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「記憶の鎖」(Chain of Memories):妙×恵×清

#慰霊日にショートショートをNo.4『愛は生き続ける』(Love Lives On)

作者: しおね ゆこ
掲載日:2026/07/01

2026/6/7(日)プロポーズの日 公開

 穏やかな春の日差しが降り注ぐ山道を登る。

「妙(たえ)、大丈夫か。」

後ろを歩く妙に声をかける。ミモレ丈の白いウェディングドレスを着た妙の手を引く。ありがとう、と妙が僕の手を握り返した。

 40mの小高い山を登りきると、視界が丸く開けた。

隅にある墓石に歩み寄り、頭を下げる。

「清くん。今日は清くんに報告があって来ました。」

僕の少し後ろに立つ妙の腰に手を添え、引き寄せる。

「妙と、結婚したいと思っています。」

妙が僕の隣りで口を開いた。

「清兄。私、恵兄と思い出の鎖で繋がれても、いいよね?」

墓石は何も答えない。ただ、静かに、そこに佇んでいる。

「ー僕は心臓があまり良くないから、これからも妙を不安にさせたり、泣かせたりするかもしれない。人より死に近いかもしれない。」

「それでも、僕は絶対に、いかなる時も、〝生〟に固執する。妙と一緒に生きて、妙を一生愛して、妙を永遠に守り抜く。絶対に妙を残して死なないから。」

だから、と地べたに膝をつき、頭を下げる。「恵兄っ」と妙がしゃがみ込んだ僕の背中に手を添えた。

「妙を、僕にください。」

「妙と、結婚させてください…!」

澄み渡る青空の下、丸く開けた空間に、僕の声が響いた。


 その日の電車は、満員だった。朝の、通勤ラッシュの時間。車内中程まで押しやられ、吊り革まで手が届かない妙は、申し訳程度に僕の制服の袖をちょこんと撮んでいた。と、急ブレーキに身体が傾き、妙がバランスを崩してよろけた。慌てて背中に手を当て、引き寄せる。

「ごめん。」

「ちゃんと掴まってて。」

「うん……。」

腕の中で、憂いを帯びた表情で妙が僕を見上げる。伝わる温もりにこそばゆさを感じ、満員電車を理由に、視線を上へと逃す。胸の鼓動が聞こえていないか、嫌なにおいが滲み出ていないか、そんな淡いことが気になってしまうようにいつしかなってしまっていた。狭い空気の澱んだ空間が、この感情を自分からごまかしてくれればいいのに、澱んだ空気はそこに留まり続けるだけで、むしろありありとその感情を自分に見せつけてくる。

(「どうすればいいんだよ……」)

簡単に触れられているはずなのに、その触れ方は途方も無く難しかった。


 放課後、先生から頼まれた仕事をしていた妙を迎えに図書室へと向かう。図書倉庫の扉を開けると、黴臭い匂いが鼻についた。妙の姿を探して、書棚の間を覗きながら歩く。と、奥の方で物音がした。続いて妙の短い悲鳴。音に書棚の棟を先へ先へと駆け足で進む。壁際の一番端の書棚の上に置いてあった段ボールが傾き、中から大量のファイルが傾いて覗いていた。

「妙!」

慌てて駆け寄り、その小さな身体を抱き締める。バサバサ、という物音が背中にぶつかる。物音が収まり妙の顔を見ると、妙はぎゅっと目を瞑っていた。

「妙、大丈夫か?」

「う、うん。」

「怪我してない?」

「うん、大丈夫。恵兄は?当たったでしょ?大丈夫?」

「大丈夫、心配すんなって。」

「だって……ごめん。」

心配そうに僕を見上げていた妙は、潤もうとしていた目を見られまいと顔を伏せ、僕に小さな声で謝った。

「…僕がいなくなるんじゃないかと、思った?」

数日前、妙の目の前で嘔吐し、意識を失ってしまった日のことを口にする。僕の言葉に、妙はビクッと肩を震わせた。

「だって……あんな…突然……」

「…清兄も、あの日、勉強の途中に……」

妙はまだ、わずか8歳の少女だった。妙は僕を、8歳の目で映していた。

「ごめん……でも、怖いの。…どうしようもなく、怖いの。」

そんな妙を、気が付いたら抱き寄せていた。

「分かるよ。ーとても。僕も、怖い。」

妙が驚いたように僕を見上げた。

「確かに僕は心臓があまり良くないから、人より死に近いかもしれない。でも、誰にとっても、死は隣り合わせで、誰もがいつ死ぬか分からないんだ。」

「だから、僕も、怖い。ふと目を離したら、妙が、いなくなっちゃうんじゃないかって。」

「不安にさせて、ごめん。でも、聞いて。僕は絶対に、いかなる時も、〝生〟に固執する。妙が僕を死なせたくないように、僕も僕自身を死なせたくないから。」

見られまいとすることもせず目元で潤んでいる雫を拭う。

「僕は恵で、清くんじゃない。」

「妙。」

「ちゃんと、僕を、見て。」

妙の目と僕の目が真っ直ぐに繋がる。

「呪いなんてないんだ。」

一直線上に繋がったその先で、そう告げる。妙のつぶらな瞳に言い聞かせるように見つめると、妙が視線を泳がせ、俯いた。

「ちゃんと…見られないよ。」

「どうして?」

「だって……」

「好き」

「…いま……何て?」

「知らないよ!」

妙は床に散らばったファイルの中からブルーのファイルを引き抜くと、残りのファイルを段ボールに詰め、段ボールを持ち上げ再び棚の上に載せようと僕に背を向けた。

何も、分からなかった。「恵…兄…」という妙の声に気が戻って来て、目の前に真っ赤に染まった妙の首筋が見えた。赤い首筋に、泡のように細かく顫える睫毛。後ろから妙を抱きしめる腕に力を込める。僕に抱きしめられ、妙が「あ……」とぎゅっと目を瞑った。

