待っていたいのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第33弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「合言葉を使うのは、君のほう。」の後の話です。
今月は、防衛騎士団と近衛騎士団の連携をみる、『騎士団合同訓練』というものがあるらしい。
「数日間もやるの?」
「そうです。去年は三日間でしたよ」
騎士って大変だなぁ。
「どんなことするの?」
「うーん……。予想ですけど、今回は城門防衛とかですかね」
「??? 毎回違うの?」
「はい。去年は王城防衛訓練でした」
夕飯を咀嚼しているノインに、オルガは「へえ」と感心の声を洩らす。
「王城防衛訓練って、どんなことしたの?」
「そうですね……近衛騎士団がメインのものなんですけど、まあ……」
まあ? なに???
「この訓練はいわゆる、有事を想定した訓練、というものなんです。なので去年は、王城に敵が侵入した、という想定で三日間おこなわれました」
「…………」
オルガが青ざめる。
「そ、それって、防衛騎士団が突破されちゃうかもってこと?」
「そうです」
そうです!?
「ないとは言い切れないので、訓練をするんです」
「そ、そりゃそうだけど……」
「去年は近衛騎士団がメインでしたから、防衛騎士団はそんなに難しいことはしてないですよ」
そうなの……?
「怪我しなかった?」
「まったくしてないです」
ホントかなぁ……。
「そろそろ告知されてもおかしくない時期なんですけど……直前に明かされますからね」
「ちょ、直前!?」
「前日にいきなり、明日から合同訓練だって通達されるんです」
なにそれ!?
はぁ、とノインが溜息をつく。
「なので、いきなり明日訓練になりました、となるので……すみません」
大変だなぁ。
しかしその翌日。
「……明日から合同訓練だそうです」
と、ノインが渋い表情で言ったのである。
***
一日目。
朝の八時には、ノインの所属する小隊の面々は配置を完了していた。
王都の外から流れ込み、南へ抜ける川の水面には、まだ白い霧が残っている。
朝の倉庫区は静かだ。
荷揚げはまだ本格化されておらず、川風が旗布を揺らす音が微かに聞こえる。
一日目の演習は、侵入想定訓練となった。
鐘が、低く、短く鳴る。
「開始」
小隊長であるトールの声は穏やかだが、区域全体に響く。
6区の東端から封鎖が始まる。
トールの右腕とも言えるサグムが手際よく指示を飛ばし、通路に簡易柵が立てられる。
この小隊の最年長であるタルジが荷車を押し、細い路地を塞ぐ。
「南側閉じました」
「北も問題なし」
報告にトールは頷く。
石畳の上の逃げ場が消えていく。
屋根の上にいた監視担当のナーヴが倉庫の縁に腰を落とし、川沿いまで見渡す。
「一人目、川沿いへ。二人目、中央通路。三人目、動かない。様子見だな」
淡々とした声が最後まで言い終わるまでに、石壁を蹴って荷揚げ口の庇を踏み台にして屋根へ跳ぶ。
川沿いの侵入者が気配に反応して振り向くと同時に、ノインが男の背後で着地音をさせた。
素早く腕を捻り上げると、男は膝をつくしかない。
「一名確保。中央通路、速いぞ」
ナーヴの視線には、中央の広い通路を侵入者が走る様子が捉えられていた。
木箱を蹴り飛ばし、麻袋を倒すその様子さえも。
「そっちに行ったぞジョス!」
コニーの声が飛び、ジョスが駆ける。
侵入者が曲がる瞬間、回り込んでいたコニーが腕を掴んだ。
「封鎖済みだ! 逃げ道は最初からないんだよ、残念だったな!」
ついいつもの調子で言ったジョスが足払いをかけて転ばせ、二人目の確保が終わる。
遅れて三人目が動く。
川へと移動するのをナーヴが目で追う。霧の薄くなった水面に小舟が見えた。
「舟を使う気だ!」
気づいて声を飛ばす前に、石畳に影が落ちた。
倉庫三階の屋根から、真下へ。
ノインが着地した瞬間、砂と水が跳ねる。
突然降ってきた青年の姿に、侵入者が後退った。
背後は川。すでに横は封鎖されており、目の前には若い騎士。
息が乱れているのは侵入者だけだ。
「終わりです」
低い、声。
拘束具の金属音が、川面に小さく響いた。
霧は、もうほとんど消えている。
全体の状況を見ていたトールが「問題なし」と告げる。
わずかな時間で侵入者三名を捕縛したが、これは演習だ。
「マルコ、合図を」
「は、はいっ」
サグムの補佐としてついていた見習い騎士のマルコは慌てて笛を吹いた。
ピィーっと甲高い音が、辺りに伸びていく。
「では役割を交替し、再度配置へつけ」
指示に対し全員が「了解」、と短く応じた。
*
「ただいま」
演習があると言っていたのに。
(あれ? いつもと変わらないな)
軽く首を傾げてしまうが、オルガはノインの制服の袖口が黒く汚れているのに気づく。
「どうしたの? 転んだの?」
ノインがきょとんとして、ああ、と視線を落とした。
「壁を使ったので」
「壁?」
なに言ってるの?
