少しくらい家に滞在して。どう?」
「それは助かるが、お前の親父さんは良いのか?」
「大丈夫よ。黙らせるから」
「……」
一体何をするつもりなのかは分からないが、アルベルトは少しだけ背筋が寒くなるのを感じて身震いした。
翌朝。改めてエルフの里へ向かうというバレリアとバズバを送り届け、宿題を家に置いて来たというリリィの自宅に立ち寄った後の事。アルベルトは小春の家でリリィとケーナや織江共々宿題を広げていた。
「じゃあまず魔法基礎理論からだけど……」
「俺なんか殆ど感覚で術式組んでるっつーか、殆どリンドヴルム達任せだからな。ここらで復習しとかんと」
まずこの世界に存在する魔法は大雑把に分けて八つの属性に分かれる。火・水・風・土・雷の五行と上位に位置する光・闇、そして最上位に位置する無である。
「そして五行にはそれぞれ相克関係があり、火は風に勝ち、風は土に勝ち、土は雷に勝ち、雷は水に勝ち、水は火に勝つという相性が存在するの。ここまでは大丈夫?」
「大丈夫だ。ちゃんと記入してある」
問題集の解答欄を埋めながらアルベルトは頷く。小春も微笑んで続きに移った。
「上位属性である光と闇は互いの弱点になる。つまり互いに打ち消しあう関係ね」
「光は闇に弱く、同時に闇もまた光に弱いと」
「正解。無は最上位だけど、全ての属性に強い訳でもなければ弱い訳でもないわ。とはいえ現状で無の属性を扱える魔女なんて存在しないから検証しようがないとも言うけど」
アルベルトは諸々の解答を記入し、ふと首を傾げた。
「どうしたの?」
「いやな?リンドヴルムは風、サラマンダーは火、リヴァイアサンは水、テュポーンは土なのは分かる。すると残るアレキサンダー、ヒューベリオン、バハムートの属性がどれかによって1つ属性があぶれると思ってさ」
「……そういえばそうね。訊いて見る?」
アルベルトは苦笑して肩を竦めた。
「さっき訊いてみたら『答えられない』だってさ。まあ実際問題、七帝竜もまともに配下になると宣言したのはリンドヴルムとサラマンダーだけだからな」
「ねえ」
問題集を仕上げた織江が顔を上げた。
「私思うんだけどさ、アークリザードが話してた《勇者》に竜族がいたよね?確か……えーっと……そう、シルヴァーナ!そいつが何か担当してたんじゃないかな」
「面白い説だが、肝心のこいつらが何も答えてくれないんでな。事実については俺が七帝竜を全員配下にするまでのお楽しみって訳だ」
いらん事はくっちゃべりやがる癖に……と毒づくアルベルトを不思議そうな顔で見つつ、小春は自分の課題レポートを手早く書き上げていく。
「あ、レポートで思い出したんだが」
問題集の見直しをする手を休め、アルベルトは仲間を見渡した。
「今回アークリザードから聞いた《空白の歴史》については一切触れないでおかないか?」
「そうね。私も賛成」
「へ?何で?大発見じゃん」
神妙な顔をする小春とは対照的に織江は訳が分からないという様子で首を捻った。
「考えてもみろよ。たかだか100年前の出来事が記録されてないってのは、寧ろ『あえて記録しなかった』って事だろ?しかもその内容は人間……それも王族クラスからすれば一大スキャンダルと言ってもいい。大方世界を救った勇者相手にやらかした仕打ちをひた隠しにする為に記録を全て抹消したと考えるのが正しいだろうな」
「うげ……とどのつまり、秘密を知ったからには生かしておけぬーと」
「そういう事ね」
それに。アルベルトは付け加えた。
「俺としては、世界を救った《勇者》の最期が人間と戦い自刃したなんてのは余り覚えておきたくないからな」
「そっか……アルは《勇者》みたいになるんだもんね」
織江は納得したように頷き、書き掛けていたレポートを丸めて囲炉裏に放り込んだ。
「……リヴァイアサンの話じゃ、アーサーは人を惹き付けずにいられない才能を持っていたらしい」