「いなくならないで」

「う、うん……」

「離したくない」

「うん……」

「ずっと、分かっていたのに」

「……?」

「僕と、妙が、同じ気持ちだってこと。」

「……!ーうん。」

「……私も、知ってたよ。」

「妙。」

腕にさらに力を込める。生きることも、愛することも、同じな僕らは、きっと、死ぬことも同じなはずだから。首筋の赤いのに囁くように、

「妙、好きだ。」

また、妙が睫毛を細かく顫わせて、

「うん……」

そう頷いた。

「妙と、一生一緒にいたい。離したくない。一緒に、生きたい。」

向かい合い、指先まで甘い粉雪が散りばめられた妙の手を取る。

「ー二十歳になったら、清くんに報告しに行こう。」

「うん……」

少し下に顔を俯かせてそう頷いた妙を引き寄せる。手を繋ぎ、反対の手で妙が持っていたファイルを持つ。

「行こうか。」

「うん。」

図書倉庫を出ると、僕の手の中で妙の手が動いた。その手の動きに、妙の顔を見ると、妙が甘酸っぱい林檎色の頬をして僕を見上げた。

「……そうだね。」

自分の頬が妙と同じ林檎の色に帯びるのを感じて、そっと手を離す。

「ー僕で、清くんは許してくれるかな。」

「恵兄じゃなきゃ、清兄は許してくれないよ。」

「清兄は、ーきっと、そう言う。」

「そうか。そうだね。」

「そうだよ。」

妙の言葉に頷くと、妙が僕を見上げて微笑んだ。その表情に、思わず瞠目する。目元に滲む水泡に手を伸ばす。

「ー妙、どうした…?」

触れた指先に、驚いたように妙が自分の目元を触った。

「私…なんで……」

「ー清くんの、こと?」

「清…兄……」

「お兄ちゃん……っ!!」

「もっと一緒にいたかったっ…!」

「なんでよお……」

泣きじゃくる妙を抱き寄せ、その背中をポンポンと叩く。

「お兄ちゃん……っ!!」

人は命絶えれば、一生残された人の心に濃い影を落とす。残された人との関係が深ければ深いほど、また、その死が悲しくつらいものであるほど。

たとえその濃い影を薄めようとしても、傷を癒そうとしても、それはやさしく溶けてくれたりはしない。何にも、ごまかすことなど出来ない。死とは、そういうものだ。

だからこそ、と目の前で小さく震える身体を抱き寄せる。

「僕も清くんと、もっと一緒にいたかった。」

「一緒に笑い合って、一緒にふざけ合って、もっと叱ってほしかった。たとえば、恋の相談なんかも、してみたかった。」

「ーでもね、妙。」

「清くんはもう、帰って来ないんだ。」

「どれだけそばにいてほしくても、どれだけ大切な存在だったとしても。」

「だから、僕らは2人で、生きていくしかないんだ。」

「約束する。僕は生きている限り、ずっと妙のそばにいるし、絶対に妙を悲しませたりしない。」

「妙が悲し涙を流すのは、僕が死ぬ時だけでいい。」

「だから、もう泣かないで、大丈夫だよ。」

「ほら、」

と、妙の手を握る。

「笑って?」

「僕が、そばにいるから。」

「うん」

と妙が目元に溜まっている涙を拭う。

「精一杯泣いて、力一杯怒って、一生一緒に生きよう。悲し涙を流した分よりも最後に全力で笑って、一緒に死のう。」

妙が僕を見上げる。

「恵兄、愛してるよ。」

まだ瞳は少し潤んではいるが蕾めく花が咲き誇るような微笑みを浮かべて、妙がそう言う。

「うん、僕も。」

その瞳にしっかりと頷き、小さな手を握る。

「行こう。先生が待ちくたびれてしまう。」

廊下を妙と並んで歩き出す。

使いかけの画用紙の次の一頁に少し丸みを帯びたクレヨンが色を重ね始めるのを、澄み切った青空が照らした。

【登場人物】

○妙(たえ)

○恵(けい)

○清(せい)*名前のみ

【バックグラウンドイメージ】

【補足】

【原案誕生時期】2023年3月

【関連作品】「記憶の鎖」シリーズ

「記憶の鎖」シリーズHP

▶︎(https://ncode.syosetu.com/s5853h/)

○No.19『呪いの記憶』(Cursed Memories)

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n1108id/)

○No.20『記憶の上書き』(Overwritten Memories)

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n1630id/)

○No.21『上書きを無くして』(Lose Overwriting…)

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n2102id/)

○No.22『失われた呪い』(Lost Curse)

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n2104id/)

No.19〜22▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/na7633507ca3e)

○No.42『零れる愛を抱きしめて』(Hold the Spilling Love)

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n0005ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n0676d7b6f3a3)

○No.46『半分この中華まん』(Sharing Happiness with You half by half)

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n1256ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n543b55fd06e2)

○No.64『思い出は受け継がれる(Memories are Forever)』

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n4371ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n2838d7f14bdd)

●No.4『愛は生き続ける』(Love Lives On)

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n3783mk/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n6945905c6de8)

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