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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第十楽章 獣を駆る

アルベルト達がリンドヴルムに乗って《ユミル》を発った頃。小春と織江はようやく《東国》の玄関と呼ばれる港町《慶州》に到着していた。何しろムーンライト学園は《中央》の南西側に位置しており、そこから大陸沿いに船で移動するとなるとかなりの時間がかかってしまうのだ。


「でもこの湿気はようやく帰って来たって気になるわね」


「まあね~」


船を降り、ここから乗り合い馬車に乗って三日程行くと小春達の故郷だ。その前に昼食を食べてからにしようかと思っていると、空を大きな影が横切った。


「ドラゴン!?」


翠色のドラゴンが飛翔する姿に周囲の人間もざわめく。しかしドラゴンは何もせずに町の上を一周してから入り口に着地した。


「よ!」


「あ、アル!?」


更にその後ろにケーナにリリィ、サリまでが乗っているのを見て小春は唖然となりながらも駆け寄った。


「どうしたのそのドラゴン……ってまさかリンドヴルム!?」


「ああ。ちょっと色々と……」


かくかくしかじかで説明を受け、小春は織江共々ようやく納得した。


「ところで小春達の故郷ってこの町か?」


「まさか。私達の育った村は此処から乗り合い馬車で三日程行った先よ」


「また遠いな……どうなんだ?」


アルベルトは小春ではなく自分が乗っていたリンドヴルムに尋ねる。


(5分というところだ。後2人位ならば問題なく乗れる)


「……だとさ」


「い、いいの?」


「ああ。契約が結ばれた以上もう俺のドラゴンだし、好きに使えとさ」


お言葉に甘えてとばかりにすぐさま飛び乗る織江に苦笑しつつ、小春もアルベルトの手を借りながらリンドヴルムに跨ろうとして硬直した。


「あ、そういえば小春は巫女服だから……」


「横座りしたら落ちますよね」


織江が気付きリリィも考え込む。するとサリがぽんと手を打った。


「アル様が支えれば良いのでは?絵本とかであるじゃないですか。騎士が姫を馬に乗せて走る時のワンシーンが」


「あのなぁぁぁーーーーっ!!」


寄りにも寄ってファーストキスの相手を膝に乗せて空を飛ぶとか、アルベルトにとっては拷問に等しい。自分の気持ちもはっきり分かっていないのだから当然だが。


「だからって小春を吊るして飛ぶ訳にも行かないでしょ?ほれ急いだ急いだ」


「だ、だからって小春にだって選ぶ権利ってもんが……小春?」


見下ろすと、小春は耳まで真っ赤になりながら俯いていた。


「オ、オネガイシマス……」


「……」


アルベルトは目を覆って天を仰いだ。主に逃げられない宿命に対して。











「いいやっほううううううう!!」


風を切って飛ぶリンドヴルムの背中でご機嫌な織江とは対照的に、アルベルトは二度目の飛行を楽しむ余裕は全くなかった。サリが提案した通り、小春はアルベルトの前に女の子座りで乗り、彼の胸にもたれるようにして体を支えていた。アルベルト自身も小春が落ちないように肩を抱いて支えているので、年頃の少女らしい柔らかな感触で頭が沸騰しかかっていた。小春も羞恥なのか顔が真っ赤なのはある意味救いだったのかもしれないが。


(え、ええい煩悩退散色即是空……えーっと後何だったか……)


「そ、そういえばリンドヴルム!」


(何だ?)