「演習どうだった?」
「ふつうですね。まあ午前中で終わりましたし」
そうなんだ。
「どこでしてたの?」
「6区です」
「…………」
新居のある区だ。とは言っても、場所は離れているとは思うけど。
「明日は近衛騎士団との模擬戦だよね」
「はい」
「そっか……。怪我しないでね」
「…………」
少し迷ってから、ノインが困ったように微笑む。
「善処します」
「そういえば明日……す、スモモの時間がある、よ?」
ぎくっとしたようにノインが足を止めた。
「あ、でも大変そうならやめる?」
「やめませんし、怪我は絶対にしません」
***
二日目。
夜露を含んだ石畳が、朝の光を鈍く反射している。
午前八時。
閉ざされた東門の前に、防衛騎士団の軽鎧姿の八十名が四列横陣で並んでいた。
一列目は盾。二列目は剣。三列目は槍。そして四列目は予備だ。
第二列の右寄りに、正面を見ているノインはいた。
広場の向こう側では、白銀の甲冑が整列している。
王城守備を本分とする近衛騎士団。
だが王族護衛の任に就く彼らは、守るだけでは足りない。
有事の際、王族を場外に脱出させるため……敵包囲を突破する力を、常に求められている。
今日の演習は、その想定だ。
近衛騎士団の四十名が、散開陣形を取る。
近衛の小隊長の一人が声を張った。
「近衛騎士団、突破訓練開始!」
防衛側の副団長ローアが、それに応じる。
「防衛騎士団、東門死守!」
太鼓が一度、鳴る。
近衛が動いた。
正面二十。右へ十五ほどが回り込んだ。残りは牽制だろう。
足音が石畳を震わせる。
第一列が衝突した。
盾と盾がぶつかり、鈍い衝撃が走る。
押圧。軋む音。
第一列の隙間から剣が滑り込む。
第二列が動いた。
ノインは半歩前へ出る。
相手の剣を弾かず、刃の根元を押し上げて軌道を逸らす。
すぐさま体を入れ替えて、柄で相手の肩を打った。
倒さずに、押し戻す。
右側で小さな叫び声がした。
近衛騎士の一人が煙筒を投げる。白煙が広がり、視界が奪われた。
「右、詰めろ!」
ローアの声が聞こえたが、ノインは振り向かない。
煙の中の足音が、一つだけ違う。
速くて低いその音を拾う。
第二列と第三列の間を抜けようとする影。
ノインは一歩引き、剣を横に払う。刃ではなく峰で、足首を打った。
影が崩れた。
手首を取って、地に押さえつける。
第四列の予備の騎士たちが駆け寄り、「捕縛!」と声を上げた。
ノインは元の位置に戻る。
第三列の槍が前に出る。
白煙が薄れ、視界が戻ってきた。
正面は拮抗している。右は抜かれていない。
やがて近衛の小隊長が手を上げた。
「そこまで!」
太鼓が二度、鳴る。
衝突が止んだ。東門は閉ざされたままだ。
石畳には朝の光が広がっている。
「防衛騎士団、整列!」
*
「ただいま」
……うーん。
「どうしました?」
「怪我してない?」
「してません。君と約束しましたから」
今日は近衛騎士団と一緒に訓練したはずなのに……。
(いつもと同じだな……)
「今日はどこでしてたの?」
「9区の、東門前にある広場で演習をしました」
王都には西と東に門があるけど。
(あんなところでどんな訓練してたんだろ)
想像しようとするけど、できない。
「すみません、ちょっと汗臭いと思うので離れてもらえると……」
「…………」
「寄ってこないでください」
「べつに大丈夫だよ」
「君が大丈夫でも、俺が大丈夫ではないんです」
ノインは手と顔を洗おうと、台所へ向かう。
それをしばらく目で追っていたが、くるっと足の向きを変えた。
「明日はどこでするの?」
「明日は不明です」
不明?
台所にある水甕から桶に水を汲み、ノインは手を洗っている。
「何時に開始されるのか、わからないんです。なのでおそらく、詰所に待機状態になるかと」
「そっか」
「帰りはいつになるかわからないので、先に寝ててくださいね」
濡らした顔を布で拭きながらにっこり微笑まれたが、オルガは視線をずらす。
「オルガ、こっちを見てください」
「…………」
「また起きているつもりなんですか?」
「……だ、ダメ?」
はあ、と息を吐いて目を細める。
「神経が擦り減るので、寝たほうがいいです」
「大丈夫だよ?」
「………………」
ま、まあ……起きてるつもりだけど。
諦めたのか、ノインがこちらに戻ってくる。
「読み書きの練習して待ってるから」
「……眠くなったら、すぐ寝てくださいね」
「わ、わかった」
眠くなったらね。
ふいに、ノインの夜勤のことを思い出して心が沈む。
雨の日が嫌いになりそう……。
夕飯の支度をして、いつものように並んで食事をする。
……すっかり慣れてしまったけど、ふつうは向かい合うんだよね、とちょっと考えてしまう。
「明日は何時に出るの?」
「通常と同じです」
「そうなんだ」
今日と昨日は、いつもより早く出勤したのに。
(私がなかなか起きないから困ってたみたいだけど……)
そんなに寝起きが悪いとは思ってないんだけどなぁ。
「近衛騎士団と合同だったってことだけど、どうだった?」
「どう……?」
「ま、また、その、ひ、卑怯とか……い、言われなかった……?」
きょとんとしてから、ノインが小さく笑った。
「安心してください。言われてません」
「それならいいんだけど」
良かった……。
「あ、でも、疲れてるならやっぱり今日は」
「少ししか疲れてません!」
だから大丈夫です!
