あの日・・
昼間、家に和子と義一だけになった時、和子は聞いてみた。
「どうして、家を出て行ったの?」
と。
義一は、少しだけ間をおいて静かに話始めた。
「俺、地元で会社に勤めていただろう。やっぱり会社は学校と違ってさ・・あたり前だけど、全然違ってさ・・社会も本当にシビアだと感じたよ。俺、福祉課の方の仕事をしていたんだけど、うまくいかないこと、思い通りにならないことばかりだった。お母さんも、知っての通り、理想ばかり、俺は、強かったんだ。そして、俺は、考えが真っ向から違う上司に逆らって、辞めた。最後の最後に言いたいこと、言ってね」
和子は、義一が家を出て行く前に、部屋で電話をしていたことが、頭を過った。
義一が言う。
「だから、自分の思うように、自分の力を発揮できる場所を探しに行ったんだ。色んな仕事をしたり、経験したり、見たり、聞いたりさ。でも、結局、分かったよ。理想ばかり追ってもダメだって。お母さん、本当に心配かけてゴメンね!早速、今から、ちゃんとした仕事を探しに行くよ。もう勝手にいなくなったりしないからさ」
そう言って、義一は、手早く着替えた。
和子は、今、義一に言われたことに対して、色々と言いたいことがあったが、うまく口から出てこない。
「じゃあ、行ってきます!夜には帰るよ」
そう言って、玄関から出ていく。
和子は、その後ろ姿を見て、ふと、頭に情景が浮かんだ。
「ありきたりな言葉ですけど、和子さんを、きっと幸せにします!」
もう何十年前に、義雄が、当時のトレンド俳優に似ていた頃に、和子に告げた言葉。
なぜ、今、思い出したのだろう・・?
義一が、今は、旦那の義雄に似ているからかな?
和子は、玄関で涙を溢した。暖かい涙を。
涙を拭いて、台所に行く。
義一が、私の子どもが、長男が帰ってきてくれて、無事、あの子らしく帰ってきてくれた。
また、義一が働くような目処が立ったら、お弁当を作ってあげたい・・
そんな和子は、せっせと夕飯作りに精を出す。
今晩も、四人で食卓を囲めるかな?
と思いながら。
(おわり)