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 私がこの世界で目覚めたのは2歳のときだった。

 頭に張っていた膜がとれ、目を開けるとそこは美しい花壇だった。

 小さな白い花と、折り重なるような花弁が重なったピンク色の花。それはどう見ても『日本』にあるような花ではなかった。

 

 そして薄ぼんやりとした、2歳までの『私』の記憶。

 呆然とした。何故なら私の頭にはくっきりと、ある女の人生が24年分詰まっていたからだ。その女の人生はよく思い出せなかった。だけどその女の知識は驚くほど思い出せた。知識として絶対に忘れられないほど堅牢に記憶は存在した。


 私がいたのはとある最強の帝国。そしてその帝国の中でも武門として有名な伯爵家だった。父は頑固で親子の繋がりは武だと思っているような人だった。そしてその通りに長男のマグナスは武の才能があり、また武の師匠として父を尊敬し、強いつながりを持っていた。

 私は女だった。そして兄のように赤ちゃんの頃から、まわりに『この子はいい武人になるよ』と言われたわけではなかった。兄は赤ちゃんの頃から、目は鋭く、顔は四角く、父の縮小版だと言われても否定できないくらい、そっくりだった。私は父の妾の一人の女性から生まれた。水色の髪に、水色の瞳、真っ白な肌。どう贔屓目に見ても、武人とは喩えられなかったし、また護身術ですら覚えられないように見えた。そして2歳までの私は、おそらく知恵遅れだった。泣いてばかりいて、目の焦点も定まっていない。そんな子だったのだ。

 父は可愛がろうとはしなかったが、哀れに思ったのだろう。生活に困らないように何人もの侍女を付けてくれていた。

 しかし2歳から、前世―――そう喩えていいのだろう―――の記憶が目覚めてから、私は知恵遅れの子供ではなかった。混乱して泣き喚き、訳の分からないことを言ったりもしたが、すぐに私は平静になった。それは平静になったと喩えていいか、良く分からない。私は深く絶望したのだ。あまりにも、現実が不条理すぎて。


 4歳の頃、父の治める土地を見た。

 父の治める土地は周りを山などで囲まれており、魔物の襲撃が多かった。そうこの世界には魔物がいたのだ。

 魔物の襲撃で、いつも誰かしら死んでいく。そうして孤児が増え、孤児たちが次の魔物討伐の戦力になっていた。

 理不尽を感じている者はいなかった。この土地を守れることに皆誇りを持っている人ばかりだった。しかし、私はその循環をどうしても受け付けることが出来なかった。何かしようがあるんじゃないのか。これは理不尽じゃないのか。

 何故孤児は将来を選べないのか。


 私は少しでいいから何かしよう、そういう気になった。

 いや、もしかしたらただ何かがしたかった、それだけなのかもしれない。

 

 私にとって幸いなことに、目覚めた世界は『日本』よりも文明が遅れていた。

 そして鮮明な『知識』の記憶。

 この二つを活用しよう。そうすればこの土地の孤児たちの将来の仕事の幅を増やすことくらいできるだろう。私は善人ではなかった。ただぼんやりと日々を過ごすには余りにも人生が無為だった。

 その頃は、それが大きいけれど、頑張れば達成できる目標だとそう思っていた。

 特許のような仕組みがあった。いくつか不便だと思った物のアイデアを出した。そうしていると結構な額のお金が入ってきたのだ。

 ああ、できる。そう思ったのは、最初だけだった。


 私には道が見えていなかったのだ。ただお金だけ稼げばいい、当たり前だがそういうことではいけなかった。

 そして―――私には頼る人がいなかった。


 だから義理の母を頼った。義母から父へ話を通してくれるように頼んだのだ。孤児院で、剣術の授業に加え、文字やや簡単な算術なども教えてくれるよう。父が同意したと聞き、私は母にいくらかのお金を渡した。


 その1月後のことだ。私は父の執務室に呼ばれた。そして聞かれた。『エレミー、あの金はどうしたんだ?』と。私が特許で儲けたと言えば、彼は力なく首を振った。『嘘を吐くな』と。私が驚いて否定し、証拠まで出した。そうすると、父は悲しげな表情を浮かべ、『もういい、だが次はないぞ』、そう言ったのだ。

 何をふざけてるんだ? 一瞬そう思った。

 こんな子供がお金をたくさん持っているのは不自然だと思い、一応証拠まで持っていたのだ。

 私はちゃんと話そうと思い、口を開いたときだった。

 執務室の扉が開き、そこには豪華なドレスを身に着けた義母が立っていた。

 義母は美しい人ではなかった。厳格そうな顔、釣りあがった眉は人を敬遠させた。しかし思慮深い人だと、思っていた。

 『言い訳はいりません、今すぐ出て行きなさい』、言葉に詰まった。当然受け入れられると思っていたことが、受け入れられなかったせいで頭が真っ白になった。私は父の顔を見て、怯んだ。じっと私を見定める目、その目は哀れんでいるようにも、失望しているようにも見えた。

