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郷里でお手伝いさんを始めた元高ランクハンターですが狂暴化した魔物が現場復帰を望んでいるようです

作者: 塩谷 文庫歌

 この世界は、一度、壊れてしまったのかもしれない。


 魔素を動力源とした数々の存在し得ない人工遺物(オーパーツ)、それを体内に取り込み狂暴化した魔物、それを狩り遺物を回収する探索者……トレジャーハンターという仕事、それを再利用する加工技術も発達し、そうした人工遺物(アーティファクト)の工房も多い。


 人間的な生活は、魔素を無くして成り立たないのだ。



 そんなことを漠然と考えながら、買い求めてきた獣の乳に、茶葉と少量の香辛料を入れ、煮る。この加熱に使っているストーブも簡単な人工遺物(アーティファクト)で、仕事道具だった。


 ずっと探索者、ハンターをしていた。

 女だてらに続けられたのも、人工遺物(アーティファクト)の恩恵。

 身体能力を誤差の範疇にしてしまう、強大なちから。


 帰属先もなく転々と漂泊する、根無し草のような生活。精神的なものだろうか、なんとなく倦怠感が抜けなくなって、静養のためにブラリと帰郷した私は、地元の有力者に気に入られて、お屋敷勤めの使用人になった、と。


 この説明には少々ウソがある。



「お茶ができました」

「待ーってました!」

「ハンター式のミルクティーでございます」

「でもさ、なんでグラグラに煮沸するの?」

「腹、壊すから」



 3人目の次男、この子が私の経歴を気に入ったのだ。



「次の休み、どこに行こっか!」

「今すべきことは勉強ですよ?」

「しっかり、やっているでしょ」

「まだ子供なのです、当然です」

「僕は、ハンターを目指してて

『に゛ゃ~』



 そこに、長年コンビを組んできた獣人族(ほぼ猫)のヨツバが割り込んできた。

 1mを超える身長と持ち前の狩猟本能で、並みの人間より腕が立つ、生粋のハンター。しかし、猫科特有の性格で、気紛れすぎるのが玉にキズ。

 子供に勉強をさせていたら子供より先に飽きてしまったのかと溜め息をついたが、スッと一枚の書類を手渡してきた。



「依頼書……人手が足りない?」

『にゃ』

「この程度の相手で彼等が……あぁ! 特別依頼?」

『にゃ』

「リッカちゃーぁん」

「ぇえ? ハルさん」

「攻撃できるが困ったいるです」

「ハルさん……なにその恰好!」

「制服無いは水着の参加です 制服は買うですか?」

「なんのハナシだ、知らんわ!」



 いつの間にお屋敷へ入り込んだのか、露出度が高すぎる恰好のハンターが立っていた。ハルさんだ。荒事稼業の連中に『あいつは頭オカシイ』と言われるほどの戦闘狂で、日本語の接続詞が全部壊れている。



「制服……店で売ってるやつ? 持ってないよ」

「水着の参加しますか?」

「そんなハダカ祭り、私は願い下げだよ!」



 依頼書の内容とハルさんの説明から総合的に判断するに、『魔物を討伐中だが苦戦している、支援求ム』といった内容だろう。

 リーダー格のナツさんではなく、意思疎通の怪しいハルさんを寄越して支援要請する理由と言ったら、心当たりは……


 無い。



「そんなに厄介な相手?」

「暴れます 暴れるです」

「その魔物、僕もやっつけたんだ!」

「坊ちゃん、痴女と会話してはいけません」



 そこらじゅうにいる種類、この村にも頻繁に出没する。ただ、今回は類例の無い特殊な魔物。オーパーツと共生できずに狂暴化していて、人員の足りない現状では仕留められないと書いてある。


 あの3人でも手に余るほどの、狂暴化?



「僕ね、宿題があるんだ」

「あの、では、少しばかり席を外しても……」

「やや、や? この問題、15分以上かかる」



 長い溜め息――――。



「ハルさん、15分で倒します」



「そうですか 水着ますか」

「それは参加しねぇよ?!」

「仕事中です すいません」

「そんなに強いんですか?」

「アッちゃん 即死ですた」

「あの、弓のアキさんが?」

「すぐ読んで濃いナッちゃん言った死んだですから1分でリタイアしたです」

「その惨劇、1分間の出来事?」


 や、待てよ?


