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魔女は竜と謳う  作者: Fe
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第八楽章 炎の竜剣士

更に月日が流れ、季節は夏真っ盛りになろうとしていた。ムーンライト学園でも親元を離れて寮生活を営む生徒の為に、夏の間は家族の許へ帰る夏休みがちゃんと存在している。しかし……。


(親どころか帰る家もない俺はどうすりゃいいのかと)


生まれ育った村は他ならぬアルベルト自身の手で灰燼へと帰し、そこで暮らしていた人間もまた1人残らず灰になっているのだ。今更帰ったところで墓すらもない。


「あ、ねえアル」


「織江?どうしたんだ」


朝食のデザートについていたオレンジを頬張りながら織江が近づいてきた。


「夏休みなんだけどさ、もしアルさえ良ければ私達の村に来ない?丁度大きな祭りがあるんだ」


「祭りねぇ……力仕事出来る奴がいないのか」


「せいかーい」


嘘のつけない性格なのか、織江はあっさり認めた。


「ま、他に予定が入らなければ考えておく」


「あいよー。小春も喜ぶから顔出すくらいはしてよね」


「へいへい」


とりあえず食器を片付け、休みだし少し体を動かそうと剣を持って外に出た時だった。


「あらアル。丁度よかったわ」


「何だセーラ、組み手か?」


笑って頷くセーラに承諾し、アルベルトは連れ立って演習場へ向かった。









「夏休みだけど、何か予定はある?」


鋭い呼気と共に繰り出された突きをいなしつつ、アルベルトは苦笑する。


「さっき織江から祭りに来いと誘われたな!」


「へえ、行くの?」


「予定が合えば顔を出すさ」


薙ぎの一撃をスウェイバックでかわし、セーラは一旦思案するように宙を見た。


「ならそれまで私の家に泊まる?宿の宛てが他にあれば別だけど」


「いいのかよ。幾ら学友って言っても俺男だぜ?ましてセーラと恋人同士だってんならともかく、そうでもない男を家に泊まらせて親は大丈夫なのか?」


「……」


一瞬セーラの顔が引き攣り、頬を一筋汗がつたった。


「……やめとこう。主に俺の命が惜しい」


「そ、そうね」


少なくともセーラの両親は良い顔をしないだろう。幾らアルベルトに呼び捨て・タメ口を許していても彼女は貴族なのだから。


「じゃあどうするの?」


「小春や織江の家も両親健在だろうしなぁ。しゃーないから寮に残るか、どっか気ままに旅でもするか……」


「夏休みは二ヶ月だから、それまでには戻ってらっしゃいね」


軽い口調とは裏腹に、繰り出された突きはアルベルトの模擬剣を叩き落す程の力が込められていた。








その後もミスティや他のクラスメイトからも休みの間に泊まりに来ないかと誘われ、流石のアルベルトもかなり困惑していた。


「なあ、何で皆さん揃いも揃って俺を家に呼びたがるんだ?」


(良いのではないか?古来より我等竜族も強い牡が牝を複数抱えるのが普通だったのだし)


「ドラゴンのハーレム主義と人間の文化を一緒にすんな!つーかそんな事したら俺が刺されるわ!!」


とんでもない事を言い出したリンドヴルムに思わず怒鳴り、アルベルトは苦笑しながらもサリが淹れてくれた茶を飲み……噴いた。


「ぶはっ!?お、おいサリ!これ一体何の茶だ!?」


「うにゃ!?何か拙かったですか?」


小春から貰ったらしい急須を見ると、何やら黒いビロビロの物が蓋からはみ出ている。恐る恐る開けてみると、ワカメだった。


「あのなぁサリ……せめて昆布にしてくれないか?ワカメの戻し汁は流石にさ……」


「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!!」


その場に土下座しかねないサリを宥め、「次から気をつけてくれればいい」と許して彼はベッドに寝転がった。


(時にアルベルト)


リヴァイアサンが唐突に声をかけてきた。


(これは独り言ですが《南国》に広がる広大な森、《ユミル》にはこの世全ての英知を管理する大樹、《ユグドラシル》が存在します。もし貴方が《空白の歴史》を紐解くのであれば、そこを訪ねるのがよいでしょう)


「独り言になってないぞ。まあ二ヶ月で往復出来るなら行って見るか」


(しかし問題があります。《ユグドラシル》と会話出来るのはエルフのみですので)


起き上がったアルベルトは、その勢いのままズッコケて床に落ちた。


「何じゃそりゃ!確か《空白の歴史》以降人間とエルフの交流は途絶えてるんじゃなかったか?」


(その通りです。具体的に何があったのかを私が説明する事は出来ませんが、やるならまず貴方自身がエルフと交流し《ユグドラシル》と接触するチャンスを得る事ですね)