とにかく落とさないように押さえている小春の肩の感触から意識を逸らすべく、アルベルトはリンドヴルムに話を振った。


「お前結構な速度で飛んでるけど、普通なら俺達全員猛風で落ちてるよな?」


(当然だ。そうならないのは、我の力で全体に障壁を張っているからだが)


「なるほどな。つまりその障壁は風を防ぐだけでなく防御にも使えるのか」


(鋭いな。その通りだ)


そんな会話をしていると、小春がアルベルトを見上げた。


「そろそろ着くわ。あの山間にある村よ」


「あそこか……着陸するのに丁度良い広場はあるか?」


小春が示したのは、村の中央にある広場だった。確かに広さも申し分なく畑もないので問題はないだろう。


「よしリンドヴルム!あの広場に着陸だ」


(任せろ)


とはいえうっかり人を踏み潰してしまったら小春と織江に申し訳ないので、アルベルトは一旦リンドヴルムに村上空を一周させる。


「どああああああああああああああ!!りゅ、竜が出たああああああああああ!?」


「は、早く子供達を家に……いいえ、井戸に隠して蓋を閉めて!!」


「ナマンダブナマンダブ……!」


途端に阿鼻叫喚の地獄絵図と化す村に思わずアルベルトは冷や汗を流した。


「ちょっとヤバいかこれ?」


「わ、私が後でちゃんと説明するから大丈夫……多分」


とにかくこのまま飛んでいると弓で撃たれかねないので、適度に人を追い散らしてからリンドヴルムは広場に着陸した。


「皆落ち着いて!この竜は悪い竜じゃないから!」


アルベルトの手を借りながら滑り降り、小春は鍬や斧を持って身構える村の男達の前に駆け寄って声を張り上げた。


「小春ちゃん!?え、どうして竜に乗ってるんだ?」


「そこも全部説明するからまず武器を下ろして下さい!」


文字通り矢面に立つ小春の背中を見守りつつ、アルベルトはリンドヴルムを自分の体内に戻すべきかどうかしばし迷った。









その後、小春による必死の状況説明が続き(アルベルトも身分証明にムーンライト学園の学生証を提示したりもした)何とか村民全員が納得する頃にはとっくに昼を回っていた。


「ごめんなさいね?この村って何もないから、ああいう非日常に皆弱いのよ」


味噌汁の具合を見ながら小春の母親である美里みさとが苦笑した。アルベルト達は小春の家に招待され(履物を脱いで入る家というのは何気に初めてだった)、思い思いの場所に座っている。アルベルト個人としては履物を脱いで入る家というのが一番面食らったかもしれない。


「まあ何だ、こうして小春が友達を連れて来たんだ。俺達としても歓迎せねばな」


小春の父親である重悟じゅうごも畑仕事と樵の仕事で鍛えた腕を見せながら大根を摩り下ろしている。


「しかも男の子の友達もいるなんてねぇ……貴方?」


「ぬあにぃ!?男だとおおおおおおお!!」


気付いてなかったんかい!と思わずアルベルトは内心で突っ込んだ。重悟は大根下ろしの入った丼を一旦脇に退けてから壁に立てかけてあった斧を掴んで振り被る。


「てめえ家の小春に何をしやがったぁぁぁーーーーーっ!?」


「いやそんな怒られるような事は何も……あ」


ガルーダを倒しに行った時の事を思い出し、アルベルトは思わず固まった。


「心当たりがあるのか貴様あああああああああ!!」


振り下ろされた斧をバック転でかわし、続く第二撃を迎撃するか迷った時だった。


「ほい」


「うぼあああああああああああああああああ!?」


何時の間に横へ来ていたのか、美里の正拳突きが重悟の脇腹に突き刺さる。その勢いのまま重悟は織江が開けた引き戸から外へと吹っ飛んで行った。


「改めてごめんなさい。家の人ったら、娘が可愛すぎてああなっちゃうのよ」


「……」


アルベルトは戦慄していた。具体的には美里の拳からぼんやりと気のようなものが立ち上っていたからだ。


「な、なあ小春。お前の母さん何者だ?俺でも見切れるかギリギリの速度域で攻撃してたんだが」


「さ、さあ……」


娘である小春も少しばかり顔が引き攣っていた。








その日の晩は小春の家に泊まる事に(小さい村なので宿屋そのものがない)なり、ケーナ達が順次風呂に行っている間アルベルトは村を散歩していた。


(新しい場所に来たらとりあえず散歩って、爺さんか俺は)


