入れ替え魔法
私、ヘンリエッタ・バーデンは、辺境伯令嬢である。
わりと自由に育ててもらった。
剣術も体術も得意だが、一応令嬢である。
辺境の地では、王都とは比べ物にならないほど、魔獣が出没する。
たとえ令嬢と言えども、戦力になるなら討伐に駆り出される。
そうした環境なので、王国有数の軍事力を持つ一族なのである。
好きで討伐に行っているのだが、そろそろ令嬢としてのマナーや立ち振る舞いも学ぶようにと、王都の学園に入れられた。
おまけに辺境伯家と関係を深めたい王家のたくらみで、王子を婚約者に据えられてしまった。
私は一人娘なので、王家から辺境伯家への婿入りである。
どんな相手なのだろうと、少しだけ期待していたが、がっかりだ。
顔合わせのお茶会で、一目見てこいつはへなちょこだと思った。
体格がひょろひょろしていて、剣も持てそうにない。
服装がちゃらちゃらしていて、ピアスやら指輪やら私よりつけている。
なにより、中身が最悪だ。
私とは、話も合わない。
「王都に来て評判の店とかにはもう行ったかい?」
「いえ、まだです。それより殿下は何がお得意ですか?」
剣がダメでも、弓ぐらいならと期待した私が馬鹿だった。
「そうだねぇ、うーん。ご令嬢に似合うドレスを見繕ったり、芝居の台詞をマネするのが得意かな。」
なんだ!それは!
そんなの辺境では、何の役にも立たない。
ドレスショップも一軒しかないし、芝居は年に一度しか来ないぞ。
嘘でもよいから、学問が好きとか領地経営に興味があるとか言えばよいものを。
頭も悪いのか。
よし、決めた!
この婚約、何が何でもぶち壊してやる!
令嬢としての評判なんか、知ったことか。
父上に手紙を出して相談したら、王家との関係を拗らせたくないとのこと、しばらく我慢するようにと返事が来た。
しばらくっていつまでなんだ、とぶつぶつ文句を言っていると、
分家の出身で、今は王都での護衛をしてくれているフレデリックが、慰めてきた。
「向こうから断るように仕向ければいいんだよ。
あんなへなちょこ、領地での鍛錬や討伐に連れて行けば、すぐ王都に逃げ帰るんじゃない?」
「それまでの辛抱か。仕方ないな。」
とはいえ、ストレスはたまる。
殿下は学園では、取り巻きの令嬢を引き連れて行動している。
私とは話が合わないと悟ったのか、こちらへのお誘いはない。
昼食の時も、放課後の帰宅時もだ。
まっすぐ城に帰るのではなく、カフェや劇場に寄り道しているらしい。
いいのか、王族がそんなことで。
こっちは、辺境伯家の子として、魔獣討伐や、領地経営の勉強、加えて今は令嬢としてのマナーまで学ばされているのに。
あんな奴が婿に来るなんて冗談じゃない。
むかむかと怒りがわいてくると、自然歩き方もドスドスとなる。
侍女ににらまれて、しずしずと歩くこととなる。
面倒くさい......。
面倒くさいので、かかわらないようにしていたら、どうやら特定の令嬢と親密な仲になったそうだ。
急に親しくなったので、魅了の魔法や惚れ薬でも使ったのかと噂されている。
そんなはずなかろうに。
このままお気に入りと結婚するとか言い出して、婚約解消にならないか。
少々期待した。
そんなある日、珍しく殿下の方からお呼びがかかった。
王城の東屋で待っているとのこと。
行ってみると、既に人払いもされ、殿下が一人待っていた。
「よく来てくれたね。今日は大事な話があって来てもらった。
ちょっと父上たちには知られたくないので、人払いをしている。
座って聞いてくれ。」
すすめられた東屋の大理石のベンチに腰を下ろす。
紅茶やお菓子も用意されている。
「じつは、男爵家のマリールイーズと恋仲になってしまってね。
それで、できれば......」
「婚約解消ですか?!」
勢い込んで尋ねると、王子はちょっと驚いたようだった。
つい、嬉しくて前のめりになってしまった。
「いや、婚約解消は、父上が許してくれないだろう。
だから辺境に行く際に、マリールイーズも連れて行くのを、内緒で許してほしいんだ。侍女という名目でいいから。」
何だとぉー!!馬鹿にするにもほどがある。
私は激昂し、思わず拳を振り上げた。
でもさすがに殿下を殴るのはまずいと思って、寸止めしたが。
王子はビビッて逃げようとしたが、慌てていたのか、誤って転んだ。
鈍くさい奴め。
あれ?