「それってモテたって意味ですか?」
「そうとも言う」
リリィの疑問に答えつつ、アルベルトは頭痛を堪えるように寝転がった。
「そんでもって、俺も同じ素質を持っててしかも規格外だとさ」
「確かにそうですね。ムーンライト学園の仲間は言うに及ばず、エルフにリザードマン……しかも話を聞く限り人魚にも好かれたようですし?」
「首を括るのと腹を切るのとどっちが苦しまないで済むか知ってるか?」
割とマジの入った調子で尋ねると、小春とケーナが《エクスピアティオ》を引き摺ってアルベルトの手の届かない場所まで持って行った。
「冗談だから剣返せ。しかしまあ……ここまで知ってしまうと今度は何で竜が全面戦争を仕掛けたのかが気になってくるな」
「なんですよねー。アークリザードの話でもシルヴァーナの話はついぞ出てきませんでしたし」
そう、アークリザードはアーサーとセシルの最期とそれに伴う仲間達の動きについては教えてくれたものの、もう1人の《勇者》であるシルヴァーナについては何も言っていないのだ。
「そこも知ろうと思ったら、やっぱりドワーフを訪ねないと駄目って事か」
「よっしゃ!そうと決まれば宿題全部終わらせちゃおう」
織江が気合を入れて新しいレポートに取り掛かり、小春は既に全部終わらせて眠り始めたケーナに毛布をかけてやってから自分の分に向かう。
「アル様ー。皆さんもお茶とお菓子の用意が出来ました」
サリの差し入れにも適度に舌鼓を打ちつつ、アルベルト達は学校の宿題に取り組んでいく。その甲斐あって夕方には全てが終わっていた。
同じ頃。セントラルの国際会議場にセーラはいた。
「セーラ様、そろそろお時間です」
「ええ分かってるわシャロン。また三流貴族の放蕩息子共と実にも薬にもならない会話をするよりはマシだけど……」
家柄と祖先の武勇を自慢するしか能のない連中を思い出し、セーラは忌々しさで控え室に持って来ていたウサギの縫い包みを投げそうになった。
「ちょちょ、セーラ様!クッキーが可哀相です」
「シャロン、この子はクッキーじゃなくてサブレよ?クッキーはクジラの縫い包みでしょ……とはいえ確かに冷静さを欠いてたわね。そこは両方に謝るわ」
サブレをシャロンに預け、セーラはどうにも乗れない気分を新学期に顔を会わせる学友達の顔を思い浮かべる事で奮い立たせる。
「ではセーラ様行ってらっしゃいませ」
「ええ、行って来るわ」
パンと頬を打って気合を入れ直し、セーラは会議室へと向かった。
「ではこれより夏季国際会議を執り行う。議長は慣例に基づき私、カルロス・アスリーヌが務めよう」
円卓を囲む会議室。セーラの実父で現在《中央》の政治を取り仕切るカルロスが厳かに告げた。
「時に議長。今回貴殿の令嬢が同席している理由は?」
《東国》の代表である三条大和が問いかけた。まだ年齢は30代を幾つか出たばかりと国を背負うには若すぎるものの、それ故の型破りなやり方が若者を中心に支持されている男だ。
「今回の議題の一つに関係があるのでな。それに後数年もせずに当主を譲るつもりでもいるのだし、こういった空気に慣れておくのも必要と思ったのが理由だ。まあ私の親馬鹿だと笑ってくれて構わんよ」
冗談めかした言い方に会議室が笑いに包まれる。全部で五カ国の人間が集まっている筈だが、会議室の椅子はセーラの物を除くと四人分しか埋まっていなかった。
「《北国》は出席を拒否してきたか……最近あの国はどうもキナ臭いな」
忌々しげにつぶやいたのは《南国》代表、エミリオス・ランディナである。年齢はこの中では最年長の60代、しかし全身から迸る凄みは老齢とは思えないものであった。
「聞けば《北国》は随分と魔導科学に力を入れている様子。アドルフ王は相当の野心家のようですし、万一に備えて防備を調えておくべきでは?」