と、はっきり言われてオルガは仰け反った。
「そ、そっか。わかった」
***
三日目。
二十三時を回る頃、11区への移動が完了した。
旧市街は、夜になると別の街のような様子になる。
石造りの家々はひび割れ、屋根は低く傾き、路地は人ひとりがすれ違えるかどうか。
「担当は南側三路地と井戸広場周辺。侵入者は潜伏済み想定だ。捕縛を優先するように」
トールの言葉に、小隊全員が「了解」と小さく頷く。
二十四時になり、それぞれが動き出す。
ノインは壁沿いに、影の中を移動する。
屋根の上で、瓦が小さく、二つほど短く鳴った。ナーヴの『違和感』の合図だ。
立ち止まり、正面の家屋を見つめる。二階の窓の布が揺れている。
風向きと違う動きをしているが飛び込まず、路地の出口を確認した。
「……」
少し思案して、音を立てずに井戸広場に向かう。
月明かりが円を描く。
その縁に、影が落ちた。
一瞬。
黒い影が地に滑る。
窓から飛び降りた侵入者役の騎士が静かに着地して、井戸を回り裏路地へ駆けたのだが。
そこに、ノインが待ち構えていた。
侵入者が気づいた時には遅い。
剣を抜くより速く、ノインは一歩踏み込む。
柄で手首を打ち、体を入れ替えて膝裏を払う。
石畳に音を立てずに倒して、短く告げた。
「捕縛完了」
荒い息を吐きながら、侵入者が苦笑した。
それと同時に、サグムが駆け込んでくる。状況を把握して、息を吐くと「早いな」と呟いた。
「気配でわかったか?」
侵入者役の騎士の問いかけにノインは「いえ」と小さく応じた。退路を塞いだだけだからだ。
小隊の全員が広場に集まる。
最後に現れたトールが周囲を見回した。
「静かだな」
感想のように洩れたその言葉のあとに、告げる。
「一区画、制圧確認。次へ移動」
「了解」
再び騎士たちが夜の中に散った。
*
「おはようございます」
ぼんやりしたまま、ゆるく瞬きをする。
「……ノイン?」
「はい。こんなところで寝たらダメですよ」
「……寝てない」
読み書きの練習をしながら待って……途中でうとうとしただけだし……寝てない……。
「寝そうなのは見てわかります」
抱き上げられる感覚がする。
ねむい……。
「さむい……」
「朝方ですから」
「ん……おかえりぃ……」
「ただいま」
小さく笑う、声。
「そんなにすり寄らなくても、俺はどこにも行きませんよ」
「…………」
朝鳥の鳴く声がしてる……。
なんかノインの声がしてる気がするなぁ……。
「ちゃんとベッドで寝てください」
体が降ろされた。
「俺が全部やっておきますから、ゆっくり寝てください」
「んんー……」
もぞもぞと動いて眉間に皺を寄せていると、毛布をかけられた。
「さむいぃ……」
「……いつも、俺を抱き枕みたいにして寝てますしね」
そんなことしてない……。たぶん……。
「んんん」
「なぜそんなに顔をしかめるんですか……」
呆れたような声を発して、立ち上がる気配がする。
あぁ、行っちゃう……。
「……風呂に入って来るだけなので腕を離してください……」
「……もどって……くる?」
「一緒に寝ますから大丈夫ですよ。今日はもう、招集されない限りゆっくりできますから」
「そ、っか……ぁ」
仕事……終わったのかな………………………………。
………………………………。
「ぅー…………」
なんか部屋がまぶしい……。
薄く瞼をあげて、そのまま動かずにいる。
「そろそろ起きますか?」
「…………」
「相変わらず寝起きが弱いですね……」
「…………」
「もうお昼ですよ」
お昼かぁ……。そっかぁ……。
「……君が起きてくれないと、俺も起きられないんですけど……」
「…………」
「…………かわいい。はぁ、昨日の朝からキスしてないから辛い……」
なんかノインがぼそぼそ言ってる気がする……。
待って……起きるから……もうちょっと……もうちょっとだけ……。
心配してたから…………思った以上に、つかれたの……かも……。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




