『微笑みの影で、私は笑う。転生者ミレイユの幕裏告白』
王宮の夜は、静けさが深いほどに不気味だ。
蝋燭の炎がゆらめく図書室の奥、私――エレノア・グランツは、ただ一人、分厚い魔力研究書とにらめっこしていた。
「この波長……やっぱりおかしい」
手元に広げられた魔力量測石の記録。
“聖女ミレイユ”が発動する魔法と、私のスキル――《神域の浄化》との共鳴波形が、異常に一致していた。
「まさか……」
ドアが静かに軋んだ。ふと振り返ると――
「……やっぱり、貴女でしたのね」
「……!」
蝋燭の光に浮かぶその姿。
銀糸を織り込んだような桜色の髪、完璧な笑み。
でも、それは今までと違う――
“仮面”を脱ぎ捨てた、本物のミレイユの笑顔だった。
二人の転生者
「やっと“お喋り”できると思ってましたの。正体を知ってからも、随分長いこと黙っていらっしゃいましたわね?」
「……いつから気づいてたの?」
「最初から、ですわ。だって、貴女――」
その瞳に、鋭い光が宿る。
「あのエレノア”じゃない。ゲームに出てくる、ただの悪役令嬢とは、全然違っていたもの」
私は無言で立ち上がった。
「あなたも……プレイヤーだったのね」
「ええ。わたくし、この世界に転生した元・ゲームユーザーですのよ。エレノア様」
ミレイユはひらりとドレスの裾を翻し、机の向かいに座る。
「わたくしの本名は、倉本美玲。しがないOLでしたけれど、休日は延々と乙女ゲームばかりしていたんですの」
「まさか……」
「そう。《プリズム・ローズ》の“裏ルート”が大好きでしたのよ。
正ヒロインが嫌いで、悪役たちが逆転していくストーリーばかり回していましたわ」
私は一歩、彼女ににじり寄る。
「じゃあ……この世界に来たのも、その“逆転エンド”を実現するため?」
「ええ、まさしくその通り。わたくしは“聖女ルート”のバッドエンドを回避するために、攻略対象の一人――アラン様に最初から近づいたんですの」
ミレイユのスキルの正体
「あなたの魔法……あれは“演出”だって、セリウスが言ってたわ」
「そう。全部、演出。わたくしのスキルは――《乙女演出模倣》」
《微笑みの恩寵》:好感度操作+演出の花吹雪
《浄化の息吹》:対象の小傷を自動回復(見た目は上位聖魔法)
《天使の涙》:泣くことで“守らなきゃ判定”発動(NPC含む)
《乙女補正》:ゲーム内でモブが味方してくる(主にメイドや教師など)
「でも、それってただのチートじゃない。ただの恋愛操作ゲームよ」
「違いますの、エレノア様。これは“シナリオへの挑戦”ですの。
貴女は元々、本編のヒロインだったんですもの。
その貴女をわたくしが攻略対象から引き離して、最後にアラン様を選ばせる――それが、裏ルートの真のエンディング」
エレノアの反撃宣言
私は鼻で笑った。
「はあん……あのねぇ、ミレイユ嬢? そういう“他人の幸せ奪って私が主役”みたいなノリ、今どき流行らないのよ?」
「まあ。流行り廃りで語るあたり、さすが現代っ子ですわね?」
「うるさいわよ」
ドンッ、と机を叩く。
「ふざけるのもいい加減にしなさい! 私はこの世界で人生やり直してるの。
本気で、スカッと生きて、本気で恋をして、やっと自分の道を歩き始めたのよ!」
「では、それを――わたくしが全力で壊しますわね?」
静かに立ち上がるミレイユ。
彼女のドレスがふわりと揺れて、まるで舞台の幕が上がるようだった。
「次の舞踏会で、“運命の聖女”が選ばれます。
わたくしが選ばれれば、アラン様の婚約者に。
エレノア様、負ける覚悟はよろしくて?」
「ふふ。何言ってんのよ」
私は片眉を上げて笑った。
「最終戦? 望むところよ――その舞台、派手に燃やしてやるわ!」