 何でこんな目で見る……? 半ば呆然とする私は後ずさるように執務室を出ようと思った。

 しかしふと思ったのだ。お金はどうなったのだろうと。

 『お母様、私が渡したお金は……?』、その質問に義母ははっきりと顔を歪めた。『ちゃんと私が処理いたしました。これで満足ですか?』、わざとらしく敬語で嫌みったらしくいわれた言葉に、私は再度問いかけた。『じゃあ。孤児院の子供たちは?』、ただ魔物を殺す人間というだけの人生じゃない、他の道ができたのか。その質問に父は答えた。『あれはマリサが管理している』、マリサとは義母のことだ。父は続けた。『気まぐれはやめろ』。


 自己満足だということは分かっていた。私は一片たりとも孤児達の生活、心情、人生を知らない。そんな人間だと自分でも分かっていた。だけどだたひとつの勇気―――何も分からない世界で起こそうと思ったことが―――が自分の()()に踏みつけられたことは分かった。そうして搾取されたことも。気まぐれだと思われたことも。


 


 この世界での父とゆっくり話をしたのは、一度だけだ。5歳かそこらのときに私は庭で花を見ていた。私の前世の記憶で、昔の自分が花屋―――花を売る商売をしていたことが分かり、思い込みなのか花を見たりするのが楽しくなっていたのだ。

 侍女達はそんな私を、能面のような顔で見ていた。幼い頃の態度が原因なのか、彼女達は私の話を『はいはい』と聞くが、私個人に興味は無く、おそらく簡単に切り捨てるだろう。優秀な人間ばかりだからこそ、そういうことがうまれる。


「花を見ているのか」

 気付いたら後に父がいて、話しかけてきた。座り込んで一緒に花を眺めるわけでもなく、ただ私を見つめていた。そのとき見た父の目がとても綺麗で人間くさくて、虚を突かれた気分になったことを覚えている。

 頷けば、「花は好きか」と聞いてきた。どう答えようと迷ったが、好きなことは好きなので「うん」と言った。しばらくの沈黙の後、「エレミー、お前は武術が嫌いか」そう聞いてきた。「嫌いじゃないけど、苦手」と答えた。人に暴力を振るったりとか、そういうのは苦手だった。でも必要なことだなっていうのは分かったから、父が言うのなら私は武術の訓練でも何でもしようと思っていた。「そうか。それでもいい、お前は」私が振り返って父を見ると、とても穏やかに私を見ていた。


「エレミー、お前は弱い子だ。気が弱い。

 それは悪いことじゃない。ただ、全てのことにそんな態度では駄目だ。どうしても譲れないこと、そういうことには意地でも喰らいつくんだ」

 

 瞬きせず、父を見つめた。父は私のことを愛していない、しかし哀れんでいる。

 

 ―――この人は。

 複雑な感情だった。父は私のことを考えてくれていたのだ。そして見ていた。

 私はその瞬間父を愛していることに気付いた。胸が熱くなるというのはこういうものなんだな、と妙に納得した。


 正直に言えば、この世界に執着は余り無かった。だけど、その時に初めて世界とのかかわり、そして人に触れたのだと思う。

 


 私は父の執務室から出て、部屋に戻ってからその幼い頃のことを思い出していた。この世界の人間を初めて愛していると自覚したときのことだ。

 それと同時に先ほどまでの会話を思い出した。

 信じてもらえなかった。そして搾取された。それを思い出した。

 ポロポロと泣いた。とめどなく涙が零れた。おそらくは前世の知識だろう、ある言葉が思い出された。人は自分が可哀想で泣くのだと。自分のためにしか泣けないと。斜に構えたセリフだと思う。だけどその言葉は最もだと思った。私は自分のために泣いていた。そして自分のために泣いていると、悔しくて、辛くて、そうして理不尽さが際立った。

 侍女は泣く私を能面のような顔で見ていた。




 ――――――『俺と世界を救う方法を考えないか』、一人の壮年の男が私に笑いかけた。無愛想な顔が笑みの形を描こうとしているのは分かったが、猛禽類は言い過ぎとしても肉食獣染みた顔つきだった。その獣は強引だった。驚くほど無神経で、大胆で、そして何も考えていないようで人一倍何かを考える人間だった。出会ったのは大規模な魔物討伐会。多くの貴族とその私兵、見物に王族が来ていた。そしてたった一人、欠伸をしながら供もつれていない男がその獣だった。私の父に軽く手を上げて、焦らせていた。そう、彼は前の皇帝。そして私を養子にした人間。



 

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