《西国》代表、ユリア・テスタロッサが憂いを帯びた目で意見する。国際会議の紅一点である彼女は大和と同年代であるが、十年前の《サザンの悲劇》を防げなかったとして現在の国際的な立場はやや弱い。
「そこも踏まえてだが、現在《中央》管轄のムーンライト学園に男子生徒が入学しているという話を知っているだろう」
「ええ。《西国》のアルベルト・クラウゼンですね」
言外に「私の国民だ」と主張するユリアにカルロスは口元だけで笑って見せた。
「セーラから話が来て驚いたんだが、彼はワーアビシニアンの少女を侍女として手元に置きたいらしい。しかし現在の《中央》では貴族階級を持たない者にはその権利がない」
「では議長は、そのアルベルト・クラウゼン君に爵位を与えようと?」
カルロスは軽く頷いた。
「僅か16歳でありながらキャノン・トータスを撃破する為の作戦を立案し、その日出会ったばかりの味方に指示を下す能力。そして魔女候補生達とも互角に戦えるだけの武勇、《北国》を警戒するのであれば尚の事彼には爵位を与えて手元に置きたいというのが本音だな」
「それでは彼を《中央》の所属にすると!?《西国》としてはその意見に反対です!」
「確かにな。唯でさえ複数の魔女を保有する《中央》にこれ以上の力が集中するのは我々としても反対せざるを得ない」
エミリオスも些か不快気に息を吐いた。
「しかし彼がムーンライト学園に所属する以上、帰属する先は《中央》……」
大和が気持ちを落ち着かせようと茶を飲んでから呟いた。
「その通り。何も私はアルベルト・クラウゼンにずっと《中央》で暮らせと言うつもりはない。彼が卒業した暁にはその時帰属したい国を選び、そこの法律に従って貰うつもりだ」
幸いな事に侍女を雇うのに爵位だの何だのと小うるさいのは《中央》くらいのもので、彼の故郷である《西国》はその辺は割りと自由であった。
「ですが、彼が《中央》を望むのであれば拒否する理由もないと」
「無論だ」
セーラはそんな会議の流れに苛立ちを覚えていた。自分の父親はアレとしても、他の三国の代表はアルベルトの力を欲しがっているだけで彼の人格や望みは二の次なのだと分かってしまったからだ。
「そういえばセーラ」
「は、はい?」
唐突に父から話を振られ、セーラは危うく出そうになっていた欠伸を慌てて噛み殺しながら背筋を伸ばした。
「私としてはアルベルト・クラウゼンの学校での様子を聞きたいが、彼はどんな人間なのだね?」
「……私見ですが、とても勇敢で心の優しい人です。私の学友には陽だまりのような温かな心を持つ者もいますが、彼は例えるならば……そう、誰よりも誇り高い剣です」
トクトクと高鳴る胸を意識しながらセーラは言い切った。
「ふむ……そうか、よく分かった。その辺りは帰ってゆっくり話そう」
何を思ったか、カルロスは一瞬不穏な目をしつつ会議に戻った。
それから会議は数時間に及び、特に発言する事もなかったセーラですらも疲労困憊の状態で帰りの馬車に乗り込んだ。
「セーラ様、アルの爵位についてはどうなりました?」
「お父様が反対押し切って公爵位を与える事になりそう。領地に関しては屁理屈だけど、今寮でアルが使ってる部屋と隣の空き部屋をサリにあげてその二部屋を領地扱いするみたいね」
本当に屁理屈である。果たしてアルベルトはそんな話を聞いて喜ぶのかどうか……とセーラは考え、詮無い事と思考を止めた。
「そういえばアルは何処にいるのでしょうね?」
トリアが魔導灯の灯りに照らされるセントラルの街並を窓から眺めながら誰にともなく呟いた。
「そうね……きっと誰よりも純粋に旅を楽しんでるわよ」
そう答え、セーラは家までの十数分を寝て過ごそうと決めて目を閉じた。
(そういえば、ミスティとアルトは《北国》出身だったわね。何事も起きなければ良いのだけど……)
そんな不安を胸の内で握り潰し、セーラは夢の中に落ちて行った。
続く




