断罪式は、無双の幕開け
王宮最大の舞踏会場――千本の魔晶灯が煌き、宙には音楽魔導具のメロディが流れている。
だが、今この空間は静寂に包まれていた。
そして、その沈黙を破ったのは――王太子の怒声だった。
「エレノア・フォン・シュタイン! 貴様との婚約は、本日をもって破棄する!!」
――来たわね。ついにこの瞬間が。
私は長い睫毛をゆるやかに伏せ、紅茶を最後の一口飲み干した。
甘さ控えめのローズミントティー。……こんな場で紅茶を飲んでいられるのも、余裕があるからよ?
「……まあ。急に大声を出されてびっくりしましたわ。王太子殿下」
私の声に、周囲がさらにざわつく。
王子と、その腕に抱きつくようにして寄り添うのは――
「わ、私……ただ皆と仲良くしたかっただけなのに……ううっ……」
震える声で泣き崩れる“庶民系聖女”クラリッサ嬢。
顔を伏せ、ドレスの裾を握り締めている……が、その手に傷一つないのはなぜかしら?
「エレノア、お前の横暴はもはや見過ごせん!
クラリッサを何度も侮辱し、暴力を振るい、毒を盛ったなどと……お前に王妃の資格などあるものか!」
「ほう。そこまで言われるのなら――“証拠”があるのでしょうね?」
私は静かに問いかけた。
王子が一瞬たじろいだのを、私は見逃さなかった。
「証拠もなしに、一国の侯爵令嬢を断罪するなど――それは名誉毀損と呼ぶのではなくて?」
「こ、こ、この者を庇い立てる気か!? これほどの証言が集まっているのだぞ!」
「では、確認いたしましょう。“真実”を」
ぱん、と私は扇子で手を打った。
空中に浮かび上がるのは、淡い青の魔法陣。そして――
《発動:転生スキル【無限録画魔晶石】+【証拠保存癖Lv.999】》
――空中に浮かび上がる、鮮明な記録映像。
【映像①】――令嬢寮の裏庭、クラリッサが自分のドレスにハサミを入れている。
クラ「このくらい裂いとけば、十分“かわいそう”に見えるよねぇ~♡」
【映像②】――薬師から受け取った小瓶を、自分の紅茶カップに注ぐ様子。
クラ「ちょっと腹壊すだけなら、全然平気♪ それより王子が怒ってくれるもんね♡」
【映像③】――王子との打ち合わせ場面。
アラン「俺がエレノアを断罪する。そしたらクラリッサ、みんなに同情されるから」
「うふふ、アラン様のヒロインになれるの、嬉しいっ♡」
会場に、硬質な沈黙が広がった。
その空気を切り裂いたのは――
「……こ、これは魔法で捏造された偽映像だ!! 貴様、何を企んで――!」
「では、こちらをご覧ください。
“改竄不能の監査魔晶”による証明付き、しかも王宮認定の記録。
さらに、クラリッサ嬢が使用した毒薬の発注書も――あなたの侍従のサイン入りで発見されています」
《発動:転生スキル【現代法知識A+】+【訴訟構成Lv.7】+【情報整理癖Lv.99】》
私は、テーブルの上にずらりと証拠書類を広げた。
整然と並んだその書面に、貴族たちが顔を引きつらせながら目を通す。
クラリッサの頬がみるみる青くなる。
「ま……待って……違うの! それは、違うのよ!! ぜんぶ……エレノア様が……!」
「ふふ。言い訳をするなら、法廷でどうぞ? あなたの“聖女力”とやらで、裁判官を泣かせられるかしら♡」
「ひっ……ぃぃぃいっ……!!」
クラリッサ、ついにその場でへたり込み、震えだす。
王子も焦り、私にすがるように声を上げた。
「エレノア……すまない。俺は……っ、彼女に……!」
「――謝罪は無用です。私は“侮辱された”のですから。
あとは法律に則って、処理いたします」
《スキル:言質収集MAX》《スキル:ドヤ顔補正EX》《サブ:心情操作+冷徹演技》
私はあくまで優雅に。けれど冷たく、王子の言葉を切り捨てる。
「改めて申し上げます。
本日をもって“王太子との婚約は破棄”とさせていただきます。
そして、名誉毀損・詐欺・陰謀共謀罪により、私の方から【告訴】いたします」
その瞬間、騎士団長が静かに現れ、クラリッサと王子を囲む。
「ただいまの発言および証拠により、王国は正式に捜査に入ります。ご同行を」
「ま、待て! 俺は王子だぞ!? 王子に手を出すのかッ!?」
「王子である前に“国法の前に平等な一市民”でございますので」
――騎士団によって、王子とクラリッサは連行された。
私はその様子を、淡々と眺める。
周囲の貴族たちは、もはや私に対して完全に敬意の眼差しを向けていた。
「侯爵令嬢エレノア様のご処理、完璧でしたな……!」
「さすが“氷の令嬢”の異名は伊達では……!」
私は静かにくるりと身を翻す。
ドレスの裾を優雅に揺らしながら、舞踏会場を後にした。
――こうして、「断罪されるはずだった悪役令嬢」は、
完璧な証拠とスキルで“無罪どころか無双”を果たす。
物語は、ここから始まるのだ。