 さすがだ……

 ハルさんは戦闘中だった。

 続行不可能はナツさんか。



「ハルさん行こっか、手伝うよ」

「助けるますか」

「15分だけね」



 愛用していた武器を手に取った。

 これにしても、大型の魔物からゴロリと出てきた塊だ。

 こんな乱暴な使い方で、正しいのか、間違ってるのか。


 ハルさんが転移装置の手続きを指定していく。

 よく採掘されるもので、安価に流通している。

 何故、転移できるのかは、誰も知らない――


 その直後、周囲の景色は一変した。

 廃墟の片隅に設営されたキャンプ。


 引っ繰り返っている人影、ふたつ。



「アキさん大丈夫?」

「凄くて、早いてす」

「特徴? 概ね了解」

「一撃て死にました」

「2死に抑えてくれたらいいよ」



 キャンプへの強制転移、通称「死んだ」。

 実際、死亡例は少ない。

 大抵、戦闘不能になると同時、瞬時に転移が発動する。

 そうした道具を複数持ち込み、保険をかけるのが常識。


 それにしても。


 アキさんは王国の出身で、一種の魔法使い。

 派手な攻撃は使えないので目立たない能力。

 だが驚異的な動体視力と瞬間視が、正確に弓を射ることを可能にする。


 その眼で捉えられないほど、早い。

 一撃で昏倒させられるほどの攻撃。

 ちょっと、想像できないけれど……



「ナツさん、今なら破棄できるよ?」

「ハキ? ……破棄。依頼、破棄?」

「はい」

「でも、アイツ……普通じゃ、ない」



 上等な治療薬、少し遅れて戦闘可能なほど治癒できる。

 これは、『怪我を治すクスリ」だ。

 それ以上のことは、誰も知らない。



「ナツさん、どーする?」

「アイツ……」

「はい」



 ただ、心が折れて戦えない状態になるハンターも多い。



「 ブ ッ

    メ几

    木又 ス !!!!!! 」



 そこは心配御無用、そんな連中ではある。



「はいはい。治療は私がしますから」



 カッカ来てるなぁ。

 当然と言えば、当然か……

 ナツ&アキさんはコンビを組んで長い。

 目の前で、病院送りにされたんだから。



「おい!」

「はい?」

「地元に帰ったんだろ」

「15分、休憩ですよ」

「引退したわりにゃあ質が良いな?」

「今もギルドに登録していてフリーで受注はしています。この薬は、ハンター志望の坊ちゃんと依頼を請けていたら、地元の店がオマケしてくれるんですよ。まぁ、本来は次のお手伝いに使うものですけど。幾つかは余ってしまいますから」



 どれどれ……アイツか。

 確かに見慣れない状態。

 本来はオーパーツと共生関係にあるのが、魔物。

 オーパーツが暴走、侵食されているような――



「おい!」

「はい?」

「本当にさ、その装備で行くのか?」

「水着は着ません」

「じゃなくてさ! ……尋常じゃない速さだ、そんな鉄の塊持って避けられる相手じゃない。正気かよ」

「心配してくれてる?」

「失敗したくないのさ」



 各々が準備を始める前に、ゴソリとポーチから攻撃・防御・治癒継続のバフをかける薬剤を取り出し、飲み下す。


 この場に集まった全員に、バフがかかっていく……



「防御を削って、攻撃力の底上げ。相も変わらず治療効果の超広域化」

「スペック見ちゃイヤン」

「自分を大事にしろ、正気を疑うぜ」



 広域化のための道具は、かさ張る。

 狩り場に持ち込むのは、少数派だ。


 それでも。

 戦闘中に、絶大な効果を発揮する。



「攻撃しつつ全部避けて全員治療したら勝てるよ?」

「それを15分続けるって? 本当に正気なのかよ」

「ヤル気 出たました!」

「これ、これ、これてす」



 身軽な二人が崖を駆け降りていく。



「ヨツバさん、私も行きます」

『に゛ゃ!』



 ハルさんが、一気に距離を詰める!

 その初撃が当たった瞬間、怒りに任せた攻撃を躱しながら滑り込み、足元へ罠を仕掛けた。その動作を確認しながらアキさんが弓を引き絞った。


 さほど長時間は足止めできないだろう。

 良くて数秒。


 3発、打撃を与えたが、手応えは無い。

 すぐ脇に来たヨツバに、別の罠を準備するよう指示……



「ッ?!」



 拘束を、引き千切った?


 反 撃 が来 る ――――



「な... ッ ガ !!!」



 視界が一瞬、白くなった。

 その後、耳に届いた怒号。



「勘がニブってるじゃねぇか!!」



 ナツさんの強烈な一撃、たまらず転がる魔物。


 一撃でキャンプ送りになるところだった……?


 防御の薄いアキさんならともかく、この私が?

 危なかった、コイツ、想定よりヤバイ相手だ!


