第七楽章 流麗な水の舞
まさに満身創痍という有様で帰還したアルベルトと小春。そして新しく加わったサリを見た織江達の反応は様々であった。
「あー……アル、言い難いんだけど」
セーラが額を押さえながら言った。
「貴方の権利というか、帰属する先は今のところムーンライト学園。そしてムーンライト学園は《中央》の所属なの」
「ああ、それが?」
「《中央》の法律だと、侍女や執事を雇えるのは貴族階級を持つ者に限られるのよ。これは雇う相手の人生に対して責任を持つという意味でね」
そういう意味なら納得である。
「でもアルは貴族ではないでしょう?それでもサリを手元に置くとなると……」
「なると?」
セーラの顔が見る見るうちに紅潮し、明後日の方向を向いて「あー」だの「うー」だのと珍しく歯切れの悪い声が漏れる。
「何かしらの手柄を立てて《中央》で貴族の位を貰うか、いっそサリと結婚してしまうか……後はセーラ様の家に婿入りか養子になるかするくらいですね」
「しゃ、シャロン!」
メガネを直しながらシャロンが告げると、セーラの顔は完熟トマトばりに赤くなった。
「あらセーラ様。私は別にセーラ様と結婚しろとは言ってませんよ?上の姉御2人も独身ですし」
「あの武闘派なルイーゼ姉様と研究馬鹿のテレーズ姉様のどっちがアルに靡くってのよ……」
実の妹に散々な言われようではあるが、果たしてその実態は如何程のものか。アルベルトには全くもって見当がつかなかった。
「あ、でもテレーズ姉様なら七帝竜に興味を持って……いや駄目よ!下手したら解剖したがってとんでもない事に!」
「てーかお前等俺の意思ガン無視でとんでもない事相談すんなよ!!」
いきなり人生の墓場に招待されてはたまらない。しかしその場合、アルベルトはサリをどうすればいいのかという話になる。
「七帝竜の力を自在に振るえるのであれば、《中央》もアルを是が非でも手元に置きたいと考えるでしょうし……案外何とかなるのでは?」
「そ、そうね……トリアの言う通りだわ」
実際は自在どころか2体しか取り込めていないのだが、そんな事はどうでもいいのだろう。七帝竜は1体だけでも兵器としては十分過ぎる威力を発揮するのだし。
「アルの気持ちは固まってるみたいだし、爵位の授与に関しては私のほうから働きかけておくわ」
「悪いな、何か色々と面倒かけちまって」
苦笑混じりに詫びると、セーラはくすりと笑みを零した。
「気にしないで。友達の為だし、これくらいはね」
そこですかさずシャロンが進み出た。
「ではサリはこちらへ。アルに恥をかかせないよう、立派なメイドとして教育してあげます!」
「にゃ、よろしくお願いします」
猫耳をぴこぴこと動かしながらシャロンの後に続くサリを見送り、アルベルトは軋む体を何とかすべく医務室へと向かった。
(……眠れん)
既にポーションや回復魔法は効いているので、無理な動き方をしても骨が砕けたり傷口が開いて純白のシーツを真紅に染め上げるという醜態は晒さずに済む。しかし痛みを感じないかと言われればそれはまた別問題な訳で、アルベルトは寝返り1つ打つにも難儀する痛みに苛まれながら夜を明かしていた。
「くそ……っ、ミスティに痛み止めを作って貰うか」
寝る前に錬金術師が使用する加工室を訪ねると、今夜は徹夜すると言っていたのでまだいるだろう。アルベルトは特に危機感を抱くでもなく、武装はせず寝巻きの上に上着を羽織るだけに留めて部屋を出た。
「うぃーす、調子はどうだミスティ?」
「あれ、アルも眠れないの?」
ミスティはアルベルトが採取してきたサンプルを前に目を輝かせながら様々な薬品をビーカーに混ぜ入れていた。
「というか寝たくても痛みが酷くてな。よく効く痛み止めがあればくれないか」
「ん~それなら2分で作れるけどちょっと待って。こっちのアイディアを纏めたいから」
別に動かなければ良い話なので、アルベルトは快諾して近くの椅子に腰を下ろした。
「どういう風に練成するつもりなんだ?」
「えーっとね、とりゃあああああ!!」
「……って誰も実演しろなんて言ってねええええええ!?」