因みにエルフとは古代より存在する種族の1つで、魔法と弓に秀でた長寿の種族である。それ故に深い知識と見聞を持ち、またその知識故に排他的になる一面もあるが非常に優れた美しい種族とされていた。


「……ええい分かった!こうなったら地の果てだろうが海の底だろうが行ってやろうじゃねえか!!」


猛然と旅支度に入るアルベルトを、サリは微笑ましそうに見守っていた。








それから一週間後。夏休みに入りそれぞれ家路につく小春達を見送ったアルベルトはサリを伴い《南国》行きの船に乗ろうとしていた。


「アル、待って待って!」


ぱたぱたと足音が聞こえ、振り返るとケーナが荷物を担いで走って来るところだった。


「ケーナ?どうしたんだ一体」


「ケーナも一緒に行くよ。さっきケーナがいた孤児院から手紙が来て、部屋を改築してるからしばらく帰って来れないって」


「……」


それは明らかに厄介払いというか、体よく追い出されているのだが当のケーナは気付いていないのか諦めて笑っているのか、ともかく何時も通りの笑顔だった。


「ま、俺や小春の傍から離れるなって言ったしな。いいぜ」


「やった!」


嬉しそうに腕にしがみ付かれると、ミスティ程ではないもののかなり発育の良い胸が押し当てられてしまいアルベルトはどぎまぎしてしまう。


「あ、でも船乗るとお金かかっちゃうよね」


「心配するな。ほれ、最初の課題の時に盗賊団を討伐した賞金が手付かずだし。そんな訳で今回は結構リッチな旅が出来るぞ」


「アル様、それって私も込みなんですか?」


「当たり前だろ」


正式に手続きを踏むのはまだとはいえ、サリはアルベルトのメイドなのだ。それくらいの甲斐性は見せたいアルベルトであった。


(……よし、織江に預けっぱなしで手元にないなんてチョンボはしでかしてない)


彼女が《東国》行きの船に乗る時に返して貰った賞金は全額背中のリュックに入っている。リュックごとスられたら洒落にならないが、アルベルトもその辺は警戒済みだ。


「それじゃ乗るか。いざ行かん《南国》へってな!」


「えいえいおー!」


拳を突き上げるケーナとサリに笑い、アルベルトは予約していた客室へ荷物を担いで向かった。









三日の船旅を楽しみ、3人が降り立ったのは《南国》の玄関と言われる港町・テセアラであった。


「おや、こちらに用があるなら一声かけてくれればよかったのに」


「リリィ?そういえばお前、《南国》出身だったっけか」


1本早い船便で到着していたらしいリリィが軽く手を振った。


「ええまあ。私はこの町の生まれなもんで。時にアル達はここまで何をしに?」


「観光じゃないんだがな。南方の《ユミル》を訪ねようかと」


そう軽く言うと、リリィの表情が分かり易く曇った。


「《哭千の森》ですか……」


「何だそりゃ?」


聞かない呼び名にアルベルトが眉を顰めると、リリィはゆっくりと話し始めた。


「地元でも有名な森でしてね。一度足を踏み入れたが最期、人間は帰って来れない。千回泣き叫ぼうが出る事が叶わないから《哭千の森》だそうです」


「よくある絹糸や紐を遣った命綱も意味ないのか?」


「ないですね」


リリィは石畳を見下ろして足を動かした。


「あの森は特殊なルールがありまして。森の中がこの石畳のように見えないラインで区切られているんです。普通なら右に動けば右の石畳に入れますが、あの森は全く別の場所に繋がってしまう……今現在それがどのような法則で繋がっているかは不明で、調べに行く物好きもいませんよ」


「つまりアレか?糸を木に括り付けて引っ張って行ったら、目の前に糸を括り付けた木が出て来るとか」


「ええそんな感じらしいです。何しろ帰って来れたのがいないんで、町に残ってる資料からそう推察するしかないんですが」


普通ならここで回れ右が正しいのだろう。だがアルベルトは恐怖以上にあの森に強く心を惹かれていた。


「……ま、そこで止まるような男ならそれまでですけど。そうじゃないみたいですね」


「そうだな。もしアレならケーナとサリをお前の家で預かって貰っても構わないか?」


「いいですとも。ケーナさんも小春さんと同タイプで私の好みですし?あの幼い顔に似合わぬ見事なバストを思う存分に堪能ぶげらばっ!?」


リリィの脳天に拳骨を叩き込み、アルベルトは背後の2人を振り返った。








結論から言おう。ケーナもサリも待っている事をよしとせず、アルベルト達はリリィも加わった4人パーティで《ユミル》に足を踏み入れていた。


「あ、アル様こっちです」


ワーアビシニアンであるサリはこの手の結界に高い耐性を持つらしく、彼女だけは正しい道筋が分かっているらしい。そんな訳でサリと手を繋ぐ(サリ自身は首輪とリードを所望したがアルベルトが全身全霊で却下した)事でアルベルト達は迷う事なく森を進んでいた。


