出血
マトラ旧市街の夜はまだ始まったばかりです。
マトラ旧市街の夜は、街が存在するその空間が、まるで闇の世界に堕ちたかの様に変化した。
そして、石畳の隙間からは、人の形をした物体が這い出て来て来る。
「よっしゃ! 何とかなる気がして来たぞ!」
攻略の希望が見え、ルビーが歓喜した。
『それじゃ、作戦を考えましょうか』
「おいッ! さっきの変なのが消えたぞ!?」
ラピスが驚いた様な声を上げた。
急いで窓の外を見ると、確かにさっきの人の形をした物体がその辺りに見当たらない。
『一体どこへ?』
「ほんの少し目を離した間に消えてしまった、
あの鈍さからして移動したとしても見失う事はないだろう」
「また地面にでも潜っちゃったんじゃないか?」
「どうだ……うわッ!?」
ルビーの方に振り返ったラピスがまた大声を上げた。
「え……?」
はたしてルビーの後ろには、さっきの人の形をした物体が存在していた。
その物体は人の形をしてはいたが、生物の常識から完全に外れた使われ方がされていた。
そして体の表面はおぞましい程の汚い色をしており、腐臭とは違うよどんだ様な異臭を放っている。
顔は存在するが人のそれではなく、そこにある白く濁った目も物を見る為に利用されていないのが一目で分かった。
ルビーが硬直した首でぎこちなく後ろを振りかえると、人の形をした物体は間抜けた声の様な音を発した。
その音は「ふぁ」と聞き取れるこもった様な音だった。
「うぎゃぁぁぁぁッッッ!」
ルビーはその音に驚いて悲鳴を上げた。
わたしは片手で固まったルビーを引っ張ると、もう片方の手で人の形をした物体へ向かって青白く輝くプラズマを放った。
プラズマが人の形をした物体に触れると、軽い音を立てて接触した部分は一瞬で蒸発する。
人の形をした物体は、人ならば心臓のある辺りが丸く抜けてしまっていた。
「たりゃぁー!」
ラピスは今日はじめて剣を抜き、人の形をした物体の首から上を斬り落とした。
首から上は床へボトッと言う音を立てて落ちた。
「ふぅ……」
『ラピスさん、まだです』
首から上が無くなったと言うのに、その人の形をした物体は今までと全く変わらずに変な音を発して近づいて来ていた。
わたしはプラズマで物体の全てを蒸発させた。
驚くのは、斬り落とされた首から上も本体と同様に前進を続けていた事だ。
人の形をしてはいるが、全体で1つの生物というものではないらしい。
「コイツ……マジヤバいぜ……」
「ひょー! びっくりしたのだ~
ってあれ?」
「ん? お前の手」
『あ、ちょっとケガしてたみたいですね』
左手首から血が滲み出ている。
ルビーを引っ張ってプラズマを放った時、あの物体に何かされた様だ。
「ちょっとってこれは……」
「あぁぁ……」
見る間に皮膚の毛穴から血がどんどん染み出して来た。
最初は少量だった出血は、流れる様に滴りはじめ、その範囲はどんどん広がっている様だ。
「な……なんだこの出血は!?」
左腕が凄く熱くなってきた。
『なるほど、きっと皆これにやられたんですね』
「ちょっとーッ! そんな呑気な事言ってる場合じゃ!」
ラピスは布を千切って、わたしの腕を縛って止血しようとした。
だが、その縛った先にまで出血が現れ始めた。
「だめだ! このままじゃ出血が全身に回るぞ!」
『斬ってください』
「なッ!?」
『もし今切らなければ、わたしは出血多量で死ぬでしょう
そんな死に方はしたくありません』
「ヨシッ! 準備はしたぞーッ!」
ルビーがテーブルに布を敷いて準備してくれていた。
「ルビーは躊躇すらない様だな
って、やっぱ……オレが切るのか……」
ラピスは気がすすまな様だ。
『お願いします』
わたしはテーブルに左腕を置き、布を丸めて噛んだ。
「いくぞッ!」
そして、ラピスは一気に剣を振り下ろすと「ゴンッ」と言う音して出血で血だらけになった腕が転がった。
『うぐ……』
わたしは、激しい激痛に声をもらした。
「大丈夫か?」
ラピスは心配そうに声をかけ、手早く止血してくれていた。
わたし達は、かつてマトラ旧市街へ向かった数百名の者達が、ここでどういう末路を迎えたのかを今理解した。