すわ爆発かとアルベルトは咄嗟に床に伏せる(その瞬間腰と背筋に激痛が走った)。しかし予想に反して爆発はしなかった。
「ありゃ?」
おずおずと起き上がり、ミスティが作り出した成果を確認する。何か心臓の鼓動のような音が聞こえた。
「……おいミスティ」
「何かな?」
「俺が知っている強靭な若草は確か動かなかったし、鼓動も聞こえなかった筈なんだが……」
ずんずんと嫌な予感が膨れ上がり、アルベルトは咄嗟にミスティの腕を掴んでその場を離脱しようとした。だが相手のほうが少しばかり速かった。
「あ、あれええええええ!?」
見る見るうちに巨大化した植物は意思を持っているかのように蔦を伸ばし、ミスティの足を捕まえて持ち上げた。
「ひゃっ!?あ、アル駄目!見ないで、見ないでええええええええ!!」
逆さ吊りにされた所為でスカートが捲れ上がり、白のレースがついた可愛らしい下着が露になってしまっている。流石にアルベルトも目を逸らしたが、それではそもそも救出が出来ないと気付いて開き直った。目に涙を浮かべて叫ぶミスティを見ていると罪悪感が募って仕方がないが、不可抗力だとこじつけておく。
(とは言うものの、どうする?リンドヴルムを出すにはこの部屋は狭すぎるし、サラマンダーは制御ミスったらミスティも巻き込みかねない……そして肝心の《エクスピアティオ》は部屋な時点で俺は完全に丸腰も同然だ)
おまけに全身の骨や関節が悲鳴を上げている状態で出来る事などたかが知れている。かといって助けを呼んでいる暇はないし、この部屋自体が高度な防音結界で覆われている為に誰かが気付いて助けに来る可能性も皆無であった。
「アル、早く助けてよぉ……!」
「分かってる!ミスティ、ここにある薬品を使って発火する薬とかって俺でも作れるか!?」
これしか手がない。掃除用のモップは武器になるか怪しいし、今この部屋にある物で一番火力を出せ得るのはミスティが持ち込んでいる薬品を練成するしかないのだ。
「えっと、そこの赤ラベルのビーカーに黄色ラベルと水色ラベル……あとそれから~……そうだ、ピンクラベルの小瓶の中身を全部混ぜて!」
「こうか!」
そう言っている間にも植物(というかあれはもう魔物だ)は蔦の付け根を口のように開き、繊維質は食べたくないとでも言うようにミスティが着ていた白衣と下の私服を器用に脱がそうとしている。余り時間はない。アルベルトは指定された瓶の蓋を片っ端から開けてビーカーに注ぎ込んだ。
「何色になってる!?」
「迷彩模様ってのか?余り綺麗な色じゃないが!」
「ううん、それでいいよ!って馬鹿馬鹿そこに触手入れるな……ひゃあん!?」
胸元の谷間に蔦を捻じ込まれてミスティは素っ頓狂な声を上げる。
「後はこいつをどうやって爆破すればいいんだ!?」
「燃やしたい……やんっ……箇所に、かけたら……ひぅっ!……マッチでもドーンと……やあああああああん!!」
艶かしい悲鳴をあげるミスティのあられもない姿に顔が熱くなるのを感じつつ、アルベルトは魔物に駆け寄り開いた口目掛けてビーカーごと放り込んだ。
「後はこいつを食らえ!」
ランプの点火に使うマッチに火を点けて口に放り込むと、一瞬の空白を置いて魔物の本体が燃え上がった。
「やった!……ひっ!?やだ、やめて……あぐあああああ!!」
今度は苦痛による悲鳴だった。熱さで加減を忘れたのか、それとも捕食の為に新たな段階へ移行しようというのか、魔物はミスティの豊満でありながら華奢な肢体を容赦なく圧し折ろうとしていた。
「ミスティ!」
咄嗟に《レーヴァテイン》を出そうとするが、その瞬間全身に痛みが走り硬直してしまう。魔物はその隙を見逃さずに一番太い蔦でアルベルトを打ち据えた。
「がああああああああああ!?」
壁に叩き付けられ、肋骨が何本か折れたのが分かる。しかも肝心の左腕までもが骨折して動かなくなっている。
(ふむ……随分と苦戦していますね)
突如リンドヴルムでもサラマンダーでもない第三の声が頭に響いた。
(しかし解せません。何故貴殿はリンドヴルムやサラマンダーの力を使わないのです?)