でも転んだままピクリとも動かない。
打ち所が悪くて気絶しちゃったかな?
急いで王子に駆け寄り、様子を見た。
あー、運悪く頭を大理石のベンチにぶつけたな。
治癒魔法で頭の傷は消えた。
なのに王子は目を開けない。
呼吸もない。
死んでしまったか?
王子の自爆とはいえ、後味が悪い。
非常にまずい状況だ。
直接私が殺したわけではないが、このまま正直に報告しても、私が殺したことにされるかもしれない。
王家があれこれいちゃもんを付けて、辺境伯家ごと潰そうとするかもしれない。
これはなんとか隠蔽しないとまずい。
そのとき一匹の猫が東屋の横を通りかかった。
しめた!
天啓のようにひらめいた解決策は、私の封印されし固有魔法だった。
幼いころに発現した私の固有魔法は、生物の魂を入れ替えるというものだった。
初めて使ったのは、いとこのフレディとカエルを入れ替えたときだった。
カエルになったフレディは茫然としてたたずんでいたが、カエルの方はパニックを起こし、フレディの姿のまま、池に飛び込んだ。
慌てて元に戻したら、フレディが溺れて、大騒ぎになった。
溺れたショックでフレディは、魔法のことを忘れてしまった。
それ以来封印していた魔法だ。
今こそそれを使おう。
以前試したときは、二つの魂が入れ替わった。
王子が死んでいて魂がないなら、猫の魂だけいれるというのもいけるかもしれない。
迷っている暇はない。
心配したが、無事王子の中に猫の魂が入った。
猫がやはりパニックになったので、手刀をお見舞いしてベンチに寝かしておいた。
猫の体は、かわいそうだが、植込みの中に隠しておこう。
あとは何もなかったように、ここを去ろう。
王子の離宮で待機していた侍従に用事は済んだので、帰宅すると告げ辺境伯家のタウンハウスへと戻った。
後で呼び出しが来ても、知らぬ存ぜぬで押し通す予定だ。
あの魔法は、私以外誰も知らない。
かけられたフレディでさえ、覚えていないのだから。
翌日王宮から呼び出しを受けたが、私のいない間に事態は勝手に解決に向かっていた。
私が帰った後、マリールイーズとやらが、王子に呼ばれていたので東屋に向かった。
うたたねしていると思い、キスして起こそうとしたら、気づいた猫王子ともみ合い、引っかかれ、噛みつかれたとか。
フーゥと威嚇して、大暴れしたそうだ。
しかもマリールイーズは、王子に飲ませようと、惚れ薬らしきものを持っていた。
それがばれ、その副作用で王子がおかしくなったと思われた。
魂に作用する魔法は痕跡が残りにくいらしく、王宮魔術師でも私の魔法は見抜けなかったようだ。
王子の異常は、おそらく薬の影響だろうという結論が出ていた。
私も帰るときの事情を聴かれたが、
「殿下は、寝不足なのか、うたたねをしていたので、お話も済んだことですし、
失礼させていただきました。
私がご一緒の時は、特に異常もなく普段どおりでした。」
辺境伯家という身分がものを言ったのか、犯人は男爵家のマリールイーズということになった。
殿下の寵愛を得るために、長期にわたり得体のしれない惚れ薬を飲ませ続けた副作用で、殿下は精神に異常をきたした。
という結論だ。
今殿下は、離宮で静養をしている。
私との婚約は解消された。
あの猫には、本当に悪いことをした。
危急の際とはいえ、猫の人生(猫生)をむりやり変えてしまった。
すまない。
一応衣食住は保証されているので、許してくれまいか。
王宮の料理は、一流だ。
療養中だから、昼寝もし放題。
快適な部屋で、余生を過ごしてほしい。
日向ぼっこをして、うとうと眠っている猫殿下には、またこっそり干し肉を差し入れよう。




