信辛 誕生・・・生まれてきてしまった信辛
昭和のバブルが訪れを感じるちょっと前。
信辛は誕生してしまった。
日本という国に生まれてレアガチャ度ではSSRくらいはあるだろうに、その後の人生は屈折したものになっていくことを信辛はまだ知らない。
本当の名は信幸の予定だった。
父がちょっと漢字を間違えて市役所に出生届を出しに行った。
父は世間体のために長男が欲しかった。しかし子供に特段、興味はなかった。
そんな子の漢字の線が一本足ろうが足りまいが、そんなことはどうでも良かった。
市役所の人に「これは幸せという字ではありませんよ」と言われたことが、父には馬鹿にされたと脳内変換された。父は憤慨し「元々こういう名をつけるのだ」と語気強めに言い放った。
市役所側も一応止めた。
が父は聞かない。聞けば「馬鹿にされた、ただの馬鹿」となってしまう。
結局、そのまま受理された。
こうして信辛は生まれた。いや、生まれてはいた。
名をもらった。
ノブカラという名を・・・。
信辛はよく寝る子ですくすくと成長していった・・・訳では無い。
よく寝る子だったがどうにも様子が違った。
お母さんといっしょのTVを見ても自分にはお母さんはいなかった。
不思議だった。
なぜだろう。
横にいるのはおばあちゃんだった。
なにかをこじらせて入院もした。
付き添いもおばあちゃんだった。
一回、病院の火災報知器が「ジリリリリリイリリィイイーーーンッ」とけたたましく鳴った。
おばあちゃんは風呂敷にとんでもないスピードで身近なものをかきいれ、すぐさま信辛を連れて逃げようとした。すごい速さだった。
結局、火災は起きていなかった。
同室の大人からは「やっぱり戦時中を経験した人は動きが早いね」と褒められていた。
信辛はちょっと鼻が高かった。
幼少期の面白エピソードはこれくらいかもしれない。
その後、何度も何度もお母さんといっしょを見た。
ほとんどが信辛一人で観た。
歯磨きも自分ならもっとうまくできるのに。
着替えだって自分のほうがうまい。
家はTVのほうが明るくて良さそうな家に見える。他の人の家庭はなんだか明るい。
みんなはお母さんとTVに出てる。
でも、自分にはお母さんがいない。
でもお母さんってなんだろう?どこからか急に生まれてくるのかな?それともドラえもんみたいに空想のものなのかな?
幼稚園に行く前の信辛にはよくわからないものだった。
信辛の世界は世間体を気にする昭和初期の文化が香るこの家が全てだった。