「決まってるだろ……ミスティを助ける為だ。あいつらの力は威力があり過ぎて彼女まで巻き込んでしまう」
(結果として自分が死ぬ事になろうと?)
「当たり前だ……!仲間1人犠牲にして得られる勝利に何の価値がある?俺はそんな犠牲を容認して大局の勝利を得るような、『英雄止まりの小物』になんざ死んでもなりたくねえ!それが俺の誓いであり、プライドだ!!」
(な……っ!?貴殿はそれが一体何を意味する事なのかか分かっているのですか!それは《空白の歴史》に記された伝説の存在、《勇者》になるという事ですよ!?)
驚愕した声にアルベルトは平然と頷きながら立ち上がった。右手は未だに動かないが、肘を上手く使って机等に腕を引っ掛ければ杖代わりにはなるのだから。
「《勇者》か……創世竜シルヴァーナも竜族の勇者だっけか?だったらそれでもいいさ、俺が守りたい人や場所を確実に守れるのなら《勇者》だろうが神だろうが悪魔だろうがなってやるさ!!」
(ふ……よく分かりました。その誇り、その決意、私が力を貸す資格としては十分だ)
その瞬間アルベルトの右手が自由になり、その手に水が渦巻き始めた。
(海嘯竜リヴァイアサン、今この瞬間を持って貴殿の力となろう!)
「分かった、頼むぜ!」
流麗な咆哮が轟き、アルベルトの右手には水で作られた三叉の鞭が伸びる手甲が装備されていた。
「こいつの名は《オケアノス》!全てを斬り裂き、あらゆる水を支配する……そうだろリヴァイアサン!」
(その通り。存分に振るいなさい)
折れた左腕と肋骨には構わず、アルベルトは右手のスナップを利かせて《オケアノス》を振るう。3本の鞭は彼の意のままに飛び、ミスティを戒めていた蔦を全て斬り裂いた。
「きゃふ……!」
落下するミスティを《オケアノス》は打って変わって優しく受け止め、アルベルトの傍まで運んできた。
「大丈夫かミスティ?助けに入るのが遅れて済まない」
羽織っていた上着をかけてやり、アルベルトは改めて《オケアノス》を構えた。正直寝巻きでは格好がつかないが、それでもやるしかない。
「人質がいない以上、もう遠慮はしないぜ!」
鞭を3本とも突き刺し、魔物の体内にある水を活性化させる。まるで体内で化物が暴れ回っているかのように魔物の体内は蠢き、最期には爆発四散した。
「水分がある相手……生物相手なら絶対的なアドを取れるなこの武器」
武装を解除すると右手が使えなくなってしまうので、手甲に鞭を引っ込める形で右手の自由を確保しておく。何しろ左腕が折れているのでこうでもしないと本気で身動きが取れなくなってしまう。
「けほっ……あの、アル?その腕……」
アルベルトの上着を抱き締めるように羽織りながら、ミスティが泣きそうな顔で満身創痍の彼を見つめる。
「ん?まあ、折れたな。ついでに肋骨も何本か逝ったわ。はははは……」
とりあえず首と背骨が無事なのは幸いだったと付け加えると、彼の冗談をどう受け取ったのかミスティの大きな目から涙が零れ落ちた。
「どわ!?ちょ、おいミスティお前そんなキャラだっけか!?」
「ぐず……だって、あたしがドジ踏んだ所為でアルが大怪我したんだもん!」
「こんなの怪我の内に入るかよ!大体卒業してギルドに登録したら半身吹っ飛ぶような敵と戦うのなんざ日常茶飯事になるんだぞ?」
大分感覚がぶっ飛んでる気はするが、実際のところはアルベルトの強がりである。
「それにほれ、どんだけ酷い怪我しても死んでさえいなければミスティが薬を作ってくれるだろ?俺はその点に関しては絶対的に信頼してるんだ」
