マトラ旧市街の夜
いよいよマトラ旧市街の夜がやって来ます。
「て~てれ~ててれれ~♪」
夕刻を前にルビーは適当に思いついた様な、でたらめなメロディーを口ずさみながら帰ってきた。
「おっ? ルビーが帰ってきたな」
『ルビーさんおかえりなさい』
「さてさてー、お二人さん!
あたしの居ない間に少しは親密度アッポしちゃったのかぁ~?」
「あ? なんだそりゃ?」
「おんやぁ?
今日が最後の日かもしれないのだぞ?」
「おいおい、縁起でもない事いうんじゃない
明日には全員揃って帰るに決まってるじゃないか」
「おーッ! さっすが勇者さまは前向きだな!」
『ルビーさん、街の様子はどうでした?』
「そりゃもー! なーんにもなさすぎて退屈だったさー
一体夜になったらどうなっちゃうんだろな!
何かわくわくしてきたぞ!」
そして、ルビーはあたかも腰の辺りに小さな袋を結びつける様な仕草をした。
今日のルビーはみんなを緊張させまいと思ってか、いつも以上にトーンが高い。
『それじゃ、早いけど夕食にしましょうか』
「そうだなッ! パーッと豪華にいっちゃうかッ!」
と言っても食事とは、それぞれの持ち合わせた保存食なのだが。
ルビーはテーブルに小さなクロスを敷いて、とっておきのお菓子を並べた。
これはルビーがいつも作戦前にやる事で、彼女にとって縁起物みたいなものだ。
「これは最後の食べ納めじゃなくだな
絶対また食べるぞー! って思う為のものなのだよ!」
「ほぉ? いい気構えだ、頂こう」
食事を摂った後、夜に備えて準備を整えると、ほんの少しだけ仮眠を取った。
「そろそろ日が傾いてきたな」
そのラピスの声でわたしは目が覚めた。
窓の外は夕日のせいなのかやけに真っ赤だ。
わたしは隣でまだ寝ているルビーを起こすと、いつ何が起こっても即反応出来る様に徐々に気を引き締めて行った。
「まずは様子を見るんだったな
今のうちに外に出ておくか?
ここが安全なのかもわからんし」
『様子はここから見ましょう
多分どこに居ても安全ではないでしょう』
「まぁ、そうか生還率0だしな
だが灯りもなく真っ暗でここから見えるのか?」
『それはルビーさんが、色々と準備をして来たと思いますので大丈夫でしょう』
「うむ、あたしに抜かりはないぞよ」
まだ少し眠そうな声でルビーが言った。
「大分薄暗くなってきたな」
『ルビーさんそろそろお願いしますね』
「ほぃ来た」
ルビーがくるくるっと回転し、両手を左右に広げ膝を少し曲げてキメのポーズを決めると、街の消えた街灯に次々と灯りが灯った。
誰も居ないこの街が、まるで栄えた街の様に見える。
「すげーな、これが小細工魔法って奴か?
魔法使うのにくるくる回るのも初めて見たぜ」
『ルビーさんが回ったのは魔法とは全然関係ないんですよ
ただカッコ付けてみただけで』
「なんだ、そうなのか」
「こらッ!
せっかく小細工魔法士のプロモーションしてたのに台無しにするなッ!」
太陽は完全に地平線に隠れた様だ、赤黒い空が徐々に暗闇に変わっていく。
「むっ? 今いきなり街の雰囲気が変わったぜ」
ラピスの言うとおり、突然街の雰囲気が完全に変わった。
どう表現すれば良いだろうか、見た目はそのままの街なのだが、この街が存在している世界が全く別の世界になったと言う様な異様な変化が起こった。
そして、窓の外の石畳の隙間から液体の様なものがにゅるにゅると這い出して来ていた。
「えぐぅーッ! 隙間から何か出てきてるぞッ!」
液体の様なものは徐々に何かの形になって行く、それは人の形にも似ているが姿勢が違う。
人の形をした物は、ただうようよとその場に佇んでいる。
「ありゃ酷いな……あれって亡霊みたいなものか?」
『どうなのか試してみましょう、
ルビーさんやってみて下さい』
「はいよー」
ルビーは目を閉じ、タクトを大げさに振る様なモーションを描いた。
ラピスは「あれもまた魔法とは関係ないんだよな?」とでも言いたそうな顔でわたしを見た。
向かいの建物の壁から炎の玉が飛び出し、そして人の形の様な物体にけたたましい爆音を上げて命中した。
炎に包まれたその物体は全く慌てふためく様子もなく、今までの鈍い動作から少しスムーズな動きに変化すると炎の飛び出した壁に接近して行った。
その間、壁からの炎は断続的に噴出し、人の形の物体を攻撃していた。
人の形をしたその物体は少しずつ燃えて小さくなって行くものの、動きのスピードは変わらなかった。
やがて人の形をした物体が壁にたどり着くと、炎はロウソクを吹き消す様にフッと消えてしまった。
そしてゆっくりと壁から離れると、またうようよとした動作に戻った。
『何が起こったのでしょうか』
「ちっ、トラップ壊されちゃったかー」
「そんな感じだな」
『それでも大収穫なのは炎のダメージはしっかりとあった事ですね
大分動きが不自然になりましたから』
「いや、最初から大分動きは不自然だった様な気がするが……」
「まーこれで、物理攻撃は一応通用するって事だよなッ!」
このマトラ旧市街の夜は、人の形をした物体の徘徊する街だった。
まだこの時わたし達は、この街の本当の恐ろしさを知らなかった