「魔物も出ないってのは楽だな」


「まあ大抵は森の結界で迷った挙句に衰弱死するでしょうし」


リリィが肩を竦めて答えた。彼女も愛用の武器である魔砲機・《アバリス》を構えてはおらず、背中に背負っていた。


「そろそろ着きそうですよ……きゃっ!?」


咄嗟にアルベルトはサリの手を引いて自分の後ろに隠す。さっきまでサリの頭があった場所を1本の矢が駆け抜けて樹木に突き刺さった。


「人間!どうやってこの森の結界を抜けた!?」


鋭い声に顔を上げると、巧妙に作られた台にエルフの青年が数人立って弓を構えていた。


「待ってくれ!俺達は森を荒らしに来た訳じゃな……!」


アルベルトの足元に更に1本打ち込まれる。聞く耳を持つつもりは全くないらしい。


(……仕方ないですね。アルベルト、今から私が言う通りに唱えて下さい)


リヴァイアサンの声が頭に響き、アルベルトはこの状況を打破出来るのならと頷いた。


「……我、天と地と海にまぶいを捧ぐ巫女を守る者。我、竜の血脈を継ぐ者。我、勇壮なる水の戦士の友たる者。我、森の祈り子に刃を授かりし者。我、大地の護りに鎧を授かりし者」


そう唱えた瞬間、殺気立っていたエルフ達の雰囲気が一気に変わった。


「その言霊……いいだろう、付いて来い」


エルフ達は身軽に木から滑り降りると、弓を収めて歩き始めた。










エルフに案内されたのは森の更に奥深くにある集落だった。木の上に家を建てる風習なのか、地面に建てられた家は一軒もなかった。案内をしていたエルフは一番奥の巨大な大樹のウロにかけられた梯子の前で止まった。


「族長、《約束の子》が村を訪れております」


(《約束の子》?)


さっぱりだが、今はいいだろう。


「分かりました。通して下さい」


答える声は鈴を転がすような可憐な響きを帯びている。促されるままにアルベルト達が梯子を上って中に入ると、そこには祭壇が築かれていた。さっきの声の主は目の前で微笑む13歳くらいの少女のものだったらしい。


「ようこそ我が里へ。族長のセル=ヴィアヌス=グレイシアメイルです」


「し、セル……?」


思わずどもると、族長は微笑みを絶やさぬまま言葉を続けた。


「人間には発音し辛いでしょうし、セルヴィと御呼び下さい。見た目がこんなですし、気楽に話して頂いて良いですよ」


「え、あー……了解。アルベルト・クラウゼンだ、アルでいい」


「リリィ・ティルミットです」


「ケーナだよ」


「サリです!アル様のメイドです」


セルヴィは頷く。それだけで彼女の背中に流れる金髪がさらりと動き、甘い香りが漂った。


「ではアル。貴方が《約束の子》としてこの里を訪れたという事は……」


「ちょ、ちょっと待った。その事なんだが……」


アルベルトは声を潜め、自分には七帝竜が宿っている事とあの言葉はリヴァイアサンが場を収める為に教えてくれた事、自分には《約束の子》と言われても何が何やらさっぱりだという事を教えた。


「なるほど……ですが七帝竜の魂を七体分宿せている時点で貴方が《約束の子》である事は明らかです。教えたいのは山々ですが」


セルヴィはそっとアルベルトの右手を取る。そのシルクのような手触りと少しひんやりした感触にアルベルトは一瞬ぐらりと来て慌てて体勢を立て直した。


「今の貴方はまだ七帝竜を従えるには至っていないようですね。盟約により、私からは何も話せません」


「従えるって、一応三体は取り込んだんだが」


とりあえず《ヴァジュラ》を出してみせると、セルヴィは首を振った。


「それはあくまで七帝竜の力を一部間借りしているに過ぎません。アルはまだ竜を召喚出来てはいないでしょう?」


「召喚!?」


「はい。七帝竜に限らず術者の肉体に精霊ないしそれに準じた存在を宿す事は、私達エルフの間ではそう珍しくありません。そういった存在は自らの宿主を完全に主と認めた時、受肉を果たして主の力となるんです」