ミスティは紛れもなく天才だ。爆発は確かに多いが、その代わり成功させた時の成果は歴代の錬金術師達が束になっても敵わない位の凄まじいものになる。
「頼りにしてるんだ、頼むぜ」
「もう……そんな事言われたら怒れないし、泣いてる暇もないじゃない」
ミスティは涙を拭いて自分の鞄から幾つかの薬品を取り出し、調合を始めた。
「骨をすぐに繋げるとなる効能を追求すると味は保障出来なくなるからね?」
「……せめて辛い味にしてくれ。苦いのは苦手だ」
「残念でした。死ぬ程苦いわよ」
思わずアルベルトは天を仰いだ。
実際薬は本当に苦かった。その代わり一晩で骨折した骨は全て繋がったのだが。
翌日の昼。明け方まで骨の繋がる痛みにのた打ち回るハメになったアルベルトは、その後でようやく訪れた安眠の機会に休日なのをいい事に熟睡して過ごした。結果として目を覚ました時にはミスティが同級生達に、「アルベルトがどの様に囚われの身となったミスティを救い、第三の七帝竜であるリヴァイアサンの力を手にしたのか」を事細かに(幾らかの脚色も交えて)話すのを止められなかったのには笑うしかなかった。
「すっかり英雄ね、アル」
仏頂面で昼食のパンを齧るアルベルトに、セーラが苦笑を含みながら言った。
「否定はしないが、その英雄ってのはやめてくれ。俺はあんな小物で終わる気はないぜ」
「あら。大きく出たわね」
英雄を平然と小物呼ばわりするアルベルトだが、セーラは決して咎める色はない。
「当然だろ。英雄は少ない犠牲で大局的な勝利を得る、それは逆に言えば犠牲を出さなきゃ結果も出せないって事だろ?」
「まあそういう考えもあるか。分からなくはないわ」
「俺はそんなのゴメンだ。仮にこの学園の仲間を1人見捨てて困難を乗り切れなんて言われたら俺は本気で暴れるぞ?右手の腕輪も外して」
セーラは苦笑し「やめて頂戴ね?」と付け加えた。
「仮に一切の犠牲を出さずに欲しい結果を手に出来るのが《勇者》だけだと言うなら、なってやる。あ、それで1つ思い出したんだが」
「何かしら」
「リヴァイアサンが言っていた《空白の歴史》って何の事だ?」
言われてセーラも宙を睨む。
「私もちょっと弱いわね。こう言ってはアレだけど、歴史は苦手なの。この手の話はシャロンが詳しいわ。あの子には完全記憶能力があるから、一度見聞きした事柄は絶対に忘れないのよ」
「分かった。じゃあ後で行って来る」
残ったパンを飲み込み、アルベルトは食器を片付けるべく立ち上がった。
その後、アルベルトはシャロンの部屋を訪ねていた。無論ノックと名乗りを入れ、入っても良いかどうかは必ず確認しておく。
「アルですか?いいですよー、驚きますからね」
「はい?」
言われるままにドアを開け……確かに驚いた。シャロンにメイドの心得を教わっていた筈のサリが、何故かメイド服を着て立っていたのだ。
「尻尾を出す穴とかサイズの微調整に手間取りましたけど、このシャロン最高の出来栄えです!」
眼鏡を光らせ、「やりきった」と無駄にイイ笑顔で額の汗を拭うシャロンを前にアルベルトは無言で親指を立てた。
「いい仕事だシャロン」
「恐悦至極です」
今のサリはメイド服を着用し、頭にはカチューシャ(自前の猫耳と相俟って妙な魅力を醸し出している)。スカートに開けられた穴から出された尻尾が恥ずかしげにぴょこりと動いた。実際問題反則級に似合っている。
「因みにヴィクトリアンメイドスタイルです!」
「……誰に説明してるんだ?」
因みにヴィクトリアンメイドとはロングスカートのタイプで、一般に馴染みが深いフレンチメイドとは一線を画した(これはイギリス人視点からフレンチとは下品な性的劣情を誘うデザインという意味で用いられているところに由来しているのだが)ある意味ストイックとも言えるデザインの事である。
