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短編集

砂漠の薔薇

作者: 石構紅康

 天にはまあるいまあるいお月様。

 昼間の残滓の温もりと、オアシスから少し離れた銀色に輝く砂の上。

 そこにひっそりと赤褐色の薔薇の花が咲いていた。


『君の願いはなぁに?』 


 小さな囁き声が、誰もいないのに聞こえて来る。

 

『君の願いを叶えてあげるよ』 


 まあるいまあるいお月様に照らされ、赤褐色の薔薇の側に蝶のような翅が生えた小さい男の子が姿を現した。

 肌は浅黒く、その髪と目は砂色をしている。


 妖精だ。


 妖精の少年は宙を舞いながら赤褐色の薔薇の上に腰を下ろした。


『君の願いはなぁに?』

「君の側にいる事だよ」


『君の願いを叶えてあげるよ』

「君と会話をしたいなぁ」


 歌うようなふたりの声。

 だけど、妖精の少年の姿しか見えない。

 妖精の少年はそっと溜息を洩らした。


「キミは一体いつになったらボクの事を認識してくれるの?」


『君の願いはなぁに?』


『君の願いを叶えてあげるよ』


 妖精の少年は悲しげに赤褐色の薔薇の花を優しく撫でた。

「こんな所に人間なんて来ないよ?」


『君の願いはなぁに?』


『君の願いを叶えてあげるよ』


 声の主は同じ事を繰り返すばかり。

 妖精の少年は少し悲しくなって赤褐色の薔薇に頬を寄せた。

「キミはいつになったらボクを見てくれるの?」


『君の願いはなぁに?』


『君の願いを叶えてあげるよ』


 何度も願いを言っているのに、問い掛けて来る声が妖精の少年の願いを叶える事は無い。

 妖精の少年は囁く。

「ボクの願いはキミの側にいる事だよ。キミと会話をしたり、一緒に花の蜜を飲んだり、オアシスで水浴びをして遊んだりしたい」


『君の願いはなぁに?』


『君の願いを叶えてあげるよ』


 何度も繰り返す問い掛けに、妖精の少年の砂色の目から涙が零れ落ちた。

「ボクはキミが好きなんだ。…だからお願い…ボクの事を認識して…?」

 

『君の願いはなぁに?』


『君の願いを叶えてあげるよ』


 その繰り返される言葉に、妖精の少年は赤褐色の薔薇に顔を埋めて本格的に泣き出した。

「う…うわぁぁーーーーん…! 何で…ぐす…どうしてキミはボクを見てくれないの? えぐぅぅ…」

 

『…』


 声が初めて沈黙した事に気付く事無く、妖精の少年は泣き続ける。

「うっ…えぐぅ…」


『泣かないで…』


 赤褐色の薔薇が、その身を守るためにある棘で妖精の少年が傷付かないよう気を付けながら、そっとその葉で妖精の少年の背に優しく触れた。


「ふぇ…?」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった妖精の少年の背を優しく叩きながら、赤褐色の薔薇がゆっくりと語りかけた。


『…泣かないで…?』

「え…?」


 話し掛けられるだなんて思っていなかった妖精の少年は、大きく目を丸くしていた。

 その目にはもう涙は無い。


『わたしはただの花。自由に空を舞う妖精の君と友達になんてなれないよ?』

「そんな事無い! ボクはキミの事が好きなんだ!」


 赤褐色の薔薇がゆらゆら揺れる。

 心なしか、いつもより少し赤味が強くなったような…?


『ここから動けないのに?』

「ボクがここに来れば良いだけの事だよ」


 花弁の上でにっこりと微笑んだ妖精の少年に、赤褐色の薔薇が囁く。


『君の願いはなぁに?』


『君の願いを叶えてあげるよ』


 それはいつもと同じ問い掛けだった。

 しかし、赤褐色の薔薇はいつもと違って楽しそうに問い掛けている。


『ねぇ、なぁに?』

 

 妖精の少年は満面の笑顔で尋ねた。

「そういうキミの願いはなに?」

『…え?』


 問い掛けを問いで返された赤褐色の薔薇は戸惑いつつ答える。

『君と一緒にいる事。君と一緒に宙を舞い、君と会話をして、君と一緒に花の蜜を飲んだり、君とオアシスで水浴びをして遊んだりしたい』

「じゃあ、ボクと同じ妖精になってくれる?」

『! うん! じゃあ、ちょっと降りていてくれる?』


 赤褐色の薔薇の願いを妖精の少年にお願いされた赤褐色の薔薇は、妖精の少年に降りるよう促してからその身を大きく揺さぶった。


『君の願いはわたしが妖精になって君と一緒にいる事』


『君の願いを叶えてあげるよ』


 歌うような囁きに、赤褐色の薔薇と妖精の少年の上に天に浮かぶまあるいまあるいお月様のような銀色の光が落ちて来る。


「うわぁっ!」


 それは長いようで一瞬の出来事。

 銀の光はすぐに消え去り、妖精の少年はおそるおそる目を開け…目をお月様のようにまあるくした。

 目の前にあったはずの赤褐色の薔薇が消え去り、代わりに赤褐色の長い髪と緑の目をしたトンボの翅を持つ妖精の女の子がいた。


「キミは…」


 妖精の少女は自分身体を見ている。


「これが手? これが足? これが顔に…背中に生えているのは翅ね。…どう? 変じゃない?」

 問い掛ける妖精の少女を、妖精の少年が泣き出しそうな顔で見ていた。

「どうかしたの?」

「嬉しくて」

 妖精の少年はゆっくりと生まれたばかりの妖精の少女に近づき、そっとその手を取った。


「ありがとう、ボクのお願いを聞いてくれて。ありがとうボクの側に来てくれて」


 再び流れ落ちた涙は、悲しみの涙ではない。

 喜びの涙だ。


 妖精の少年は喜びに打ち震え、妖精の少女はそんな妖精の少年を優しく抱きしめたのだった。

 デザートローズ(砂漠の薔薇)というパワーストーンのイメージで書きました。

 石言葉は『愛』『願いを叶える』『悪い縁を断つ』などがあります。

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