我ながら鄙びた趣味に軽く欝になっていると、櫓を組んだり荷物を運んだりと忙しそうに走り回る大人達が目に入った。


「すいません、手伝います」


「お、済まないねぇ……って小春ちゃんとこのお友達かい?」


「ええまあ」


友達だとはっきり言い切るのには何故か躊躇いを覚え、アルベルトは少し曖昧に誤魔化した。


「ところでこれって何の祭りなんですか?学校では織江から何も詳しい話を聞いてないんで」


「ああ、こいつは騎獣祭きじゅうさいさ。年に一度、自分が育てた獣に乗り互いに戦う。そうして優勝者は……」


「優勝者は?」


櫓を組む角材を運んでいた老人はニヤリと笑った。


「ここ数年は小春ちゃんと付き合おうってハラの奴等が鎬を削っとる。まあ全員重悟にぶちのめされとるがな」


かっかっかと笑いながら老人は櫓を組み立て始めた。


「小春って皆に好かれるんですね」


「まあなぁ。昔から優しく気立ても良い娘、器量も見ての通りとくればな。村の若いのは言うに及ばず、わしらが育ててる牛や馬もみんな小春ちゃんの後を付いて回っとる」


愛され体質は生まれつきらしい。そんな彼女だからこそ七帝竜を抱えたアルベルトのような男でも受け入れてしまうのかと、彼は他人事のように考えてしまった。


「だがまあ……わしとしちゃあ、あんたみたいな外の人間があの子を連れ出してくれんかとは思うとるよ」


「俺が、ですか?」


「ああ。あの子に、小春ちゃんにこの村は狭すぎる。あんたの膝に座って、竜に乗っていた小春ちゃんがあんな風に笑うのを始めて見た……もしかしたら、わし等とこの村はあの子を閉じ込める檻なのかもしれんと思ってなぁ」


アルベルトは何も答えず、櫓の組み立てにかかった。


「さ、あんまりお客を扱き使っても申し訳ない。あんたはもう寝るといい」


「……分かりました。では」


アルベルトは老人に挨拶し、最後の柱を組み込んでからその場を去った。







「あ、アル!もう何処行ってたの?」


「外で櫓組むのを手伝ってたんだ。織江からは人手が足りてないって聞いてたしな」


家に戻るなり駆け寄って来た小春にアルベルトは軽く答えた。風呂上りらしく濡れた髪と上気した頬に何処となく落ち着きのない気分を覚え、アルベルトはさり気無く一歩下がった。


「織江ったら……余り気にしないでね。それよりもお風呂まだでしょ?温めなおすから早く入っちゃって」


「あ、ああ。分かった」


荷物から着替えを取り出し、アルベルトは小春に案内されて風呂場へと向かった。






通された風呂は木の木目が美しいこじんまりとした風呂だった。


「流石に学校規模のを想像するのは馬鹿だよな」


とりあえず石鹸はあったので、体を洗ってから湯船に浸かる。木の匂いというのは心身を落ち着かせる効果があるのかもしれない、そうしみじみと考えながらアルベルトは体を思いっきり伸ばした。