「えっと、如何でしょうかアル様」
「あー、うん。よく似合ってる、可愛いぞ」
「みゃ!」
褒められて嬉しいのか、サリは両手でガッツポーズしながら満面の笑みを浮かべた。
「ではまずアル様のお部屋からお掃除しますね!」
まだ良いとも悪いとも言わないうちにワーアビシニアンならではの敏捷性を発揮し、サリはあっと言う間もなく部屋から飛び出して行った。
「あ、それで何か御用ですか?」
「ああ。セーラから、シャロンは一度見聞きした事を忘れない能力を持ってると聞いてな。《空白の歴史》について知ってる限りの事を教えて貰いたいんだ」
シャロンは軽く頷き、部屋に備え付けてあるポットで紅茶を2人分淹れた。
「お砂糖は?」
「えーっと、二杯頼む」
シャロンの淹れた紅茶は初めて飲むアルベルトの好みにも合った味だった。
「では何から説明しましょうか……まず《空白の歴史》とは文字通り、この《逆十字世界》の歴史が一部だけすっぽりと抜け落ちてる箇所の事なんです」
シャロンは本棚から一冊の本を取り出してアルベルトの前に開いた。
「まず一番古い歴史である創世期。ここで《逆十字世界》の文明は生まれたとされています。そこから人が各大陸に散らばり、独自の文化体系を作り出す発展期。次に私達人間と魔物の大きな戦いが起こる動乱期。この時人間はエルフやドワーフ、リザードマンだけでなくドラゴンとも共に戦い魔物に立ち向かったそうです」
年表を指でなぞりながらシャロンは説明を続けていく。やがてその指が空欄となった年代に差し掛かった。
「ここです。年代にして今から200~100年前、この100年という年数の歴史だけが《中央》はもとより東西南北全ての国から抹消されているんです」
「さして特筆する事もないくらい平和な100年だった……ってのは流石にないな」
「そう、寧ろ動乱期の終わりからの100年ですからもっと色々な出来事があった筈。復興するのに何も起きないなんて事は有り得ないんですから」
シャロンが《中央》で暮らしながら他の国の歴史書を閲覧する機会に恵まれたのは、彼女の願いを汲んだセーラの尽力によるものらしい。
「そしてこの空白の100年を経た後になると、私達人間は他の種族……エルフやドワーフ、リザードマン等のかつて魔物を相手に共に戦った盟友たる種族とも疎遠になり今に至ります。その挙句がドラゴンとの全面戦争になった20年前の七竜戦争なんですけどね」
「その100年の間に何があったのか、か……」
恐らくアルベルトに宿る七帝竜達も答えてはくれないだろう。やるからには本気でバハムートなりアレキサンダーなりに認められなければならないという事だ。
「気になりますか?」
「そりゃな。リヴァイアサンが《空白の歴史》に記された《勇者》になる気かって言ってたから、その《勇者》が何なのかを知りたいというのはある」
リンドヴルムは創世竜シルヴァーナが竜族の勇者だと言った。リヴァイアサンの言葉を総合するに、《勇者》と言う存在はアルベルトが軽蔑してきた英雄を超える存在を呼称する称号である事は間違いない。
「《空白の歴史》の探求……人と竜に秘められた謎……」
シャロンの眼鏡が白く光り、彼女がどんな目をしているかが分からなくなる。その口元がニヤリと釣り上がった。
「それ、いいです!調べに行くなら是非私も連れて言って下さい!!」
「のわっ!?」
身を乗り出してアルベルトの顔を覗き込むシャロンの顔は今まで見た事もないくらい、好奇心と探究心に輝いていた。