『んに゛ゃ!』


 よし、さすがヨツバさん。

 今度こそ的確な選択、暫く抑え込める筈。



「ナツさん、大丈夫?」

「見りゃわかんだろ!」

「ぷぷぷ~っ、鼻血すんごい出てる」

「 誰 の せ い だ ?! 」



 でも、無理な体勢から出した強引な攻撃。

 弾かれたナツさんにもダメージがあった。

 一旦、攻撃はハルさんアキさんに預ける。



「こちらは治療、治療っと」

「バカこっち来んな!」

「また助けてくれる?」

「 知 る か !!!! 」



 飲み下す、即効性のある治療薬。

 その効果が、ナツさんへ、同様に反映されていく。


 その視線の先、ハルさんの近接攻撃をアキさんが援護しているが、常軌を逸した膂力と速度で暴走する魔物に、満足に対抗できずにいる。



「あのバケモンを15分で片付けるって?」

「炊事洗濯より楽ですよ」



 ナツさんが立ち上がった。



「ざまぁ無ぇな、リッカ」

「なにがです?」

「しくじったのか、転職」



 自分では飲んでいない薬で、戦線へ復帰していく。


 何故そうなるのか、原理は知らない。

 そのことに、誰も疑問など持たない。


 出自の知れない道具を頼って生きる。

 そうするしか、方法が無い。



「さて、と。 ……行きますか」

「にゃ」



     ・


     ・


     ・

      .

      .



 20分後。



 意気揚々と巨大な屍を解体していく2人から、時折、歓呼の声が上がる。それを眺めながら持ち込んだ手荷物を片付けていると、ナツさんが「ほらよ」と、油紙の包みを手渡してきた。


 不思議に思いながら開いていくと、希少な遺物。

 しかし、変質して見慣れない状態になっている。



「リッカの取り分だ」

「ギルド経由で依頼料は頂きます」

「じゃ、なんだ。 ……超過料金」



 その説明は、疑念を払拭するには至らなかった。

 ギルドに提出する、戦闘ログ記録の装置を停止。

 ナツさんを睨みつけると盛大な溜め息をついた。



「王国からの依頼だ」

「この魔物の討伐が」

「あの国だって人工遺物(アーティファクト)を使う。ただ、ウチラとは少々違った使用法もある。適応しそうな人間に、直接、遺物を移植までする。魔法使いの出来上がりさ」

「人間の体に移植?」



 こんな稼業をしていたら、様々な人間と関わる。

 王国出身の魔法使いだって何度か共闘してきた。


 王国出身の、魔法使い――――?



「アキさんの、あの眼」



 ナツさんが、ひとつ、うなづく。



「アキは目玉だけが変質した、だから隠せたのさ」

「王国に隠して、それで根無し草のような生活を」

「ま、もっとも。遺物を取り込んだ生物は大半が魔物になるだろ? 狂ったり、腐ったりも珍しくない」



 正体不明の異常な遺物、人体に移植なんて無茶なハナシだ。

 これに適応する人間など、万人に一人いるかどうかだろう。

 それでも探し当てるまで移植を繰り返すような連中なのか……


 この場から密かに故郷へ持ち帰れば、犠牲者が減る。


 この遺物、隠し通すのは難しい。

 どこかの工房へ預けてしまおう。

 坊ちゃんの武器を強化するのに使う、とか?



「おい!」

「はい?」

「おかしいよな」

「なにがです?」

「奴等だって、国民のためにしてるんだろ?」

「そのためには犠牲も厭わないことですか?」

「間違ってるとまでは言わないが、おかしい」



 ナツさんが「引き揚げるぞ!」と声を掛けると、ハルさんが転移装置を設定しながら首を傾げて「また一緒の4人がやるですか?」と尋ねてきたので、首を横に振ると、少しガッカリした顔になった。



「リッカは邪魔だ、帰れ」

「また手助けに来ますよ」

「また来る楽しいでした」

「ヨツバさんも復帰てす」

『ぅな~ぁ』



 この世界は、一度、壊れてしまったのだろう。


 それでも人の営みは、細々とでも続いていく。

 その程度の、ちっぽけな世界だ――――――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『にゃ』…… もとい、読んでいる最中に感じる、そこはかとないあやうさ。 >出自の知れない道具を頼って生きる。 >そうするしか、方法が無い。 そんなあやうい生活がいつまでつつくのか、続けられ…
[良い点]  一撃即死は挨拶代わり、直撃避けても九割削られる、理不尽な速度と範囲、当たり判定……クエストレベル、200後半かな?  この世界では人工遺物を魔物が取り込むことでギルクエ化してるんですね…
[一言] おお、塩谷さんだ。クレイジー・ソルトが帰ってきた! などとつい叫びたくなりますねw  リッカさん、メイド服+メガネ+日本刀を想像してました。この一度終わった世界のアーバンでギャルドなパンクで…
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