「湯加減はどう?」


「ぶはっ!?」


外から声をかけられ、アルベルトは思わず沈みかけた。


「小春!?どっから声かけてんだ?」


「外よ外。この村のお風呂って火を熾して沸かしてるから、誰かが見てないとすぐに温くなったり沸騰したりするから」


そういえば学校の風呂は火の魔法を応用して保温していたのだと思い出し、アルベルトは自分が如何に魔法社会の恩恵に浴していたかを思い知った。


「つか風呂上りにやる仕事じゃないだろ。俺もう上がるから、小春ももう休んどけよ」


「気にしなくていいのに」


アルベルトは「気にする」とぼやき、風呂から出た。








体を拭き、寝る時用の服に着替えた後の事。アルベルトは小春に案内された寝室でのんびりしていた。


「アルベルト君、だっけ」


「えーっと、美里さん?」


一瞬どう呼ぶか迷ったが、結局こう呼ぶ事にした。


「ええ。どうかしたの?」


一瞬さっき老人に聞いた小春の事を聞こうかとも思ったが、流石にそれはどうかと思いとどまる。


「……この辺りに、ドワーフかリザードマンが暮らす地域はありますか?」


「学校の課題か何か?」


小春はそんな事言ってないけどね~。と悪戯っぽく笑う美里に、アルベルトも肩を竦めながら微苦笑した。


「学校とは違いますけど、ちょっとでっかい宿題を託されちまいまして」


「そっか……この辺りなら、更に東の山奥にリザードマンの集落があるって私の曾お祖母ちゃんが言ってたわね。でも年代からしてもう100年以上前の話だし、今もいるかは分からないわよ?」


「いえ、ありがとうございます。駄目で元々、行って見ます」


これで次の目的地は決まった。アルベルトはそう気合を入れていると、美里は何故か神妙な顔で彼の前に回った。


「あ、あの?」


「アルベルト君……君を見込んでお願いがあるんだけど」


一体何が起こるのかとアルベルトが目はぱちくりさせる。美里は大きく息を吸い、深く頭を下げた。


「お願い!家の人の代わりに騎獣祭に出て!」


「はあああああああああああああああああ!?」


夜も更けた小春の実家。そこにアルベルトの素っ頓狂な声が響き渡った。


「お母さん何事!?」


「アル様敵襲ですか!?」


「アルどうしたの?」


「なあああ!まさかアル、ここでコハルさんのご母堂とくんずほぐれつ……私とコハルさんも混ぜーて!」


「サリはそのクソレズ馬鹿を黙らせろ!殺しても構わん俺が許す!!」


「らじゃー!」


サリの堂に入ったバックドロップを決められて沈黙するリリィを尻目に、アルベルトはようやく人心地ついた。


「……で、何で俺が騎獣祭に?」


「いやほら、さっき私が家の人にキツいの一発お見舞いしちゃったでしょ?あれで腰やっちゃって……でもあれで家の人が出なかったら他の子が優勝しちゃって、そのまま小春に交際申し込む気満々のが来るでしょうしねぇ」


「……」


つまりは小春に群がる悪い虫を追い払う為にアルベルトが優勝しろと言う事らしい。


(ある意味こいつが一番悪い虫だというのを気付いているのかいないのか……だな)


余計なお世話だと内心ぼやきつつ、アルベルト自身もサラマンダーの言葉に内心同意していた。


「でもアル様なら楽勝じゃないですか?サラマンダーなりリンドヴルムなり召喚して出場すれば」


「あのなぁサリ……下は大型犬、上は牛か馬かさもなきゃ熊っていう祭りにいきなり七帝竜放り込んで優勝って絵的にどうなんだそれ?」


そんなので勝ってもアルベルトは嬉しくないし、負けた連中だってきっと納得しない。


(それならば我が種族から子供の《飛竜》を一体呼んでやる。それならば上手くやれば熊や馬でも勝ちを拾える相手だ)


無論殺し合いではなく、試合形式ならばとリンドヴルムは付け加えた。


「それでも相手にかなりのハンデを強いるだろ?小春が他の男と付き合えばいいなんて言わないけど、俺はともかく出場を決めた美里さん達の評判に関わるからな」


言ってしまえばアルベルトは腰を患って身動きの取れない重悟の代わりに美里が雇う傭兵だ。雇い主である美里の風評に傷がつく行動は極力慎む必要があった。無論それで依頼を果たせないようであれば論外だが。