アルベルトは思わずケーナ達と顔を見合わせた。


「じゃあ、もし俺が《ユグドラシル》と話をさせてくれと言っても」


「申し訳ありませんが、それも盟約に含まれていますので」


セルヴィは悲しげに告げ、族長という立場を考えていないかのように深く頭を下げた。


「いや、頭を上げてくれないか?こっちも駄目で元々、手がかりの一つでも見つかれば御の字ってところなんだ。七帝竜を完全に配下にすれば自ずと真実に近づけるって分かっただけでも大収穫なんだからさ」


「やはり貴方も優しいのですね。お礼と言ってはなんですが、1つお伝えしておきます」


そう言ってセルヴィはケーナに向き直った。


「人間の基準で言えば確かに強大すぎる魔力の持ち主のようですが……私達エルフから見れば『優れている程度』のもの、一目は置かれるでしょうがそれでも普通の範囲を逸脱しないものですよ」


「……!」


ケーナは驚いたようにセルヴィを見つめる。


「元々エルフは魔法に秀でた種族ですからね。それくらいが……」


その時、轟音と地響きでアルベルト達は思わずよろけた。


「きゃっ!?」


「おわっと、大丈夫かよセルヴィ」


倒れこんできたセルヴィを抱き留めると、思いのほか華奢というかちゃんと食べているのか心配になるくらい細かった。


「ど、どうも……」


「族長大変です!エントが……!」


駆け込んで来たエルフの声に、セルヴィは殆ど反射的に弓を持って飛び出して行った。


「アル、私達は」


「決まってる!俺達も行くぞ!!」









ウロを飛び出すと、巨大な樹木(目測30m程)がゆっくりとエルフの里に近づいてくるところだった。


「な、何あれ!?」


「でっけぇ……」


視線を下に移す。広場にセルヴィが1人で立ち、何かを樹木に訴えかけているようである。


「セルヴィ!」


「下がって!エントお願い、私の声が聞こえないの!?」


エントと呼ばれた樹木は罅割れた声をあげ、両手の枝を伸ばしてきた。


「くそ、何やってんだ!!」


セルヴィを抱え、アルベルトはその攻撃を横っ飛びにかわす。


「リンド……!」


「駄目!」


《ヴァジュラ》を取り出そうとした途端、セルヴィが腕を掴んで止めてきた。


「あの子は私と一緒に育ってきた、この森の護りなの!お願い、私が止めるから!!」


「っ……んな事言ってる場合かよ!!」


逃げ遅れたエルフの1人が首を締め上げられて持ち上げられる。それを止めるべくリリィが砲撃を放ち、枝を吹き飛ばした。


「ほいっと!」


落下したエルフはサリが受け止め、素早くその場から離脱する。アルベルトはそれを確認しつつ、セルヴィの様子が余りにも必死なのもあってエントが気になり目を凝らした。


(何だ……?この感じ、まるで何かがエントを包み込んでいる?)


「アル!」


振り返るとケーナが珍しく険しい表情でエントを見上げていた。


「この子、何か黒くて怖いものに操られてるよ!ずっと泣いてる……『こんな事したくない』って。お願いアル、助けてあげて!」


「分かった。だったら何が何でも助けないとな!」


《エクスピアティオ》を抜き放ち、アルベルトはエントを見上げた。


「しかし参った。《レーヴァテイン》の炎は確か呪いのような事象も燃やせる筈だが、こんなデカいと燃やし尽くせるか不安だな」


(無理に決まってるだろ)


ぶっきらぼうな声が頭に響く。サラマンダーの声だ。


(俺も今呪いを確認したが、こいつは厄介だぞ。一回で全部燃やし尽くさないと残った部分が呪い全部を再生してしまうからな。今のお前じゃ火力が足らない事は明白だぜ)


「だとしたら、俺のありったけを《レーヴァテイン》に込めるか……」


次々と振り翳される枝の攻撃をかわしつつアルベルトはぼやく。その視界の隅で防御したケーナが持っていた槍を折られながらも地面を転がって回避していた。


(……おいアルベルト、お前何か忘れてないか?)


「何をだ!」


尚も呼びかけを止めないセルヴィを庇いながら怒鳴った。


(お前の大きさで賄いきれない炎なら、もっと大きな奴が使えばどうなる?)


「そりゃあ大火力でエントも丸ごとこんがりだろうな」


(そうだろ?つまりそういう火力を持った奴を……)


「リリィ!俺の炎をお前の砲撃で増幅出来るか!?」


「やった事ないですけど、試しますか?」


アルベルトとしてはごく普通の事を言ったつもりだったが、サラマンダーは何故かズッコケた。


(お前わざとやってんのか!?俺だ俺!大体浄化の炎が《レーヴァテイン》に宿るなら、大元の俺に出来ない筈はないだろうが!!)