「ねえ、いいでしょう?私も真実を知りたいんです!」
「わ、分かったから一旦落ち着け!顔が近い……ってどあああああああああああ!?」
思いっきり押し倒される形でアルベルトの椅子がひっくり返り、咄嗟にシャロンを突き飛ばした彼は1人だけ床に後頭部を強打する事になった。
「たたっ……アル大丈夫ですか!?」
「ははは……全然大丈夫じゃねぇ、死ぬ程痛い……」
実際半泣き状態である。
「ご、ごめんなさい!私ったら何を興奮して……」
「いやいいさ。寧ろ俺のほうこそシャロンに同行を頼みたいくらいだ」
恥ずかしい話ではあるが、アルベルトははっきり言って学がない。最低限読み書きはこなせるものの、所謂教養の面については不安しか残らない有様だ。だからこそこういう歴史探求といった行動にはシャロンのような相棒が欠かせなかった。
「まあセーラがお前を手放すとは思えないし、やるとなったら先生を説得して学校行事として歴史を探るのが一番現実的かもだが」
「ですね」
何にしてもアルベルト自身この歴史には興味がある。その意図も込みでシャロンと固く握手を交わした。
その夜。セーラは自室で実家から届いた手紙を読んでいた。
「まさかここまでとは、ね……」
手紙の内容を頭に叩き込み、便箋はランプの火で一切を焼却する。これはまだ機密事項だ。シャロンやトリアは勿論、彼女が信頼する小春やアルベルトであっても見せる訳には行かないのだから。
「とはいえ、アルには知る権利があるのよね。彼絡みなのだし」
先日打診した、『アルベルト・クラウゼンに貴族の位を与える』件の返答であった。結果は肯定。しかし地位と同時に与えられるべき領地の空きがない事がネックになっていた。
「逆に言えば、そこさえクリア出来次第すぐさま子爵どころか公爵の位まで用意すると……」
どれだけ七帝竜の力が欲しいのかと、セーラは今更ながらに元老院の老人達が抱く欲望の浅ましさに呆れ果てる。
「デューク・アルベルト……あら、随分と様になる響きじゃない」
とはいえそれはそれ、これはこれ。アスリーヌ家が大公家である事を考えても、随分と釣り合いの取れる地位に来たものだ……というところまで考えてセーラは慌てて首を振った。
「って何を考えてるの私は!?もう……それもこれもシャロンが妙な事を言うからよ」
初めて会った時の印象は余り良くなかった。田舎の生まれだという事を知らなかったのもあり、貴族階級に対する然るべき態度を取らない無礼者という印象のほうが強かったのだ。だが第一の課題で肩を並べ、共に戦ったのをきっかけにセーラの中でアルベルトに対する評価は一変した。
(本当、誰に対しても優しいのよね)
周りの全てに怯えていたといってもいいケーナに手を差し伸べ、その凍てついた心を小春と共に融かし光の中へと連れ出した。更に七帝竜を右手に宿した恐怖に潰される事なくその力を逆に取り込み、そして今回はセーラ達がぐーすか寝ている間にミスティを助けながら植物の魔物を単独で撃破するまでに至ったのだ。
(もし、あの優しさが……)
自分1人に向けられたなら、そう考えた矢先鏡に写った彼女の顔は自分の髪の毛と同じくらいに赤くなった。
「せ、せめて私が男に生まれていればこんなに悩まなかったのに……!」
そうすれば単なる良き親友同士でいられたと確信出来る。
「はぁ……何処までも読めないし、私をかき乱すのね……アル」
だが自分の唇がその名を紡ぐ時、何故心が温かくなるのか。セーラはまだその意味を知るには幼過ぎるのかもしれない。
続く