「じゃあこうしましょうか」


悩むアルベルトを見かねたのか、美里がポンと手を打った。


「家の人の代理なんて考えなくていいわ。貴方が飛び入り参加で優勝しちゃえばいいの」


「はい?」


「私としては、この村で停滞している子達に小春を渡すつもりは毛頭ないわ。でも外で色々なものに触れている貴方が小春を攫ってくれるなら……十分にアリよ」


「一体俺の何を見てそこまで信用した!?」


今日始めて会ったばかりの人間にここまで信用を寄せられる美里の思考がアルベルトには全く理解の外だった。


「こう見えても人を見る目には自信があるの。さっき大きな宿題を託されたって言ったでしょ?その時の君の目、昔家の人が私との結婚を親に申し込みに来た時と同じだったのよ~」


思わず全員がズッコケた。


「つまりそれだけ真剣だったって事。アルベルト君が何を思ってリザードマンやドワーフと接触したいのかは分からないけど、その目は信じられるわ」


「……どうも」


(どうするアルベルト。まさか此処まで言われてもグダグダ言う程野暮じゃねえよな?)


サラマンダーに言われ、アルベルトは少し乱暴に頭をかいた。


「小春」


「な、何?」


話の内容で真っ赤になっていた小春は唐突に話を振られて飛び上がった。


「何時もお前の親父さんが乗ってた相棒ってどんなのだ?」


「平次って名前の狼だけど……まさか!?」


アルベルトは大きく頷いた。








狼と言うからには、いいとこ大型犬より一回り大きいくらいだろう……そう当たりをつけていたアルベルトだったが、小春の言う平次は狼と呼ぶには些かデカ過ぎた。


「……小春、狼って確かどんなに大きくても精々大型犬の一回り上だよな?」


「平次は特別だから。ただいま、平次」


銀の毛並を持つ美しい狼は、下手すると小柄な牛くらいの大きさを持っている。匂いで小春と分かったのか、鼻を鳴らして甘え始めた。しかしその背後にいるアルベルトに気付くや否や鋭い牙をむき出しにして唸り声をあげた。


「こら!平次駄目!」


小春に叱られるのは嫌らしく、平次は不承不承ながらも牙を引っ込めて丸くなった。


(敵意を見せずにおいてやるからとっとと失せろ……というところか)