「そりゃ分かるけどさ。でもそれって俺が死ぬまで下僕として扱き使われるって事だぞ?ドラゴンの誇りは何処行った」


至極尤もな事を告げたつもりだったが、サラマンダーは軽く鼻を鳴らした。


(それはお前にも言える事だぜ?俺は《豪竜ドレイク》の長、その俺を従えるって事はお前が《豪竜》を従える事にもなるんだからな)


「そう言われたら確かにその通りだな……っと!」


リリィが牽制で放った砲撃でエントの注意が逸れた隙を狙い、セルヴィを抱えて跳びながらアルベルトは頷いた。


「ならお前には人間に使われる覚悟はあるのか?俺はセルヴィを初めここのエルフ達と《ユミル》そのもの、そしてエントも丸ごと助ける為に《豪竜》を背負う覚悟を決めた!」


(上等だ!なら俺の、豪炎竜の牙と炎を纏めてお前にくれてやる!存分に暴れさせろ!!)


アルベルトは小さく笑い、右手に《レーヴァテイン》を呼び出した。








「我が意に従い、我が手に応えるべし……」


《エクスピアティオ》を地面に突き刺し、アルベルトは《レーヴァテイン》を水平に構える。言葉は自然と頭に浮かんできた。


「それは大いなる焦がれる力、悠久の契約に従いこの日この時、覇道を望むならば我が声に応えよ!」


《レーヴァテイン》の放つ炎が一瞬にして燃え上がり、アルベルトとエントの前に集まっていく。その様をケーナはセルヴィを支えながらじっと見つめていた。


「その名は豪炎竜サラマンダー!我は汝の鎖を手繰り、勇気を炎へと変える者……アルベルト・クラウゼン!!」


炎は一気に圧縮され、一体のドラゴンへと変わっていった。その姿は二足歩行の爬虫類と言えばいいだろうか?完全な直立ではなく前傾姿勢で、その鱗は燃え盛る炎を思わせる赤。獰猛な顔立ちはまさに《豪竜》の長と呼ぶに相応しい威厳と貫禄を備えていた。


(我が炎をもって汝の契約に応えん!!)


言葉ではなく思念でそう宣言し、サラマンダーはアルベルトの前に頭を下げた。


(乗れ、アルベルト!)


サラマンダーの大きさはエントと殆ど変わらない。その炎を受けてか、《レーヴァテイン》の炎も赤から蒼へと変わり更なる力を示していた。アルベルトは躊躇いなくサラマンダーの頭に騎乗する。


「一緒に暴れるぞサラマンダー!敵はあの黒い影だ!!」


(任せておけ!!)


アルベルトは地面でその様を見上げていたケーナ達に目を向けた。


「見ておけよケーナ!全部、守ってみせる」


「うん、アルなら出来るよ!」


サラマンダーはその強大なパワーでもってエントを押さえつけ、動きを封じ込める。アルベルトはサラマンダーの頭の上に立ち、蒼く変わった《レーヴァテイン》を両手で正眼に構えて敵を睨み据えた。


(分かっているな?俺の力で浄化の炎を増幅する。後は……)


「俺の仕事だ。黒の呪い、俺達の炎で欠片も残さず焼き尽くす!!」


サラマンダーが豪快にエントを投げ飛ばし、それを追うようにアルベルトが跳躍する。最上段に振り被った《レーヴァテイン》目掛け、サラマンダーが口から放った炎が直撃した。


「行くぜエント!今お前を、この薄汚い牢獄から引き摺り出してやる!!」


振り下ろされた剣から迸る蒼い炎。それはエントを包む黒い戒めを一欠片も残さずに焼き払った。










「ほう……あれが七帝竜の力か」


「いえ、まだまだ。あの程度では神と同等と言われる程ではない」


黒いローブを被った男の言葉に、傍らに控えた女性が抑揚のない声で答えた。


「エントを暴走させた術式、我ながら自信作だったのだがな……あれだけあっさり焼かれると流石に凹むぞ」


「サラマンダーの炎は事象にも有効とされている。仕方あるまい」


男は溜息をつき、「帰るぞ」とだけ告げて踵を返した。


「これではエルフに封印を解かせる事は諦めたほうがよさそうだ」


「だから最初から言っていただろう」


「うるさい」


漫才紛いの会話をしつつ、2人は森の中へと消えて行った。










               続く

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