幼少期のスーパーとピカデリーサーカス
昭和のバブルだったらしい頃。
信辛は幼少期。
幼少期のスーパーは欲望渦巻く遊園地のようなものだった。
信辛の家は昭和前期の文化が強く支配していた。
チョコレートは馬鹿になる、鼻血が出る。あれはだめこれはだめ。
あげくの果てに、自慢げにおばあちゃんが話した。
「親戚のなにちゃんがソーダを飲んでみたいってしつこく言うから水道水を入れて、これをソーダよって出したら、あんまり美味しくないねぇって」機転を利かせて甘いものを飲ませなかったことか、お金がかかることを防いだことか、おばあちゃんがどちらに感嘆の声を上げているのかはわからなかったが、とにかく甘いものを食べさせることも、金を使うことも大嫌いな家庭だった。
そこで育った信辛にとってスーパーはまさに宝石箱のようだった。
そこには夢も希望もあった。
中に入ればいっぱいの電球が光り、棚にはいっぱいお菓子が並ぶ。
たこ焼きやうどんを食べさせるコーナーもあり、嗅いだことのない良い匂いが全身をくすぐった。
もっぱらスーパーの入口には詐欺ガチャとルーレットのメダルゲームがあった。
そのルーレットがピカデリーサーカスと呼ばれると知ったのは大人になってからだ。
このメダルゲームには恋を覚えるような腰砕けるほどハマった。
日常に一つも面白いことがなかったからだろうか。
10円を入れればメダル1枚としてカウントされ、動く。この機械に莫大な財力を突っ込みたかった。
しかし信辛は子供。
面白いことなど何もなくても良いと思っている家族になんとか数十円もらうのが精一杯だった。
ピカデリーサーカスは低配当から高配当のボタンが下に配置されており、BETするごとに配当も上がっていく。低配当は2が一番下で、もう1枚メダルを同じ配当に賭けると4になる。次は6。高配当は30があり、さらに賭けると60となる。他にも配当があり機械によっても違うので各々確認してみてほしい。
とにもかくにもピカデリーサーカスが設置してあるそこは、信辛にとって唯一知る遊園地であり歓楽場であった。
カラフルも怪しい筐体。
眩しい豆電球。
BETしスタートを押せば、信辛の指示通りランプが高スピードで回りだす。
信辛の夢をのせてランプは回る。高揚感は跳ね上がる。
そしてペロッとランプは止まる。
大体は低配当の2に止まり「ガチャンガチャン」とメダルが吐き出されて次の夢へとバトンタッチされる。
2枚かぁ・・・
釈然としない信辛。
信辛は夢見て8などの中間配当にBETする。
またもランプは夢を刻む。
だが、ランプは一番止まってはいけないところに止まる。
世間は汚い。世界は残酷。子供でも容赦ない。
ランプは0を指す。
全没収。
数秒で地獄に落ちる信辛。
動けない信辛。なぜそんなマスが用意されているのか。
もう資金もメダルもない。
スタートボタンも文無しには反応しない。
信辛は悔しい。悔しい。悔しい。
チョコレートも買ってもらえない。
ガムは制限される。
ケーキなんか誕生日とクリスマスのみ。
たこ焼き食べたことない。
飲食コーナーで注文したこともない。
家族団らんなんてしたこともない。
唯一の楽しみのピカデリーサーカスも1分経たずに終了。
なにも信じられない。
信辛には辛すぎる時代だった。