嵐の前に
日の出ている間は至極平和なマトラ旧市街。
わたし達は建物の二階に移動していた。
一階はかなり荒れているが、二階はそれ程ではなかった。
一面埃だらけなのを除けばだけど。
わたし達の今いる部屋は、二階にいくつもある部屋の中でも一番広く豪華な部屋だ。
この屋敷のかつての主人が使っていた部屋だろうか、街を広く見渡せるのが今は特にいい。
「さーて、あたしは日が落ちないうちにチョッコリ散歩してくるけど、
誰もついてこなくていいからな」
ルビーはそう言い椅子からピョコンと立ち上がった。
『そうですね、いってらっしゃい』
「ん? おチビさん一人で大丈夫か? オレも一緒に行ってやろうか」
「いんや、来なくていいのだ
それから勇者さまだからっておチビさんとかちぃせーのとか言うの禁止なッ!」
ルビーはニヤっとしてラピスのスネを軽く蹴って鼻歌を歌いながら出て行った。
「(もしかしてトイレか?)」
ラピスはわたしに小声で言った。
「ところでリーダー、今回の作戦まだ決めてないがどうするんだ?」
『実はこの街の夜の状況についての情報が全くないのです
何しろ戻れた者が誰もいませんからね
なのでまず最初に状況を見て、それから作戦を考えようと思っています』
「そうか、まぁそうだな」
『10年間に何百人もの討伐隊がこの街へ向かって、
誰一人帰還出来なかった事からしても、
夜の状況は尋常ではないと思います、恐らく絶望的なものを見る事でしょう
なので気を引き締めて行きましょう』
「なぁ、提案があるんだが」
『何ですか?』
「リーダーとおチビ……じゃなかった……ルビーは今すぐこの街から離れた所まで避難してくれないか?
状況の確認ならオレが見て伝えればいい
オレならまずやられないだろうし、ヤバそうだったらすぐ逃げるからさ」
ラピスは根っからの勇者さまなのだな。
『いい考えですがそれはダメです』
「なんでだ? 帰還出来た者が過去に一人もいないんだろ?
絶望的な事が起こるってリーダーが今言ったじゃないか
なら犠牲は少ないほうがいい」
『ならこういう二択ならいいですよ?
今わたし達全員がここから撤退すれば犠牲を0にする事は出来ます
全員撤退するか全員残るか』
「なんだと? このオレが撤退する訳ない」
『ならわたし達も同じって事です、ルビーさんもやる気みたいですからね』
「うむぅ……わかった」
ラピスにはこう言ったが、わたしには絶対的な自信があった。
それはラピスが居る事とは関係なく、自分の力に自信があったからだ。
わたしやルビーは組合のランクこそは低いが、他のメジャーなクラスに負けない力があると心底思っている。
例えば、わたしの科学魔導士のクラスは太古から存在している精霊魔法使いとは同じカテゴリーにも入る。
そしてわたしはどんな精霊魔法使いにも負けた事がない、と言うよりは勝負にならない。
また、ルビーの小細工魔法士は召喚士とカテゴリー的には近い点があり、彼女も同様に負けた事はないと言っていた。
その時、遠くで地鳴りが起こり、追って地響きがやって来た。
地響きで屋根の隙間からは、10年分の埃がサーっという音を立て落ちている。
「うぁっと……なんだ!? まだ日は沈んでないぞ?」
『ルビーさんが散歩してるんですよ』
「こ……これが散歩だと?」
今日のルビーはいつもより一段とやる気満々らしい。
この仕事に成功すれば組合もわたし達の実力を評価してくれるだろう。
詰まる所わたしの目的はこれだ、難易度の低い地味な仕事で時間をかけてランクを上げるなどない。
以前わたしが賞金首を狩っていたのもその為だった、だが案外と評価は上がらなかった。
それどころか、勝って当然の仕事ばかりしている小心者と陰口さえ叩かれた。
ならば正規の仕事で実績を上げてやろうじゃないかという事だ。
別に認めてもらえなくてもいいのだけど、勝手な事を言う仲間に少し腹立たしかった。
ラピスはベッドだけでは足りずソファーを継ぎ足して大の字に寝転び、わたしは窓から外の景色を眺めていた。
「気が高ぶってるせいか時間の経つのがやけに遅いな」
『暫く寝てもいいですよ』
「そんじゃ一緒に寝るか」
『な……、なにを言ってるんです』
「あれ? 違ったのか?
一緒に寝るって言ったのかと思って合わせてやったのに」
『違いますッ!』
顔が熱い。
多分真っ赤になっているのだろう、それをラピスに見られたくないので正反対の方向を向けた。
「そういやさっきは悪かったな」
『さっき?』
「オレがプラズマとか言うの食らった後さ、腹蹴っちゃったんじゃないか?」
『あぁ、とっさにガードしましたから平気です』
「そうか、なら良かった
女の腹は大事にしろって言うからな」
『そうですね、大事にします』
それは一見粗雑に見えるこの大男からは想像のつかない意外な言葉だった。
久しぶりにわたしは心から人に微笑んだ気がした。
ルビーさんは空気が読める子なのです。




