第2話 白紙ページ、現る
翌朝、エルはいつも通りの寝ぼけ顔でベッドから這い出た。半分夢の中のまま、机の上の予言書を手に取る。
今日の一日を決める、大事な儀式。……のはずだった。
「……あれ?」
ページを開いたエルの目がすうっと覚めていく。
昨日までと同じ場所にあるはずの“指示”が、どこにもない。
ページの端から端まで、見事に真っ白だった。
もう一度閉じて、もう一度開く。
それでも、やはり白紙。
そのまま何分か固まっていたところに、セリナがノックもせずに入ってきた。
「おはよ。……って、なにその顔。おなかでも壊した?」
「いや、あの……今日、書いてない」
「え、何が?」
「予言が。まっさらのまま」
セリナは眉をひそめながら本を受け取り、ページを開く。
「ほんとに……うわ、これガチの白紙じゃん。昨日の“済”で終わってる」
「……予言のない日なんて、聞いたことないよ」
その一言が、エルの中にじわりと沈んだ。
「これって、やばい?」
「うーん……“やばい”ってより、“わからない”のほうが怖いかも」
セリナは指先で表紙をなぞりながら、少し考えるように眉をひそめる。
「共有盤は正常だった。村の人たちは、みんないつも通りに動いてた。つまり、この本だけが――」
「沈黙してるってことか」
エルは自分の言葉に、小さな寒気を覚えた。
予言に従っていれば、正解にたどり着ける。少なくとも、そう“されてきた”。
だが今、自分は“どこにも案内されていない”。
「……何すればいいの、俺」
ぽつりと呟くと、セリナはゆっくり顔を上げて、やや真面目な声で言った。
「じゃあさ、今日は自分で決めてみたら?」
エルは目を瞬いた。
「決めるって……何を?」
「そこからよ。なんでもいいから、自分で“決めて”みる。今日は、予言じゃなくてエルが指示出す日ってことで」
冗談めかして言いながらも、その目はどこか真剣だった。
「無茶ぶりだなあ……」
エルは頭をかきながら、白紙のページをもう一度見た。
何も書かれていないその余白が、昨日までよりずっと広く、そして深く見えた。