リンドヴルムの分析に同意しつつ、アルベルトは平次の前に膝をついた。


「小春、平次は言葉が分かるのか?」


「ええ」


小春に頷き、平次に向き直る。


「始めまして。俺はアルベルト、小春の……あー……友達だ」


「グゥ……」


平次は片目だけを開け、面倒そうにアルベルトを見てから低く唸った。一応挨拶らしい。


「今までは小春の親父さんとお前が2人で騎獣祭に出て、小春を守ってたんだってな。さっき美里さんから聞いたぞ」


今度は少し誇らしげに目を閉じた。


「ただ今年はそれが出来るか分からない。ある意味俺の所為なんだが、親父さんが腰をやっちまって明日の騎獣祭に出られないらしいんだ」


「!?」


耳がピンと立ち、平次は目を見開いて立ち上がった。この辺りは利口とかを通り越して随分と人間臭い。


「そしてさっき美里さんに、俺が代わりに出て小春を守るように頼まれた。でも俺の相棒は竜……はっきり言って今回のお祭で出場させて良い相棒じゃない」


何が言いたいと訊きたそうに平次は、初めてアルベルトを正面から見た。


「単刀直入に言おう。俺と一緒に明日の騎獣祭を戦ってくれ」


「ガァァァァァァァァァァ!!」


唐突に平次は吼え、首輪についた綱を引き千切らんばかりに迫った。


「平次どうしたの!?やめなさい!」


「小春、平次の綱を外してくれ」


小春は信じられないという顔でアルベルトを見る。それはそうだろう、何が悲しくて今にも自分を食い殺しそうな相手を解き放つ必要があるのか。


「頼む。俺が明日こいつと一緒に戦う為に必要な事なんだ」


小春はそれでも黙って首を振り、動こうとはしない。アルベルトは仕方がないと割り切り、リンドヴルムの力を一部解放して作った風の刃で平次の綱を断ち切った。








「アォォォォォォォォン!!」


大きく遠吠えをあげ、平次は軽く準備運動をするように数歩歩く。その次の瞬間、弾丸のような勢いで走り出しアルベルトの鳩尾に体当たりをしかけた。


「ぐああっ!?」


たまらず数m吹き飛ばされるが、彼もさるもの体勢を建て直し追撃を仕掛けた平次の顎を掴む。


「この野郎おおおおおお!!」


そのまま巴投げの要領で投げ飛ばし、平次も地面に叩き付けられて一瞬咳き込んだ。


「平次、アルもやめて!お願いだから……!」


涙声で叫ぶ小春の声が耳に痛いが、止まっていられる程アルベルトは大人ではない。続く平次の体当たりをマタドールのようにかわし、即座に転換して突っ込んで来る(この辺りのフットワークは歴戦の猛者と呼ぶに相応しかった)その背中へ飛び乗った。


「アォォォォォォォォォ!?」


何が起こったのか理解出来なかったらしく、平次はアルベルトを振り落とす事も忘れて硬直する。その隙を逃さず、アルベルトは平次の首輪を左手で掴んだ。


「大人しく……ええい、いいから聞け平次!」


大声を出したのがよかったのか、暴れ出そうとしていた平次の動きが止まった。


「俺を好きにならなくてもいい。小春の親父さんを見限って俺に鞍替えしろと言う気もない……小春を守りたいんだろ?」


「グゥゥ……」


そこは本心なのか、平次は暴れるのをやめて唸った。


「俺も同じだ。小春が本当に望む相手の所へ行かせてやりたい。だからその目的の為に俺を利用しろ」


「グゥ?」


アルベルトはこちらを振り返った平次に会心の笑みを浮かべた。


「俺だけでも、平次だけでも騎獣祭には出られない。だが俺達が組めば出られる……後は好きに暴れればいいさ。俺も好きにする」


平次はしばし値踏みするようにアルベルトを見据え、一瞬視線を外した。やはり駄目かとアルベルトが少なからず落胆した時だった。


「おわあああああ!?」


唐突に体を揺すられ、アルベルトはたまらず地面に落ちる。何とか起き上がろうとした矢先、頬をぬるりとした何かがぺろりと撫でた。


「平次……?」


一応友好の証なのか、アルベルトの頬をぺろりと一舐めした平次は尻尾を振りながら小屋へ戻ろうとし……固まった。


「どうした平……じぃっ!?」


ゴゴゴゴゴ……と擬音を背負いそうなオーラを纏い、小春が目に涙を浮かべたまま怒っていた。







「本当に2人とも!見てて凄い怖かったのよ!?」


「はい……」


それから一時間。庭先で正座(昼間に小春から教えて貰った座り方)したままアルベルトは平次共々小春に叱られていた。


「どっちも大事なんだから、喧嘩なんてしないでよ……」


「済まなかった」


「クゥン……」


2人して頭を下げると、ようやく落ち着いたのか小春は目を拭ってから溜息をついた。


「今回はこれくらいにしておくけど、次やったらもっと怒るわよ」


「肝に銘じます」


小春は「じゃあもうお終い。ゆっくり休んでね」と告げて家へと戻って行った。


「やれやれ、小春を怒らすと怖い……だあっ!?」


足の痺れが酷く、アルベルトはそのまま無様にスッ転んだ。


「グゥゥゥ……」


「へ?平次何を……ってお前何やってんだああああああ!」


アルベルトの足を咥え、家まで引き摺っていく平次に彼は思わず叫んだ。


「待て!お前まさか俺の所為で小春に叱られたとか逆恨みして……あだだだだだ!俺が悪かったから噛むなー!」








これを期にアルベルト・クラウゼンは1つの教訓を得る。即ち、「小春だけは絶対に怒らせないようにしよう」と……。








             続く

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